いやいや切らないよ…なんだか分からなくなるでしょ

                       いやいやそこは切らないよ…
                           @三の橋(東京都港区)




 えば進学や就職、留学や転職など自分を取り巻く環境が、大きく変る時には出逢いがある。昨日まで全く知らなかった者同士が、環境の変化を切っ掛けに出逢い…互いに探り探り遠慮しながら相手を推し量り…解り合えるにはどの位の時間が必要で、親しくなるのは何が決め手になるのだろう。

 環境の変化が無くても最近ならBLOGやSNSの普及で、出会いはカジュアル化して、よりフラットになった。そしてそれまでなら知るはずもない地域に住む人や、出逢うはずも無い職業の人や、なかなか話が出来ないような社会的な地位を持つ人や著名な人とも、特に意識すること無くフラットでカジュアルなコミュケーションが出来るようになった。


 リアルな世界でもネットを通じた世界でも同じなのだが、沢山の出会いの中で、ある特定の人に対してオープンマインドになり、付き合いが続いていく人と、そうで無い人が出来る。特に意識した訳では無いのに…確実に選び選ばれて関係が成り立っていく。

 相手はともかくその線引きがどこかで成されているのか、よく分からない。今更惚れた腫れたと言う事は無いが、それでも異性なら例えばプロフの写真が好みだとか、可愛いから…と言う事もあるかも知れない(笑) でも同性の場合はどうなのだろうか? しかもネットで知り合った人と会ったりすることの無いボクは、男性でも女性でも、その基準がよく分からず曖昧なのだ。

 一体、出会い、解り合い、親しくなるそれぞれにはどんなハードルを(無意識に)設けているのだろう…と思った一日だった。




 今日、古くからの友人からとても暖かい心遣いが届いた。そして改めて出会った時の事や、今では思い出になっていたりする出来事を振り返った。もう30年以上の付き合いの友人だから、その蓄積は大きい。
 
 そして思う。最近の「出会い」も、いつかは振り返るのに充分な価値のあるものになるのだろうかと。そうなれば良いなぁと思う。沢山の思いが詰まった時間と関係が築けると良い…そんな事を思った夜だった。

                                                  :「解り合う時間」




Comment

naokoさんへ:
でしょ? 僕も分からないのです。
互いに利害関係も定かじゃない状態で、
確実に相手を選んでいるのです。

多分会話の端々に琴線と言うか
地雷みたいなものが仕組まれていて(苦笑)、
その地雷に触れない人達だけが最終的に
残っているのですね。

曖昧な形ではありますが、
相手の発言(comment内容)に価値観の類似性を
感じたりするのかも知れません。

やがて類似性は一致する部分と相入れ無い部分があって、
相入れ無い部分が許容できる時に成り立つ
関係性なのかも知れません。

もっとそれが早い時期にスパッと分かるのが
何故なのかは、分から無いのですけどね。

こちらこそ、これからも宜しくお願い申し上げます。

追記: 沖縄いかがでしたか?
ブログUP 楽しみにしております。



  • 2012/05/07 20:16
  • ★naokoさんへ:ナチョパパ
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ん~なんでしょうね、
こんなにたくさんの人が行き来する特にSNSで知り合い、親しくなっていく…って。

こうしてお邪魔していますが、
まさにナチョパパさんが、私には実際には出会うはずない職業の方です^m^
はじめに感じるビビビ~のようなもの、
説明もできませんが勘?のようなものかな、、
割とその直感のようなもので、はじめに振るい分けされて、
それが意外と外れないというか、、
どこにその基準があるのか分析したこともないのですが(~_~;)…
これまで嫌な思い、怖い思いをしたことがないのは不思議なことです。

そうそう、切らないで(笑、タイトルからですが)
このご縁、切らないでくださいね~(^^ゞエヘヘ
ってことでこれからもよろしくお願いしますm(__)m
しこちゃんへ:
どうもどうも。そうだね…確かに。
でもね…ここでは『定義』とは思っていないの。
なんというか、『自分の琴線』というのかな? 
そこが知りたいなぁと。

例えばさ、しこちゃんちゃんと友になったのも、
実は時間が掛かってじゃないのよ。
まあその後、今のような関係になるには、
笑っちゃうぐらいの年月が掛かっているのだけど…
少なくともあの学校でしこちゃんとベッキーを選び出すのに
丸一日かかっていないのよ。

入学して一日目のオリエンテーションが行われた大学の教室
(あそこは高等部の校舎と繋がった大学の教室だったんだけど)で、
ベッキーが言ったジョークにニヤっとしてから始まっている訳じゃん。


しこちゃんもオレもベッキーもお互いに…あれだけの人数の中から
『気が合う』ってヤツを無意識に抽出している。
これって、きっと何かの「琴線に触れている」て『あーコイツ良いなぁ』
と思ったと思うのだけど、それがなんだか未だに分からない。

『定義』って言うのは、もう誰にでも当てはまる条件だから…
多分『定義』では無いし、そんなモノは無いと思う。

ボクにはボクの、しこちゃんにはしこちゃんの、
『琴線』みたいなものがあって瞬間的に数百人の中から
選び出しているのだと思うよ。

その後のボク等の歴史の蓄積になんしては…
しこちゃんの言う通りなんだけど。


ネット友人もそうなんだけど…特に古い人は、
もう7年とか8年とかの付き合いになる。
これも結構『琴線』みたいなモノがあって一番初めの
やり取りがあってから…
『あーこの人(付き合いが)長くなるかも』って分かるのだよね。

それこそ住んでいる地域も仕事も、ある意味属している社会も
全然違う人なので、共通の話題も多くないはずなのに…ガツンと繋がる。

『定義』じゃ無くて自分の中の『琴線』がどこにあるのかを
ちょっと知りたくならないか?(笑)


さて…このGW、しこちゃんはどう過ごすのだろう? 
あまり勉強ばかりせず少しはバカしても良いんじゃね?って思いますが…アハハ
 
コメント有り難うございました。




  • 2012/05/04 11:32
  • ★しこちゃんへ:ナチョパパ
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kazahanaさんへ
お早い起こし有り難うございます。

やはりそうやって考えると、モノは脳で見ているってことなんですね。
僕もしっかり騙されてしまう口です(^∇^)アハハハハ!
 
正確な表現が難しいのですが、考えてみるとボクの職業も
頻繁にこの「視覚の錯覚」を利用してモノを作ったりします。

着る人が細く見えたり、
腰の位置が高く見えたり…

主に『美しい』とされるバランスを取りに行くって事なんですが。


少し話の筋はズレますが…時に人は見たいものしか見ない…
と言う事がありますよね。
それが良い場合もあるし、逆に危険な場合もあります。
そう言う意味でも『脳でモノを見る』というのは正しい感覚かも知れません。

コメント有り難うございました。
幼馴染み、同級生、同期、同僚。。。
友には色々なシュチエーションがあります。
近年、ナチョパパさんがおっしゃる様なネッ友も多様化したコミュニケーションツールの結果、新たな友となった様です。

共に過ごした時間は共有した時間であり、その時間は互いに価値を認め合うものであって定義などは必要ないと思います。
そう言う意味では同じ釜の飯友とネッ友とは一線があるかと思いますが、ネッ友とも共有したものが重ければ、同級生と変わらない大切な友
となるのではないでしょうか。
残念ながらナチョパパさんと同じくオフ会など縁遠いおじさんですが。。。
  • 2012/05/03 22:49
  • しこ
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テレビ番組で 錯視について語られていました 回転する人の影をスクリーンに投影するとある角度では前を向いているのか後ろを向いているのか分からない角度があります その結果時計回りをしているのか反時計回りをしているのかは人によって見え方が変わるそうです どうも人の目や脳は簡易に省略してしまう傾向にあるようです そのおかげで今の認識があるのかもしれません
こうしたことを利用すると面白いことが出来るように思います 街中のシーンでも結構あるようですね

  • 2012/05/03 17:09
  • kazahana297
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