鏡の誘惑 Vol,2
- Day:2010.02.28 19:47
- Cat:独り言
たぶん何度も重なる偶然は、時として必然なのかも知れない。
初めてこの駅に降り立ったのは、友人が住んでいたから・・・という理由。
その後は彼の紹介で出会ったガールフレンドがこの町に住んでいて、やがてデザイン学校に
通うようになって、その時のガールフレンドもこの町に暮らしていて、この駅を使っていた。
そして、今年で13年にもなる忘年会をするデザイン学校時代の友人も、
この駅のすぐ傍に住んでいて・・・。
そうやって考えると、ぼくの人生の最も重要なキーマンになる人達が、JR、私鉄、メトロ、
都営地下鉄など東京に星の数ほどもある無数の駅の中から、この駅をまるでピンポイントで
選ぶように関わりながら、記憶を形成している事を思うと、やはりこの駅に関わることは
「単なる偶然」と言うには無理な気がしてしまう。
度重なる「偶然」は、「必然」なのかも知れない・・・と。

@表参道 『駅』
その日は所用で久しぶりにこの駅に降り立った。そして随分と様変わりした様子に
ビックリしてしまった。
何しろぼくの人生の大半の記憶の舞台であるこの駅が記憶とは全く違う様相を呈していたから。
馴染みだった洋品店もなくなり、駅の構造までも少し変わっていて、今ではどこの街にもある
チェーン店のシアトル式コーヒー店になっていた。 でも当たり前かも知れない。
何しろこの10年で空き地だった場所に、超高層マンションが建つぐらい様変わりをする
町もあるのだから。
約束の時間まで、まだしばらく時間があったので、ぼくは「小さくて大きいショッピングビル」
へと向かった。
建物の外観は、少し煤けた感じにはなっていたけど、当時の印象のままそこにあった。
時間を潰すつもりで入ったので、特に何をしたいと言うこともなくブラブラと辺りを伺うように
歩いていると、やはり内部は大きく変わっていて、所々にある「記憶の欠片」とつなぎ合わせる
ようにして、一階から二階へと足を向けた。
エスカレーターを上りきった踊り場には、ゲームコーナーがあるはずだった。
しかし実際には物悲しげな空間が広がっていて、どこの店舗のものだか分からないが、
空になった段ボールがひらきにされて、数枚束ねて置かれていた。
それを見るだけでも、ショッピングビルの置かれた立場が垣間見られるような気がした。
そのただ広い空間を左に曲がると、クレオパトラの店があるはずだ。
正確には何という名前なのか分からないけど、「クレオパトラの店」と心の中で呼んでいた
あの店だ。
ゲームコーナーが無くなっていると分かった時、角を曲がった所にあるクレオパトラの店の存在を急に思い出したのだ。
歩みを早めて、防火壁になっている鉄製の壁を曲がった。

@南青山 骨董通りから一歩入った場所にいたアンドロイド
「贈り物ですか」
クレオパトラの店は丸で記憶の中を逆戻りしたように、何も変わらずにそこにあった。
当時と同じように、店には誰も客がいなかったのも、ぼくの記憶を瞬時にリアルな過去に連れて行ってくれた。 もちろん店内にある物は、この30年の間に違う物に・・・何一つ当時の物は残っていないだろう。 でも店の構造も、店内の一番奥にあるカウンターも、当時そのまま2010年に再現されたように、 そのままだった。
「贈り物ですか」
その声がした方向に顔を向けたぼくは、思わず声がでそうになった。
「クレオパトラの店」の由来にもなった、当時の店員がまるで時間が経つのを忘れていたかのように、その場にいるのだから。
声を掛けて来た彼女は、少しだけ微笑んでいた。
ぼくは即答が出来ないで少しの間を置いてから
「えぇー」
と何とも間抜けな返事をしてしまった。
そんなことは気にも留めないように・・・
「ちょっとお高いでしょ・・・それ」
と言った。
クレオパトラが「お高い」と言ったのは、ぼくの視線の先にある手鏡のことらしい。
この店の多くの物は五千円も出せば買える物ばかりだった。
インド更紗のワンピースも三千円台だし、何かの植物で編まれたらしいハンドバッグも、
「天然石パワーストーン」と手書きのPOPの付いた長尺のネックレスも、
五千円を越える事はなかった。
でもその手鏡に付けられた小さな値札には、青いスタンプの印字でで「48500円」と書かれていた。
桁外れに高価な手鏡ではあるけど、他の商品と同じように、無造作に置かれていて、
不注意に手に取ってしまうと、一桁0が多いことに気づかないままレジに持っていってしまいそうな。
特別な演出もされずに置かれていたのだ。

@骨董通り きっとコストパフォーマンスは良いに違いない…けど
「随分と高いですね」
と反射的に応えてしまった。
クレオパトラは微笑んで「ええ」と肯くと手鏡の説明を始めた。
その彼女を見ていると、ますます30年前のクレオパトラのことを思わずにはいられなかった。 常識的に考えれば何人も変わったアルバイトだか、社員だかが、たまたま30年前の店員に似ていた
って事なのだと思うのだけど、怖いくらい記憶の中のクレオパトラと似ているのだ。
「裏側の刺繍は全てハンドメイドで、一つとして同じ物はありません。持ち手を含めてその周りは純銀製なので、時々銀磨きで磨いていただく必要があります。どうしても酸化して黒ずんできてしまうので。今は独立してタジキスタンという国名になりましたけど、タジキスタンがまだソビエトだった頃に作られたものだと聞いています。」
目の前にいるクレオパトラは、ぼくが30年前のことを考えているとは知らず、ただただ丁寧に説明をしている。
話を聞いている内に、30年前のクレオパトラの顔が記憶の中からドンドン薄れて、
目の前の彼女の顔と当時のクレオパトラの顔と置き代わってしまったような錯覚。
なんだかちょっと不思議な時間だった。
すると彼女は興味深いことを口にした。
「更にもう一つ言い伝えられているのですけど、もう期限が過ぎてしまったので、そろそろ値段を下げないといけないのでしょうけど・・・」
とクレオパトラ。いやニュー・クレオパトラ。
「 期限?」
「はい。これはまあ言い伝えというか、この手鏡のいわれみたいな物なんですけど、タジキスタンという所はモンゴルに隣接しているので、その文化的に影響を受けているらしいとかで。で、そのモンゴルにも日本と同じように干支と同じようなものがあって…干支に関する言い伝えらしいのですけど…」
という所で、続くのであった…