ちょっと脇道:見上げてごらん


ぼくの育った町には銀杏並木がある。
確か「都の木」も銀杏だったし、東京都のシンボルマークも銀杏をデザインしたモノだから
(正確にはアルファベットのTから来ているらしい)子供の頃から馴染みの深い樹の一つだ。



普段は叔父家族と九州で暮らしていた祖父が、時折上京して来る事があった。

今にして思えば70歳台前半で、ちょうど今の両親と同じ位だったのだと思うが、当時小学一年生
だったぼくには、えらく歳をとった人に見えていた。

記憶では二週間から一ヶ月くらいの間で、ある程度まとまった期間を我が家で暮らし、
6人いる子供の内、5人が点在する埼玉や三鷹市の家にキャラバンの様に遊びに行っていた。

誤解の無いように書くけど、いわゆる「たらい回し」というではない。
悠悠自適の行き着く先は「プラプラと子供達の家に旅行している」みたいな感じだった。



祖父はよく言えば「趣味人」、普通に言うと…禄でもない人で、昔はそれなりに働いていたものの、
宝くじに二度当る…という嘘のような人生で、人生の半ばで働く事を放棄しちゃったような人だ。
宝くじのお陰で家は有るし、当時は珍しいアパートなんかも建てちゃって、その家賃収入も
有ったりしたから、それなりに暮らしてはいけたらしいけど、6人も子供がいれば
生活が楽なはずもなく、子供たち(父を含む兄弟)、祖母は苦労したという。


矛盾しているのだけど、どうしようもなくダメな人だったけど、 愛情だけはたっぷりある人
だったらしい。
子供達に愛情をたっぷり降り注ぎ、子供たちもその愛情を充分に感じていた。

それは当時子供だったボクの目から見ても、祖父は子供たちから愛されていた事が良く分かった。




小学校に入った年の秋、祖父が遊びにきていた。

ある日、普段はバスで行く荻窪駅までの3キロちょっとの距離を歩く事になったのだ。
今考えると単に「祖父の運動」だったのだと思う。


歩きながら、ぼくはわざと躓いたふりをして繋いだ手をグッと引っ張り上げてもらう事十数回。
足腰が弱って来ていた祖父は「ワシもまだまだ」的な笑顔だったが、今思えばわざとらしい演技に
苦笑いしていたのかも知れない。

3キロもの道のり全てが銀杏並木だった。
多分、10月の下旬か11月の初旬。銀杏の葉はハラハラと散りながら、その真っ黄色な葉を
カーペットの様に歩道に敷き詰めていたようだったのを覚えている。


もしかしたら多少美化した刷り込みもあるかも知れないけれど。

       コントラストの世界 フラットな世界
                      @渋谷 君は何を書き込むか…









駅まで続く街道は左右に微妙なカーブを描き、黄色い葉を落としていて、
その中を祖父の手を握りながら歩くのだ。

躓くフリをする度に、握った腕をグッと上に引き上げて、「よっ!」とか「おうっ!」とか
言いながら歩き続けている。
駅まで歩き切ったのか、それとも途中で挫折したのか、最後は覚えていないけど。





麻布にある仙台坂の中腹に、半ば廃屋化した動物病院があった。
娘が日曜礼拝に通っていた頃、毎週日曜日にその前を通り坂の上の教会に行くのだ。

園児と共に狭いバス通りを歩くのは、気を使う。片側一車線のこの坂は、
片側にしかガードレールが無い。
歩く脇をギリギリに過ぎる車に気を払い、不意に飛び出したりしない様に気を遣いながら、
この坂を登るのだ。


動物病院の前に辿り着くと、古木とも言える程の銀杏の樹が有って、夏には青々とした葉をつけ、
秋には視覚一杯に黄色い世界を作ってくれる。

晩秋にはたわわな実を付け、強烈な匂いを放ちながら、季節が移り変わる様を見せてくれた。



日曜の朝。
早くに支度をさせて面倒がる娘を何とか教会に行かせる呪文の言葉。

「今日もクサクサ(臭々)爆弾から逃げよう!」とまるでゲームをする様な感覚で誘うと、上手く興味を引くことが出来た。



「今日もクサクサ爆弾から逃げよう!」
と。

撮影ナチョ
                   @南青山  探検隊での一枚  photo by nacho






いつの間にか、動物病院があった場所は広大な時間貸しの駐車場になっていて、廃墟の様な建物も
あの銀杏の樹も無くなっていた。
余りにも綺麗さっぱりなくなっているので、そこに何が有ったのか一瞬分からなかった程だ。

娘を迎えに行った後、仙台坂を通るコースで帰宅した。
坂にさしかかると
「ナチョ、ほら見て。ここに有った大きな銀杏の木…無くなっちゃったんだよ。覚えている?
 クサクサ爆弾?」

『うん。覚えている。凄い楽しかったよね』
「そっか…覚えているんだ。ナチョ小さかったから覚えていないと思ったよ」

『……』

「どうした?」

『ナチョ 楽しかったって思い出と クサクサ爆弾って言葉は覚えているのだけど…
 細かい事は覚えていないんだ…ごめんね』

なぜか娘は申し訳なさそうにそう言った。


「えっ?!」

ぼくは春も夏も秋も冬も、雨の日も雪の日も、夏休みも、春休みも、冬休みも、
毎週通ったのだけど、あの銀杏を覚えていないんだ…と思ったら、なんだか寂しかった。


でも…しばらく考えていたら、逆にそれで良いのかなと。

いや、凄く良いのかも知れないなァと。

だって…

『楽しかったって思い出は凄く覚えている』
のだから。




今年はこんなに暑い夏だったのに、実は銀杏の葉はもう既に少しずつ色付け始めている。
もちろん遠景で見るとまだまだ青いのだけど、近くに行って真下から見上げてみると、
木によっては色付いている葉が幾つか見つけられる。

この週末、あなたにとって大事な誰かと一緒に、近くの銀杏を見上げてみてはいかがだろう。





スイマセン…記事がまだ書けてい無くて。ちょっとつなぎの話を入れましたm(_ _)mペコリ
記事が書き上がり次第、ちゃんと更新します。リコメントも遅れていますが…お許しを。










Comment

こころさんへ

いやいや…お越し下さって有り難うございます。
そもそも『気まぐれ化』していますから(苦笑)、
いつお越しなっても大丈夫なようにしております((;^_^Aエヘヘ なんてね)

ブログは仕事ではないので出来ない時はゆっくり参加するのが良いと思います(o^-^)ゞハイ


いやぁ~それじゃ親子揃って一緒なんですが、全行程を覚えている訳でも何でもなくて
『躓いたふりをした事』と祖父の「おっ」とか「よっ」って掛け声を覚えている
って感じなのです。

今はどうだかわかりませんが、当時は確かまだ公共で道路掃除って事が少なかった
気がしているのですね。
じゃあ街道はゴミだらけか?って言うと、そうではなくて街道沿いの人達がちゃんと
自分の家の前を清掃していたのではないか?って思います。

祖父との思い出…実はあまりないのです。
もちろん『何か悲しい関係だった』と言う事ではなくて、そもそもあまり
コミュニケーションがなかったと言う感じです。
東京と九州の福岡ですから…今よりももっと遠く長い距離だったのです。
だからどうしても電話などでしかコミュニケーションが取れなかったのですね。


(((o^∀^)oアハハ…親子揃って同じような写真を撮っているのです。
ナチョはコンデジ、ぼくは一眼なんですが…殆ど差がないのが悲しいような、
嬉しいような(((o^∀^)oアハハ

コメント有り難うございました。

こんばんは。

この頃、いつもご訪問が遅れています。すみません。
さらには自分のブログがまたまた停滞しっぱなしです。
合わせてすみません。。。。
こんな日常で大丈夫なのかなー・・なんて思います。

さて、お祖父さまとのすてきな思い出、金色の銀杏並木が見えてくるようでした。
小さいときのこういう思いでのひとコマで、ミョーに心に残るものがありますよね。

お小さいときのお嬢様との思い出はまだまだ現在進行形なんでしょうね。
今年の秋もまたきっとすてきな思い出が増えるのでしょう。

ナチョパパさんのお写真も、お嬢様のお写真も、それぞれとてもすてきな写真ですね。
鍵コメさんへ
鍵コメさんへ
了解致しました。こちらこそ宜しくお願い致します。
季節替りゆえ、体調管理が難しい時期でもありますから(^u^)ウン

御報告わざわざ有り難うございました。

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2010/09/25 22:32
kirageegeさんへ
いやいやお元気でいらしたようでなによりです。
御実家というと秋田に戻られていたのでしょうか? 
久しぶりのご実家という事になるのでしょうか? 
ゆっくり出来たのなら良いのですが…(o^-^)ゞハイ。


あー確かに神宮外苑の銀杏並木は今や名所になっていますね。
一斉に色付くその光景はそれだけで絵になりますから。
でもぼくはkirageegeさんの仰っている神社のイチョウの大木が見てみたいです。

なかなかその時期に合わせて帰省して写真に残すなんて事は
出来ないでしょうけど…(^_^;ゞエヘッ 
いつかチャンスがあったら是非お願い致しますm(_ _)mペコリ


(((o^∀^)oアハハ ナチョの写真 結構面白いですよね。
以前は身長の高さが子供独特で面白かったのですが、
最近は段々大きくなってきたからその面白さはないのです。
でもその分色々な格好で((苦笑)…時々しゃがみ込んだり、
寝っ転がったりして、大人には出来ない格好なんですが…(苦笑))
写真を撮っています。
この時もしゃがんで撮っていました。
因みにそのしゃがんだ姿勢を写真に撮ったりしていました(((o^∀^)oアハハ


えっ? 写真変わりましたか? 
そこで7月13日ってなんだっけなぁ?と思ってみたら…
『沖縄』からの写真なんですね(^v^)ニコ 変わりましたか? 
写真? 

もしこれが良い方に変わっているとしたら、
写真が変わったと言うよりも…いつも身近なエリアでの写真が
メインだったのが、旅行先だったからって事ではないでしょうか? 
この沖縄に関しては完全に被写体に恵まれていたからだと思います。

でも写真を見てkirageegeさんにお褒めの言葉を頂けるなんて、
とても光栄です(^v^)ニコ 
正直…特に僕の中で変わった事はないのですが(苦笑)
それでも改めて写真を撮るのが楽しくなってきそうです。

お忙し中、コメント有り難うございました。

超御無沙汰しております。

ちょっと訳あって田舎に帰っておりました。

イチョウ並木と言ったら僕は神宮外苑を思い出しますね。
イチョウだけだったら田舎の神社の大木ですけど
ここでよくイチョウの実を拾いました (^^;

ところで、誰も言ってないようですが・・・・・
ナチョちゃんの写真とても素敵ですね。センスが光ります。
背景がまたnachopapaさんをくすぐるにも十分ですし(^^)

で、今まで他にアップしてたかな?と思ってNEXTをクリック
していってわかったのですが、
7/13以降nachopapaさんの写真確実に変わりましたよね?
カメラがE-3であることは何ら変わっていないのですが。
とても素敵なスナップばかりでほれぼれします (^^)/
  • 2010/09/25 00:36
  • キラジージ
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バウトレビューさんへ
お越し頂き有り難うございます。
写真の事、そう言って頂けると嬉しいです。
なかなかきちんと時間を割いて写真を撮る…という事もないので、
どうしても近所のテキトーな所でシャッターを押す感じなってしまうのですね。

まあ「写真を撮る」って息巻いたからと言って、
良い写真が撮れるのかどうかも分からないのですが、
それでもやはりきちんと時間が作れない。。。というのはフラストレーションが溜まります。


「モノより思い出」確かにそうですね。今でもそう思っています。
ただ不思議なもので子供に関していうと、何が(どこが)金銭に触れるのか…
今でも良く分かりません。

これは憶えているだろう…ってことが全く記憶になかったり、
逆に娘に言われて「あーそうだったけ?」っていうよう事が、
強烈な印象になっていたりするようで。

ディズニーランドに行って楽しく遊んだから、
どのアトラクションが楽しかったのか?という会話をすると、
帰りの駐車場で影踏みをした事が楽しかった…なんてこともある訳で(苦笑) 
だったら親からするとディズニーランドじゃなくても良い…みたいな事なんですが(苦笑)

バウトレビューさんの尤も幼い時の「親」にまつわる記憶ってなんでしょうか? 
優しい思い出だといいのですが。

コメント有り難うございました。
tomatoさんへ
こちらまでコメント有り難うございます。

そうなんです。井草八幡の交差点から荻窪に向かう青梅街道です。
この表記だけでもリアルに想像が出来るのでしょうね。
今はどうなっているのか分かりませんか、上井草四丁目の交差点には
いなげやが有って、複雑な誤差路の角にはフレンド商会という自転車があって…。
思い返すだけでも、沢山の記憶の欠片が散らばっています。


ご家族でお食事をされて、tomatoさんの幼少の頃の話で家族に
笑顔が生まれるというのは素敵ですね。
ぼくも時々同じ様な光景になりますが、父としての威厳を保つのが大変です(苦笑)
※母がその辺は心得ているので安心はしていますがヾ(*°▽°)ノアハハ


そうなんですよね。
記憶は薄れていきますが、基本はそこでの楽しかったという感情が
残っている事が大切なのかと思いました。
僕らの記憶もきっと楽しい事だけが頭の中に残っているので、
幸せな子供時代が蘇るのですものね。

尤も、時々苦い思いでも深い所に残っていて…ふと頭をもたげてくる事が
あるのですが。でも圧倒的な幸せな記憶の方が大きいのは、両親に感謝しないといけません。

返信が遅くなってしまってすみません。
コメント有り難うございました。
y0kihiさんへ Re: いいですね~
こんにちわy0kihiさん お元気でいらっしゃいますか? 
スイマセン…リコメントもご訪問も遅れております。

いや、なかなか連載しているシリーズが進まなくて(^_^;ゞエヘッ 
その時々であった事をサラッと書いたのですが、
ホッとして頂けたとしたら…とても嬉しいです。

そうですか。y0kihiさんのおじい様は長い間y0kihiさんと
御一緒にいらっしゃったのですね。
羨ましい気がします。
考えてみると本当に歳をとってからの祖父は足腰が弱ってしまって、
子供達の所をキャラバンする事がなくなってしまったので。

大人になってからの祖父との記憶って希薄なんです。
だからなおさらこの時の記憶が鮮明だったりもするのですけどね。

子供虐待に関しては本当に心が痛みます。
法治国家ではあってはならない事なんですが、
この子供に対する虐待だけは『特別な刑罰』を適応できないか?
って思います。

子供って親が絶対で、虐待の途中で発覚して虐待があった事を確認しようしても、
自分の親をかばい続けるらしいんです。
しかも虐待されるのは『自分が悪い子だからだ』って思う事が大半らしいのです。

大人でもそうですが、子供の脆弱な心はそこを上手く消化できなくて、
精神に大きな障害を残してしまう…人格形成が上手く出来ない場合が散見されると言います。

過剰反応でも良いから、『虐待』から子供を守る体制(社会的な機能)を
確立すべきだと思います。
間違っても躾で子供を傷つける事はありません。
傷つけた時点で『虐待』だと認定しても良いのだとぼくなどは思います。
周りの家でなんども「ごめんなさい ごめんなさい」と誤っている子供の声が聞こえて、
その後に頻繁に悲鳴が聞こえるなんて、躾でも何でもない…とぼくは思います。

それを本当に親が『しつけ』だと思っているなら、その親をきちんと教育し直さないと、
同じ事の繰り返しになるとぼくは思います。

あ…スイマセン。子供の話になるとつい熱が入ってしまって(^_^;ゞエヘッ

(o^-^)ゞハイ…娘、本当に大きくなりました。
もう靴なんて子供の可愛い小さなものじゃなくなっていますから…(((o^∀^)oアハハ 
なんだか昔の小さなパーツで作られた世界が懐かしくも思います。

コメント有り難うございました。

naokoさんへ Re: 銀杏
なかなかお伺いが出来ない中、
三連投のコメント有り難うございます。
ついに昨日はツイートもする事なく終わってしまいました(^_^;ゞエヘッ 

さすが…ロコでいらっしゃる! 仰る通りこれは青梅街道です(;^_^Aエヘヘ 
ほぼ新宿までずっと銀杏並木が続くのですよね。
この話を書く為にネットで見たのですが、
青梅街道は木材を運ぶ為に江戸時代に作られた街道だったのです。
今ではその大半が都道なんです。

あまりにも大きい街道なので、てっきり国道だと思っていたのですが…。

実はこの話を書いた時、今までのシリーズがなかなか筆が進まないで
(核心部分になると、どう書いたら良いのか…凄く迷う事になりまして、
誤解が生まれるような事になっては元も子もないので、ひたすら書き方を問われている感じです)、
『あーちょっと違う話を書こう』と考えたら、娘を迎えに行った時に
1/3ほど黄色く変色した銀杏が何枚かハラハラと道に落ちて来たんですね。

それで…この話を書こうと、わざわざ動物病院跡の駐車場前を通って
ナチョに伝えると…ブログの様な内容になったのです。

この話は思い出が美化されているとしたら、その部分を残して全て事実です。
だからこれが美しい話…と思って頂けるとしたら、それはとても嬉しいです。
神宮前の銀杏並木もまだ青いままですが、時期が来たら一気に黄色く色付くのだと思います。
そうしたらまた今年も写真を撮りに行かれるのでしょうか?

 naokoさんの銀杏と未来ちゃんのいる景色が見たいと思います。
そしたら未来ちゃんにも黄色い銀杏の記憶が出来るかも知れませんね(^u^)ウン

コメント有り難うございました。
久しぶりにPCで拝見しました。
携帯だといまいちわからない写真がキレイですね。
NPさん昔のブログで、物より思い出、と記述されていましたね。楽しかった思い出が残ってよかったですね。
  • 2010/09/23 19:31
  • バウト
  • URL
間違いなく、善福寺交差点から新宿方面に向かって続く銀杏並木ですね。
私は、関町交差点から善福寺交差点に続くケヤキ並木の下で育ちましたので
そちらの思い出の方が強いのですが
この銀杏並木にも、もちろん懐かしさがあります
というか、今そこに住んでいますので何と表現したらよいか・・・・
  
そうそう、先日、敬老の日を前に両親と私どもの家族で
食事をしたのですが、
いつもながら母が私の小さなころの話をします。
妻と娘は面白そうに聞いていますが、
当の本人は殆ど覚えていないので正直面白くありません。
ただ、そういえばそんな感覚が今でもあるなあ、
というのは感じるんですね。
細部は思いだせないけど、感覚的な何かがね・・・・
 
親というのは常に子供をみていますので
私でも娘の印象的な仕草や体験などは
今でもはっきりと覚えていることが多いです。
娘にそのことを言うと
全く覚えていないことの方が多いのですが
時々、私がどきっとするくらい鮮明に覚えていることもあるようです。
いずれはその思い出も薄れていくのでしょうが
パパさんが仰るとおり、或いは私が知覚するように、
娘にも感覚としてこころに刻まれてくれてればいいかなあ、と
そう思っています・・・・
  • 2010/09/23 09:31
  • tomato
  • URL
  • Edit
いいですね~
なんだか文章 読んでいて ほっとしたっていうか、、、
まっこと いい感じだなぁ・・・って お祖父さんとの想いで。
祖父、父、娘 3代の関係・・・って言うか。祖父には、、、
僕もいーっぱい可愛がって貰いました。7年前まで生きて
いたので、いくら悪い頭の僕でも いろいろ覚えてます(笑)
だけど最近まで生きてたからかも知れないのですが、
小さい頃から祖父は祖父で変わらなかったような。。。
ナチョパパさんも そうやって 一杯愛情を受けて育たれた
ので、ナチョちゃんにも一杯愛情が注げるのでしょうね(^。^)
最近ほぼ毎日嫌でも目に耳に入ってくる子供の虐待、、、
昔からあったのかな、、、継母が、、、ってのは聞いたこと
があるけど 今は実父や実の母って言うのに信じがたく
て。。。
ナチョちゃん、、、大きくなられたでしょうね 精神的にも
すっごくd(^-^)ネ!
  • 2010/09/23 03:45
  • y0kihi
  • URL
  • Edit
銀杏
荻窪まで歩かれた道は青梅街道だったのかしら。
銀杏が続きますものね。
そう?色づいているんですね、
気づいていなかった(^_^;)
こんなに今日も暑かったけど、秋はちゃんと進んでいるのですね。
見上げてみま~す。

銀杏にまつわる2話。
ナチョパパさんが子供だった頃のおじい様と歩いた思い出、
時が経ってナチョパパさんがナチョさんと歩かれたクサクサ爆弾、
二つのお話が何だか銀杏の葉のようにはらはら…と
色を伴って、あ、匂いまであったわ、、
舞うような美しいお話でした(#^.^#)

今年、やがて銀杏が金色に輝く頃、
また楽しい思い出が一つ増えますように…
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