いつかきっと…終

                  katarau
                           @表参道 語らう時




《前回の話…》 

子が歌い出したのは、歩行者用信号が青に変わり歩き始めた時だった。電子音で奏でられるピッチの狂った「通りゃんせ」に合わせて、腕を振りながら横断歩道を渡り始めた。 

 ほんの数メートル先を歩く親子の歌を聴きながら、胸をぎゅっと締め付けられるような思いに駆られた。理由の分からないその感情の源を探ろうとして、娘との懐かしい日々を思い浮かべる。でもそこに思い当たる節はない。何しろ娘と手をつないで歌を唄いながら歩いたことなど、きっと一度もないから。

  国道を渡りきり親子は右に、彼はそのまま真っ直ぐに進んだ。歩きながら心の中ある思いを探り続けた。思い出せそうで思い出せない、もどかしさを抱いたまま歩き続けたという。

 あと幾つかの角を曲がれば自宅と言う場所で、記憶のパズルがカチッと音を立てて填まった。そして一気に自分の子供の時に記憶が飛んだ。


 幼い時に父親を亡くした為に、母親が沢山の仕事を掛け持ちしてしながら、独りで育ててくれたという。生活するだけで一杯一杯の経済状況だった。特にどこかに連れて行って貰える余裕も無い中で、唯一の密なコミュニケーションが保育園からの帰り道、家までの30分間を手をつないで歌を唄いながら歩く時間が「最も幸せな時間」だったと。そしてその時に母親が教えてくれたのが…

「通りゃんせ」だった。

 完全に忘れていた記憶。いや忘れていたのでは無く、頭の中から消えそうになっていた記憶が、目の前の親子が口ずさむを見て思い出してしまったのだ。それは鮮明に思い出されて、あの時の母親の匂いや、笑顔や、握った手の感覚が、一遍に思い出されて、あまりの生々しい感覚に息も吸えないぐらいだったと。

「そうしたらさ…」
「…」
「悲しいとか、懐かしいとか、そんなんじゃ無いんだよ。説明が難しいのだけど、もうさ…滝のようにただ涙が流れて止まらないのよ。自分でもビックリ知るほど。ホント…ただただ流れるんだ」
「…ただ、ただ、かぁ」

「不思議なんだよ。心の中は一切の高ぶりが無いのに、涙が止まらなくて。正直困ったよ。気持ち悪いだろネクタイを外したスーツ姿の中年のオヤジが、ポロポロ涙を流しながら歩いているのだから。そして親がいなくなるというのは寂しいなって心から思ったよ」
と。

 その後、彼は一時間くらい自分の母親がどんなに苦労して育ててくれたかを話してくれた。そして、
「なんか今日が本当の意味で供養している気がするよ。あまり女房とお袋の折り合いが良くなかったから、家でお袋の話をこんなにした事無かったからなぁ。もう3年近く経っちゃったけどな。」
「そっか」
「ああ。だから今泣けないって言うけど、いつかきっと何かの拍子にオマエも同じ様なことになると思うよ」
「実感無いけどなぁ」
「オレだって無かったよ」

そんな会話をしてその日は分かれた。



 表参道の駅からゆっくりと歩いて自宅に戻った。最近、駒沢通りが延長されて乃木坂まで伸びて、駅からのコースが変わった。六本木通りを横断する信号には「通りゃんせ」のメロディーは流れない。長い横断歩道を渡りながら、果たしてボクが同じ様に涙が流れるとしたら、果たして母のどんなシーンなのかなと思いを巡らせてみた。


 もしかしたら、友人と同じ様に消えている記憶が蘇るのかも知れないけれど。

ー完ー



長い間、お付き合い下さいまして有り難うございました。
またこの話をブログに書くことを気持ち良く快諾して下ったS君に心から感謝致します。

酷暑

                      届け想い…
                        @二子玉川 思いは届くのだろうか




スファルトからの照り返しと、ショーウィンドウに写る太陽の反射熱で肌がジリジリと音を立てるような、文字通り酷暑の日でした。今の時点(22:35)で港区の気温は28℃を指していて、今夜も熱帯夜になる事が見て取れる。秋風が待ち遠しいボクです。

 記事を書く時間がありませんでした。明日以降までお待ち下さいませ。




暑ッ~




お休みなさい。



いつかきっと…3

                  瞬間…
                         @麻布十番 ここ ここ!



《前回のお話し…》


 ともかく彼はしばらくその微笑ましい親子の様子を見ていた。そして自分の娘が三歳だった時の事を重ねていたと。

彼には二人の女の子がいて長女は大学生、次女は高校三年生で受験を控えていた。子供のことを話す時は幸せそうでもあるのだけど、と同時に「忙しくて子育てをしてきたとは言えない」「奥さんに任せっきりにしてきた事を後悔している」と苦笑いしながら言うのが癖だった。その彼が目の前の光景を見て、思わず自分の娘の幼い時を重ねて光景を見ていたわけだ。



 目の前の親子が歌い出したのは、歩行者用信号が青に変わり歩き始めた途端だった。電子音で奏でられるちょっとピッチの狂った「通りゃんせ」に合わせて腕を振りながら歩いていたらしい。


 ほんの数メートル先を歩く親子の歌を聴きながら、胸をぎゅっと締め付けられるような思いに駆られたらしい。理由の分からないその感情の源を探ろうとして、娘との懐かしい日々を思い浮かべる。でもそこに思い当たる節はない。何しろ娘と手をつないで歌を唄いながら歩いたことなど、きっと一度もないから。
国道を渡りきり親子は右に、彼はそのまま真っ直ぐに。歩きながら心の中ある思いを探り続けた。なんだか記憶が出てきそうで出て来ない、もどかしさを抱いたまま歩き続けた。には苦しくなるほどの懐かしい思いに締め付けられて、
 ともかく彼はしばらくその微笑ましい親子の様子を見ていた。そして自分の娘が三歳だった時の事を重ねていたと。




ここから彼の涙の理由が一気に明かされた。





アー今日もまた終わらなかった…次回こそ終わりますので、もう少しお付き合い下さい。


明日の地球…

                      自由に…自由へ…
                    @麻布十番 今でも時々、何処か遠くへ出掛けたくなる
 



変わらず関東地方は酷暑で多くの人が熱中症で倒れたり病院に運ばれてたりしたようだ。工場で働く43才の男性が亡くなるほどなのだから、やはり気温が上がった時の数字は普通では無いのだろう。

 記憶に間違いが無ければ、夏休みに開放された小学校のプールでさえ、本当に快適なのはほんの一週間程度で、それ以外は唇を真っ青にして入っているのが普通だった。

 最近の学説では、どうも簡単には「温暖化」とは言えない…と言われているけど、どっちにしても九州地方の大雨や、体温を上回る様な気温が普通になるというは、地球の持つ様々なシステムが大きく変わってきていることだけは確かな気がする。

 「地球を守ろう」的なキャンペーンを目にするけど、まあ気温がドンドン上がって、オゾンホールが大きくなっても、困るのは地球ではなく…人間なので、正確には「人間を守ろう」なんだけど。


 
さて昨日までの話の続きは…また明日以降で…。



いつかきっと…2

                      今頃かよ
           @自宅 今頃3月の写真データをまとめている。まずは内容を付箋に走り書きして…分類します…






《前回からの続き…》

  『いやさ、取引先から会社に戻らず直帰する事になったのだけど…』

 友人の話はこうだった。

 取引先との商談が長引き、会社に戻らず直帰することにしたという。結果的にいつもより一時間近く早くに家路につくので、駅から家まで約20分の道のりを、バスを使わず歩くことに。特に深い考えがあった訳でも無く、「健康の為」程度の考えだったのだけど。

 歩いてみるとこれが思いの外つらい。残暑が厳しい時期でもあったが5分もすると体中から汗が噴き出し、普段外すことの無いネクタイも取ってしまった。中でも一番の難関は300メートルほど続くなだらかな上り坂。上りきった所にある国道を渡れば、後は一気に自宅まで下り坂なのだけど、そこまではなんとか頑張らないと…国道目指して歩いたらしい。



 ついに国道まで来て、直前の大きな交差点が赤信号で歩みを止めた。すでに信号を待つ親子がいて、その後ろ姿を何気なく見ていた。多分三歳ぐらいだろうか…女の子がお母さんと手をつないで何か話をしている。そして信号が青に変わると、つないだ手を前後に振りながら、歌を唄いながら横断歩道を歩き始めた。

「なに、その女の子とお母さんの姿を見て、自分の幼い時の記憶で重ねて泣けたとか?」
「いやちょっと違うんだ…」
「じゃなんで?」
「今から話すから、急かすなって」

 決してもったいつけている感じでも無くて、どう言えば正確に伝わるのか模索しているような様子で。しばらくは食事を続けて彼が話し出すのを待っていた。



と言う所で…ボクがもったいつけてしまった。
スミマセン…一気にまとめて書く時間が取れなくて。本当は短い文章なんですが、前後が分からないと…何の話か分からなくなるので細かく書いています。明日には最終回にしますので…もう少しお付き合い下さい。




業務連絡:S君…出来る限り聞いた通りに、文章にしていますが…間違っている箇所があったら、メールでお知らせ下さいm(__)m 宜しくお願いします。



日常の光景…

                      生活をすると言う事
                    @小伝馬町界隈 生活すると言うこと~路地観察~




メだ…今日も書けなかった…皆さんごめんなさい。明日頑張りますゥ~。爆睡します。




彼女の住む街に思いを馳せて…

                  彼女の住む街に…
                      @南青山 彼女の住む街に思いを馳せて…



変わらず今日も蒸し暑かった。梅雨も明けたし、これからしばらくはこんな感じなのだろうか? 体全体からじっとりと汗が出て…あまりにも気持ち悪かった。

 本当は昨日の記事の続きを書こうと思っていたのですが…あまりにも時間が無くて書けませんでした。明日以降…仕上げられるように頑張ります。

コメント下さったバウトさん、naokoさん、続きが書けなくて…ごめんなさい。もう少々お待ち下さい。




いつかきっと…1

                       あの日…
                @有楽町 実はパパの為の日なんだよ…今は気付いていないだろうけど




『いつかふとした時に涙が止まらなくなる様な事があるかも知れないよ』
そう言ったのは友人だった。母が死んだ日から数日経っても泣けないボクに、かつて同じ様な経験をした友人が言った言葉だ。

 その友人は一人っ子だったので、一人で葬儀を仕切り、法要を経て、山のような手続きをこなしながら、親の死に対応していたと。気付くとあっという間に半年が過ぎていて、自分が母親の為に一度も泣いていないことに気付いて、きっと自分は親の死を冷静に乗り越えたのだろうと思っていたと。


 『それがさ、ある日…えっともう一周忌はとうの昔に終わっていたから、お袋が亡くなってから一年半以上経っていたかな。街を歩いていたら突然涙が出てきてさ…止まらない訳よ。45(才)を越えたオレが、街を歩きながらひたすら号泣よ…あはは』
『えっ? なんで?』
『だろう。自分でもビックリよ。で、なんでだと思う?』
『うーん』

街中で自分の母親と似た人を見たとか、懐かしい場所を歩いていたとか、いくつかの答えを出したけど全て外れ。そしてゆっくり、その理由を話してくれた。

『いやさ、取引先から会社に戻らず直帰する事になったのだけど…』




と言う所で、今日はお終い。明日に続きます(^.^)

 

 

夜 街 写 歩

                      ~大阪の夜~
                         @船場界隈 Night - Shot




かにただ歩いているだけで、じっとりと汗をかく。そんな夏の夜の大阪の街をカメラ片手に出た。そこで東京にはない歴史とかつて華やかだった時代の名残りのある建物を探す。もちろん新しい建物も美しいけど、近代建築の先駆けとして作られ経年したビルも、その贅を尽くして作られた様は堂々として美しい。それはきっと時間だけが創り出す事ができるものなのだろうと思う。

 歴史と文化の香りを強烈に放ちながら佇んでいる建物たちが点在する。見れば見るほど美しい街だ。いつかもっと時間をかけてゆっくりと街を歩きたい。



明日、一つ大きなプレゼンがあるので…頑張ってきます。

つきましては…kazahanaさん、raouさん、しょうさん、aki-oliveさん、リコメント 明日以降になります。もうしばらくお待ち下さい。

休みの過ごし方…

                  リノベートされた40年以上前の地下駐車場
                   @銀座 40年以上前に作られた…鮮やかな地下駐車場





「最近、ナチョちゃんの事を娘って書きますよね」と指摘されたのは、確か今年の初め頃だった。
 まあもう11才にもなるし身長も150センチを超えて、口頭でならともかく文章で「ナチョ」と書くよりも「娘」と書く方がしっくりきて自然とそう書いていた。

 成長と共に「パパに対する嫌悪感」が増すだろう…と思われるのが、今月もまだ兆候はなくてホッとしている。

この時期、コレクションの休み前打合せ多く、家内が土日に会社に行くことが多いので、二人で時間を過ごすことが多い。似ている者同士と言うこともあって、昼飯を食ったり、本屋に行ったりで…気を遣わなくて良いのも良い。たとえば「娘のが望むことをしなきゃ」と言うよりも、自分がしたいことをすると娘も楽しめる感じなので助かる。


 今、最も二人が共通で楽しんでいるのは大型本屋だ。それぞれに携帯を持っているから書店の入口で「なんかあったらこれで」と携帯を持ち上げて挨拶して…別行動になる。気に入った本が見つかったら携帯を鳴らして貰って会計はボクがするわけだ。
 あまりにも選んだ本が多いと「パパ選抜」を経て購入する。ボクが子供の時そうだったように本に関しては「非課税」ならぬ「非お小遣い」として申請出来るのだ(笑)

 昨日まで沖縄に行っていたので、今週末は休息日にしたが…この夏休みは一体何冊の本を一緒に買いに行くのか? ちょっと今から頼みだったしりしている。




街の遊撃手…カメラを片手に

                      彼女の時間が…
                 @淀屋橋 街から人が消えると、彼女達の時間が始まるらしい… 




張の初日は酷暑で37℃を越えていて、二日目は大雨で22℃だった。どのくらいの寒暖差まで体が対処出来るのかは分からないけど、この15℃と言うのはボクにとってはどうやら限界だと言う気がする。「体調を壊す」ってほどではないが、なんだか今とても倦怠感があって…今日になって朝からダラダラとしてしまった。

 とは言え…どうしてもしなければならない仕事もあって、そうは休んでいられないのでそれだけは終わらせてから病院に行った。


 病院と言っても何処かが悪いわけではなく、いつもの片頭痛の薬とは別に「自己注射」を選択肢に入れることにして、その講習を受けに行ったのだ。

 色々な薬を試して通常の片頭痛に対処する為の薬は見つけることが出来た。しかし時々(月に一度くらい)「猛烈な痛み」で、ほぼ二日間はベッドから起き上がれないことがあって、それには全く対応が出来ないでいた。

 仕事をしている以上「寝ているわけにはいかない」こともある訳で、「この猛烈な痛みに対応する方法は無いか」と考えていたら、「最近は”自己注射”(自ら”太もも”や”二の腕”に注射をする)で鎮痛剤を打ち込む事が出来るようになった」と言う事が分かった。今日はそれを取り入れようと病院に行ったと言う訳だ。


 今日は片頭痛ではないので「練習キット」というダミーで「打ち込む時のシミュレーション」をして終わった。あのとんでもない(片頭痛の)痛みに比べたら、針が刺さるのは我慢できる!と思うのだけど…片頭痛が治まった今、キットを見ると「(針を刺すの)ちょっと怖いな」って…思っちゃうのだけどね(苦笑)





明日のお話

                  ベビーカーを薔薇で包んで…
                    @二子玉川 ベビーカーが薔薇に包まれる瞬間の写真



ほど、  酋長 、もとい、出張から戻りました。猛烈に眠いです。いつも「猛烈に眠い」感じもしますが(苦笑)…そこはオジサンに免じて許して下され!(笑)

 tomatoさんそしてnaokoさん…リコメント明日致します。もう少々お待ち下さいm(__)m お休みなさい。




しまった…一旦寝てしまった。

                     待ち人カクニン
                        @都内某所 空間を感じて…




まった…油断した。気心の知れたクライアントと食事をしてビールを一杯飲んだら、猛烈に眠くなってしまって…ホテルに戻って爆睡してしまった。今も鏡の中の自分を見ると…ウサギ並みに目が赤い。ブログを更新したら…また爆睡します。お休みなさい。  ~大阪にて~




 

新盆(初盆)を終えて…

                  視線
                         @二子玉川 熱視線 夏視線 




は久留米(福岡)、亡母は鳥栖(佐賀)の出身だったので、法事法要は九州の習わしの中で行われてきた。この地域は「お盆」を8月に行う。東京は7月と言うことで、本日菩提寺で法要に出てきた。

 7月2日に四十九日法要を終えたばかりだったので、家族の誰もが「8月になったらお坊さんをお招きして供養すれば良い…」と思っていたのだが、そう言うものでは無く魂が戻っている時に「供養」をすることが大切だと言うことで、本日執り行ったというわけだ。

 本当はお坊さんが家に来てくれることになっていたのだが、今はマンションを引き払ったりしている最中なので…こちらからお寺に出向いて供養して貰った。酷暑の中で馴れないスーツを着て、ネクタイを締めて…法話と読経を聞いていたら、比喩でも何でも無く気が遠くなり意識が遠のきかけたのでビックリした。なんでも熱中症で亡くなる方もいるらしいので、場合によっては母親の供養の最中にお寺で昇天…なんて全く洒落にならんなぁと、一人笑いをかみ殺して合掌した。


 こうやって法事を一つ一つ経験して行くのと比例して、色々な思いが段々とフラットになりやがて日常になって行くと改めて感じた今日だった。


 さて明日は大阪、明後日は名古屋に出張です。なかなかリコメントが書けませんが、もう少々お待ち下さい。

 酷暑の夜、少しでも快適に眠れると良いのですが…皆様、お休みなさい。


ついに梅雨明け…

                       美しいタイポグラフィー
                        @麻布十番 美しいタイポグラフィー



いに今日、東京は梅雨が明けました。皆さんのお住まいの地域はいかがですか? 昨日のブログでも話題に上がった群馬県館林市は、なんと39℃を記録したようです。「今年は冷夏なのかも…」と思っていましたが、ここまで暑くなると、やはり夏は厳しいかも知れませんね。

皆様も水分、そして塩分をきちんと摂取して熱中症には気を付けましょうね。室内にいても熱中症にはなりますから、「私は家の中にいるから大丈夫」なんて考えていてはいけませんよ。突然「頭痛が始まった」などと言う時は、熱中症の可能性があります。また体内のイオンバランスが壊れている時もありますから…充分に気を付けて下さいね。



きっと誰かも見上げているだろう空

                  今日の空を見上げる…
                        @青山五丁目  今日の空を見上げる




 こしばらく、なりを潜めていた「片頭痛」が昨夜から猛威をふるっている。暴れ始めると薬を飲むしか無いのだけど、どの薬を飲むのが一番効果的なのか悩む。同じ様な頭痛でも過血流なのか、乏血流なのかで飲む薬が全く違うから。

 今日、群馬県館林市では37℃越えの酷暑日になった。東京の丸の内でも33℃、八王子市では36.5℃だったらしい。空調の整った窓から空だけを見ていれば、梅雨明け宣言が出されてもおかしくないような快晴で、ただそれをベッドに横たわって見ているのは勿体ない気がした。

 もし「一生片頭痛にならない薬」が売り出されたら…一体ボクは幾らまで払うのだろう…と考える。近眼のレーシックが30万円で出来るなら、やはり30万円は出せるなとか、いや倍の60万円までなら出しても良いなぁと考えながら…アイスノンの枕で首筋を冷やしている。尤も「片頭痛が起こっている時」と「そうで無い時」で毎回金額が変わっているのだけど(苦笑)


 「ベッドに横たわって」とは言うものの、この時期に三連休をしっかり取る余裕は無くて、午後から会社に行った。先週より書き続けているデザイン画の仕上げと、その表紙(クライアントに渡すために表紙を付ける)を作らないといけなかったから。

 誰もいない会社で電話も鳴らない静かなオフィスで、ひたすら絵を描いているのは気持ちが良い。時折遠くでFAX機が受信をして紙を吐き出している音が聞こえて、自分のPCのファンが猛烈な勢いで回り出す音も悪くない。もちろん本当は平日、しかも規定の就業時間内で仕事を終えてしまうのが一番良い。
 
 でも

 もし

少しだけ「思考」を必要とする作業の時には、誰もいない静かなオフィスでゆっくりと思考をまとめる事を許して欲しい。この上無く上質で贅沢な時間でもあるのだから。



月夜の晩に

                  勢揃い
                        @南青山 街の中で灯りを探す…




からアパートまではゆっくり歩くと5分掛かった。街灯が少し長めの間隔で配されていた。

霧の夜は路面にスポットライトのような光の円を描き出し、光源からは美しい光の三角錐が作り出される。それは幻想的で美しい光景で…とりわけ完全な夜が訪れる少し前の時刻の何もかもが蒼い色に包まれる時が格段に美しい。
 
 やがて闇が辺りを完全に支配すると、路面の光の円は輪郭をハッキリとさせコントラストを強くする。まるで光で作られた街路樹のように見える。

 少し離れた所から、間隔を空けた光と闇が繰り返される舗道を人が歩くと、姿が現れたり消えたりするように見えるは、とてもミステリアスで芝居の演出されたシーンにさえ見えるのだ。


 ただ月夜の晩は…闇が弱まり、マジックの種明かしのように…闇の中の人の姿が薄っらと見えてしまう。そう言う意味では、月夜の晩、蒼い月の光に照らされて、身も心も全てを見透かされてしまうのは、狼男だけではないかも知れない。


 蒼い月夜の晩に…あなたはどう見えるのだろう…。

少し優しい時間を…

                  都心のマックは高いの…知っていましたか?
                @麻布十番 知っていましたか? 都心のMcDonald'sって高いの…。




ケジュールが勝手に埋まっていく状況を「良し」として良いのか悩む。自分の意志で対応しているのでは無く仕事に振り回されている感じ。カレンダーの空きを見つけては仕事を埋めていく...うーん、イカンなこれじゃ。

 多分、ちょっと疲れているのだと思うのだけど…家に帰って食事をすると、もうガックリきていて何もやる気が起きない。音楽を聴きながらベッドにドタッと倒れ込んで…ブログの記事を書いたり、本を読んだり、SNSに反応していたりする。
 今日もほぼ一日絵を描いていた。締め切りも近いから、ただ必死なだけなんですが…心に余裕が無い感じがして…。

窓から入る風に吹かれて…昔懐かしい曲をボォーと聴いています。心安らぐ優しい時間。皆さんも良かったらどうです…一曲。


 Liane Foly Les Faux Soleils ←クリックしてね。



さあ今日も早めに寝ようっと。



青年の…もとい、中年の主張

                      綺麗な人でした。
                       @麻布十番 ちょっと幸せな気分…


のような暑い日は、暑さに負けてシオシオになる。シオシオになると…困るので、沢山の水を飲む。沢山の水をおしっこに行きたくなるので行くと、ハンカチがビショビショになる。ビショビショになると気持ち悪いから、二枚持つようなる。二枚持つと…パンツのシルエットが汚くなる。


だから影響を受けないデニムで仕事している・・・っていたら、言い訳になるのだろうか…47才。今だスーツ着ないで仕事しています。



八月の雪

                      彼女のエリア
                      @国際展示場 ガラス越しの彼女のエリア




 ーストラリアの映像が流れるのを見て、季節の名前は気温の高低によって付けられる訳では無く、時期や期間に付けられているのだな…と思った。日本の場合は「二十四節気」で「大寒」「小寒」のように「気温の高低」による名称の違いを感じさせるような表記があるから…複雑になってしまうけど、単純に四季「春・夏・秋・冬」で考えるとよく分かる。

 時期で分けていると言うことは…「夏は暑いよね」とは言えても、「暑いから夏だよね」とは言えないと言うことになる。北半球にある限りは「夏の時期」は「暑い」と言うのが正しい解釈だと思うけども…。
 もちろん生活の中でも「そう言え」って話じゃ無くて、季節の名称の概念をきちんと理解すると、そういう事になる…って意味。 

 その時期に寒くっても「冬」とは呼ばずに「冷夏」…つまり「寒い夏」であって、気温によって季節の呼び方を変えたりしない。

 すると…南半球の常識はどうなるのだろう。

 赤道を境に日本と真反対に位置する都市を思い浮かべる。「今」を切り取ると時差はあっても、7月10日は7月10日だし(地域によって1日ぐらいはズレるけど)…2月は2月だ。
すると…気温に関係なく8月という時期の名称を「夏」と呼ぶとしたら、北半球も南半球も8月は「夏」で、ただし…北半球の夏は「暑い」けど、南半球の夏は「寒い」って事になる。

 となると、北半球に居るボクは「夏は暑い」って思っているし、南半球の人は「夏は寒い」って思っている事になる。

 だから良く「今、南半球は季節が逆転しているから…今、冬だ」って言う人がいるけど、それは「日本で言うと」と言うことで、南半球の人から言わせると…「こちらも夏ですよ。だから本当に寒いです」って事になるのかな?って…。「夏が暑い」っていう感覚は北半球の人だけなんだと。

 南半球の人にとっては…「真夏の雪」は普通のことなんだ…と改めて思ったのだった。まあ…どうでも良いことだけど(苦笑)



濡れたアスファルトに…

                   街のグラフィック
                            @麻布十番 路地にて…



れも自然破壊された結果の現象なのか、「自然災害」のニュースをここ数年良く聞くような気がする。元より地震大国でもあり、地域によっては毎年のように台風の直撃を受ける場所もある。そこに最近では記録的な大雨や、アメリカで起こるスーパーセルと言われるような巨大竜巻が発生する事もあるから、やはり異常気象である事は間違いないだろう。

 雨でジトジトするのもウンザリだし、一日違うだけで気温差が10℃以上もある事も、年齢と共に辛くなってくる。朝、雨空を確認する時の気持ちは…夏嫌いであっても「夏を待ちわびる」心持ちになる。


 朝から強い雨が降って、通勤の足に大きな影響を与えた時があった。同僚からも「電車が遅れているので、遅刻します」といううんざりしたような、諦めたような口調の報告が何本も入った。
 しかしそれも正午になる頃に雨は上がり、猛烈な早さで流れる雲の合間から、強烈な日射しが照りつけて一気に夏の様相を見せ始めた。 街路樹も、建物も、車も、人も、自動販売機もすべてずぶ濡れの街が、ジリジリとした太陽の熱で一気に水蒸気を空中に放出し、その湿気が街を覆うような感じだった。

 やがて真っ黒だったアスファルトも…迷彩柄のように乾き始めて…所々に小さな水たまりを残すのみになった。

 その小さな窪みが一斉に青空を写し出していて…まるで穴が開いた道路の下に、ポッカリと大きな空間があって、地中にも空が広がっているような不思議な光景が目の前に現れたのだ。
 そういう時に限って…カメラも携帯電話も持っていない自分を恨んだが、もしカメラがあってもボクはあの光景をちゃんと写しきることが出来るのだろうか?と…思ってしまう。


 今度こそは、濡れたアスファルトが完全に乾くその前を狙って、カメラを片手に街に出てみようと思う。そして出来たら写し撮れれば…と思うのだ。例え出来なくてもきっと楽しむことが出来るだろう。




梅雨の晴れ間に亡き母の家で…

                      海外へ流される映像…
                        @国際展示場 なにやら真剣に…


日は母の遺品の整理をしてきた。昨今は廃棄するにもコストが掛かるので…出来る限り子供達で引き取ることにしたのだが…それでもほとんどは廃棄される事になる。

 そもそも金目の物など何も無いので、「貰う」のか「捨てる」の判断は値段ではなく…「思い出」に重きが置かれている。そこで改めて「物の価値」というのは実に決め辛いなぁと。妹も子供を連れて来ていて…「あーこれ懐かしいよね」とか言いながら、片付けをしているのだが、思い入れを言葉にして出してしまうと…もう全然捨てられなくなってしまうわけで(苦笑) 

「ダメだ…もうそれを言っちゃ先に進まん!」と…取り敢えずめぼしい物を粗選りして、ある程度まとまったら…最終的に必要な物だけを選び、あとはひたすらゴミ袋に。一日中その繰り返しのだ。

 まだあと何回かは行かないといけないが、段々と部屋が空になっていくのは作業を進める者としては嬉しいが、と同時に寂しい気にもなる。そんな梅雨の間の晴れの日曜日だった。

当時の僕らへ…

                      追い掛けるように…
                    @麻布十番 美しい歩き方の女性見ると嬉しくなる





 年前、銀座線の中でポロポロと涙を流している女性を見た。車両の連結部分近くのボックス席での出来事だ。声を出さず、ただどうしようもなく溢れ出す涙を中指で一粒一粒ぬぐっている…そんな感じ。本を読んでいたボクは、見てはいけないものを見たような気がして、慌てて視線を本に戻したけど…強烈に惹かれて何度となくその涙を盗み見てしまう。涙をぬぐう指の動き、所作がとても綺麗で惹かれてしまったのだ。暗いだけの窓の外をじっと見ながら、溢れる涙をぬぐっていた。

 フランスでのボクの住まいは、モンパルナスという主要駅から郊外電車に乗って二つ目の「クラマール」という小さな駅の近くだった。市内の多くが地下鉄なのに対して、郊外線は地上を走る電車で…とてもフランス的な時間感覚に従って運行されていた。
 09:10出発の電車は09:10頃には「多分出ますよ…」って意味だし、三ヶ月おき、いや酷い時は一ヶ月に一度はストやデモがあったりして、運行がない日があった。ある意味とてもフランス的だった。

 そんなアバウトな電車を待つ間、ボクは良くポータブルミュージックプレイヤーで曲を聴いていた。クラマール駅のホームの先端に立つと、遠くにパリの町が見えて…エッフェル塔、そしてモンパルナスタワーが見える。
 夜遅くにその光景を見ることは稀だったけれど、それでも遠くに見える夜のパリの中に光る美しいエッフェル塔のライトアップされた姿は、心を締め付けられるような思いに駆られる…美しすぎる光景だった。

 今でもその時聴いていた曲を耳にすると、当時の自分の姿と、当時のボクを支えてくれた人達を思い出す。 
あの時好きだった人もそうだし、友人達、パリで出会った人達、そして家族。もちろん47年前にボクを生み、47年後の今日四十九日を迎える他界した母も含む。

 
 今年の七夕はあいにく雨になってしまった。「今日は何もしない」と決め、朝から音楽を聴いたり、本を読んだり、ネットサーフィンをしたりして過ごした。気付くとラジオから当時ホームの上で何度となく聴いたこの曲が流れてきた。
 当時を思い出すのと同時に、電車の中でポロポロと涙を流していた女性も思い出した…なぜだか分からないけど。


 今日、沢山のお祝いのメッセージを頂いた。心から感謝します。もし宜しかったら一緒に歌詞を拾いながら聴いて下さい。あなたがボクの思い出の中の住人になっているかも知れませんよ。


花瓶   電車の中の女性へ
distance  支えてくれた多くの人へ






街角で…2

                  ガラス越しの街
                        @麻布十番 移り変わる街角で…




 が閉まってちょうど一週間がたった朝、閉まっていたはずのシャッターが上がっていた。そして何事も無かったように腰の曲がったお婆さんが、商品を綺麗に並べていた。それを見た時、膝が抜けそうになった。「特に親しかった訳でも無いのに…」と内心笑ってしまったけれど。

 再開した”かどぱん”には大きな変化があった。


 店の奥の一段高くなった所にレジがある。一日の大半をお婆さんが過ごしている場所だ。ところがその席に一人の若いお嬢さんが座っているのだ。お婆さんの歳が分からないのと同じ様に、このお嬢さんも年齢がよく分からなかった。高校生と言えばそう見えるし、20歳代後半と言われれば…やはりそう見えるし。年齢が分からないのだ。まじまじと見るわけにもいかなかったが、「“かどぱん”=お婆さん」の図式が出来上がっている中で、「”かどぱん”にうら若き女性」…は無かったし、しかも綺麗な女性なのだから、どうしても見てしまう。

どこかで見たことがあるような気もしたが、最後まで分からなかった。


 しばらくして…突然あっ!と気付いた。
 ”かどぱん”のレジの上、天井に近い所にモノクロームの写真が一枚だけ飾ってある。若い背の高い男性と、小柄の綺麗な女性がこっちを見て立っているのだ。男性は真っ直ぐとこちらを見ていて、傍らの女性は静かに微笑んでいる。昭和の町並みの中の“かどぱん“の前で撮影されたものだ。コインパーキングになる前のガラス屋とクリーニング店が写っている…懐かしい写真だ。
 そして、あのレジに座っていたお嬢さんが、その中で静かに笑っているのだ。

 ”かどぱん”が再開してからお婆さんは、時々休むようになった。しかしお店は変わらず営業している。つまりお婆さんが休みの日は、あのお嬢さんが店番をするようになったのだ。

 お店が閉店している間、お婆さんは風邪をこじらせて入院を余儀なくさせられていたという。仕方なく店を閉めたがお婆さんはベッドの上でお店のことばかり心配していたらしい。親族は医師と相談の上、精神的には店に戻る方が良いだろうと、退院が検討されたが…高齢である事を考えると、今までのようは状態では許可を出す訳にはいかないと。医師から二つの条件が出された。一つは必ず休みを増やすこと、そしてもう一つは誰かに手伝って貰う事だった。そこで名乗りでたのが、あのお嬢さん。お婆さんのひ孫だったという訳なのだ。

 これを切っ掛けに、お婆さんの負担を少しでも軽減させようと、少しずつお婆さんの代理をするようにしたのだという。



 ドラマだったらここから話がドンドン広がるのかも知れないけど、なかなかそうはならない。相変わらずお婆さんは朝7時きっかりに店を開け、午後になるとお嬢さんと交代した。また土曜日も定休日になった。この話をしてくれたのは、戦前からある婦人服店の女主人で…詳しいこと詳しいこと。

 話に夢中になる女主人が名前を言いかけたのでストップをかけた。なんだか”かどぱん”のお婆さんは「かどぱんのお婆さん」だし”かどぱん”のお嬢さんは「かどぱんのお嬢さん」のままが良いなぁと。


 なんでも最近は近隣のオフィスから若い男性が買い物にくることが増えたらしい。
もちろん”かどぱんのお嬢さん“目当ての客だろう。ボクも”かどぱん”に行くのだが…目当ては密かに「お婆さん」だったりするのだけど。いつまでもお婆さんに店に立ち続けて欲しいなぁと思いながら…。


〈完〉

眠くて挫折…

                  to ku to u se ki
                      @麻布十番 特等席でお待ちしております…




々に猛烈に眠くて…今日は撃沈です。また明日以降、昨日のお話しの続きを書きます。お休みなさい





街角で… 1

                      お知らせ
                          @都内某所  店内某所…





"かどぱん" は正式は「角パン」と書く。
もちろん本当の屋号はは“角パン”でもないのだろうけど、近所の人は誰もが「角パン」と呼んでいた。


 小さな交差点にある小さな古いパン屋で、腰の曲がったお婆さんが一人で切り盛りしている。どのくらいお婆さんかと言うと、今年72才になる商店街の会長が小学校に上がる前におぶって貰ったことがあると言い「その時にはもうお婆さんだった」と言っているのだ。まあ会長は大風呂敷を広げる事で有名でもあるのだけど。


 十数年前にこの町に地下鉄が開通した。夏祭りがテレビや雑誌で特集されるようになると、一気に「お洒落な街」として脚光を浴びるようになり、「町」から「街」になった。

 時を同じくして古い商店が欠けるように姿を消して、どこの街にもあるチェーン店のコーヒーショップやドラッグストアが出来始めた。
 商店街の中心に突然出来た創作和菓子の店が「この街名物」とマスコミで取り上げられると…驚くような集客があった。そして「町の歴史」と題された古い写真集に写っている老舗の和菓子屋が、ある日コインパーキングに変わってしまった。
 驚くことに「この街名物」と言われた新しい創作和菓子を食べたことのある「この街の住民」は、知る限り一人もいなかった。



 評判のイタリアンやフレンチがオープンすると、それに呼応するように、世界的なパン職人の名前を付けたブランジュリーが何軒も出来た。この狭いエリアに…正に乱立するように。

 しかし”かどぱん”はそんこととは全く関係なく、いつも朝の7時になると開いて夜に8時には閉店した。
 去年までは年末年始、そして日曜祝日以外は一日も休む事はなかった。唯一の例外は昭和天皇が崩御なさったその日、1日だけ休業したのだった。


 近くに沢山のコンビニがあり、中には買収劇で二度も看板が掛け替えられた店があった…コンビニと言えども変わっていく中で、やはり”かどぱん”だけは変わらずに小さな交差点の角に在り続けた。
 この10年で、通りに面した小さな昔からの商店は無くなり、跡地にはマンションが出来た。”かどぱん”の両隣でさえ今は更地になりコインパーキングが設置されている。交差点の対岸からその光景を見ると…長崎の出島のようにポッカリ飛び出しているように見えたのだ。


 今年の春先だった。いつもなら開いているはずの“かどぱん”のシャッターが開かなかった。そしてそれが数日続いた。三日も続くと周りの人がざわざわとした。


そう…まさか…と、”かどぱん”のお婆さんを案じたのだ。




続く



雨音を聞きながら…

                      歩く…
                        @日本橋 あちら側にいる人…



けるような青空の朝を迎えたのも束の間、午後にはポツポツと雨が落ちてきた。帰路に着く車のフロントガラスと屋根に当たる雨音が大きくてオーディオのボリュームを上げるほどだった。


 ボクが子供の頃のバスの床は木製だった。そうやって考えると自分でも歴史を感じるのだけど、その床はほとんど黒に近い色をしていて、オイルか、柿渋、タールのようなものが塗られた(きっと雨などの水分で痛まないようにする対策)フローリング材だったのだ。
 時間と共に匂わなくなるのだが、新車やメンテナンスが終わったばかりのバスに乗り込むと、その瞬間に独特の匂いがした。

 残念ながら、それがどんな匂いだったのか…ハッキリとは記憶に無い。特に良い匂いだったという事も無かったのだけど、記憶の中に「新しいバスと雨の日のバスには独自の匂いがする」という言葉(感覚)が頭の中にあるのだ。
 その時の匂いをハッキリとは思い出せないのに、なぜかボクは雨の日の路線バスの匂いが、郷愁感に似たノスタルジックな感じがして好きなのだ。

 「それってどんな匂い?」って聞かれると困るが、少し蒸すような…そしてそこにいる人の気配を感じさせるような…そんな匂いだ。


 今日も外出の時に都バスに乗った。もう今はビニール素材の床になっているし、当時の匂いとは全く違うのだけど…「雨の日のバスの匂い」という記号に懐かしい思いを抱くのだ。

無事終わりました。

                      空の彼方へ…
                         @西麻布 あの空の彼方へ…



日無事に四十九日法要が終わりました。ホッとした反面…手中にある手続きがまだしばらく続くなぁと言う感じです。

 ちょっと疲れてしまったので、リコメントも中途半端ですが…早めに寝ます。どうかお許し下さい。良い夜をお迎え下さい。




梅雨らしく…

                      日射しの中で…
                         @表参道 日射しを浴びて…




前中の日射しが嘘のように、15:00過ぎから天候が崩れた。降り始めこそ遠慮がちだった雨も18:00を過ぎると本降りになってしまった。梅雨だから雨が降っても当然なのだが、ここ数日晴天が続いたことで梅雨が明けたような感覚になっていた。

 先日も書いたように「例年」という概念が欠如しているから、いつ頃梅雨が明けるのか…分かっていないけど…あと二週間もすれば夏本番に突入しているだろう。


 娘と話していて…今月の中旬にはもう夏休みになる事を知った。「夏休み」って響きグッと来ながら(苦笑) 感覚だけは「まだGW辺りの感覚」しかない自分に気付く。歳を重ねる度に時間ばかりがドンドン過ぎていくのだなぁと…と思うのだった。


 明日は四十九日法要です。