「ほら月がキレイに見える場所に立って…」4




                突然晴れる…
                    @日本橋室町 「突然晴れて光が集まる」
                                     GR







果たして…何人の人が続けて読んでくれているのか、甚だ疑問なのですが…このまま中途半端になってしまうのもなんなので。宜しかったら今日もお付き合い下さい。

もちろん前回の話を忘れてしまったよ!って方もいらっしゃるでしょうから…そう言う方はまずコチラをご覧下さいませ。



と言うことで…ここから話は始まります。

当初「仕事が終わってから実家に行き少しずつ片付ければ…一週間もあれば終わるだろう」と考えていた。しかしその甘い考えはすぐに打ち砕かれた。”廃棄する量"だけでも大変な量だった。

「たかがゴミ出し」…と侮っていた。市販されている45リットルの『東京都推奨ゴミ袋』150袋以上を廃棄しても半分もなっていなかったからだ。個人宅としては相当な量だと言って良いだろう。
※事実、区役所から電話があって…”ゴミの量が多いので分割して出して欲しい”と依頼があったほどだ。


片付けも二週間を越えた頃から段々とコツを覚えていった。しかしそれは手順の問題で最大の難関は「廃棄するのか保存するのかの線引きに時間が掛かってしまう」ことだった。

明らかにゴミだろうと思うものが、親にとっては「お金で換算できない価値のあるもの」だったりしたからだ。
特に交通事故で三歳で夭逝した兄に関するモノは…複雑だった。

貧しかった時に生まれた兄なのに、その所持品の多さから溺愛の対象だった事が偲ばれた。物心共に「これでもか!」と注ぎ込まれた「モノ」と「思い出」の両方が残っていた。そしてその遺品の数々を精査をするのに時間が掛かった。何かの品を手に取るごとに物思いにふけって、そんな親を”片付けること優先で急かす”ことなど出来なかったからだ。

僕からすると「それは良いんじゃ無いか(廃棄しても)」と思うようなモノでも、子を亡くした親の思いは深く掛け替えのない人生の重要なパーツとなっていたからだ。


仕事の都合で行けない日は妹が来て手伝ったりしながら…少しずつそして確実に部屋は整理されて行き、一つまた一つと段ボールだけの部屋が出来ていった。

って所で次回に…。



Comment

★99Qさんへ:

少し変な言い方になるのですが、実家を整理していた時期に関しては
”覚えている事”と
”「アレどうしたっけな?」って完璧に記憶から無くなっている事”
がハッキリ分かれていて…不思議な感じがしているのです。

4,5回の事なら逆に覚えているのかも知れませんが…最後の方は
(仕事終わりから実家戻り、片付け、廃棄、帰宅…のサイクル)が
生活そのものになっていたので、特別な思い出ではなくなっていたからかも
知れません。

多くの人がそうであるように、親がいたらから今の自分がある事を充分すぎるほど
理解しているので、当時は「親孝行している」という意識は無くて
「ボクに出来る数少ないお返し」的な感じだったと理解しています。

この話も結局最後はその辺の話になっていきます(^v^)ニコ  
宜しかったらお付き合い下さる嬉しいです。
コメント有り難うございました。

☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★


> 子を持って親を知る
> ナチョパパさんの親への想いが伝わってきますね
> ホッコリしたところで良い夢を
> おやすみなさい
  • 2014/07/02 18:31
  • ★99Qさんへ:ナチョパパ
  • URL
  • Edit
子を持って親を知る
ナチョパパさんの親への想いが伝わってきますね
ホッコリしたところで良い夢を
おやすみなさい
  • 2014/07/01 23:21
  • 99Q
  • URL
Comment Form
公開設定