いや~現実になると凄いですね…




やはり今日の話題は第45回総選挙って事になるのかも知れません…皆さん投票行きましたか?

「私はいかない事が自己主張だ」って人もいるかも知れませんが、
それって単なる自己満足でしかないので…(投票に行かない=棄権って事なので「居ないも一緒」
って事になる)どうしても支持したい政党が無い時は、行って白紙投票の方が良いですよぉ~。

次回はそうして下さいね(^u^)ウン


ボクは午後から行っていきました。
何でも関東地方に向かって台風が接近中だという事で、変な雨の降り方
(小雨ってより一粒一粒は結構大きいのですがまばらで、風に煽られている感じです)で…
何かこの選挙を占うような感じになってしまっています。

皆さんご存じだと思いますが、今回の選挙って選挙投票率によっては「予想とは違う結果」が出る
可能性がある…と言われています。
強固な固定票を持っている所と、浮動票が入ることで強固になる所が分かれているからなんですよね。

果たしてこの台風を伴う雨が、どう作用するのか…この記事を書いている19:56時点では
分からないですぅ。



テレビのニュースを見ながら「アー本当に今回はどうなるのか分からないな」って言ったんですね。
それを聞いていたナチョが…

「分からないって?」
って聞くから、

「誰が当選して誰が落ちるか分からないってことだよ」
って説明したんです。


そこで冗談で
「あー突然電話が掛って来てパパが当選しましたよって言われたらどうしよう」
って言ったんです。

そしたらナチョが
「それは無いでしょ」って言ったので、あーナチョも選挙の事がちゃんと分かっているのだなぁ~と
思ったのですね。

でもわざと
「いや今回の選挙は今までと違う事が起こるって言われているからさ…電話が掛ってきたらどうしよう」
って(苦笑)

すると
「パパはならないよ」
って。

再度なんで?って聞いたら…













「疲れちゃうから」って。


(((o^∀^)oアハハ 大爆笑しました。 


因みにすぐに家内が選挙は立候補しないと、当選も落選もないって説明しましたけど。
なんか凄くおかしかった…です。

              あー発表する時期が外れてしまった…
                      @麻布十番 理髪店の貼り紙 






昨日、家内が友達と食事に行き、ナチョは義父の家で夕飯を取るという事で、ボクは自転車に乗って
恵比寿の一風堂へラーメンを食べに行きました。
往路は南青山からは基本下り坂で楽なのですが、当然帰りは上り坂になるのです。


実はナチョが2歳になった時に、電動アシスト自転車を買ってそれで色々な所に行っていたのですが、
一度バッテリーが劣化して平成19年8月1日にバッテリーだけを買い替えたのです。

と言うのも、平成19年の夏に久々にナチョと買い物に行こうと思って、ナチョを乗せてみると…
これがもう大きくて補助ベビーシートに乗れないのです(苦笑) 
まあ無理すれば入らない事もないのですが…さすがに小学一年生にもなって、自転車の後ろに乗るのも
恥ずかしいらしくて(苦笑)、無理してまで乗りたい…とは言わない状態になってしまっていたのです。



ナチョの乗らない補助椅子付きの自転車に、そんなに乗る事もなく…外されたバッテリーは充電器に
付けられたまま、3回も充電しない内に放置されていたのです。


時は流れて21年。ナチョは下手ながらも自転車に乗れるようになって、今度には二台並走して走れると
思って…久々に充電器からバッテリーを外して、自転車に装着しよう自転車置き場に行ってみると…
あまりにも長い間放置されていたので、前後のタイヤは空気が抜けてペッチャンコ。

仕方なく自宅に戻って空気入れを取って来て空気を入れるも…前タイヤは宙に浮いている状態で
保管されているのですが、後輪が同じ姿勢でずっと接地していたので…変形してしまって、
空気を入れてもリム(タイヤが付けられている金属の部分)から外れて、空気すら入らない。


これはタイヤを変えないといけないと思って、購入した東急ハンズに電話をすると…
「電動アシスト用のタイヤは、耐久性の高いモノが使われているので、サイズ的にはあるのですが…
耐久タイヤではありません。今日発注してもメーカーもお盆休みなので…入荷するまでちょっと時間が
掛ります」
とのこと…うーん。

それを待って取り換えて貰うと…ゴールデンウィーク中は乗れない事になってしまうので、
まずはネットで検索すると、なんと今「自転車出張修理」って言うのがあるのですね。

そこで電話をして内容を言うと
「耐久タイヤも在庫しています。修理は明日には行けます」
と言う事なので発注しました。
え?高いのじゃないか?って??

いやそれが出張修理の売りにもなっているのですが、町中の自転車屋さんと同じ料金って感じなんです。
まあ店舗を持っていない「出張修理」がメインなので、可能な料金設定かも知れません。
ちゃんと自転車修理検定の資格を持っているのが売りで、いくつかのお店が連盟を作ってネットで
修理受付をしているのです。

実際に来てもらって直して貰って…OK! ちゃんと問題なく修理は終わりました。



それで先日…ナチョと一緒に自転車散歩に出たのですが、どうも充電が上手く出来てなかった様で、
比較的早くに電池切れを起こしたのです。
アレ?おかしいなぁ?と思ってはいたのですが、まあ何年も放っておいたので…仕方ないかと、
家に戻ってから充電器に付いている「リフレッシュ機能」を使って充電しておいたのです。

              ギリギリだね…(^_^;ゞエヘッ
                     @麻布十番 三田側から麻布十番を見る






いや…先ほど恵比寿までは「基本下り坂」って書きましたけど、六本木通りから一旦下り登りが
あるのです。下りは多分50メートルぐらい。上りは100メートルぐらい。
後しばらく平坦な道が続いて…後は下り坂。もちろん帰りはその逆になるのです。

なんと初めの50メートルを下った所で、バッテリーのインジケータが点滅。
この点滅、「電池が無いですよ」お知らせなんですぅ。

この時点で自宅に戻って歩いて行くか、タクシーで行けば良かったのですが、1000円のラーメンを
食べに行くのに770円×2のお金を払うものバカバカしいし、かと言って自分の車で行くのも近過ぎるし…と。
電池が不安定なまま…走りだしたのです。





あの時に戻っておけば良かった。

もう平坦な場所で電動アシストを切って、人力だけで走って…信号で止まって走り始めだけ電源を
入れるような感じでも…インジケータは全く反応せず…ひたすら人力で走りました。

電動アシストにお乗りの方はご存じだと思いますが…あれってアシストを受けていない時は
「単なる重い自転車」なんですね。
食事が終って、長い上り坂を立ち漕ぎ状態で戻るボクは、秋風を受けながらも汗まみれ。
もう笑っちゃうぐらい汗まみれで、自宅に戻って着ていたポロシャツを脱ごうと思っても、体に張り付いて
しまってなかなか脱げない。

一旦、顔まで脱ぎ掛けて足元がふらつき…自分のポロシャツで目隠しされて、視界の無い状態で
よろけて、イヤってほど右ひざを脱衣所のドアにぶつける有り様でした。


結局あまりにも使わなかったバッテリーが、完全劣化しているって事なので、その後、ネットで新しい
バッテリーを発注しました。今度はコンスタントに自転車に乗ろうと思っています。
本当は渋谷だって表参道だって、六本木だって、駐車場の心配をしなくて良いので、自転車で行くのが
一番楽なはずなんです。
ナチョも自転車に乗れるようになりましたから、これからは自転車の稼働率が上がると思います(o^-^)ゞハイ




追記
今21:56なんですが…ちょっと怖いぐらい民主党が勝っています。
うーん民主党の治める政治がどうなるのか分かりませんが、まあ「国民の意志」がきちんと現れた形に
なったのは良いのではないでしょうか。

ところで神奈川11区ですが…小泉元総理大臣の二男が当選確実ようです。
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。正直ビックリしました。
えいねんさんはもしかしたらこの選挙区ですか? どんな按配だったのか? 
ちょっとお聞きしたいです(;^_^Aエヘヘ

プリズム少年 2 (終話)


今回は短く終わろうと思っていたのに、二話構成になってしまいました。
だからという訳ではないですが(苦笑)、今回は始めに種明かしをします。

今回の話はノンフィクションです。
前回過去の話を書いた時には「フィクション」だったので・・・もしかしたら疑われている
可能性もあるので(苦笑)、今回そこだけは宣言しておきます。

ただ・・・部分的に記憶違いをしている可能性が0ではありません。
この話は「ずっと記憶の中にあったシーン」なんかじゃなくて、ちょっとした切っ掛けがあって
思い出したのです。

えっ 切っ掛けって?

いや、たまたま先日テレビでやっていた映画「20世紀少年」の中に少年たちが秘密基地を作り、
大事な物を缶の中に入れて埋めたシーンがあったのを見て思い出したのです。

だから取り立てて記憶の中で「とても鮮明なのだ」というレベルではないのです。
でも妹からの手紙も本当ですし、「三丁目球場」も本当です。

これから先も安心してお読み下さい。

ナチョパパ







何年も前から、そこに空き地があることを知りながら、実際に使い始めて、
ほんの数ヶ月で「立ち入り禁止」になった「三丁目球場」。

たかだか数ヶ月だけど、使ってみるととても野球に向いている場所である事が分かり、
僕らは気に入っていたのに…。

ある日突然封鎖されたのだ。

          時代を越えて…
                      @麻布十番 三田側






この時、誰が言い出したのか? 全く覚えていないのだけど・・・
多分カノー君かイノッチだったと思う。

「三丁目球場が無くなるなら秘密のタイムカプセルを埋めよう」

という提案だった。そして…

「20歳になったらここにきて掘ろう」と。


実際には掘り返されて建物が建つ訳だから無理な話なんだけど、僕らはそれを名案だと思った。

で、敷地のどこが建物になるか分からないけど、保育所だから庭があるだろうから、
ど真ん中に掘って埋めたら・・・建造物の下になることはない!というアイディアも抜群だと
思ったのだ。


翌日僕らは各【オノオノ】が宝物を持ち寄って、僕が用意した「いずみやクッキーの缶」に
それを入れることにしたのだ。

僕は何を用意したか?って?

僕は8センチぐらいのミニバットに支えられた、ミニチュアサイズの長島のサインボール。
実物大のとお揃いで持っていたけど、実物大のものは、どうやってもクッキー缶に入らなかったのだ。

長島がまだ現役だった時に後楽園球場の売店で買って貰ったもの(たぶん偽物(苦笑))と、
みんなそれぞれに書いた「20才の俺に」という手紙(メモ程度)だった。

それをクッキー缶に入れたのだ。



「合同さよなら同窓会」に集まった人は、北は秋田から南は大分まで総勢72人になっていた。
過疎の村は何十年かぶりの大賑わいで、最長老は97才のおばあさん。最年少は一昨年入学した
3年生の8才の女の子だった。

ちょっとした出店も出て、古い校舎をバックに校庭はお祭のようになっていた。

なぜか運動会のように万国旗まで張り巡らされて(苦笑ーでもとても暖かな雰囲気だった)、
矍鑠【カクシャク】とした97才のおばあさんの挨拶(と言ってもみんなに会えて嬉しい・・・と言うような
内容で、10秒ぐらいで終わってしまったけど)があって、タイムカプセルを探す掘削が行われた。

この途中経過を書くと、結構時間が掛かってしまうので割愛するが、当初「ここに埋まっている」と
言われていた場所には無くて、ややずれた場所から見つかった。
ちゃんと業者が来ていて小さなユンボ(ショベルカー)と、ベビーカー式の地中レーダー探査機で
場所を特定しての作業だった。

程なくしてタイムカプセルは大歓声の中で見つかった。

          育て! 都会の真ん中で
                      @麻布十番 裏通りにて…




「タイムカプセル」と聞いていたので、どのような物が現れるかと思っていたけど、
いわゆる3メートルほどの塩化ビニール製の太めのパイプだった。よく住宅建設中に見ることが
出来る、直径20cmぐらいのグレーの配管だった。

どういう風に上下の切り口を塞いでいるのか正確には分からなかったけど、
きちんと蓋みたいな物があって、その継ぎ目をテープでグルグル巻きにしているようだった。

パイプが出てきた時に歓声が上がって、掘り出されてから丹念に泥汚れを拭き取られた・・・

が・・・


残念ながらパイプを斜めにした途端、中から大量の汚れた水が出てきた。
テープが剥がされて、校庭に敷かれたブルーシートに中身をぶちまけた。

紙片らしき物は残念ながら殆ど原形を留めていないものが多く、腐食のし辛いプラスティックなどの
品が次々出てきた。






いずみクッキーの缶に、僕の持ってきたサインボールの他に、毎年東京都が発売していた
河童のバッジを5色(5年分?)を入れたヤツもいた。また当時流行っていたかどうか曖昧なのだが
ヨーヨーを入れたヤツもいた。
記憶に間違いがなければ、アメリカンヨーヨーと呼ばれたものだと思う。
とにかくそこに集まった4人全員が一つずつ何かを手にして集まったのだ。

その中でカノー君だけは僕らが見たこともない物を持ってきていた。

それは

5センチ程度の長さを持つ綺麗な透明のガラスのように見えた。

そしてカノー君は得意げに「プリズムと言うのだ」と言った。


日が暮れる少し手前のグランドで、カノー君が見せてくれたプリズムは三角柱のきれいなガラスで、
手のひらに乗るほどの小さな物だけど、ずっしりと重くて、本当に宝物のように僕らには見えた。

形は全く違うけど、本物を見たことが無かった僕たちは、なんとなくそれを「ダイヤモンド」的な
イメージで見たのを憶えている。

昭和の子供達にとって「ダイヤモンド」と「100万円」は最上級の宝物と単位だったから。

カノー君の右目と瞼、頬骨に七色の虹が現れた。
その光を見た僕たちは、本当に息を止めてその七色の光を出すプリズムを見つめたのだった。

           時代にもまれて…
                     @日本橋本町 裏通りにて…






ブルーシートにぶちまけられたプラスティックの破片の中に、懐かしいキャラクターの下敷きらしきモノ
(割れてはいないけど、カールしてしまっていた)や、かろうじて残っていた作文らしき物や、
キーホルダーが出てきた。
びっくりしたのは布製のハンカチが汚れてはいたけれど原型のまま残っていたこと。

腐食が激しかったけど、新御三家と言われた当時のアイドルの若かかりし頃の切り抜きらしき
物もあった。

またこの小学校の美術クラブで作った素焼きのタイルが、割れずに8人分出てきた。
当日二人の美術クラブが来ていて本当に嬉しそうにタイルを手にしていた。





僕らは緑のフェンスを越えて、グランドの真ん中を歩幅で測り、穴を掘り始めた。

ところが…まだ数センチも堀らない内に、僕らのタイムカプセル計画は頓挫してしまった。



どこから現れたのか分からないが、突然現れたおじさんに注意を受けタイムカプセルを
埋めることは出来なくなってしまったのだ。





歓喜の内に「合同さよなら同窓会」は終わった。
そして長い歴史を持った山間の小さな小学校も、その役割を終えた。
もちろん本来ならタイムカプセルに完全な機能性があって、遠くから集まった同窓生達の各が納めた
「未来の自分に送った品々」が現れたら、もっと違ったタイムトラベルが出来たかも知れない。

でも…タイムカプセルのお陰で、何世代にも渡る卒業生が一堂に会して、年齢も、時代も、超えて、
この瞬間を用意してくれたのなら、それはちゃんと「タイムカプセル」として役に立ったのではないか・・・
と思ったのだ。

切っ掛けは「過疎による廃校」という現実があるのだが、少なくとも2009年の夏の花火には
なったのではないか・・・と僕は思ったのだ。




戦後60年以上が経って、戦後の復興は凄まじいまでのエネルギーで日本を包み、
途中バブルの崩壊などを経験しながらも、今日まで日本は発展し続けてきた。
これを「失敗だった」とは誰も言えないだろう。

しかしここに来て、まるで金属疲労のようにジワジワと僕らの生活は蝕まれてしまったのかも知れない。
他に何か方法があったのかは良く分からない。
でも僕らが子供の時に考えた「輝かしい未来」とか、「誰もが幸せな社会」がやってきたのか・・・
と聞かれると、返答に困る。

          秋空
                     @人形町 見上げたら秋空が広がっていた





今もまた窓の外では政権与党が「実行力と責任力だ」と大きな声を上げ、
政権交代をねらう野党は「戦後最大の国民選択」だとを迫って、「2009年の夏、8月30日は暑い夏」
だとスピーカーでがなっている。

でも僕はやっぱり、あの日カノー君の瞳に写った七色の虹を見た時の『ドキドキするような未来』に
託そうとした夢の方が、ずっと純粋で美しかったのではないかと思うのだ。


もし出来るなら、過去に戻ってあの「僕らのタイムカプセル」を埋めようとしている僕らがいたら、
やはり埋めさせてやりたい。土を深く深く掘って、場合によっては手伝って上げても良いとさえ
思うのだ。


この夏、もしあなたに記念すべき出来事があったら、その思いをどこかの場所に埋めてみては
どうだろうか? そして20年後、記念日に一緒に掘り起こしてはいかがだろうか? 
もちろん埋めた者の責任で、20年後の記念日までは、なんとしても生き続けないといけない。

それがカノー君のプリズムのようなとっておきの宝物だったら、それはとても素敵なことだと
僕は思うのだ。


<終わり>

プリズム少年

候補者の名前を連呼しながら街中を街宣車が走り回っている。
来る8月30日の総選挙を控えての『最後の御願い』と言うヤツだ。
最後じゃなくて、いつも御願いして欲しいものだけど、選挙が終われば
また「そっくり返り慇懃無礼な態度をとるのだろうなぁ」と思うとうんざりする。

彼等にとって今年の8月30日はとって大切な日なのだろうが、
小学生にとっては何年も前から、いや何十年も前からもっと重要な日なのだ。
なにしろ『夏休みの宿題』に費やせる時間が残り一日なのだから…。

明日提出と言うならまだ諦めもつく。
でも丸一日明日がある…と言うは、ある意味地獄だ。
だって、有権者…いや親の目が光っているのだから。

そう8月30日はとても大事な日なのだ。



とある山間の村にある小学校が、今年の春に『児童数の減少』を理由に
廃校になったとニュースでやっていた。

校舎の老朽化も進み、耐震に対する安全基準を満たしていない事が分かり、
対策を模索したが、児童数とコストを天秤にかけると、小さな過疎の村の財政では
存続が出来ないという。
やがて村議会では廃校しかないと言う結論を出した。

廃校後の校舎は転用も検討されたが、苦しい村の財政からは耐震補強は
出来ない上に、不審火や不法侵入などを考えると取り壊す事になってしまった。

          なぜかテント好きでみつけると嬉しい
                     @恵比寿 シンプルで綺麗な配色





「廃校取り壊し」は瞬く間に村を離れて都会に行ってしまった歴代の卒業生に伝わり、
昭和51年度卒業生が中心になって『合同さよなら同窓会』を開催する事が決まり、
メインイベント昭和51年に埋められたタイムカプセルを掘り起こすと言う事になった。

校舎が解体されれば、そのタイムカプセルも掘り起こされる事が無くなってしまう
だろうから…と言う理由だった。



実際にタイムカプセルを作るとなると、相当大変な作業になるらしい。
多くの場合、地中に埋める事になるのだが、完全に密封しないと、
雨水や地中の水分でカプセル内に浸水が起こり、内蔵したものに大きなダメージを与えて
しまう事が多く、掘り起こしてみると中身が殆ど腐食している…と言う事が圧倒的に
多いと言う。




どう言う訳か、僕はタイムカプセルと聞くと、不思議とワクワク感がある。
何でだろうと・・・考えてみると、タイムカプセルと「タイムマシーン」の
どこかに共通点を感じている様なのだ。

確かに言葉的に「タイム・・・」って言うのは被るし、ある時点では確かに一瞬にして時を
越えるようなニュアンスを味わうことが出来るってことはあるけど。
でも本質的に全く違うベクトルを向いているのは明白で、かなり曖昧な認知の仕方を
していることが分かる。

僕はタイムカプセル製作の経験はない。今考えると小学校や、中学校で作っておいても
面白かったかも知れない・・・とは思うけど、残念ながら一度もその経験はないのだ。

ただ一番下の妹が、どこかの博覧会で2000年に届く「未来への手紙」というのを書いていて、
「2000年のお兄ちゃんへ」という葉書が突然届いた事があった。
当時小学4年生(8歳)だった妹が35歳の僕に宛てた手紙だった。
投函した妹自身が忘れていた・・・と言うこともあったけどちょっとしたサプライズだった。。

実際には郵政省が預かっていたにすぎない手紙だけど、僕には(妹にも)タイムカプセルに
なったのだった。

            街の彩り
                     @麻布十番 裏路地在ったフラワーチェア





1974年の夏、僕らの野球場が突然封鎖された。

野球場と言ってもただ単純にまっ平らなだけの空き地で、
僕らが野球をする年齢になった時には、すでに何も建物のない整地された土地だった。

「空き地」というには整地されていて、黒土のコンディション抜群で、
あれだけの敷地が住宅地の中に残っていたとしたら、もしかしたら農地だったのかも知れない。
仮に一般の民家が建っていたとしたら、さぞかし豪邸だっただろう。


ファールやキャッチャーの後逸は許されなかったが、ホームランを打っても、
隣接している「家庭菜園」のエリアにボールが飛び込むロケーションで、
「三丁目球場」と名付けられたここに集まるのが、特定の曜日の放課後の半ば習慣だった。

それまでは4丁目の「赤土(これはもう少し小さい上に民家に囲まれた土地だったので、
野球をするには遠慮が必要だった)」がメイン球場だったが、
4年生と同時に僕を含む多くの友達が塾に通い始めたので、
「四丁目まで行かないで身近な空き地としてあったこの「三丁目の空き地」が浮上したのだ。
メインスタジアム化するのに、そう時間は掛からなかった。
※「赤土」がポッカリ空いた空き地だったのに対して、「三丁目の空き地(三丁目球場)」は、
生垣で一応覆われていたので…子供心に入ってはいけないのではないか?という遠慮があって事で、
使われれいなかった経緯がある。

もっともそれでもここは塾のない火木土しか稼働しなかったのだけど。



それがある日突然、緑色のフェンスで囲まれてしまったのだ。

          絵画のような壁だった…
                      @人形町 壁一つで癒される時がある。






そこには貼り紙がしてあって「立ち入り禁止」という文字と「保育園建設予定」と書いてあった。
つまり近々工事が始まり、ここで遊ぶ事が出来なく事が明記してあったのだ。

もちろん驚きもあったけど、半分は致し方ない・・・という思いがあったことは事実だ。
何しろこの時期辺りの空き地が悉く潰されて、片っ端から「宅地化」していた時期で、
なにもここだけが工事に入ったという訳ではなかったからだ。

ただ既に「住宅地」として人気があった土地柄、野球少年たちは「ただ単に空き地があれば良い」
というものではなく、空き地の周りのロケーションが野球に向いているのかは重要なことだった。

サザエさんのカツオよろしく…飛び込んだボールでガラスを割って、浴衣姿に下駄を履いた
親父が頭から湯気を出して出てきても困るからだ。








また続きモノになってしまいました…ごめんなさい。
あー一気に仕上げようと思ったのに…無理でした。

バタバタお父さん





すいません…なんだか公私共にバタバタした日々が続いてまして、記事も書き掛けでちょびちょびしか
進んでいません。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

結局自分のキャパ内の仕事ばかりしている事は出来ない訳で…何とかググッと踏ん張ってこの時期を
乗り越えようと思います。

さて本日4泊5日で部合宿に行っていたナチョが志賀高原から戻りました。
小さい時から(3歳ぐらい)から、平気で人の家にお泊りが出来る子だったのでもう全く心配はないの
ですが、それでも家にナチョがいないと言うは、電気が消えてしまった様な感じになるので、
戻ってきてホッとします。

でも…その数日は、妙に家が整理整頓されていて(((o^∀^)oアハハ
何って事は無いのですが、ナチョがいないだけで部屋が全く散らからない。
あまりにも普通になっていたナチョのいる生活で、いつの間に「ナチョのモノ」がどこかに
ポロッと置いてある瞬間が増えていたのだな…と。

ちゃんと片付けさせないといけません。

            日差しを感じて
                 @麻布十番 三田側  強い日差しの中で




ここ数日、やはり秋らしくなりましたね。
東京は日差しは強いし、ちょっと動くとしっかり汗もかくのですが、それでもやっぱり
「真夏のそれ」とは全く違って、風が少し冷たかったり、朝夕が涼しかったりします。
皆さんのお住まいの地域はいかがでしょうか。

今年は九州と関東がほぼ同時に梅雨明けをして夏に突入した後、なかなか他の地域の宣言が
出ないまま…あっという間に秋って感じで。今までの常識(桜前線は北上、紅葉前線は南下など)が
大きく変わり始めるのかも知れませんね。
先日来よりブログで書いている事ですが、「異常気象」って捉えるよりも「気候が変わり始めた」って
考える方が自然のように思うのですが…。



ここ数週間話題になっている「芸能人の薬物汚染」ですが…誰かがマンモス悪ピーかどうかは
全く関係のない事なのですが、少なくとも「真横で息も絶え絶えで心停止」を起こしている人を
放置して、保身の為か あたふたと放置し続けた事の方がずっと問題あると思うのですけどね。
どう言う訳か、警察が及び腰になっているのが垣間見えて…なんだかどうなっているの?
って思ってしまいます。

あまり芸能関係の話に詳しくはないボクですが、それでも人一人が死に至った事件が、
きちんと公になっていかない…としたら、やはりどこかおかしい気がします。

全く興味のない人…ごめんなさいね。
でも最近の薬物関係の話は、一芸能人の関係ない人の話で終わらせるには、根が深い話だと
ボクは思うのです。薬は国の根幹を揺るがす事が歴史的にも証明されていますから。
あまり悠長に構えてられない問題です。

俺には関係ない…ってレベルじゃないほど、社会が壊れ始めている…ってデータが最近
発表されていますから。
摘発数は減っているのに、押収量は増えている…これは世間が病んでいるって事ですから。


           日差しを受けて
                  @麻布十番 三田側  エッジの綺麗な影


明日が素敵な一日でありますように…

さあ 行こうか



夏休みも終わったこの週末から、段々とコレクションに向かってのスケジュール組みに
なってきました。はい…この土日、休日出勤です。

特にコレクション部隊と言う訳でもないので、言ってみれば『お手伝い』状態です。
それでもここ10年ぐらい『労働環境』って意味では大きく変わって来ていまして。
大分楽になりました。

単純に『作業従事者』の人数で言えば、昔の方が多かったのですが、
世の中の労働環境が『鬼のように働く』事を許さなくなっているので、端折る部分は
しっかり端折る様になってきたと言う事かも知れません。

尤も…それで仕事のクオリティが落ちてしまう事になっては実も蓋も無いので、
その分は、やはりデジタル環境が整ってきたから…って言う理由が主なんですけどね。

時代の先端を行っているようにイメージされるこの世界ですが、仕事の内容から言うと…
一世代も二世代も前の作業が脈々と続いていまして…。
ただ単純に『デジタルスキルが高い』ってだけでは、仕事にならないのが、アパレルでもあります。
今時、こんな古い業態ってそんなに無いのではないか?って思います。

だからやはり危険なのは、どこかでグレークスルーしないと、きっとこのまま斜陽になるのは
目に見えています。

そう言う意味では、同じ洋服を作っているユニクロや、H&M、F21などの服作りとは
アプローチが全く違うのです。

片やアパレルを構造的に変えていく新しい服作り、片や『オイオイ効率はどうなるのだ』と
ある意味 愚直なモノ作り。
ウーン…「勝ち組」になるのはきっと前者なのだと思いますが、それが分かっていても
後者でいたいと思うのは、やはり僕自身が愚直だからかも知れません。

だってお客さんにとっては980円のTシャツも、僕らが作る一万円のTシャツも、差異があまり
見つけられなくて、どうかすると980円の方が扱いが楽って事になってしまうでしょうからね(^_^;ゞエヘッ
単なる自己満足ならないように、『お客様のために』の『ために…』の部分が、どこに価値を
持たせるかの違いなんですけどね。

価格なのか? それ以外なのか?って事だと思っています。

これはどっちが上と言うものでは無いと思っています。
価格を求める人には、きちんと『価格』の価値を提供しないといけないし、
『価格だけじゃない』と思っているお客様には、価格じゃない価値観を提供できるか?
って事だと思います。


でもまあ…中には『オタクで買ったTシャツの首が伸びました』ってクレームが入って、
手元に届いて確認すると…どんなに若く見積もっても店頭から消えて10年経っている
(もし正価で買っているなら11年)前のTシャツだったりすると、
※もちろんお客様には不快な思いをさせてしまった事は申し訳ないのですが、

作り手として、この10年前の綿100%のTシャツが設定寸法より、1センチしか伸びていなかった事に
ちょっとした矜持を感じたりしているのです(*’-’*)エヘヘ

  ハート
                        @麻布十番 手描きの看板





 皆さんの仕事はどのような人間関係で成り立っているのでしょうか。

もしかしたら自分とスタッフ一人で、山のように詰まれた仕事を黙々とこなしている…
と言う人もいるでしょう。

また沢山の部下に囲まれて、リーダーシップを発揮しながらグイグイと引っ張っている人も
いるかも知れませんね。
更には自らが経営者で多くの実働部隊の動きを管理監督しながら、目標に正しく向かっているかを
考えながら日々過ごしている人もいるかも知れません。

それともお医者さんや弁護士さんのように、パーソナルベースで様々な案件を幾つも同時並行して
取り扱って、基本的には1:1の関係で成り立っている人もいるかも知れませんね。

例えばお肉屋さんや八百屋さんのように、日々エンドユーザーに直接関わりながら、
日々のコミュニケーションそのものが『仕事』なのだ…と言う人もいるでしょう。


ボクは職業区分的には会社員と言う事になります。
中小企業の規模の企画部門のデザイナー職にあって、服作りをします。
が…会社の中で同僚や部下と一緒に仕事をする割合は大変低い。

むしろ会社の看板を背負って、一人で契約先に行って そこのスタッフと仕事をしていく事が
主になります。だから同僚よりも、他の会社の人と仕事をしている事が圧倒的に多いのです。

だから部下よりも横並びな関係性の人と、会社の意向を背負って、尚且つ他社の要求に
応えて行く事が仕事になる訳です。
言葉にするとちょっと複雑ですね(苦笑)

ただ…作業的には横並びですが、一緒に仕事をしてくれる人はクライアントでもあるので
決して部下ではないのです。 クライアントの売上げ貢献をしつつ、我が社の存在価値を
維持して任務を遂行する…って事になります。

だから「俺について来い!」って仕事の仕方ではありません。
スタッフとして、入り込んでいるって言うのが正しい感じですね。
もちろん基本は「モノ作り」ですから、「モノ作る」ってスタンスでは積極的に音頭を取っていかないと
いけない立場ですが…その作るものは、クライアントの了解の元に進めていく事になります。
間違っても「本当に作りたいもの」をただ純粋に作る…って訳にはいかないという事です。

クライアントの元に、デザイナー、パタンナー、テキスタイル関係者が集まって「せーの!」という
感じで新しい企画に入って行くのです。
以前は会社の同僚と仕事をしている事が普通でしたから、
「ホラ歩けぇ! こっちだぞ!」
って仕事の仕方でした。

クライアントとが存在する仕事を始めた当初は、その辺の加減も分からなかったのですが
それも4年を迎えると…、自分の職責の範囲とか、自分に望まれている事が分かって来るのですね。
※まあ、そうじゃないと困るのですが…(苦笑)

今、僕は来年のSSの服の最終的な形造りに専念しています。
でも頭の中は、来年のAWに移行していて…そろそろデザインの材料を仕込み始めたのですが、
もう「ホラ歩け!こっちだぞ!」ではなく…

「さあ、行こうか」

そんな心持で進んでいける感じになりました。
「さあ、行くぞ」でも
「さあ、行くか」でも
「さあ、行こう」でもない。
ましてや
「さあ、行け!」ではない。


「さあ、行こうか」。


それは穏やかで、なお且つ ちょっとした高揚感を持つ、瞬間なんです。
もちろんクライアントの課長は「そんな悠長な気分じゃないですよ」…と言うでしょうけどね(苦笑)

皆さんの仕事仲間はどのような人たちですか?

           踊らにゃ損々
                        @麻布十番 あよっと!


美について語ってはいけない…(終話-一部訂正)

  • Day:2009.08.22 14:42
  • Cat:write





職業柄なのか分からないけど、日常的に「美しい」という言葉を使う僕は、
フッと「美しさ」とは何かを考える。

そしていつも「美しさ」を語ろうとすればするほど、深い穴に落ちていくような感覚になるのだ。

その深遠なる世界を覗いてしまうと、「美」とは僕らの周りに張り巡らされていて、
ありとあらゆるものに密かに隠されている事に気づくのだ。

にもかかわらず、それを言葉にするのはとても難しい。




1997年 ブランド「コムデギャルソン」を率いる川久保玲が発表した作品は、
モード界ならず「美術界」にも大きな衝撃と困惑を与え、賛否を問わず論議を巻き起こした。

体にぴったりとしたワンピースやジャケットの中に、大きな瘤(こぶ)状のボリュームを持つ、
膨らみを持たせた服を発表したからだ。その姿が異様であると共に、「奇形」「フリークス」を
連想されることからの論争だった。
本来「美の探究」が前提である事の多いコレクションで、「醜」の印象を前面に押し出した作品群に
見えたのだ。
※もちろんここでも「これが『醜』なのか『美』なのかの判断」と言う問題があって、
 敢えてそれを提案し たのかも知れないが…。



その論調の多くはデザイナー川久保玲に対して否定的で、公然と非難した記事を掲載した雑誌、
新聞もあった。

元来アヴァンギャルド(前衛的)な作風を持ち味としているブランドだが、いかなる批判論調にも
表立って反論する事は無かったように記憶している。
だが後年、当時の騒動に対して間接的に自論を展開していると思われるインタビューがあった。

そもそも川久保玲は大のメディア嫌いであり、いかなる媒体に対しても、姿を見せることの少ない
デザイナーだ。自分のコレクションでさえも「一部の限定した相手」のみにしか公開せず、
その肉声を聞く事はまず無いと言える。

また大のインタビュー嫌いでもある事から、真意に関しては、時折自ら厳選したメディアを通じて
発せられるメッセージを、丹念に拾うしかない。

その数少ない発言の中に「デザイナーの主張」を見つける事が出来た。


「コムデギャルソンはありとあらゆる束縛から限りなく自由でありたい。
 何おもにも阿る【オモネ・る】事の無い、囚われる事無い存在でありたい」
と言うような強い主張であった。


川久保は既成の「美の概念」や「体のフォルム」に対してさえも、決して阿ることなく、
新しい価値観の創造を投げ掛けているのだということが分かる。

つまり人体のフォルムに対してのゴールデンセクション(黄金比)、ウィトルウィウス的人体図で
定義される美に、挑戦を仕掛けたのだと言う事だ。

          ちょっと怖いくらいの数だった…
          @日本橋  憩う





あなたはヴェルサイユ宮殿の広大な庭園を見たことがあるだろうか? 実際に訪れたのではなく、
テレビなどで見たと言うのでも構わない。

あの贅を尽くした広大な造形(園)に「美」を感じたとしたら、それはフランス式庭園と言われる様式の
造園で、ビスタ(軸線)を基準に対象性を持つ「美」を解したと言うことだ。


あなたはブレナム(ブレニム)宮殿の庭園を見た事があるだろうか。自然の景観をそのままに、
ぎゅっと凝縮したような光景にため息をつくほど感動したなら、景観美を追求したしたイギリス式庭園の
美しさを感じとったこと事になる。

ドーバー海峡を隔てているとは言え、同じヨーロッパでも二つの国で、
「平面的幾何学式庭園(フランス式)」と
「景観式庭園」が成り立っている。

いずれもその国の最高権力者の為に作られた庭でさえも、大きな「(様式)美」の違いがあるのだ。

ただ『単純に国の違いなんじゃないですか?』と言われたら…そうではないとしか言えない。
もちろんに成り立ちに関して、謂われ由来が諸説あるので、一概に断定的に言う事は出来ないが、
それでも『国の違い』で語る事は各地に様々な様式の庭園が存在することを思えば、
国の違いだけでは説明出来ないのだ。

フランスのモンソー公園などは、イギリス式庭園であるし、またさまざまな様式が混在するのも
また事実だからだ。

ただ間違いなく言えるのは「美を求める」と言うたった一つの事でも、様式違いで
色々なアプローチがあると言う事だ。
そのアプローチは180度ほども価値観の違う解釈の元に作られても、人はきちんと「美」を感じるのだ。



解が「美」である式の条件は…真逆のモノが矛盾せずに成り立っているのだ。

まだまだ続くのか…
                @日本橋 三越前




ある日、千利休は所用で城に呼ばれる。
あいにく翌日は信長公が自ら利休の元に訪れる事が決まっているので、
その準備で大わらわのはずの日だった。

しかし呼び出しに逆らう事も出来ない。
庭の掃除を残すだけになり、利休は弟子を呼んでこう告げる。
「明日に備えて準備、抜かり無きよう。 後は庭の掃除をして終わり。
 今から私は城に行かねばならないが、掃除だけはしっかり頼むぞ」と。

弟子は利休が庵を出た後、広大な庭を丹念に丹念に掃き清めた。
数時間後、庭にチリ一つ、枯葉一つ落ちていないほど徹底的に清掃された庭を見て、
「利休様に褒めて頂こう」と主の帰りを待つのだ。


城から戻った利休は、傍らに立った弟子から清掃の報告を受けながら庭を見渡した。
そしてお褒めの言葉を待つ弟子の「いかがでしょうか?」と言葉が終わらぬ内に、庭に降り
木々に歩み寄ると、おもむろに木々を揺らし始めた。

揺らされた木からは留まっていた枯葉が落ち、チリ一つ無かった掃き清められた庭には
再び枯葉が舞い散った。

弟子は「折角綺麗にしたのに…」と思い、利休に質した。「何ゆえ?」と。

すると利休は「あるがままの姿が美しい。落ち葉も美しい自然の一部なのだ」と。



史実かどうかは分からない。
しかし「チリ、枯葉一枚ない状態」を美しいと思うのか、それとも「そこにある枯葉もまた美しい」と
思うのかは、目の前に現れている事象としては180度違う。
「美」を語るとはそう言う事なのだ。

しかし本当に大きな差異は、枯葉の有無などではないだろう。

その「枯葉の意味」を感じとる「美意識」なのではないかと思うのだ。
場合によっては「美のために在ってよい枯葉」と「在ってはならない枯葉」もあるのかも知れない。

目に見えるだけの現象をただ単に捕えて「美」を語ってはならない。



「美」について語る事はとても難しい。
一つの事をドンドンドンドン細分化して語れば語るほど、何か「解」から遠ざかって行くような
そんな気になるのだ。
分ける事で分からなくなるのだ。


いつも身近にあるのに、語る事が出来ない…答えが出せない…
「美」について語ってはいけないのかも知れない。










もちろん、僕の書いた文章が美しくない…と言う事も語ってはいけない。




≪終≫

日本の為に…






ガーーーーーン!!





昨日の「美について語ってはいけない」の文章は、長ーーーーーーーーーーい文章で
書かれていたのですぅ。あまり長くなると、なかなかコメントが付かなくなるので(苦笑)
ほぼ90%を書き終わった時点で、上下に分けて半分を更新して残りをメモリーしたんです。

残りの10%を書いて完結編としてアップしようとしたら…トホホ…上手く保存が出来てなくて
・゚・(ノД`)・゚・ツライ
タイトルだけは「美について語ってはいけない2」 になっているのに、
開くと何だか全く関係のない文章が出てきました。

今回苦手な数学の話を出して、ものすごーく調べ物して書いたので…ショックでした(T_T)ナミダ

気を取り直して、調べ物しながら…また書きます。もう少々お待ち下さい。

             青い空を見上げる
                      @新宿 ボクはこの街に友人との時間を刻んだ





 政治の話になると、ガクンとコメントが減るので(苦笑)、どうしようかなぁ~と
思ったのですが、公示もありましたし…無視して話を進めるのも、どうかと思いまして(^_^;ゞエヘッ

 いやぁ~「へべれけ会見」とか「酔いどれ会見」をした中川さんの街頭演説って言うか
講演会での話だったか分かりませんが…皆さん聞きましたか?
それが凄いのですよ。
 麻生さんの「責任力」ってのも笑いましたが(だって総責任者のアナタのやってきた事が
にっちもさっちも行かなくなったから、解散総選挙って事になったのに…今さら責任力って
「おまえが言うな!」って感じがしたので)、中川さんのは突き抜けるようなスローガン…、






破壊力抜群!!

















「日本の為に禁酒する」



(((o^∀^)oアハハ 思わず「なんでやねん」って突っ込んでしまいました。
それはオマエの為だろ!って。

この人 真顔で言っていたので、本気でそう思っているのだと思うのですが、だとしたら相当
感覚がズレているとしか言いようがない。

多分、後援会の人かなんかが
「中川先生。ありゃいかんですよ。あのへべれけ会見は良くないです。禁酒して下さい。
 それは先生の為だけではなか! 先生の禁酒は先生個人の問題じゃなか!
 国のためですばい! 先生の禁酒は日本の為ですばい!!」
(※なんで九州弁なのかはわかりません(;^_^Aエヘヘ 単なるイメージです。
  この会話も完全に妄想です)

なーーんて事なんじゃないでしょうか? 

それを真に受けて、選挙コーディネーターみたいな人が
「先生それで行きましょう。あの酔いどれ会見は多くの国民の不信を買いました。
 どうしてもここを避けて通れません。だったら逆にそれを前面に出して、戦う方がいい。
 えっ? お酒が無いと辛いって? 先生 お酒が好きなのは分かります。
 でも今は逆風が吹いています。二週間の二週間の我慢ですから、どうか当選する日まで
 我慢して下さい。当選した暁には今まで通り朝、昼、晩、好きなだけ飲んで良いですから。 
 えっ? 梅酒は良いか?って…先生どうか我慢して下さい。マスコミに見つかったら
 何を言われるか分かりません。
 今アルコール0%のビールもありますから、それで我慢して下さい」

なーーーんて事があったのではないか?って妄想しています(((o^∀^)oアハハ



さあ皆さんのブログを訪問させて頂いたら、消えてしまった話の続きを書きます。
まだまだ残暑の厳しい日が続いていますが、インフルエンザの再流行と言う事もあります。
お体には十分お気をつけて下さい。
マスクもですが、丁寧な手洗い、アルコールで消毒なども効果的らしいですから、
お試しを。



            ここを抜ければ…
                     @新宿 自転車で疾走した街







美について語ってはいけない・・・

  • Day:2009.08.19 21:22
  • Cat:write



音楽に詳しくない僕は「ジャケ買い」という言葉を聞いた時「それは凄い勇気だな」と思った。

そもそもCDを買う切っ掛けの多くが、ラジオを聴いていて「オッ」と思った曲を調べ、
アマゾンやタワーレコードに走るというパターンが多いからかも知れない。
つまり「どんな曲か分かって買う」のだ。

どんな「楽曲」が詰まっているか全く分からない「アルバム」を買うという行為は不安なのだ。

「(聞いてみたら)大ハズレなんて事はないのか?」と。


でも考えてみると、「本」だって一緒かも知れない。
中身が分からないで状態で手を出して、購入に至る訳だから・・・そこはジャケ買いに近いのかも
知れない。

中身の分からない本を選ぶ時の決め手は?と言えば…「勘」としか言いようがない。
これは心理的には音楽好きの人の「ジャケ買い」と同じだろう。
音楽好きはジャケ買いをし、
本好きは表紙を見て本を買う。
ただそれだけの違いだ。
※ジャケ(ット)は言ってみれば表紙だから、行為としては全く同じとも言えるが、
中には表紙が真っ白なモノを買ったりする場合もあると聞くから・・・。
本の場合は、それはまずない。ジャケ買いの方が一歩踏み込んでいる(?!)気がする(苦笑)


あくまでも経験則だが「タイトルと装丁」が、心の何かにピタッと来て選んだ本はハズレが少ない。
だとしたら音楽好きも一緒で、僕が思うよりもずっと、ハズレ率は低いのかも知れない。



ところで、僕の場合の「本」が当たりか、ハズレかの差違はとても簡潔だ。
なにも本全体、全編が「傑作」でなくても全然構わない。
ただ本の中にたった一行でも良い、もしくはワンフレーズでも良いから、ググッと来る箇所があれば
OKなのだ。

逆に言うと、どんなに評判の良い本でも、たった一行の心に響く言葉が上手く見つけられないと・・・
「本」の評価は著しく下がってしまう。

「物語としては良く出来ているけど、心には残らんな」って。

そんな基準で選んでいるのだから、僕が薦める本は、薦められた人にとっても「面白いかどうか」は...
別だ。

           ひたすらに居自由であるという
                @日本橋にて 自由




小川洋子著の「博士の愛した数式」の中にこんな一節がある。
交通事故の後遺症によって「80分間しか記憶を維持する事が出来ない」元数学者が、
家政婦さんに「0」の概念を説明するシーン。
『さあ、思い浮かべてごらん。梢に小鳥が一羽とまっている。澄んで声でさえずる鳥だ。くちばしは愛らしく、羽にはきれいな模様がある。思わず見惚れて、ふっと息をした瞬間、小鳥は飛び去る。もはや梢には影さえ残っていない。ただ枯れ葉が揺れているだけだ(中略)1ー1=0 美しいと思わないかい?』


「・・・美しいと思わないかい?・・・」



実はこの小説の中に「美しい」という言葉が何回も出てくる。
この場面では主人公である元数学者の言葉である。もちろん小説である以上、
形的にはこの元数学者が語っている事になっているが、この感覚は著者である小川洋子が感じる
「美」であろう。

つまり彼女は「数学」もしくは「数字」の世界の美を解すると言うことだ。

「博士の愛した数式」について、自ら取り上げたエッセイ「犬のしっぽを撫でながら(集英社文庫刊)」
にそれを裏付ける文章が散見する。


オイラーの公式についての一節
「これら、何の関わりもないように見えるеとπとiが結びつき、1をプラスした瞬間に0になる。オイラーが発見した公式は、永遠と無が一瞬の中で共存している、奇跡的に美しい式なのだ」

更に、天才数学者ガウスについてのエピソードでの一節。
※これは1から100までの足し算を命じられたガウス少年が三角法を用いて答えた101×100÷2=5050と回答した事を例に挙げ、自分なら愚直に足し算をし続けて間違いを
犯してやり直して、いつまでもその洞窟から抜け出せないと嘆いた後で・・・
「ガウス少年は、数の世界の隠れた美しい秘密を手に入れている。洞窟に指す一本の光をつかみ取り、暗闇から抜け出し・・・(後省略)」
と言うような案配だ。



果たして小川洋子が
「数の世界のどこに、もしくは天才数学者のあり方のどこに、美しさを感じるのか?」
と探してみると、このような文章に行き当たる。

「そこで私は感づいた。ただ単に難しい問題を解くのが天才ではない。複雑な問題を単純化してしまうのが天才だ。その結果として難しい問題が解けるだけなのだ、と。(中略)言い方を変えれば、天才たちは皆、どんな複雑に見える問題にも、裏には何かがある、と予感する力を備えている。そしてその何かは、複雑さを一気に蹴散らし、たちまち世界を美しく統制するだけの力を備えている、と信じている・・・(以下省略)」

そう「単純化し、(美しく)統制された世界」。
ここに美を感じているのだ。



またここでピタゴラスの定理「直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」という
公式を例に出し、

「発見されてから二千年以上たつそうですが、今もって正しい。これから先、また二千年たとうが一億年たとうが、ずっと変わらずに正しくあり続ける。この定理は不滅で永遠なのです。(中略)混沌を制御する一本の糸。この糸に宿る緊張感に数学者たちは美を見いだします。(中略)数学者の藤原雅彦先生は、そこに美を感じとれなければ、数学者にはなれない。と・・・」

つまり
「単純化し、完璧に統制された、永遠の世界」を小川洋子は「美しい」と感じているのだ。

           日差しの下で
                       @新宿にて   日差しの中に…




「ゴールデンセクション」という言葉を知っている人も多いだろう。
黄金比とか黄金分割と言われるものだ。
最もバランスが良い長方形の縦横比は「1:1.61803・・・」。
一般的に目するものとして”名刺”などの縦横比になっている場合が多い。
数式で書くと√5+1:2。

パルテノン神殿や、ピラミッドなどもこの比率を元に建てられていることが分かっている。
また自然界で言えば、植物の花弁や貝殻の螺旋構造などでも見られることから、
バランスを考える時には重要な数値と言うことになる。

この他にも「ゴールデンセクション」は幾つか発見されている。
映画にもなったダ・ヴィンチコードで話題になったウィトルウィウィス的人体図なども
ゴールデンセクション・・・つまり黄金比、黄金分割の一つだ。


どうやらボクらが心地良いと感じるバランスには、突き詰めていくと数字に落とし込める状態になり、
更にはそのバランスは自然界に漂う不変の真理や原理や公理が成り立っている事が
根底にあるらしいのだ。

美について語ろうとすると、この「自然界の根底にある不変の真理」に触らずにはいられないのかも
知れない。



しかしもう一方で、それで全てを語ろうとすると・・・相反する「美」が立ちはだかって、
行く手を塞いだりもする事があるのだ。

「相反する美」とは、一体何であろう。まだまだ「美」については語らなければならない。

エンジンが掛らない…



9日間の夏休みがあったのにも拘らず、なんだか中途半端な日々だった為か
イマイチ 気持ち的にメリハリが無かったようで、どうも仕事が始まったのに…
エンジンが掛らないのですぅ。

もちろん仕事ですから、「エンジンが掛らない」からと言って、手を抜いて仕事をしている
って訳じゃないのですが(^_^;ゞエヘッ


タイミングが悪い事に、結構重要な仕事が目白押しで…。

エンジンが掛っている時は、そのリズムに乗ってやっているのでミスも少ないのですが、
ポテンシャル的にはまだゆとりがあるにも拘らず、リズムに乗り切れていない時には
ミスが生まれがちなので、今はひたすら“TO DOリスト”を作って、まずやるべき事を書き出して
一個一個潰していく「ローラー作戦」状態の日々です。


皆さんはお盆明け、仕事全開で取り組めていますか?


             ひさびさの750z
         @恵比寿にて ここにあったのか…知らなかった



さてこのブログのコメント欄でご存じの方も沢山いらっしゃると思いますが、
naokoさんのお嬢さんにお子さんが生まれました(^v^)ニコ しっかり夏の真っただ中!
夏女の誕生です(^v^)ニコ  naokoさん 本当におめでとうございます。
時々で良いので(ママさんの許可を貰って)、写真をアップ出来たらお願いしますね~(^u^)ウン


また夏休みに入って海外に旅行に行ってしまっていたtomatoさんがご帰国しました。
tomatoさんお帰りなさい!
これからの写真アップ 楽しみにしていますよぉー!!


段々とブログ関係も通常の動きに戻って来て、皆さん夏が終わって秋に向かって
まっしぐらです。この秋も皆さん 宜しくお願い致しますm(_ _)mペコリ

ナチョパパ

あー終わっちゃう




サザエさんのカツオじゃないけど、やはり夏休みの最後の日って寂しい。
大人だから「宿題」に追われる事もないし、過ぎ去った楽しい日々…と言うよりも
楽しい日々にするように必死だったって方が正しいのだけど。
そんな夏休みでも終わってしまうとなると、ため息の一つもつきたくなる…ふぅー。

軽井沢での夏休みは僕にとっては微妙で、「休み」と言うには気が張るし、
「仕事」って言い切ってしまうと、なんだか味気なくなってしまうし…。

どちらにしても「長期の休み最後の日」と言うのは、なんだかとても切ない。


せめて子供の時のように、お風呂に入る時に自分の体を見ると
「確かにボクは夏を過ごしたんだ」っていう証のような「日焼けの跡」でもあれば、
また違った感想を持つのかも知れないけど…。

machikado sunappu  
   @日本橋にて  どこかに過去の匂いのする写真になった




今日は午前中にナチョの宿題が終わった後に、区民プールに行ってきました。
芝公園にあるのですが、これがもう凄い混み方で…笑っちゃうぐらい。
「イモ洗いのような状態」ってこういう事を言うのだろうなぁ~と思うほど。

場所柄、国籍は様々で、もっと子供とかお爺さんとかが多いと思っていたのですが、
一昨年に改装してからすっかり変わってしまいました。ビックリしました。
以前はもっと「ザ・区民プール」って感じだったのですけどね(((o^∀^)oアハハ

ただ…もう一つビックリした事が。



刺青とは言わないのかも知れませんが、TATOO比率の高いこと高いこと。

初めは「シールか?」って思ったのですが、近くで見ると本物なんです。
いやもう見た目 全然普通の高校生や大学生らしい男女が、アクセサリー感覚で
腕や鎖骨の下あたりに入れているのです。

多分、普通に服を着ていたら「まさかTATOOを入れている」とは想像できない感じの子が
普通に・・・ですから。
まさかとは思いますが、眉を整える高校野球時を見るぐらい、普通にですから。

普通に普通に…ってうるさいですが(苦笑) あまりにショッキングだったので。



高校生以上のお子さんをお持ちの方にお聞きします。
皆さんのお子さんはいかがですか?
やっぱり今は普通なのでしょうか?

ちょっとビックリした2009年の夏でした。

彼女を見ていて…

  • Day:2009.08.14 21:02
  • Cat:write



歳を取ったからかも知れないけど、経年したモノを好むようになった。
茶碗でも、クリスタルのガラス器でも、時計でも、カメラでも、少し歳を取ったものに惹かれる。

ただ・・・僕の場合は「アンティーク」でなくても構わない。
歴史的価値とか、高額な商品が欲しいと言うのではない。だから「少しだけ年をとったモノ」。

車だと124Wのメルセデスとか、カメラだとM6とか、
時計なら昭和40年代の自動巻きの国産品とか。
そう言う感じだ。

「通」と言われる人なら、もっと時代を遡った物を選ぶかも知れない。
メルセデスなら縦目の時代の物、ライカならM4など。
そう言う意味ならとても中途半端な「物」を選ぶのが僕の特長だと思う。
もしかしたら「歳を取っている事」を否定すると、自分の加齢をも否定する事になるからなのか…
そこは分からない(笑)。


 積み重なった時間を感じる器を見ると、単純に「欲しいなぁ」と思うのだ。
骨董的価値観と言うのは僕には分からない。
「アンティークなんです」と店員に説明されるとしばらく見つめて、手にして、
お財布と相談して我が家にやってくるのか、それとも「ごめん。今は無理だ」と
ショーケースの中に戻されるのか、場合によるのだけど。





娘の性格をじっと見ていると、「神経質過ぎる」と思う事がまましてある。
もっと頓着せずに、大らかに育って欲しいと思っている。
でもその神経質な所に自分の遺伝子を感じたりするので、申し訳なさもあってきつく叱責出来ない。

               行く先にあるモノ
@日本橋にて…  背中が物語る





例えばこうだ。

アンティークな物に惹かれるのに、古着が着られない。
何か元持ち主の残滓みたいなものを感じてしまって、それが素肌に触れる感覚に、
強い嫌悪感があるのだ。

お洒落で、今では入手困難な「やれた感じのデニム」を見つけても、手に取る事までで
それ以上…身に着ける行為にまでは至らない。

職業柄、「その良さ」を分かるつもりでいるのに・・どうしても感じてしまう残滓を無視出来ないのだ。

もちろん「綺麗」とか「汚い」とかそう言う問題じゃない。
どこかで滅菌されてクリーニング後に袋に入れられた状態でも・・・やはり無理なのだ。


同じ様なモノに「人形」がある。アンティークで高名な工房で作られたフランス人形であろうと、
ドイツの由緒正しいぬいぐるみであろうとダメなのだ。
そこに”人形を手放した人の「思い」”みたいなモノをどうしても感じてしまって、手が出せないのだ。

もしかしたら何かのトラウマがあるのかも知れない。




朝起きると

朝起きると、家内が娘に「Tシャツを貸して欲しい」と頼んでいた。
もちろん着るためではなく、そのTシャツに施された加工が面白くて
(どこで買ったか忘れてしまったのだが)、それが日本で出来るのかを出入りの業者に
聞こうとしたのだ。

娘が遠くから「良いよぉ~」と答えて、ちょっとの間があって「なんでぇ?」と聞いた。
家内が事情を説明すると・・・眉を寄せて、こう言った。





「誰かが触るの?」と。

家内が理由を聞くと、「知らない人が触るのがちょっと・・・」と。

もちろん僕はそんな事はないのだが、彼女の持つ「嫌悪感」と、
僕が古着に対する「誰かの残滓」という感覚は同じ臭いがするのだ。感覚が分かってしまうのだ。

「美」に関する感覚と、「醜」に関する感覚と言うのは、ベクトルの違いはあるものの、
同じ根を持つ感覚なのではないか?って思っているので、彼女の持つ「醜」の感覚もわかるのだ。

と同時に・・・「美」の方が今後どうなっていくのか、ちょっと楽しみだったりするのだ。

彼女の感じる「美」の発露がいつになるのか分からないけど。

一昨日戻って参りました。

 遅くなりました。ナチョパパ無事帰って参りました。

11日の20:00に軽井沢を出ました。
小雨が降り霧が街全体を包む中、家内と二人で東京に戻りました。
ナチョはどうしたか?と言うと、もう一日居たい…と言う事で、一人延泊しました。

先日「焼津・忍野」の旅行でお世話になった、會田雄亮夫人とジャーナリストの女性の方が
いらしていて、12日に東京に戻ると言う事だったのでお預けして一緒に帰京して貰う算段に
なったのです。


會田夫人とは文字通りナチョが「生まれた時」からのお付き合いがあり、本当の「孫」状態で
育ってきたのでナチョも、親の私達も安心してお預け出来るので(o^-^)ゞハイ

何しろ前回のブログでも書きましたが、今回の軽井沢はひたすら「雨の日々」だったので、
いつものように”家を起点に何処かに行く”と言うこともありませんでしたから、
一日延泊することで、天候に恵まれれば「ナチョが遊べる」って事になるので、
そこに賭けてみました。

何しろ「晴れ晴れぽっち」ですから(苦笑)


結果として・・・翌日は朝から快晴。
ナチョは祖父(つまり義父)と二人乗り自転車(リムジンみたいにストレッチされた奴)に乗ったり、
色々と遊ぶことが出来て喜んでいました(^⊆^)ウン
※ちなにみに11日も晴れたので、朝から打ちっぱなしと釣り堀に入っていましたけどね。
何でも真剣にゴルフがしたいと宣言してました(((o^∀^)oアハハ




さて話は若干戻りますが、11日の20:00に私達は軽井沢を出ました。
本当は行きのように「23:00頃出て・・・」と考えていたのですが、
先述しました通りナチョが同乗しないことになったので、多少の渋滞も大人二人なら何とかなる・・・
ならば早めに出て、少しでも早く東京に帰ろうとなった訳です。

子供がいるとどうしても”トイレのケア”とか”食事の間隔”とか忠実に守りたくなるので…
空いている事が前提になってしまいますから。

10日の大雨と地震で東名高速の崩壊(一部崩落)があったので、多くの人が色々な経路を使って
移動する事が考えらます。場合によっては中央道から流れて来る人や、近畿地方からは
日本海経由で一旦 新潟方面に出て、(東北道を目指して)関越を使う事も考えらるので…
戦々恐々の帰京でしたが、実際には心配していた事もなく、とても快適に東京に戻りました。

いつも基本は制限速度+αの巡行をしますが、今回は「もしかしたら雨による地盤の崩れ」なんかも
あるかと…、いざとなった時に対処がしやすい速度で走ろうと決めていました。
実は今回の東名崩落もそうですが、長野高速道路も同じような崩壊が数年前にあったのです。

その時も巻き込まれた人はいないのですが、その時の報道で
「突然崩れる事はないので、法定速度で走っていれば、巻き込まれるのを回避できる可能性が高い」
というような説明があったのを覚えていたから。

尤も天災ですから、実際にそうなったら…確実とは言えませんが(^_^;ゞエヘッ

  結局室内の写真ばっかりになってしまった。
   @軽井沢にて  結局屋外で写真を撮ることのがないまま終わってしまった…(^_^;ゞエヘッ




さて今回は「雨だらけ」の軽井沢だったので、特に「ここに行った」と言うような事はありませんでした。
いつも軽井沢を中心にどこかへ出かけるのですが、今回はウダウダと家にいた感じです。
行事と言えば…9日のゴルフコンペぐらいですから…本当にダラダラしていた感じです。
考えてみると、今回初めてのモバイル可能状態だったのですが…それも皆さんの所にお伺いする
以外は、殆どしていなくて…今考えると、一日をどうやって過ごしていたのか良く分からないほど
ズルズルダラダラ過ごしていた事になります。

さて今回のお客様は女優の片瀬梨乃さんでした。
この秋から年末までは殆ど休みがないという事で、この数日が今年最後のまとまったお休みなる…
と仰ってました。

滞在中はUNOをしたり、ナチョが持ってきたスノーウィーの番をして下さったり…(苦笑)
お客様と言うよりも、なんだか親族が集まってお盆を過ごす…みたいな感じなんですけどね
(((o^∀^)oアハハ


ナチョはと言えば、12日18:30に會田夫人とファッションジャーナリストの方に送られて東京に戻り、
13日の今日は早速駒沢公園へ自転車を乗りに行きました。
なんだか「ナチョ中心」の夏休みなっているのですが…(苦笑) 明日は一回実家に顔を出そうと
思っています。

皆さんも素敵な夏休みをお過ごしになっていると良いのですが…(^u^)ウン




なんだか最近ちゃんと更新出来なくてごめんなさい…m(_ _)mペコリ

やっと更新(^_^;ゞエヘッ



皆さんいかがお過ごしですか? 
旅先から手紙を書くような感じで始まりましたが、なんだかちょっとネットだと情緒が無い(^_^;ゞエヘッ
明らかに普段の生活を引きずっているような感じがしますからね。

えっと…ニュースで見ていると、日本全国で台風の影響か大きな水害が出ています。
ここ長野県でも諏訪では土石流が町を飲み込んだ形になっていますし、兵庫県でも大きな洪水に
なっていますし…。折角の夏休みにこれだけの雨が降ってしまうと、「海の家」みたいな所は
大損害を受けているのではないか?って思います。

ここ軽井沢も基本はずっと雨で、昨日ゴルフコンペがあったのですが…一昨日の雨の影響があって
コースは最悪。その上 時折雨がぱらつき、また午後からは霧が出るなどと言った状態です。
いつもの夏の軽井沢は強い日差しで「一日で日焼けが」なんて状態になります。
ところがさすがに昨日はそう言う事もないまま、グッチャングッチャンのコースをひたすら叩き、
ひたすら歩きました。

その後、どんどん雨が酷くなって…今日は午前中に集中豪雨状態でした。

            こんな感じ…


午後から雨が小ぶりになり、今は泣き出しそうな空はそのままに…何とか小康状態を保っている
って感じでしょうか?
そもそも「かるざわの湿気」に毎回うんざりしているボクですが、ここまで強烈な雨が降ると、
「あーもーいーやーこのままベトベトジトジトになってしまえ!」
って気分になります。


確かtomatoさんは海外旅行に出掛けられていると思いますが、皆さんはどのような夏を
過ごしていらっしゃいますでしょうか?
宜しかったらコメント欄に「家でゴロゴロです」とか、「実家に帰っています」とか、近況を
お聞かせ願えると嬉しいのですが…(^u^)ウン

さてボクは今からお昼寝します。

真夜中の大移動

昨日…と言うか今朝早くに軽井沢に入りました。

前回の大混雑を教訓にして、事前にありとあらゆる「渋滞情報」を吟味して、
今回は東京を23:00に出ました(¬v¬^)イヒヒ

本当は朝早くに出ようか?とか、色々策を練ったのですが…やはりそう言う事を考える人が
沢山いるらしく(苦笑)、金曜日の20:00まではやっぱり25キロ以上の渋滞予想が出ていて、
明けて土曜日の1:00~はまた渋滞予想が出ている感じなんです。

唯一の「空白時間」がこの23:00だったのです。

確かに道が空いていましたが、なんとPAなんかは満車の表示が出ている所があって
本当に最近の高速事情は、最悪に近いのかも…と思ってしまいました。
なにしろこの時間帯の移動でさえ、渋滞はないものの車は結構走っていて…
スムーズに流れている分だけラッキーって感じでしたから(^u^)ウン

真夜中の大移動と言えば、kabo-panさんがご夫婦で大変上手なので、それを参考にしての
真夜中移動になりました。
※ちなみにkabo-panさんは3:00に起きて4:00には高速に乗る方法で、色々な所に
「ロングお散歩」をなさっています。

                なんだか今年は雨が多いらしい




さて今回も沢山のお客様がいらっしゃるので、なかなか更新が出来ないかも知れませんが、
それでも初めて軽井沢からモバイル環境が整いましたから、なるべく更新したのですが…。
皆様の所にはお伺いしたいと思います。

さて今からお昼ご飯を食べて、お風呂に入って、今夜の夕飯の準備に入ります。

誘う

  • Day:2009.08.05 23:36
  • Cat:write



ある晴れた日に、とても綺麗な夕景を見て「ここ数年夕焼けになることが多くなった」と、ふと思った。

ブログを始めた時、いつも綺麗な夕焼けの写真を公開している人がいて、
「東京ではなかなか夕焼けが見られません」とコメントしたことがある。

その頃から4年が経過して、「そう言えば最近東京の夕焼けが多いなぁ・・・」と思ったのだ。

いやたった4年の間に、自然が大きく変化する・・・なんて事はないだろうから、
もしかしたら当時の僕が普段あまり空を意識していなかったのかも知れない。





先日の出張の際に、思いの外大阪を出るのが遅くなり、渋谷駅に着いた時には
既に最終のバスが出た後だった。

品川駅から渋谷駅に行き、そこから地下鉄に乗って最寄駅である表参道まで行くのも
なんだか面倒で、渋谷からバスに乗ろうと思っていたのだ。

多分・・・いつもの僕なら「夜風に当たりながらプラプラ歩いて帰ろう」としただろうけど、
新幹線の中ですっかり体を冷やされて・・・体全体がダルくて、迷わずタクシーに乗った。

こう言うとき、駅から中途半端に自宅が近いと言うのは肩身が狭い。
何しろ何十分もタクシー乗り場でお客さんを待ち続けて、やっと自分の順番になったと思ったら、
ワンメーター分しか乗らない客が乗ってくるのだから。

タクシードライバーは自分の不運を恨みたくなるのか、それとも乗ってきたこの僕を恨むのか。
間違いなく後者だろう。

その証拠に多くの場合、行き先を告げた途端、とても不機嫌な表情になる。
いつもなら気にしないが、この日はやはり疲れていて、ちょっと心がメゲた。

こんな夜遅い時刻にも関わらず、窓の外の風景は行き交う人で溢れていて、
その中に含む怒気や狂気と言った危険な匂いがしている。

多分今夜もこんな時刻に、どこかの誰かがこの街の毒気に当てられて、
虚しい争いをしている気配を感じるのだ。
いつもそう言う光景を見ながら「大事に至らなければ良い」と傍観者の僕は思うのだ。

             彼方へ





渋谷駅の南口は今、再開発の真っ只中で雑然としている。
あらゆる企業や店舗、キャンペーンのネオンが瞬き、むしろ光源を持たない場所に
目が行ってしまうほどだ。

ありとあらゆるものが光を放ち、更に工事に伴う注意喚起を促す電飾が加わる光景は、
なにか酩酊中の困惑や混沌を表現しているしている一枚の絵のようだ。
もしかしたらカオスとはこういう状態なのかも知れない。

醜く乱雑で猥雑、そして怪しく・・・美しい。

尤も再開発工事の終了後、目に入る全てモノが整理され、計算され、規則正しく整えられる
未来の渋谷駅南口は、美しいと言えるのかどうかよく分からない。

あまりに整理された街は、きっとエネルギーが「昇華」されてしまったような、
欲望の残骸があるだけような…そんな印象を持ってしまうと感じるのだ。




タクシーに乗り込むと、大きくカーブを描いてUターンして自宅に向かう。
ぐるりと回転する窓の外の景色を見ながら、ポッカリと空いた再開発の建築中のビルの上だけ、
大きな空が見えていた。
そしてその明るさにとても驚いた。

いつも見ているはずの渋谷の空なのに、初めて見たちょっと特異な空間にいるような、
新鮮な驚きだった。
23:00の空なのにそこだけ「これから明けていく空」ような蒼さなのだ。

もしかしたら薄っらと立ち込める雲の位置が低くて、地上の溢れんばかりの光を反射させて
いたのかも知れない。とっさに何か怖いものでも見てしまったような・・・「異常さ」を感じる空だ。

タクシーの後席の窓からは、絶えず行き交う溢れんばかりの人波みと、無数に点滅するありと
あらゆる光源と、照らし出された夜中の青い空が、重なりあった映像のように見えた。

僕はその光景を見て「誘蛾灯」なのだと思った。
怪しく、狂気に満ちて、危険な蒼い光は、その美しさに惹かれる人間を集める誘蛾灯なのだと。
いや誘人灯かも知れない。




こんばんわ
すっかりご無沙汰しています。おげんきですか?
以前、東京はなかなか夕焼けが見られませんとコメントしました。
覚えていらっしゃいますか? あれから4年の月日が流れました。
今でも下手ながらカメラの趣味は続いています。
そうそう、東京の空…最近夕焼けをよく見るようになりました。
本当に夕焼けが多くなったのか、それともそれに気が付くようになったのか
良く分かりませんが、時々ハッとするような夕焼けを見ることがあります。

それから…東京は真夜中の蒼い空がある事に気が付きました。
それはとても怪しくて、猥雑で、とてもエコとは言えませんが、多くの人がその蒼い空の下に
集まってきます。
いつかその蒼い空を、シャッターに収めたいと思います。その時はご報告致しますので、
是非ブログにお越し下さい。

また遊びに来ます。それでは…お元気で。

ナチョパパ

追伸:そうそうあの時幼稚園児だった娘は、今年小学校3年生になりました。
本当にあっという間に時は流れていきます。




さてさて…新しいシリーズは…



焼津・忍野の旅行記も終わって(あれが旅行記かどうかは…また別なんですけど(^_^;ゞエヘッ)
さて何を書こうかなぁ~と思って。
シリーズにしなくても良いのですが、何か一つのテーマがある方が良いなぁ~と
漠然と思っています。

でも長いものを書いてシリーズにするのじゃなくて、一編一遍は短くて…でも何か共通する
キーワードがあれば…と思考中です。

            爽快




旅行記や日記的な内容の時は、すでに頭の中に「出来事」を文字に変えるのだけで、
あとは箇条書きの状態に並びかえて、整理しながら書き進めば良い。
どこから手を着けるのか?とか、
どこを膨らませて、どこを削るのか?とか、
言ってみれば、書き手である僕が好きにストーリーを構成していけば良い訳だ。

もちろん初めに予想していたよりも大きく話が膨らんでしまったり、尻つぼみになってしまう事も
まましてあるけれど。

僕の書いた文章が誰かを不用意に傷つけたり、悲しませたりしないよう注意は払っているけど、
思いが至らなかったり、逆に多くの場合は何でもないと思われる事でも、特定の誰かには
引っ掛かってしまう事があるかも知れない。

それは避けられない事なのかも知れなけれど、そうならないように、書きっぱなし、
言いっぱなしにならないようにしないと・・・と自分を戒める。

ただ・・・これだけは知っていて欲しい。
書いている僕だけじゃなく「読む人も楽しんでくれるように・・・」といつも思っているのです。
もちろんとても独りよがりの思いなのだけど。


さてさてどんな話を書こうかなぁ…と思いながら、ベッドに入ろうっと。