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『色と味』2



〝お洒落な大人を見ると嬉しくなる…〟
 北青山

大人が…2017年12月21日
                             X-Pro2 XF90mmF2 R LM WR
                                       FUJIFILM



痛がる妹の足元にしゃがみ込む母。
しばらくして、
『あなた今日幼稚園でお外で遊んだ?』
などと質問をしながら、その夜妹は“お手伝い”から解放された。


翌朝、痛みを訴える妹をみて「これはただごとじゃない」と屈んで母が見たのは、足全体に広がっていた大小様々な形をした赤い斑点だった。


手早く身支度をさせ一番下の妹を胸に抱えると、痛がる妹を自転車のうしろに乗せ、押し歩きながらかかりつけ個人医院に向かった。




実はここから記憶はかなり怪しい。

”覚えていない”のではなく、逆にハッキリし過ぎていて…。
多分刷り込みなのだろう。
さらには無意識に盛っている可能性もあるので…与太話程度に聞いて欲しい。




名前が呼ばれて診察室に入った。


この病院は予防接種などで定期的に来ていて、先生のこともよく知っていた。


軽くウェーブのかかった髪、端正な顔立ちで穏やか、いつも静かな口調で問診をする先生(病院名は覚えているのだが…名前が思い出せない)だった。

その日もいつもと同じように「さあどうぞ」と椅子に座るように穏やかに言うと、母の説明を聞きながら妹の足を診はじめた。

が…突然少し怖い顔になったのを今でも鮮明に覚えている。

そして

『紹介状を書くので、すぐに御茶ノ水の順天堂※に行って下さい』
と続け『できるだけ早く行って検査をして下さい』ともいった。
この時もいつもと違って少し怖い口調だった。
(※順天堂=現順天堂大学医学部付属順天堂医院)


 この後、妹の足に広がる斑点は虫刺されなどではなくて、50年前の日本ではちょっと面倒な病気だったことが分かるのだ。


次回に続く…。


※実はこの記事を書くにあたって、自分の記憶が正しいのか妹が罹患した病名を検索してみた。そこでちょっと困ったことが。
Wikipediaで書かれたこの病気の説明と、私の記憶に大きな乖離が。

実際に50年前には大変な病気だったが、50年の間に医療が進歩して“対処が出来るようになったのか、それとも当時から治療法がしっかりあったのか…が分からないのだ

このブログはあくまでも”私の記憶”、”思い出”に基づいて書くことにしますので、事実誤認があるかも知れない。
ただ父も母も亡くなってしまったので、確かめようもない。

そして今現在、この同じ病気苦しんでいる人は、最新の情報に基づいて対処して下さいますようお願い申し上げたい。











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