今日も一日が終わる…

                  躊躇いの無い…
         @横浜 部長! 大変です! 穴が開いています!   …  『知ってる…』




 先の震災で『普通に朝が来て、普通に会話をして、普通に夜が来て…眠る』そんな何でも無いと思っていた事が、如何に大切な事なのか…と改めて思ったのだった。昨日までの日常は一瞬にして…あっという間無くなり、何もかもが変わってしまう。何もかも失ってしまった光景がただ目の前に広がっているだけ。そんな映像を見てそう思ったのだ。

 あの日以来、何度となくそう感じたはずなのに…、最近の自分を省みると、喉元過ぎると熱さ忘れるの…例え宜しく、どうも『何気ない毎日が如何に幸せな事なのか』ということを意識しなくなってきてしまっている。あんなに『何も無い普通の日々』が幸せだ…と感じたのに。


 毎月11日は「何でも無い日常」にきちんと感謝をする日にしよう…と思った、今日でした。





今夜のBGMはこれ!


             
Ketama K Cha Cha

Comment

★mimiさんへ
そうですか…お友達から詳しくお聞きになったのですね。
テレビなどの放送ではあまりに悲惨過ぎると事で、かなり隠されていましたが、
実際には津波に流されている人が激流の中でガンガンと周りの建物や流氷物に
当たりながら視界から消えていく様を、多くの人が目撃しているそうです。
そのゴンゴンを当たる音が今でも耳から離れない…と言っていた人もいます。


巧く言えないのですけど…「喉元過ぎれば熱さ忘れる」に対する思いは二つあるのです。

一つにはmimiさんのご友人のように実際に被災した人には、可能な限り忘れて欲しい…
と思っているわけです。生々しい記憶がそのまま心に残ってしまって、精神の深い所に
傷を負って欲しくないなぁと言う思い。

また一方で、僕のように多少の変化はあったものの…基本的には難なく暮らせた人で、
あの震災を切っ掛けに「気づき」もしくは「何かを教訓にしなければいけなかった人」で、
その人達はやはり時間が経つと、折角気付いた大切なものを忘れ始めているのでは無いか?
って思います。


僕はあの時感じた「一人で生きている訳ではない感」みたいなもの
(一般には「絆」という言葉が当時から使われ始めました)を…一過性にしてしまっている
自分がいるんですね。
なんだかその辺が実に…ダメだなと反省しているのです。


 僕の友人は声を高らかにすることも無く、ラジオ局の呼びかけのボランティアに参加し、
何度も現地に入っている。
 ネットの友人も暑い中(最近の日本の夏はとんでもない暑さになる)、街頭に立って
募金活動をしている。
 昔の同僚は隠れるように真夜中にボランティアに参加してて…殆ど寝ないようにして
自分の仕事と、ボラを両立させていた。


んじゃ、俺は何をしていたんだろう?と。

それでもまだ自分の出来る範囲で…って活動は少しはしていた時はまだ救われるけど、
それも最近忘れ始めているとなると…うーん現在猛省中です。

今もまだ何も終わっていない震災。
せめて僕に出来る事は「忘れないでしつこくいつまでもフォローすること」かなと
最近思っています。

何はともあれ、mimiさんのご友人が生きていて良かったです。


コメント有り難うございました。replyが遅くなってしまって…ごめんね。


★海さんへ
いやいや…海さんの超人的な忙しさに比べたら、
僕は働いていない状態と言っても気がします(苦笑)
こんにちは海さん。

僕の仕事は、案件毎に内容は違っても、基本的なアプローチは何ら変わりません。
「状況をお聞きして、考えて、提案をする。」
至ってシンプルです。ただデザイナーズブランドというのは、クライアントの
ご意見をお聞きしたことを、ただそのまま形にする訳ではありません。
時にはクライアントが望んだ物と180度違う角度で提案する事があります。

ただそれはクライアントの意見を無視しているのではありません。
僕らはクライアントの本当の目的を考えて、尚且つ本当の目的に正しい
答えを出すのが仕事なのだと思っています。

「◎◎さんの所に仕事を頼んだら、初めはえっ?なんだこれは…って
首を傾げたのだけど、採用したら周りの評判が良いし、着用している本人も
エラく評判が良いんだ。流石だよな。」

と言って貰えるのが、最高の評価だと思います。
言われた通りに物を作るだけなら、そんなに楽なことはありません。
しかし僕らデザイナー介在する事で、様々な価値観の中から「次のステージ」を
提案できるのが…使命であり得意な分野なのです。

尤も今携わっている仕事は、きちんとフォローが出来る企画と、
優秀なデザイナーがアシストしてくれる事で成り立つ仕事のなので、
僕は自分の会社の最上級デザイナーの意向を守りながら、
この仕事を成功させる事が使命です。

それに比べて海さんの場合は、様々な分野で仕事なさっていますものね。
ちょっと考えられないほど、忙しい海さんです。



僕も最近、写真って本当に楽しい!って思っています。
と、同時にプロの方の写真を見る機会に恵まれていているのですが、
「あー彼らとは根本的に違うのだなぁ」とも思うようになりました。
一枚の写真に裏付けられた知識と技術力って、とんでもないものなんですよね。

ここ数シーズン、同じカメラマンで商品の撮影が行われているのですが、
それはまあ凄いことになっています。毎回毎回仕事とは別の作品を見せて貰うのですが、
あんぐりと口が開いてしまうほど素晴らしいものだったりします(^_-)ウン

でも僕は楽しみながら素人の範囲で楽しんでいるので…カメラって楽しいのなぁ~
で良いのかなぁと思っています。

コメント有り難うございました…本当に遅くなってしまってごめんね。
★マリコさんへ
あの日、僕は同僚と鳥越俊太郎さんに会う為、
都内某ホテルの駐車場に入っていました。
約束の時間までまだ余裕があったので、駐車場に車を停めて
ラジオを聞いていました。

まあ仕事も忙しい時期でしたし、ある意味5分でも余裕があれば
寝てしまいたい…って感じだったので、良い休憩になったのです。


初めに気が付いたのは同僚の方でした。
「なんか車揺れていない?」

僕は全く感じていませんでした。
というのも…当時大きな車から小さな車を乗り換えて、乗り心地が
かなりチープになっていたのです。だからそれがその車のデフォルト
なのだと思ったのです。
「あーこの程度の風の影響をこんなに受けるんだ!」って。

ところがあまりに激しいので同僚がおかしくないか?って。
そこで初めて『地震だ!』と。

その時は地震が東京で起こっているのだと思って、まさか東北であんな事に
なっているとは思いも寄らなかった。携帯はつながらず、当日娘がピアノか
英会話の日で…それに出掛けていたら面倒だ事になるなぁと。

家内に電話しても、家に電話しても全くダメで(通じない)、
軽くパニックになりました。
幸い娘は外出前で、家内が一番初めの揺れでタクシーに飛び乗り
家に向かっていたので、何度も繰り返した電話がやっとつながった時には
二人で家に居てくれました。

あの時に感じた事を、きちんと自分の中で教訓にしたはずなのに…
最近はちょっとお座なりになっている所があって、猛省している僕なのです。



髪型ですが…逆に写真を持って行って切って貰った事は無い気がします。
15歳の時から切って貰っている美容師さんなので、髪を切る以外に「くつろぎ」に
行っている気がします(^∇^)アハハハハ!

コメント有り難うございました。

★tomatoさんへ
そうですね、早いもので8ヶ月…が経とうとしています。
こんにちはtomatoさん。


「喉元過ぎれば熱さを忘れる…」のたとえですが、
この震災に関しては両面を持った言葉だな~と思っています。

まずは決して忘れる事が出来ない被災者の方には、
逆に出来る限り辛い思い出(記憶)をを忘れて欲しいなぁとも思います。
もちろんそんなことは出来ない訳ですが、大きなショックをそのまま
「生」で持ち続けることは、やはり辛過ぎるだろうと。

辛過ぎる記憶は心の深い所を傷つけてしまいますから。
時間だけが薬なのかも知れませんが…生々しい辛い記憶が少しでも早く
薄れていくことを願うばかりです。


逆に自分の生活を考えると、あの時に感じた「過剰すぎる生活」や
「どこか物欲に支配されている面がある生活の見直し」とか…色々考えたのに、
気が付くと何も学んでない気がして。

僕の多くの友人達のように「ボランティア」や「義援金の募集活動」なども
全くしなかった「負い目」があるので、少しでも長く支援し続けようと
思っているのでした。


改めて…多くの失われた命に祈りを捧げたいと思います。

コメント有り難うございました。

★naokoさんへ
お早いお越し有り難うございますm(__)m 
リコメントがこんなに遅くなってしまって…本当にごめんなさい。
なんだかちゃんとリズムが作れなくて…ここ数日こんな感じに
なっています(^_^;)アセ


naokoさんを拝見していると、きちんと今回の震災に向き合われたなぁ~
と心から思います。なかなか出来ることではありません。
で、僕はどうだったかと言うと、とてもじゃないですが…
自分を肯定する様な事が出来ませんでした。

naokoさんもですが、僕の専門学校の時の友人は、某ラジオ局が企画した
ボランティアに参加して。しかもそれを誰にいう訳でもなく、
ただ黙々と複数回繰り返している。

そもそもが正義の人なので、宗教心とかではなく困っている人をみると
手を差し伸べる人柄なんですが、今回もまた彼の行動には心動かされました。

そして自分を振り返るとどうだったのか?と考えると、本当に何もしなかったな~と。
と、同時に一生勝てないなぁと心から思う人です。
同じデザイナー職でこれから彼の作る物にも、その精神が宿っていると思うと…
尚更敗北感に苛まれるのです。

尤も、そう言う友人を持てた事に、深く感謝もするのですけどね(*^_^*)
彼自身はとても自然体なので、何とも思っていないと思いますが、
「絶対勝てない」と言うエピソードが沢山あります。
彼についてはまたいつか書きたいと思います。


彼と言い、naokoさんと言い…僕の周りには、勝てない人ばかりなんですよね。
嬉しいような、困ったような…。

コメント有難うございました。

*こんにちは。
先日、仙台の友達がPARISに遊びにきました。
3月11日当日のことを詳しく聞きました。
彼女は建物の屋上に逃げ、上から、人が津波で流されてる姿をみて、そのショックが大きいようです。
そして彼女が言っていた言葉、運があった。。。ちょうどお昼を食べていた彼女はいつもなら、外に出るはずが、その日は中で珍しく食べていたそうです。外にいつも通り買いに言っていたら…。そして、津波が来る前も、上司が建物に残れと、でも彼女は、古い建物が崩れるのを恐れてどうしても出たかった、でも、結局、上司の言うことを聞き、出なかった…出ていれば、津波に飲み込まれていたはずです。
だから、彼女は、明日、ナニが起こってもおかしくない体験をしたから、後悔しないように、生きようと考えるようになったそう。

ほんと、何気なしに生きてる毎日。大切に生きないとだめだね。
こんばんわ
久々のコメントになってしまいました。
papaさん忙しそうですが、体調大丈夫でしょうか?
そろそろ寒くなってきてますものね。

ところで、久々カメラを持ったら
思いのほか、、やっぱり楽しかったです♪|´З`●) 
やっぱり、カメラ好きですーー私ーーー♪って
海で叫びたった(笑)

ようやく何気ない写真でも撮りたいな~とも
思うようになりました♪

明日は結婚式の写真撮りです!
結婚式場の方に頼まれました~~~。
式と披露宴両方。。。かなり緊張。。。。

まぁ、、ちょっとしたボランティアなので
好きなように撮れるように頑張ってきます~
  • 2011/11/11 19:15
  • URL
こんにちは
雨の金曜日ですね。100年に一度 11が 3つ並んだ日。
8か月前の11日 地震のあと 娘に言われるまま ごはんを炊いたり お風呂に水を汲んだり・・
そして 私がTVで見た最初の被災地の様子は 
津波が流れ込む仙台空港の映像でした。
あれから 春が来て夏が来てまた冬が来ますね。

異邦人の久保田早紀さん
当時 美容院で 彼女みたいな髪型にしてください と言った覚えがあります。
考えてみたら 美容院では いつも 芸能人と同じ髪型に と言っているかも
・・・ と すっかり話がそれました(^^;
もう八ヶ月になるんですね。
喉元過ぎれば、という言葉は今の仙台市にぴったりです。
復興景気で夜の街も大賑わい。
そこには、一粒のお米を、一秒間の電気を、一ミリリットルのガソリンを、
なんとかして節約しようと耐え忍んでいたあのころの姿は微塵もありません・・・・

でも。それでも私たち被災者は、
外見ではどんなに明るくしていても
八ヶ月前の二時四十六分に端を発した未曽有の大災害を忘れることはありません。
それぞれの心のなかにそれぞれのあの時が
深く深く刻まれています。
これ(喉元過ぎればという状態)でいいのかな、とちょっぴり思ったりもしています。
後は一日も早い福島の復興が急がれます・・・・

あれから八ヶ月、ですか・・・・
  • 2011/11/11 00:07
  • tomato
  • URL
  • Edit
今日も普通に朝が来ました
ちょっと寒かったけどね(^^ゞ
おはようございます、ナチョパパさん。

私も毎月11日にはあることをしています
あの日を忘れないように…と

命あること、何気ない日常を大切にしたいです
この記事を拝見し、あらためてそう思いました
さあ、温かい珈琲を淹れましょヽ(^o^)丿
Comment Form
公開設定