「サクラエピソード」




          佇む…2015年3月12日
                                      @エントランス
                                         「佇む」

                                           GR




2012年の晩春、約三年間の闘病の末、母は逝ってしまった。
まるで五月の連休が明けるのを待つようにそっと静かに息を引き取ったのだ。


母の大腸に癌が見つかったのは突然の下血によるものだった。真っ赤に染まる便器て驚き検査に行くと、早期の癌がS字結腸に見つかった。

結局その日から三年に少し欠ける月日を闘病生活として、その末期には”二ヶ月間の入院と二週間の自宅療養”というサイクルを繰り返した。

幸い病院が職場から近かったことも有り、昼休みに顔を出して洗濯物を回収したり、細々とした世話をするのが僕の毎日の役割になった。
一日も欠かさず、毎日。

エディプスコンプレックスを信用しない僕は、ある意味あまりにも若い時期に綺麗に親離れをしてしまった後悔と軽い罪悪感で…母親の最期には付き合おうと思っていたのだ。


まだ春の気配が感じられない一月のある晩、いつものように見舞いを終えて廊下を歩く僕を主治医が呼び止めた。
そして母の命がもうそう長く無い事を告げた。その時間、余命三ヶ月。

その短さとは裏腹に、ベッドの中の母は楽しそうに話をし笑っていた。年相応に老いてはいたけれど表情からは”あと数ヶ月でこの世から消えてしまう”という事は想像すら出来なかった。

そんな母を見ながらふと今年の桜を見ることは出来ないかも…と思った。



ある日、花屋の前を通ると数本の桜の枝が売られていた。その殆どはまだ蕾だが、ちらほらとほころぶ花もあり、なんとも春らしい姿だった。

優に1メートルを超える枝をポケットに在るだけのお金で買えるだけ買って病室に向かった。

その日以来、病室の「桜」はちょっと話題になり、僕は「ちょっと自慢の優しい息子」になった(笑)


余命宣告よりも少しだけ長く頑張った母は、その御褒美に花瓶に挿された桜では無く本当の桜を見ることが出来た。

病院からほど近い芝公園や増上寺の桜を車椅子の上から見たのだ。

それは、天に召されるのを少しばかり先延ばしにしてくれた神様と、本当は危険なのに「最期に…」なる事が分かっていた主治医からのプレゼントだった。


今から43年前の春、僕は小学校の1年生で母親と二人で小学校の校庭にあった大きな櫻の樹の下いた。

ほんの数十分前まで明日から通う小学校の入学式に出ていたのだ。

集められた体育館の演壇で校長先生がこう言った。

「今日皆さんが式典が終わってお家に帰る時、校門の脇にある大きな桜の樹をお父さんやお母さんと手をつないで見上げてから帰って下さい。桜の樹も皆さんが小学生になった事をお祝いしています。そしてどうかお父さんやお母さんと手をつないで一緒に桜を見上げたことを忘れないで下さい」
と。


この季節、花屋の店頭に並ぶ切り枝の桜をみたり、街に桜が咲く時期になると、幼かった自分と今の僕よりずっと若かった母、車椅子に乗っている老いて小さくなっ母を同時に思い出す。そして増上寺の境内から青い空にくっきりと浮かぶ東京タワーもまたハッキリと思い出す事が出来るのだ。


Comment

kirageegeさんへ:
こちらこそご無沙汰しております。最近ちょっと生活リズが変わってなかなかBLOG活動が
上手く行っていません(^_^;)アセ

お褒め頂き恐縮致します。
そうですね・・・実はこの記憶に関しては母も記憶していたらしく、病室で満開に咲く桜を
見ながら「あなたは覚えているからしら…」と、この入学式の時の校長先生の祝辞の話になりました。

そうですね。kirageegeさんもお母様が鬼籍に入られましたものね。
お互いにしっかり大人なのに…やはり親の死というモノは人生の中でも本当に大きな
出来事なんですよね。

ボクは本当に罪滅ぼし的な意識(自責の念)もあったのと、何だか性格的に
「意地になってしまう」面があったのだと思います。
kirageegeさんと一緒で、全く親孝行が出来ないまま逝ってしまう事に、
ちょっとした恐怖感が在ったのだと思います。

仰る様に毎年この時期になると、母との思い出が喚起されるのだろうなぁと思います。
不思議な事に生きている時は正月でも実家に帰らないような生活だったのに、
癌になってから亡くなってからの方が母のことを思い出すことが多くなったように思います。

コメント有り難うございました。

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> お母さまに対する愛情あふれたとても素敵な回想録ですね。
> nachopapaさん、お晩です。
> 大変ご無沙汰しております。
>
> それにしても、小学校入学式のことをここまではっきりと記憶しているなんて
> あらためてnachopapaさんの記録力に驚嘆しております。
>
>
> 僕の母もおよそその5ヵ月後に旅立ってしまいました。
> 僕の場合は高校卒業と同時に上京しそのまま都会に住んでいたため
> 最後まで親孝行ができませんでした。
> その点、nachopapaさんは近くだったこともあるのでしょうが、
> 毎日欠かさずお世話なさったのはさすがだなぁ~と感心しております。
> 僕だったら近くにいてもきっとできなかっただろうなと思います。
>
> 梅の花も終わり 間もなく桜も咲こうとしているこの時期を迎えると、
> nachopapaさんは、毎年お母さまを回想されるのでしょうね。
  • 2015/03/21 20:55
  • ★kirageegeさんへ:ナチョパパ
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kazahanaさんへ
はい。自宅と言ってもマンションなんで…共同玄関と言う事になりますので…
ボクの家って表現が正しいのかどうかは分かりませんが(笑)

これは川ではなくてマリンブルーのようなベルベットの椅子なんです。
なかなか良い感じなのですが…動線外にあるのでここに住んで8年になりますが、
座っている人を見たことがありません。

繰り返しになりますが、エントランスなんで…ボクも別世界です(^∇^)アハハハハ!  
全くウチの生活とは関係が無い感じです(笑)

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> ご自宅のエントランスなのですか
> 怖いくらい雰囲気がありますね
> 革の椅子も素敵です
> う~ん 別世界です 
  • 2015/03/21 20:52
  • ★kazahanaさんへ:ナチョパパ
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  • Edit
お母さまに対する愛情あふれたとても素敵な回想録ですね。
nachopapaさん、お晩です。
大変ご無沙汰しております。

それにしても、小学校入学式のことをここまではっきりと記憶しているなんて
あらためてnachopapaさんの記録力に驚嘆しております。


僕の母もおよそその5ヵ月後に旅立ってしまいました。
僕の場合は高校卒業と同時に上京しそのまま都会に住んでいたため
最後まで親孝行ができませんでした。
その点、nachopapaさんは近くだったこともあるのでしょうが、
毎日欠かさずお世話なさったのはさすがだなぁ~と感心しております。
僕だったら近くにいてもきっとできなかっただろうなと思います。

梅の花も終わり 間もなく桜も咲こうとしているこの時期を迎えると、
nachopapaさんは、毎年お母さまを回想されるのでしょうね。
  • 2015/03/21 00:23
  • キラジージ
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ご自宅のエントランスなのですか
怖いくらい雰囲気がありますね
革の椅子も素敵です
う~ん 別世界です 
  • 2015/03/20 20:55
  • 風花
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