「見る目…」その3(終話)




                 これも街の色
         @Gallery Vivienne 「大好きな古本屋があるパッサージュ」







前回からの続きです。お読みになっていない方は「1話」はこちら。「2話」はこちらをクリックして下さいません。



Facebook(FB)の20人弱の「友達」の属性を"どういう知り合いなのか"で見ていくと、少しずつ重なり合いながらもいくつかに分かれることに気付く。
たとえば学生時代の友達、SNSで知り合った友人、ブログからのつながり、仕事関係者。”(出会った)〉時期”や”場所”どこの”コミュニティー”に属するのかで分けられるわけだ。

そしてそれぞれに面識があるのか、ないのか? その面識も日常的なのか? 何十年も会っていないのか?…と分けていくと、ボクが今FBでつながりのある人達というのは、何と素敵な人が多いのか!と気付かされる。いつの時代に会った人でも、どこのコミュニティーに属していようとも、例外なく素敵な人が多い。

 最近出会った人だったり、日常的なコミュニケートある人ならともかく(関係性を維持するのが難しいと思えば、疎遠になる事もできる訳だから〉、過去に出会った人の人間関係と言うのはどうすることも出来ない訳で。その人達が今でも変わらず素敵だと言う事は、当時の自分の”人を見る目”は間違っていなかったのだな…と。

ま、完全に自己自賛(笑)なんだけど。


懐かしい人と十年ぶり、二十年ぶりに近況を確かめ合うと…”あー本当に立派にな素敵な人になった”と思う人が多いこと多いこと。そもそも昔から両手を広げてひたすらに多くの人と交流を深めて…って感じではないから分母が大きい訳ではないからこそ、魅力的な大人になった人がこれだけいると、その確率が驚く。

もちろんボクの言う”立派”が何を指すのかもよるけど。

社会的地位とかも人によっては当てはまるけど…ボクはどちらかというと地に足をつけて日々を生きている人に魅力を感じる。”偉い〈社会的な地位とかね〉”とか”有名”とかよりも…ね。



このブログを読んでいるあなたは…ボクとどんな関係なんだろうか? そしてボクはボクが感じたように相手からもそう思われるような歳の重ね方をしないといけない…と思ったのでした。

ゲンザイカコミライ モ アナタハ カガヤイテ イラレルノカ