小さな嘘 大きな嘘 優しい嘘 傷つく嘘 1

昨日東京は今年初の雪が降りました。感覚的には初雪です。
実際にはまだ明け切らない朝方に、多くの人が見る事が出来なかった雪とは言えない雪が、
一ヶ月くらい前に観測されているからだ。

それでも霙【ミゾレ】交じりの雪だったので、ボクの住む港区は「積雪」まではいきませんでした。
ちょっと残念(;^_^Aエヘヘ






ボクは嘘をつかない。

というのは嘘かも知れない。


正確に書くと、誰かが傷つくような嘘をつかないように・・・と常々気を付けている。

「嘘をつかない」・・・それは子供の頃を振り返って、両親に最も口うるさく言い聞かされていた
ナチョパパ家のプリンシプル(原理原則)だった。


「子育ての方針」・・・これは家庭ごとに違うと思うので、どれが一番正しいとは言わない。
ただナチョパパ一家では「制裁」というモノが「愛の鞭」であっても、力であることは無かった。

人によっては「3歳までの子供は動物と同じだから殴って育てる」と言う人もいる。
反対はしない。
でも賛成もできない。


それはきっとボクの家庭ではそうではなかったからだ。


今でも敬語になってしまうほど、怖い父親だったが、殴って何かを分からせようとする教育方針では
なかったのだ。
これは母も同じで、良く聞くような「ビンタ」みたい事を「良し」としない家庭だったのだ。


もちろん、お箸の持ち方が悪い・・・掌をパチリとやられたことぐらいはあるが、いわゆる
「制裁による教育」と言うことがなかったのだ。

     雨雨の一週間





ところが・・・父と母にそれぞれ一度だけ、頬を殴られた事があった。
「殴られる」と言うには軽度のものだったから、”はたかれた”と言った方が正しいかも知れない。

父は「時間に関して」うるさい人だった…つまり原因は「時間を守らない事」
母は「嘘に関して」うるさい人だった…つまり原因は「嘘をついた事」だった訳だ。

この一回ずつの「頬をはたかれた事」だけが、ボクが受けた(躾としての)体罰だった。

★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆
ここで話が大きくズレるので…全三回の話になってしまう…事をお許し下さい。
★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆

一回ずつの出来事だから、尚更良く覚えているのかも知れないが、母にはたかれたのは、
大きなが誤解が元だったのだ。話はこうだ。



母はボクが嘘をついた事に対して頬を払ったのだが・・・後にこれは母の勘違いであったことが
分かるのだ。

理由はこうだ。

小学3年生の時の宿題で「公共のお仕事について班ごとにレポートする」と言うようなモノだった。
公園の管理事務所のおじさんに話を聞いても良いし、図書館のおねえさんに話を聞いても良かった。
それぞれの班ごとに取材先を決めて、グループ発表をするのが最終目的だったのだ。


僕らの班は「荻窪警察に行ってお巡りさんの話を聞こう」と言うことでまとまり、放課後にそれを
実行することにしたのだ。


ところが善福寺と言う所から荻窪警察までは、ちょっと距離があった。
歩けない距離ではないのだけど、小学校3年生のボクらが普段遊んでいるエリア外だったのだ。

当然そこまでどうやって行くのか?と言う話になった時に、加藤君(実名(苦笑))が、
「ウチにはタダでバスに乗れる切符がある」と言い出したのだ。



初めは自転車で集まろうとか、歩いて行こうと行っていた面々も、バスで行けるなら・・・と、
この加藤君の説に乗ったのだった。



その夜、事件は起こった。

     枯れ木の季節





夕飯の用意をしていた時間帯に電話が鳴った。
どういう訳か、当時 我が家は玄関に電話があった。靴箱の上に敷物が敷いてあって、変な牛の置物と、
花瓶(これはいつも花が活けてあった)、電話が置かれていた。

良く考えてみれば、圧倒的に居間にあった方が便利なのだが、どういう訳か薄暗い玄関にあったのだ。

きっと面倒な事もあったのだろう。電話が鳴ると兄妹で争うように電話に出ていた。

その時も夕飯を作っていた母が電話に出ることは出来ないので、いつものように子供達が、
まず電話に出た。その時に出たのは妹だった。


「ママ~ かとうさん というひとから でんわ~」と。








と今日はここまでですぅ~(^▽^;)アセ

あの日のボクを探して…

昨日はしょうもない記事にコメント下さった方々、有り難うございました。
結局ボクは23:00まで起きてベッドに入り、本を読み・・・就寝したのは24:00
近かったのではないか?って思います。


と言うのも、さして買う意識もなく入った本屋さんで見つけた本・・・が
実に不思議な本でして。
今までの読書人生であまり出会ったことのないタイプの本だったのです。








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(2009/01/30)
赤澤 竜也

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まだ話が半ばなので、読後の感想文・・・は書けないのですが、読みながらも
読感が強烈に懐かしい感じがして・・・「どこかで味わったなぁ~どこだろう?」と。

さんざん考えて…全然、カテゴリーも内容も違うのですが、感覚的には若い頃に
読んだノルウェーの森だと。


ノルウェーの森は、読んでいる最中と読後の感想が変わってしまったけど、
ノルウェーの森を読んでいる時のような、ザワザワとした手触りのような読感が
あるのです。

当時はボクも若かったので、ノルウェーの森の主題でもある「愛とか恋」でも
感情移入できたのですが、今はさすがに43歳にもなって「恋愛」では、この様な感覚には
ならないわけで・・・。


主題が、自分の家庭と、自分の親と、自分の職業の事が、圧倒的な筆力でリンクしながら
進んでいくのです。


しかもノンフィクションなのですが、あまりの文章の構成力に・・・一体自分はどんな
カテゴリーの本を読んでいるのか分からなくなるのです。

       街 色 人 街




主人公は慶応大学在学中に、金融関係につとめる父を突然亡くすことから始まるのですが、
父親の死後、父親の勤めた大和銀行のアメリカの不祥事に纏わる事件と関連しながら
怒濤のように進んでいきます。


次期頭取と言われた父親の死、自ら後を追うように金融系の会社に進み、仕事とは何か?
父の半生はどのようなモノだったのか? 家族とは何か? 親とは何か? 読むのを
途中で止めるのに苦労するほど、圧倒的な筆で紡がれていきます。


帝大である一ツ橋を出た父親の東大閥への確執など・・・それはかつてボクが自分の父と
交わした会話をリアルに思い起こさせてくれる…シーンで、もしかしたら今現在大人になって
しまった多くの人がオオォーと頷いてしまう部分だと思います。


作者が自身が、ボクと年齢が変わらない事もあって、今から20年以上前の日本を、
そして当時の若者を含む多くの人を取り巻いていた社会環境を、実にリアルに物語に
しています。


今現在、日本の社会で、サラリーマンをしている多くの方に、この本を読んで欲しいと
思ってしまいました。


珍しく具体的に言います。

この本を読んでみて下さい。

きっと奇妙なザワザワとした感覚を味わうことが出きると思います。
早くも2009年一押しの作品!お勧めの一冊!です。

                ナチョの世界にはどんな街に見えるのだろうか? 下北沢にて



追記

この本のレビュー(←クリックしてね)が載っていたので、宜しかったらこちらもどうぞm(_ _)mペコリ

今日は寝ます。

今週の月曜日、何をしていた訳でも無いのに、2:00a.m.まで起きてしまって…、火曜日は
早く寝ないと…と思いながら、何のかんのと1:30a.m.まで起きてしまいました。
この二日間で、生活のリズムがちょっと後ろにずれてしまった感じです。

尤も最近、朝起きるのが意味もなく早くなって来ていたので、「加齢で早く起きる様になってしまった
のかな?」と…思っていたのです。

でもさすがにこの二日間は、以前の起床時間(7:30a.m.)に戻ってしまいました。


学生時代からの癖で、言ってみれば「完全夜型」だったボクは、夜は強いのに朝には滅法弱い…
時間帯での生活だった訳です。
程度にもよりますが、土日に関して言うと、起こされなければ平気で午後遅くまで寝られる体質
だった訳です。


                 親愛なるkazahanaさんへ




そんな生活も会社員になってしまうと変わってしまいます。
どんなに夜遅くまで起きていようと朝は定時に起きる訳で…その事で毎日少しずつ「寝不足」になり、
その寝不足を土日で解消していたとも言えるのですけど。

だからテレビで「寝溜めは出来ない」とか「本来人間は朝型生理的にあっている」とか聞くと…
ちょっと懐疑的な気持になったモノなのです。




ところが子供が出来て、「大人の都合」よりも「子供の育成」が優先されるようになると、
生活のリズムが段々「規則正しい時間帯」になって来て…気付くと、夜の10:00p.m.には
眠くて眠くて…と言うリズムになってしまった。


娘が幼稚園の年長になる頃には、”寝しなの添い寝”などもしなくなって来て、読み聞かせが
終わったら…「じゃあお休み」と娘の部屋を後にする訳です。
気付くと、段々娘は”子供の時間帯”を意識しないで良い年齢になり…それに伴って、ボクの生活の
リズムも段々、遅くなって行く訳です。


それでもやはり11:00p.m.には眠くなり、朝 家内に起こされるまで爆睡していた訳です。


ところが最近…ここ三か月ぐらい、今までだったら7:30a.m.まで爆睡していたのに、気付くと…
7:00a.m.に自発的に起きるようになり、その時刻もやがて6:30a.m.になり、最近は6:00a.m.に
までなってしまっていたのです。

        空に写す 



何か理由があるなら、分からなくもないのですが、どう考えても…「早く起きちゃう理由」って言うのは
なくて(いつまでも寝てしまうと言うなら、幾らでも理由が考えられる(苦笑))、唯一の原因は…
つまり「起きてしまう理由」を挙げるとしたら、加齢しかないな…と思っていたのです。





ところがここ二日間(昨日と今朝)はさすがに「自主的に起きる」事もなく、久々に7:30a.m.まで
爆睡してしまったのですね。
もちろんボクですから、爆睡と言っても相変わらず変な夢は見るのですが(苦笑)…今日は早めに
ベッドに入ろうと思います。

今日もきっと変な夢を見ると思いますが、それはまたブログの記事にしようと思いますm(_ _)mペコリ


切羽詰まった感じ…

昨日の日曜映画劇場の「ザ・ロック」を見て、あーボクは絶対にスパイとか海兵隊とか、工作員に
成れないなぁ~と思って寝たせいか、またも妙な夢を見た(苦笑)。
恒例の事なので、「またかよ」って言う方も沢山いらっしゃると思いますが…ボクにしてみれば
ブログの記事にしないだけで、ぼぼ毎日大奮闘の七転八倒…大混乱の夢を見ているので(;^_^Aエヘヘ
特別な事ではないのだけど…妙にリアルだったので。

何かノスタルジックな感じがする…照明




何か…広い会場の中にいて、遠い所にライトが当たっているのですね。
何かMCの様な人がいて、多くの人がその舞台と言うか…ライトがあったている方を見ながら、
思い思いにワインやら、料理の乗ったお皿を手に食事をしながら集まっているって感じなんです。


想像し易く言うと…何かの業界の立食パーティーとか、どこかの何周年記念なんかで○○会館みたいな
場所を借りきっての立食パーティーをしているそんな感じです。


ボクは家内と一緒に出入口の傍に立っていて、参加していると言うか…ライトの当たっている方で
始まった誰かのスピーチを聞くともなく聞いているのです。



するとどこからか、黒ぶちの眼鏡を掛けたボブカットの中年女性が来て…
「○○ちゃん(家内の名前)って、松田優作さんの皮ジャンの話をしてくれないかしら」って言うのです。

テクスチャーとしての壁の文様



特に松田優作が好きって訳でもないのですが…(苦笑)、「あっそうなんだ(知らなかった)」と
ちょっと興味を持ったのですね。


変な話ですけど、うちの家内の知合い…って本当に幅が広くて、それを普段は言わないから
一体どんな人と繋がっているのか、話が出るまで分からない…って事が良く有るのです。


ある日、ボクがタイガー電子ジャーのCMで、女優の岩下志麻さんが出ているシリーズが有って
それを見て笑っていたら…「志麻ちゃん…おかしいよね」って言うので、「その志麻ちゃんって言い方
変じゃない?」って笑ったら、「昔から志麻ちゃんって呼んでいるから…」と。


聞くと子供頃から(って言うか…生まれた時から)知っていて、家内が生まれた時に義母に
「あたしも産もうかしら」って言って…本当に子供を産んじゃった事があって。昔からの知り合いだったリ…。

今日舞台を見に行く(仕事で)って事で新橋演舞場に行ったら、楽屋に行くと行くと…
木の実ななさんがいて
「あらぁ~○○ちゃん(家内) こんなに大きくなって…えっ? もう子供産んだの? 信じられない」
って…。

ボクは「旦那ですぅ~」なんて挨拶したりして。


つまり家内の母…ボクにとっての義母つながりで中に繋がっているのです。
だから年代がとても上の人に繋がるので、まさか繋がる…と思っていない人と繋がる訳です。

貫禄




だから今回も、松田優作さんと繋がるって事に、驚きはするものの…どこかで「そっか」って
思う訳です。


それで「えっ?ママ、松田優作さんも知り合いなの?」って聞くと、「小さい時ね」って。


とにかくその黒ぶちの眼鏡を掛けたボブカットの中年女性が、その松田優作さんが着ていた
皮ジャンへの思い入れを語ってくれないか?と。なんでも雑誌の松田優作特集で、エピソードを
集めているのでお願いします…と言う訳です。


すると家内が、「じゃ…それに関しては主人が話します」って言っちゃうのです。
言っちゃった瞬間に、さっきまで遠くで当たっていたスポットライトが、一気に全部こっちに当たって
会場で大拍手が起こるのです。


拍手されようが、主人が話しますと言われようが、ボクは松田優作なんて全然知らない訳です。

いや。。知っていますよ。「太陽にほえろ!」で撃たれて「なんじゃこりゃーーー」って言う人でしょ。
でも皮ジャンがどうだとか、そう言う事は言わずもがな、、、テレビで見たことしかないッスって
感じで。


無理っす
本当無理っすから
知りませんから
テレビで見てただけですから
無理っす
無理っす






広い会場だったはずのその場所は、どこかのホテルの一室に変わっていて、黒ぶち眼鏡の
ボブカットの中年女性がボクの向かいに…45度の角度にズラされたソファに座っていて…
息苦しいほどの切羽詰まった感が。


「さぁ○○さん(ボクの事)、松田優作さんには皮ジャンに対するアツい想い入れがあったとか…
 そのエピソードを 教えて頂けますか?」
って言うのです。

日常のディティール





「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」
「・・・教えて頂けますか?…」


ボクはもうダメだ…とギャーーーと言いながら、









パツッ


って夢が覚めるのです。






あまりにリアルだったので、起きて家内に「ねぇ、○○(家内の名前)、松田優作って知り合い?」
って聞いたら…






「なんで?」と。


まさか夢で…とも言いづらいので
「なんとなく」と言うと。


「知り合いの訳ないじゃない…どうせまた夢でも見たんでしょ」って。











はい。見ました。

なんでもお見通しのナチョママでした。

多分全然ダメ

今日こそはゆっくり渋谷から電車に乗って鎌倉へ行き、そこから江ノ電に乗って、小田急線経由で
戻ってこよう…と思ったのに、昨日ほどじゃないまでも片頭痛が微妙にあって…お家でDVDの整理
(HDD→ディスク)をして過ごしました。

珍しく寝込むほどではなかったので(片頭痛の緊張型の場合は痛みに段階があるので比較的軽度の
時は、寝込まないで済むのです)、時折ブログチェックなんかしながら…夕方にお昼寝して。
まあ…休日しか出来ない事ではあるのですが、そもそも平日に片頭痛って事は余りないので…
結局休日を潰してしまったナチョパパです。       


          カフェでゆっくりしごす…日が余りない



さっきまで日曜洋画劇場を見ていたのですが…一般人を人質した海兵隊が細菌テロを企てて
それを阻止する「FBI(ニコラス・ケイジ)&歴史的な脱獄犯(ショーン・コネリー)のコンビ」の話…
「ザ・ロック」を見てました。


物語は…まあ、DVDで確認して頂けると有り難いのですが(苦笑)、つくづく思いました…ボク、
きっと海兵隊にもFBIにも成れないし(年齢的な事ではなくて…)、スパイや特殊部隊なんかにも
成れないな…と。


いや言葉の問題とか、国籍の問題とか、さっき言った年齢の問題ではないです。


ボク…資質的にもう、全くダメダメだな…と。

                  時間がゆっくり過ぎて行く…



高所恐怖症だし、
痛みに弱いし、
きっと拷問に弱いし、
間違っても爆弾を被弾して、頭から血を流しながら…体の半分を下水に浸かりながら、時には
その中に潜ったりしながら(つまり傷口に下水がガンガンに入る…ゾゾォー)任務を遂行する訳です。



いやもちろん物語だと言う事を頭に置いてでもですよ…もう絶対僕には出来ないなっと。
片頭痛ぐらいでベッドに倒れ込んでいるボク。もう全然へなちょこだろうな…と。




きっと今日の映画の主人公だったら…












スイマセン。




ボクのせいで、多くの都市がVXガスで壊滅状態になっていました。




済まないアメリカ国民よ。



痛過ぎて防げなかった…んだ。





って感じでしょうか?






何かちょっと反省ないといけないナチョパパでした。

折角天気が良かったのに…

今日の東京は朝から本当に良い天気で「撮影日和」だと内心楽しみにしていた。鎌倉辺りまで
足を伸ばそうと思っていたのだ。
ところが…朝から左目の奥がガンガンとしていわゆる片頭痛状態で…ベッドから出られなかった。


あまりにも酷いから特効薬のレルパックスを服用したのだけど、これが全然効かないで…
ついに今日の外出は中止になってしまった。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

           カフェはカフェを飲む為だけにあるのではない…

        ちょっと…贅沢な光景


           雨の為今日は店内で…


なんとか夜になって片頭痛も治まってきたので、なんとか明日には外出出来そう。
どこに行こうか…考えています。

ゆっくり電車でどこかに行きたいナチョパパでした。

どうなんで賞か?(一部修正)

加齢と共に涙もろくなる…という話は良く聞く。
ボクなんか正にそうで、明らかに「これはマズイ」というドキュメンタリーや映画を見る場合、
ティッシュなんかじゃなく、バスタオルを用意しないといけない…って思うほどなのです。


特に「親子愛モノ」や「子供が主人公」の、その手の作品を見る時はその傾向が顕著で、
最近じゃ実際にその作品を見ないでも、番宣なんかで「それらしい部分」を見るだけでも、
頭の中で想像しちゃって涙腺が緩んでしまう…感じになってしまうのだから、かなりの重症なのだと思う。


少なくとも若い時にはそんな事は無かった(はず)だから、明らかに加齢と共にそうなっているのだと
自覚しているのです。

           孤高の存在



急速な高齢化社会が現実になって、都会だけじゃなく地方でも「孤独死」をする老人が増えていると
聞いて…フッと自分に置き換えてしまった。
もちろん死に至らなくても、高齢になってから一人暮らしをしている老人が増えている事を思うと
「自分には決して起らない事」とは言い切れなと思う訳です。


そんな事を考えていたら「自分が死の瞬間を迎える時」ってどんな感じなのだろうと…言う所に
思いが至った訳です。


病気とかそう言う想像ではなくて、息が止る瞬間を想像してみると…リアルなその状況を思い
浮かべる事よりも
「当たり前だけど、死ぬ日が確実に来るんだよな~」
と改めて(しかも強烈に)思った訳です。


これ…結構お腹の深い所にググッ来る感じなんですよ。ちょっと想像してみて下さい。
自分がベッドの上か、車の中か、家族に囲まれてか…良く分からないけど、息が止る瞬間を。


苦しいのかなとか、死因はなんだろうなとか、色々考えると…人生の一番最期が誰にも気付かれず
ひっそり死んで行くというのは、本当に切ないな…と。自分の生きてきた半生と言うか、人生と言うか
そこに思いを馳せて、微笑みながら最期の呼吸をするのが幸せなのだとしたら、やはり孤独死という
のは、可能の限り回避する方法を探るべきだ…と単純に思うのだ。


勿論これは「超個人的な価値観」の問題だから、それ(孤独死)を願う人も居るかも知れない。
それはきっと個人の生き様とか、死に様の美学にも通ずるので、あくまでもここではボク個人の
意見に過ぎない。


ただ死後何日も人に知られること無く、どこかで冷たくなっている…っていると言うのは寂しい。
至極単純に「死の瞬間」と「死んだ後の亡骸のあり方」って言うのは、尊厳に包まれていたいと
思うのだ。


ゴージャスな葬儀が良いとか、多くの人に送られる方が良いとか、そう言う意味じゃなくて、
息を引き取った後に、何十年か生きてきた人の魂が抜けた状態の肉体にも、尊厳とか敬意が
感じるようであって欲しいと思うのだ。

        本当に孤独なのは孤独を分かって貰えない事だ…


東京の江東区で23歳の女性が殺された。
同じフロアに住む男性が犯人で、長引く捜査の途中にワイドショーの質問何度にも答え、
平然と暮らしていた男が犯人だった。


何度か警察の訪問も受けて、その度に犯行が発覚せずに…やがて女性は殺され、切り刻まれて
トイレに流されたり、ゴミとして遺棄された。
動機は単純なものだ…。ただ犯人の性衝動でしかない、身勝手な殺人だった。


ここでテレビや雑誌などのでうかがい知る限り、女性の方にはいかなる落ち度もない。
仮に有ったとしても、人一人がこんなに無残な形で殺されるだけの理由ってなんてもの…
そんなモノはありはしない。


当然検事側は「極刑」を望み、遺族も「極刑」を望み、犯人さえも「極刑」を望んだ。





そして


判決が出た…











無期懲役だ。






判決の理由はこうだ。

なんでも殺人に関しては計画的じゃない事。
殺されたのは一人。
殺人に関しては死刑にするほど残酷ではない。
死体損壊は確かに人とは思えない悪行だが、極刑にするまでには当たらない。
よって、無期懲役。





本当にそうか?
ある日自分の家族が殺された、包丁でバラバラにされて、トイレ流されて…。しかし裁判では
「死刑にするほど残虐ではない…」って。


さっきも書いたように、死って「死ぬ瞬間」だけの事じゃないと思うのだ。

呼吸が止まり、
心臓が止まり
やがて体温が下がって行く。
確かに目の前にあるのは魂の入っていない亡骸かも知れない。でもそこには尊厳が在って欲しい。


仮に今回の判決の様に「殺人」と「遺体損壊」を別のものとして考えるなら、むしろ
①殺して…
②バラバラにする…
二重の罪ではないのか? 殺すという行為と、亡骸を冒涜する行為なのだから。


分けて二重に加算するのはおかしい…と言うならば、判決だけ「殺す」と言う事と「バラバラにする」と
言う事は別に考えたのだ? おかしいじゃないか!と。
この事件は、自分勝手な欲望のままに人一人を「殺してバラバラ」にした残忍極まりない
犯行だとボクは思うので。


犯人は反省しているという。
これで模範囚になれば、早ければ25年もぜずに出てくるだろう。初犯で有れば14~15年で
更生したと看做され社会復帰だ。


被害者である彼女は二度と戻らない。

        人の後ろに並ぶ…事は得意じゃない…




もちろん人の死がどのように訪れるのかなんて誰にも分からない。
ある日突然の事故で命を落とすかも知れない。
思いもよらぬ病気かも知れない。
いやいや平均寿命を突破し、100歳を超え表彰されたりするかも知れない。
そして大往生の末に、老衰なんて事もあるかも知れない。


当たり前のことだけど生きている以上、遅かれ早かれ死が訪れる。これだけは太古の昔から
どんなに強大な権力を手に入れた物も、平等に何人にもやってくる。
如何なる死もその尊厳をもっていて欲しい。孤独死を望むのなら孤独死でも良い。
決して不条理に奪ったり、奪われたりする事がないように、その人の尊厳が守られる事を
願うだけだ。




最後に一つ質問します。



貴方の人生の最期の日に…神様があなたに賞を授けてくれると現れました。
あなたの望む賞をくれると言うのです。一体どんな賞を貰いますか?
「頑張ったで賞」でも
「素敵な人生だったで賞」でもなんでも良いです。



貴方は何の賞を貰いますか?

じゃぁ ウチはそのままなのか!

先日(23℃越えの日)の記事に対してのコメントで皆さんが「気温が低くなるらしい…」仰っていた
通り、翌日の東京はどんより曇天で(時折、日も差したけど)春の兆しを感じづらい…冬の様相を
呈していました(と言っても9:00a.m.の時点では14℃もあったのですが)。
今日も朝の6:30a.m.の時点で2℃と真冬の気温でした。
まあ…今は二月なのですから、このまま直ぐに暖かい春にはならない…のは当たり前なんです
けどね。


各地で夏日…これを異常気象と考えるべきなのかどうかは、微妙ですが…浅間山と桜島が
ほぼ同時に噴火したり、ラッコが釧路に現れたり(これは関係ないか?!)まあ、なんだかとても
不安定である事には変わりがない訳で、ここに地震なんかが加わったら嫌だな…と思っていたら、
昨夜青森県を含む東北地方でM6(震度4)の地震が有りました。


幸いにして、本当に大きな地震というのを経験していないので…、神戸や宮城、そして新潟の
大地震から想像するしかないのですが、やはりこの自然のエネルギーって言うのは、膨大なもの
である事よく分かります。


一昨日もニュース速報でテレビ画面の上にポロ~ンと「青森震度4」と言う文字が現れたりして、
何かちょっと怖い感じも致します。(続報もない事から大きな被害は出なかったのかも知れません。
軽微なものであっても、お怪我をなさった方がいらっしゃらない事を願うばかりです。)

           最近…この絵が増殖している南青山界隈



ご存知の方もいらっしゃるでしょうけど、東京は比較的地震が多い街でもあります。
幼い時から頻繁にあって、(繰り返しにないますが)大きな被害こそ出ていないまでも、
「グラッ」と来る事に慣れていたりします。


慣れているからと言って、「地震に対しての備えも万全だ!」とは言えない訳で。
それは常々…ちゃんと準備をしないといけないなぁ…と思っている訳です。



実際に神戸という都市がどうであったかは分からないのですが、近年大きな地震に見舞われた
地域の多くが、「地震が少ない土地だと認識していた」という所が多いのです。
きっとその分、エネルギーが溜まっていて一気に噴出した可能性もあるかも知れません。



東海地方とか、関東南部は、プレートや火山帯の複雑な有様から「地震銀座」みたいに言われて
居ます。
小学生の時から「30年以内にM7以上の地震がくる確立98%以上」とか聞いていたのですが、
そろそろ そのリミットの時期なので…実際問題として「いつ来てもおかしくない」状態である
ことは変わらないのだと思います。


頻繁に起こる小地震(震度2~4)ぐらいモノが来る度に、「ちゃんと避難グッズを用意しておかないとな」
と思う訳です。


それで…大地震が来た時には、一体何が”本当に必要”なのだろうと…ネットで調べて
みた訳です。



水や食料はどうなのだろう。
避難セットでついてきたロープなんかは本当に居るのだろうか。
冬と夏では用意するものを変えるべきか。
これだけは揃えていた方が良いという物はあるだろうか。


このブログでは、y0kihiさんとkazahanaさんが神戸在住という事から、大きな地震を経験して
いらっしゃるので、一度きちんとお聞きしないといけないな…と思っているのですが、
とりあえず多くの経験談として「家具の転倒」というのが、致命傷になっている事が多くて…。
中には大きなブラウン管のテレビが、3メートルも離れて寝ている所に飛んできた…なんて経験談を
報告している人も居るのです。


そして、困った事の一つに「トイレ」というのがプライオリティーの高い所にあるのです。

       えいねんさんの所と違って…本当に隅っこに追いやられたショボイ喫煙コーナー



程度問題もあるので、実際の所は分からないのですが、我が家の耐震度は決して低くはないはず
なんですね。
もちろん手抜き工事があるかも知れませんし、建築時に設定した地震対策の基準を大きく超える
エネルギーを持つ地震が来るかも知れません。
でもそれを言い出すと、もういかなる状況にも壊滅って事になってしまうので…とりあえず
マンションの建物自体は大丈夫だったとしても、水道や電気、ガスなどのライフラインは…まず
ダメだろうなぁ~と思うのです。


そうなると…とりあえず三日分ぐらいの飲み水は確保しておかないといけないなと。

それに都市ガスも使えない事を考えると、ボンベ式のカセットコンロのガスは…多目に買って
ストックしておかないと暖かいモノが食べられないからなと。


ここまでは実際には3日分を確保出来ていれば、その後はなんとか公共の救援が揃う事になる…
と書いているブログが多いのです。

でもトイレは圧倒的に足りないだろうと。
街ので臨時トイレが出来ても衛生問題や、絶対的な数量なんかも圧倒的に不足するという
事なんですね。



となると、個人で簡易トイレを用意するという事になるのですが、この災害時のトイレと
言うと、段ボールを使ったものや、既存のトイレにカバーをするモノや、バイオを使った
ケミカルトイレなど…色々ある事が分かりました。

何しろトイレを使おうと思っても、水洗トイレの場合、水も電気もない状態で「流す」という
事が出来ない訳です。
更に色々調べてみると、「流す」って事に最新のエコタイプでも7リットル以上、普通のタイプのモノ
で12から15リットルも必要らしいのです。


うーん。幾らなんでも流さない訳にはいかないし、三日分のペットボトルがあるとは言っても
12リットルと言えばペットボトル6本分。言ってみれば…半ダース。
これをミネラルウォーターで流すって言うのも…と思うと、こう書いてあるのです。


でもトイレのタンクの中には一回分の水があるから大丈夫…って。


そしてお風呂の後、栓を抜かないで!と。残り湯をタンクに入れれば「トイレを流せるよ」と。
ただ便器の中に入れるだけでは12リットルは入らないし、徐々に入れたら勢いがないから流し切れない。
やはりタンクの中に一旦溜めるのが一番良いらしいのです。


これで被災時のトイレは取りあえず何回分かは大丈夫だなあと。


やはり食事を取る事も大切だけど、排泄もやっぱり重要なことだと思うのです。
だからプライオリティーの高い所にある項目だと思うのですが、これで安心しました。













トイレに行くと…





















ウチはタンクレスでした。

ウチは…じゃあ溜まったままなのか! 



※すいません。リコメント、ご訪問が遅れています。少々お待ち下さい。

異文化コミュニケーション

昨夜から喉の調子がおかしい。イガイガして…風邪をひいたかな…と。

会社のスケジュールを生活の中心に置くと、この時期に風邪を引きたくないなぁと思いながら
早くにベッドに入ったのでありました。(まあいつも引きたくないのですが…)


さて東京は一昨日に春一番が吹いて、昨日は23℃を超え…ちょっとした初夏の様でした。
上にも書いたように風邪気味だったので、何処にも出掛けられなかったのだけど。
外出していた家内とナチョは「夏みたいだぁ」と、出掛けた時には着ていたコートを手に抱えて
帰って来た。

皆さんのお住まいの地域はいかがだったでしょうか?


普段から「冬好き」を公言しているボクですが、春の日差しの中でカフェのオープンテラスで
食事をするのは気持ちが良いだろうなぁ~と、ちょっとだけ「春」を待っていたりする気がある
のかも知れません。

           そろそろ資料を整理しないと…本棚が雑然としてしまった



ボクのブログの中に「フランスでは…」とか「パリにいた時…」という言葉がよく出て来ます。
あまり度が過ぎるので、ちょっと鼻に着くなぁ~と自己反省している事もあって、なるべくここを避けて
話をしようとしているのだけど、「比較対象」を探すと経験から逸話を持ってくる事になるので…
どうしてもボクの場合、フランス、しかもパリ(限定)しか知らないので…仕方ないのです。

アメリカ在住の経験があるとか、イタリアにも住んでいた事があると言うなら、もっと他のレトリックが
使えるのだけど…残念ながら、そう言う経歴を持っていないから。

尤もそのパリの生活だって足かけ5年ですから、「真のフランスを知っているのか」って突っ込まれると
困っちゃうのですが…。




何でこんな事を書き始めたかと言うと、昨日体調が悪かった事もあって一日中テレビを見たり、
ベッドに入って本を読んだりしながら、ボォーと過ごしていたのですが、テレビで流されるニュースの
多くが不況に起因する問題と政治不信に関する問題なんですね。


もちろんニュースになる時点で、どこかの恣意的な影響力もあると思うので、そのまま鵜呑みにして
「我が論の如く」ブログに書き綴るのもどうかと思うのだけど、本当に日本は今大混乱なのだなと
改めて思ったりするのです。


まだ経済一流、政治三流…なんて事が言われた時代の方が良かったのか…と錯覚しそうなほど
政治も経済も軋み音を立てているのです。

ここで過去の話を持ち出してしまうのは、単純に比較対象の為なんですけど…(苦笑)
何も扇動している訳じゃないですけど、ここまで社会が混乱していてら、フランスならまず間違いなく
ストライキとかデモとか、何らかの行動が起きているのだろうな…って思うのです。


麻生首相や小泉さんのドタバタ劇を見て、忘れてしまっているけど、社保庁の問題も何にも
解決していないし、人事院の問題だって「オイオイ…」って思う事が仕切りなんですけどね。

まあ…今の日本の政治家が、日本のテクノラートに頭脳で勝てる訳ないので(でしょ?)、
政治家に「政権交代」があるように、テクノラートの中でも「主流交代」みたいな事が起こるような
システムにしておかないと、平気な顔して「ミスター渡り」みたいな人が、天下りと渡りを繰り返して
生涯年収8億円なんて事になってしまうのだと思うのです。
※一般企業の生涯年収は2.8億円と言われています。

           ちょっと味のあるサインだった…



そもそも「国家公務員は生涯安泰」なんて思いで、公務員になるって言うのは…もう時代が許さない
のだという事を、ちゃんと理解しないと…自分達が不利になる政策や、法案なんか、官僚が通すはず
ないし、きちんと抜け穴を用意して、それを見抜ける政治家がいるとは…ちょっと思えないし。


最近じゃ「官僚が将来不安にならないようなシステムを用意してから、天下り禁止をすれば良い…」
なんて本末転倒な事まで起こっているので、何をいわんやなんだけど。
「将来が不安では仕事に集中できない」なんて、そんな事言ったら民間のエリートだって同じなのだ。
不安定な中で生きているから必死になるのだし。絶対になんとかなる…って言うなら、人は必死に
ならないでしょう。


そもそも官僚は「国民に奉仕する」って大きな大前提があるのに、自分達には何が有っても大丈夫な
システムが必要だ…って考えるのは、一体どんな思いなのだろうと思うのだけどね。


こんな状況で、デモもストライキも起こらない国、国民性って言うのは…ちょっと稀なんだろうなぁと。
お隣の国「韓国」だって大きなストライキやデモが起こっていますから。北朝鮮や中国のような国は
ともかく、民主主義と言われる国で、これほど静かな国民も珍しいのではないか?って。

                お済ましさん



あれ…今日は何を書こうと思ったのだっけなぁ?



あっそうだ。
※なんか最近、こんな事ばかりだな…(^▽^;)アセ



いや、先日スーパーマーケットを歩いている時に、煮干しが材料のスナック(おつまみかなぁ?)が
売っていたのですが、そこに二つキャッチコピーが付いていたのです。

一つは「手軽にカルシュウム」。その横に小さくサブコピーがあって「骨粗鬆症予防に!」と書いて
ありました。

そしてもう一つが「サラダ感覚」。
ここにもサブコピーが有って「どこでも気軽にサラダ感覚」ってあったんです。


これで言うとサラダ感覚って言うのは、「お手軽に」とか「簡単に」って意味ですよね。
確かに考えてみると、喫茶店のランチなんかで「サラダ付き」…っていうと、大概なんだかおざなりな
生野菜がついてきたりしますものね。


だから「このサラダ感覚」って、イージーさの表現なのだ思うのですが…果たしてサラダがお手軽と
感じる感覚って、日本の特有なのだと思うのです。


と言うのも、パリのカフェでサラダを頼むと凄い量のサラダと、フランスパンが出てくるのです。
イタリアでもそうだったのですけど。
これって「サラダ」をオカズとして考えているのだと。きっと…日本の感覚からすると、おいおい
この量はちょっと多過ぎるのではないか?と思うほどなのですが、周りを見渡しても、結構皆
これをおかずにパンを食べているのです。


初めてこの光景を見た時は、とても違和感があったのですが、住んでいる内にボクもサラダを
頼んで、添え物のパンを食べて…それで満腹って事が普通になってしまったのです。
3年も過ぎると、今日の昼はサラダにしよう…なんて考えるようになっていましたから。


だから…この「煮干しのおつまみ」に「サラダ感覚」って書かれると、ちょっと何か違和感を感じた
って事なんですけどね。




尤も




イタリアの




パスタが前菜…って感覚も


ボクには全くないのですが…。
※私はパスタがメインでも量的に充分ですから。



やはり異文化って言うのは、色々良く分からない事があるのだと思ったのでした。




分からないって言えば…





そう言えば、物凄くセンスの悪いゴージャスな社長室に住んでいたNOVAの社長…あれから
どうなったんでしょうね?

それを聞いちゃいかん!

多分、多くの事はボクの操作が悪くて「そうなってしまった」って事があるとは思うのだけど、
時々行方不明になる事があるブログへのコメント。

皆さん 書いたはずのコメントが消えている事 ありません?



常連さんは覚えていらっしゃると思いますが、年初に「手帳を買い換えたので皆さんの誕生日を
書き込みたいと思います。つきましてはお誕生日を教えていただけないでしょうか?」という
お願いをしました。

多くの方に教えて頂いて、しっかりメモもして…お誕生日になったらブログにお邪魔して
忘れずにおめでとうを言っちゃおう!と思っていた訳です。




実は今日までにお一人が既に誕生日を迎えられていて…早速やりましたよ。「おめでとうコメント」。
携帯片手に。
※最近の携帯の時計って自動修正されるので、とても正しいのです。

後数分で誕生日になるAさんのブログに行き、メッセージを書いて、携帯の時計表示が〇月〇日
00:00を指した瞬間「送信」を押す!


もちろん若干のタイムラグはあるにせよ、少なくとも分刻みでしか表示されないであろう
ブログのコメント欄に、「おめでとうコメント」が誕生日になったと同時に送られた記録が残るだろう…
と思ったのです。

      仕事道具…何度見ても決められない時がある




数日後…



ブログにお邪魔すると、コメントはおろか、名前さえアップされていないヾ(;´Д‘●)ノ…トホホ


えっ?!


もちろん大した手間ではないのですが、それでも誕生日に日付けが変わる瞬間を待って、携帯を
見ながら(大人気ないけど…(苦笑))クリックしたのに、名前さえも残っていないなんて…
ヾ(;´Д‘●)ノ…トホホ


でも良く考えてみたら、今までにもこういう事が結構有って、薄っすらどんなコメントを残したかも
覚えているのにコメントが残っていないって事を経験している訳です。
きっとそのブログの管理者が「足跡機能」みたいなものを使っていれば、履歴を見てくれるだろうから、
その証拠は残っているのだろうけど、ボクのように「履歴機能」を使っていない人の場合は、それも
ない訳で…。


うーん…一体ボクのコメントは何処に消えたのだろうか?と。


尤も技術的な問題ではなくて、ボクの手違いって事もあるだろうから、一概には言えないのだけど、
仮に手順に間違いはなくて、何らかのシステム的なことに原因があって、コメントが消えている場合…
そのコメントは一体何処に届いているのだろうか?と思った訳です。


同じ様に「メッセージが届かない」って意味では、メールでも同じ事(届いていなかったって事)があるな
…と思い、それを…ちょっと調べてみたのです。

               未来へのトンネル  なのか?




するとですね、2008年10月のマイクロソフト・リサーチの調べで、実に0.71~1.02%のメールが
行き先不明で消滅しているのです。


これを多いと考えるか? 少ないと考えるか?は人それぞれなんですが、ボクは思っていたより
少ないと思いました。あくまでもボク個人の感覚的なものですが、明らかにそれ以上の感覚で
書いたコメントが消えたり、メールが届いて居なかったりすると思うのです。


まあ何の確証もないですし、また確認のしようもないのですが、操作ミスで送信されなかったものも
あると仮定しても、やっぱりもう少し紛失(消滅)しているのではないか?と思うのです。


で、この行方不明になってしまったメールはどうなっているのか?って言うと…




単純に




消されている



という事なんです。誰に?



はい、そこです。




一体誰に消されているのか?
実は…コレがプロバイダーなのだと。


実はここから凄く面倒臭い話になるのですが(と言っても、Y&Aさんやえいねんさんは普通に理解
出来ちゃうと思うのですが(^_^;ゞエヘッ)、実は全世界に飛び交っているメールの8割がスパムメール
だという調査結果があるのです。


『80%がスパムメール!』って言われても、そもそも「スパムメール」の事がイマイチ分かっていない
ので調べてみると…







こう言う
※すいません…楽しちゃいました

                 きっと世の中の流れを思いっきり浴びていると…




80%の分母が分からないので、一体何通のメールが飛び交っているのか?全く変わらない
のですが、少なくとも(言ってみれば)どーでもいいメールが飛び交っている事になります。


そのスパム対策ってプロバイダが独自の対策を練っているらしいのです。これは一定の決まりごとが
ある訳ではなくて、それぞれが対策を練っていて、それぞれが定義付けをしているのが現状なんだ
そうです。

プロバイダは「送信時」と「受信時」で、それぞれお互いの定義に基づいて「スパム」と判定るすると
片っ端から削除を掛けているそうです。まあ…80%がスパムだとすれば、ある意味飛び交うメールは
圧倒的に「削除される数」の方が多いって事になります。

それが…何かの拍子に「スパム」って判定をされると、スパムかどうかの真偽は問われることなく
削除されるって事なんです。


きっとボクのメールもそうやってどこかにさまようことなく、いきなりどこかで削除されている…って事
なんだと思います。



えっ?!



質問があるって




さっき書いた




「何かの拍子」って



なんなのか?って?














それを聞いちゃいかん!

クレジットカードを…(オマケ付き)

曇り空の東京は思いっ切り気温が低く、折角の建国記念日も行楽気分を阻害されてしまう
そんな一日でした。
13:00で8℃だったのを確認していますので…気温的には大した事が無いのに、こんなに寒く
感じてしまうのは、空の色と、冷たい風のせいかも知れません。




えっと…皆さんはお金の管理ってどうなさっていますか? 
「あくまでも我が家のお金の管理は私がする」という場合の、私が「お父さん」なのか「お母さん」
なのか、それとも「任せっきりですぅ」と旦那様なり、奥様なりに任せているのか…。


もちろん独身の方は「自分でやるしかない」と言う方や、「親に一括して任している」と言う人も
いるでしょう。


我が家の場合は、全く管理出来ないボクがする事は破産に繋がるので、一切合財全ぇ~部
家内が管理をしています。
従って一体自分の口座に幾らあるの? 住宅ローンは月々幾ら支払っているのか?
今の我が家の財政状況は(”難”である事は分かっているが)どの程度劣化(苦笑)しているのか?
などは、全く分からない。


多分、色々レクチャーは受けたのだと思うのだけど、こっちも覚える自信がないし、家内も「念の為」
レベルでしか話をしないので、そう言うもんだという状況が結婚してからずっと続いている…感じなのです。


説明する→一応聞く→忘れる→だから任せる→分からなくなる→説明する→一応聞く→忘れる→
だから任せる→分からなくなる→説明する→一応聞く→忘れる→だから任せる→分からなくなる

とまあグルグル回って、周っているからお互い面倒になって結局は家内任せって事になるのです。

                  これもまあ…周っているのですが…



幸いにしてお金の管理に関して、一切揉め事もないので…このルールはずっとこれからも続いて
行くのだろうなぁ~と思っている訳です。


お金の管理が出来ないって事を突き詰めて行くと
「自分の財布に幾ら入っているのかも良く分かっていない」って状態になります(経験談)。


「そんなことないだろう!」と思うかも知れませんが、ボク自身がそうなのですから、そこを否定されても
「実際にそうなんです」としか申し上げられないのですが(苦笑)。


じゃあどうしているかと言うと、無くなると「お金を下さい」と言って貰う…とお思いでしょうが、
それは管理の出来ている人がすることで、筋金入りの「金銭感覚0〈ゼロ〉の人」は、お金がない
って事にも気付きませんから、家内が「そろそろ危ないかな…」と思った時に、私の財布を覗き
補充しておいてくれる訳です。


ボクもバカじゃありませんから…もとい、ボクは薄らバカですから、まともな部分が残っていて
「あぁ今日は買い物しちゃったから、ここでコーヒー代を払うと残りは980円しか残っていないな…」
ということぐらいは覚えている訳です。


急に要り用になったらどうするのか? と言う方もいるでしょうが…基本お酒も飲みませんし、
会社でも飲み会ってないですし、基本家内が同じ会社のフロア違いにいますから、何かあったら
「お金頂戴」で事済んでしまうのです。


出先で急に要りようになったら…うーん、そう言う事になった事が人生の中で一度もないので
分かりませんが、クレジットカードもありますし、なんとかなる…と思うのです。


尤もカード人生も長いですが、一度もキャッシングって言うのはしたことがないですから、
現金じゃなきゃ話にならん…って状況が無いって事でもあります。


最近じゃ電車に乗るのも、コンビニでも「キャッシュレス化」が進んでいますから、スイカでも
エディでも、カードでも、幾らでも決済の方法があるって事です。


「あー現金がない…何も出来ない…ガックリ」
なんて事は43年間、日本でもアメリカでもフランスでもイタリアでもベルギーでもドイツでも…
一回もなかった!と断言しても良いです。

         ガックリ…なんて事はない


基本的に日本はキャッシュの国ですから、その日本で困らないって事は欧米諸国に行って都市部に
いる限り…まずもって困る事はない訳です。


父はともかく、母はただしい日本の昭和の価値観を持っていますから、クレジットカードにあまり
良いイメージを持っていないのですね。


母曰く、「いくら使ったか分からなくなり…借金生活にどっぷりつかり…取り立て屋が…」みたいな
一時期の消費者金融でがんじがらめになった重債務者と、クレジットカードの支払い決済が
ごっちゃになっている事があって…なにか、こう、「クレジットカード=悪」みたいなイメージが
あるようなのです(苦笑)。


でも実際には「何に、いつ、どこで、買い物をしたのか?」って事が、手元に「ご利用控え」という形で
残った上で、更には月末なり月初に「ご利用明細」が送られてくるので、余程自分の「消費具合」が
掌握し易いと思うのですけどね。

それに…ポイントもついてとってもお得!って思うのですが…その辺の事をどうしても分かって貰えない
事になります。



と言う事で、ボクの場合「1000円を超えるとかなりの確率でカード払いになる」のです。
コンビニでも本屋でも、ツタヤでも、百貨店は言わずもがな…多くの所でカード払い。
一括払いですから、全く利子なんか付かないし…逆のポイントがどんどん溜まるほどです。


で、



フッと



思ったのは、




一度現金払いに徹してみようではないか!と。



ココに他意は全くありません。単純に「現金で払って行ったらどんな感覚なのだろうか」と。
カードの悪い所があるとしたら、目の前でどんどん減って行く感覚がない…って事だと思うのです。
ですから、この一カ月間、現金払いに特化してみようじゃないか!と思ったのです。


気持ち良く「ご利用明細」に「今月の引き落とし予定金額0円」なんてなったら気持ち良いだろうなぁ~と。
※でもカード引き落とし契約になっているモノがあるので、0円って事はないのですが(残念)。


一月末から始めたのですが…基本昼飯以外使わないボクは、なんか全然楽しめていないのですが…
カード引き落としのアマゾンも使っていないので、本屋さんで現金払いしていますぅ~(^v^)ニコ


皆さん…決済にカード使いますか?

続きはこちら...

薄っぺら…(一部加筆)

覚えている方もいらっしゃると思うのですが、2007年に一回、2008年に一回、
”ナチョパパ セミナーで語る事件”がありました。
御存じじゃない方、もしくはお忘れの方も多いと思いますが、語る訳です。。。壇上で。


まぁなんと言うか…普段から臆面もなく自説をブログを展開しているのですから、
ツールをキーボードからマイクに変えただけと思われるかも知れませんが…
これが例外なく毎回シオシオなんです。

      何かこの質感に妙に惹かれた




きちんと優秀なコーディネータさんが居てくれて、すっかりお膳立てをして貰っているのに、話す内容が
ボクが観客なら「別に聞かないでもいいや」って内容の話しか出来ないのです。



そして…なんと言うか…終わった後に猛烈な自己嫌悪が残る訳です。


「あーああ言えば良かった」とか
「かぁ~言わなきゃよかった」とか
「う~もっと言えば良かった」とか
終わった後で、物凄く落ち込む訳です。


だったら受けなきゃ良いじゃん!
って思うかも知れませんが、過去二回とも“お話ししませんか?”と依頼をしてくるのが、私の
最大クライアントなので、余程大きな理由がない限り…断り辛い…いや無下には断れない…という
背景があったりもするのです。


何でこうなっちゃうのか?と言うと…一つには、ボクはデザイナーズブランドのデザイナーですが、
デザイナーズだけに、メインのデザイナーはボクが「先生」と呼んでいる人だけで、後は皆、
アシスタントなんですね。


仕事の内容はデザイン画を描くことですから、デザイナーには間違いないのですが…、
アシスタントはアシスタントな訳です。看板(先生デザイナー)があってのアシスタントなんで
看板が無いと、一サラリーマンデザイナーなんです。


       色合いの妙



何でこんな事を書き始めたかと言うと、また「お話ししませんか」という状況になっていまして…
。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ
一旦はお断りしたのですが、いま非常にまず状況になっていて…7月に大阪でまたセミナーを
しないといけないような状態なんですぅ。


そのセミナー今回で7回目で、ボクが八回目の講師って事になるのですが、過去の講師の方が
凄いのですよ。
ちょっと全員を書く訳にも行かないので、とても分かり易い例を挙げると、新聞協会賞、菊池寛賞、
ジャーナリズム大賞を受賞した人や、現役で朝日新聞で連載を持っている詩人とか…なんと言うか
語るべきものを持っている人ばかりなのです。


これは非常に拙い。


間違っても
「餃子の王将美味いっす!」とか、
「出来れば早くに隠居生活を送りたいと思っているのだ」とか、
「実はお袋(72歳)がCIAのスパイなんですよ…(夢で)」とか、

そういう「43歳の大の大人としてそれで良いのか?」って人生を送ってきたボクが、果たして
講師みたいな事をして良いのか…って話ですよ。


ある意味、菊池寛賞を取った講師の話を聞いて感動した人が、「セミナーにまた行きたい」と来たら
壇上にナチョパパがいて「廃墟みたいな文房具屋がありましてね…埃だらけだったんですよぉ~」だの「薄汚れたランニング
(タンクトップとは言えないような)を着た血塗れのブルース・ウィリスに説教したのですよ(夢で)…」なんて事
ばかり言っているボクがなんの話が出来ると言うのでしょうか?


ある意味、回数が重なったセミナーですから、観客(?!)の方の中に常連さんもいるでしょう。
そうなったら新聞協会賞を取った人が行った講義と、ボクの実の無い講義がガチンコになる訳で
。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ 
想像するだけで、惨敗と言うか、壊滅状態と言うか、秒殺されると言うか…もうお手上げですわ。

                 あー何か僕の心の中の寒々しい空気の様だ…



改めて…こうなんか話す事はないか?って…コーディネーターさんと話すのですが、話せば
話すほど…なんか薄っぺらな事しかなくて(T_T)ナミダ コーディネーターさんも「参ったな」って
感じなんですよ…きっと。


困ったな…。


だって…もしボクなら「有名な人(デザイナー)ならともかく、普通のアシスタントの話を聞き行こうと
は思わない…」から/(-_-)\


大阪在住の方、サクラになって講義中に涙を流す役とか、狂ったように拍手をする係とか、
何度も何度もブラヴォーを叫ぶ係に立候補してくれませんか?








無理っすよね(^▽^;)アセ


しっかり寝ながら…なんとか薄っぺらな人生を膨らませる計画を立てなきゃ。だって…一般の人に
人を感動させられるようなエピソードなんて、そんなにないですから。












ないっすよね? 普通?


まあ…一国の総理の発言も、途方もなく薄っぺらな時代ですから、一介のボク如きが悩む事も
ないのかも知れませんが…

クリカエサレル キオク ノ ダンペン 5 (最終回)

≪幾つモノ紆余曲折を経て、辿り着いた「廃屋のような文房具屋」。恐る恐る店内に踏み入り…声を掛けて出て来た店員は…思いの他、可愛い女性だった。呆気なく目的の作文用紙を手に入れて、無事帰路に着いたのであった。今夜いよいよ最終回。皆さん最後までお付き合いくださいませ≫






家に辿り着いた時、辺りはほぼ闇に包まれていた。

厳密に日没を基準に帰宅時間が決まる…という観点からすればアウト!
でも理由から考えるとぎりぎりセーフ。
ただ、親の観点からすると、お小言ありで…なんとかセーフ(苦笑)

そもそもギリギリになるまで作文用紙を用意していなかった事を叱られて
(まあ当然ですな…(^_^;ゞエヘッ)、事なきを得た…という感じだ。


実はwanwanmaruさんに“どんなオチになるのか…?”というコメントを頂いて
いたのだけど、オチらしいオチが無いのだ。

      何か秘密基地の様な写真になった…




この文房具屋の位置が、駅から伸びる行く道すがらに在るのだが、
似たような「特殊で不規則な角度でぶつかり合う交差点」にも関わらず
同じ様な交差点を三度も行ったドンつきに在って、住んでいた時から

「この道のどんつきには文房具屋があって…あれ…ない! あっ違った
 この角を曲がった次の道のどんつきだ!」

ということが良くあった。


住んでいた当初からこうなのだから、位置関係が怪しかった。

今、時々 廃屋チックな家屋を見つけると、この文房具屋を思い出し、
その度にこのエピソードを思い出す。

当然、駅からの道順と共に思い出すのだが、記憶の中の3Dの地図をぐるぐる
と周ってしまって、上手く辿り着けなかったりするのだ。


「三度も同じ様な不規則な…」と書いたのに、前回ブログに描いた略地図は
三度も曲がっていないじゃないか!って…?!!!


実は訳があって…。








この話をブログ化するにあたって、「ボクの記憶は何処まで正しいのか?」と
自分を疑って(苦笑)、グーグルマップのストリートビューを使って、
【今現在(タイムラグはあるにせよ)の西荻窪界隈はどうなっているのか? 
 また記憶の中の3Dは地図は正しいのか?】
と見てみたのだ。

                影が美しいと希望を感じる時がある…



すると…一番大きかったAは確認できなかったのだ。
Dに関して言うと、あの日と同じ様にカーテンらしきモノが閉まっていて
お店をやっているのかどうかさえも、わからないのだ(看板等が無い)。


詳しく言うと…Aは全然確認できず、Bは「ここだよなぁ~」という位置は分かった
のだが、思っていたより間口が狭くて”あーここだ!”って自信を持って断言するのは
ちょっと辛い状況だった。


そして問題の廃屋チックな文房具店C。





ここが





何と! 






改築(改装かも知れない)され、新しくなり文房具屋の新たに看板を掲げて、
今もちゃんとあるのだ。





正直これにはビックリした。

グーグルマップのストリートビューなので、もしかしたらAとBに関しても、ちゃんと
あるのかも知れないし、Dの場合もカーテンが閉まっていたのは、あの日と同じ様に
たまたま閉まっている日に撮影されたのかも知れない。


ただこの中で一番初めに無くなるとしたら、きっとここだな…と思っていた(失礼)
廃屋寸前の文房具屋が、新しくなって(最も新しくなってかなり時間が経ってはいる
のだけど)存在していたのだ。

       落ちるような感覚を味わえるのは高所恐怖症の特権だ






地図もだけど、あまり細かい描写をしてしまうと、この周辺に古くから住んでいる人達
には「どの場所なのか」が簡単に分かってしまうので…(^▽^;)アセ
※このブログにお越しの方は、この周辺にお住まいの方が多いので…(;^_^Aエヘヘ





今でも街中でこの様な廃屋チックな家屋を見る事があって、その度にボクの記憶の中に
ある… この作文用紙にまつわる物語が何度も繰り返され、更にその度に何度も
繰り返される3D地図のウォーキングが、先日話したどこかの国で何度も同じ所に
戻ってきてしまう話と重なってしまった…事で、この話をブログに書く事にしました。



もしかしたら、あなたの頭の中に何度も繰り返されるエピソードや地図があったら、
グルグルと同じ所を回わる前に、一度「現在はどうなっているのか」確かめられるなら
確認してみると良いかも知れない…。


そんな事を思ったナチョパパでした。







最後までお付き合い有難うございました。

春の日差し

気温は朝8℃ 昼には11℃…決して「春」とは言えないけど、確実に日差しは春を感じた
日曜日でした。 皆様はいかがお過ごしでしたか?


今日は家族揃って休みだったので、私の実家に行ってきました。
これが例えば「出身が岡山です」とか「山形なんです」だったら、「帰省しました」って書けるのですが
港区から世田谷区へ…って感じだと、なんとなく「帰省」とは言い辛いので行ってきました…って
感じです。

意外と近いと言うと「当たり前じゃん」と言われるのがオチなのですが、高速なら池尻で乗って
用賀で降りる…ので、普通に行けば5分とか10分間ですから…やはり近いのだと思います。

ここから乗って…   ここで降りる

二月の初旬が父の誕生日なので、そのお祝い(と言うか…ご挨拶と言う感じですね)に行って来たのです。


一昨年体を壊してから完全な隠居状態なのですが、それでもまあ…自分の体と上手く付き合う方法を
見つけて、無理をしない範囲で生活しているのです。でも…やはり寄る年波には勝てないので、体のあちこちに
ガタが来ているらしく、今はゆっくり暮らすと言う事を楽しんで欲しいなぁ~と思ったりするのです。

      春の日差し




さて、イレギュラーな休みが続いて…(学校閉鎖やスキー学校、その後の振り替え休日)、約二週間
学校に行ってい無かったナチョは、明日提出の作文(まるでボクが今書いているクリカエサレル…の
ような話だけど(苦笑))を今清書しています。


彼女の場合は「訳の分からない文房具屋」に作文用紙を買いに行ったりしないのですが、学校の
名前入りの専用作文用紙(これは購買で購入する)に、一マス一マス文字を埋めています。
ここ一週間ぐらい、毎日下書きをしていて…それを5枚の作文にして提出なんです。


いつもの授業の作文とはちょっと違って、二年生最後の作文と言う事で「作文集に掲載」が前提なので
時々ママに「これで良い?」とか「これって意味分かる?」って聞きにきます。


えっ? パパには聞きに来ないのか?って??




それが…パパが指導すると、なんか子供の文章じゃない感じになってしまって…嫌だと(苦笑)
パパは指名から排除されてしまいました。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

       今日のおやつはここ…代々木公園と東急本店の間ぐらいのケーキ屋さん





世田谷からの帰り道、いつも高速を使うのですが…ケーキを買おうと一般道で戻りました。
渋谷の繁華街を通りながら、思いの外 人通りが多くて…ちょっとビックリ。
先日とある国のエッセイストが、「日本のどこが不況なのか…街を歩くと信じられない」と書いていた
のが良く分かる光景だった。


確かに”100年に一度の大不況(恐慌)”と言うわれている国の光景には見えなかった。
もちろんボクの仕事も決して「楽」ではないから、やはり不況は実感しているし、テレビや新聞のニュースも
そればかりを伝えているし。

でももっと不安定な国の人が この渋谷の街を見たら…やはり「100年に一度の…」には見えないかも
知れない。

       静かに留まって周りを見渡して見る事も必要なのかも知れない…





さて今週は水曜日がお休み(建国記念日)ですね。一日少ない今週もうつむくことなく、元気に参りましょう。
天気の良い日はちょっと春の日差しを感じます。それを探してみませんか?


餃子の王将

朝テレビを見ていたら、映画の番宣で「余命が後三日だったら…」と言うシチュエーションで
街角インタビューをしていた。
若い人からお爺さんまで、色々な人が答えていたのですが、その答えも…家族と過すとか、彼女と
過すとか、温泉に行くとか…色々な答えがあって思わず見入ってしまいました。


その中でとても綺麗な女性が「餃子を食べる」と答えていて…(((o^∀^)oアハハ 笑ってしまったのです。

きっとその時の質問は「最期の食事なら何にしますか?」って言う事だったと思うのですが、
番組の構成が、インタビューは質問が字幕でテレビ画面の片隅に出ていて(あと三日の命なら?と)、
老若男女が、次々パッパッと答えるシーンが繋がっているというものだったので、「私は家族と…」
「彼女と一緒かな」「温泉三昧」などに続いて…いきなり「餃子を食べる」と言うシーンだったので
笑ったのです…(^u^)ウン

      天気が良かった…




今日も家内は出勤だったので、ナチョとパパはお留守番でした。
まあ本当にボクと家内のスケジュールが上手くズレている…ので助かるのですが、困る事も。


家内が居れば、お昼ご飯に困る事はないのですが(苦笑)、ボクとナチョの時は…
「一体何を食べるのか?」と言う事は、大きなテーマになる訳です。


それで、ボクは朝方に見た「餃子」って言うのが、猛烈に頭に残っていまして…
「餃子食べたいな」と思い始めていたのです。
ただ…具体的に「○○の餃子」って言うのはなく、場合によっては恵比寿三越に行って買って来ても
良いなぁ~と。


そんな事を考えながら、ネットサーフィンしていたら、「餃子の王将」と言う文字を見まして。

ピカーン!! ビンゴ!!


餃子の王将って良いんじゃないか!と。


もちろん店名としては知っていますし、以前ナチョと天現寺側にあった「大阪王将餃子」と言う
所に行ったのですが…どうもそれは「餃子の王将」とは違う事が分かっていたので…ネットで
場所を調べて…ナチョに「餃子を食べに行こうよ」と誘ったのです。


もちろん普通に餃子を食べると言っても、ナチョは乗ってこないな…と思って(苦笑)、
探検を口実に(苦笑)街に出ようと誘ったのです。

           君はいつも楽しそうだ…



以前に一度行った事があるのですが、それももう20年近く前の話で…「餃子の王将」がどんな店
だったのか、いまいち思い出せない訳です。
ましてや家から一番近い所はどこか…ではなく、電車やバスに乗って行ける所で一番近いのは
どこか? と…探すと三軒茶屋にあるではないですか。

探し切れなかった…餃子の王将

まずバスに乗り渋谷まで、そこから電車に乗って…三軒茶屋まで行き…探す事20分。






ところが…無いんですぅ「餃子の王将」。

ちゃんと「餃子の王将」のHPで確認してから調べて行ったのにも関わらず、全然ない。
でもここまで来ると、餃子が食べたいじゃなくて、「餃子の王将で食べたい」って事になってまして。
他の店でいいや!って思えなくなっていました。


知っている方も多いでしょうから詳しくは書きませんが、「餃子の王将」はチェーン店ですから、
ここじゃなければどこにある…と言う選択肢がありうる訳です。


ボクが唯一知っている「餃子の王将」は下北沢にあると言う事でした。
幸いにして三軒茶屋と下北沢は一本道でバスで繋がっているのです。それは行くしかない(^v^)ニコ

ここなのだ! ほとんど一本道
ちょっとクリックしてみてください…笑っちゃうぐらい一本道でしょ。



でも…私の中の下北沢の「餃子の王将」は20年前しか知らない訳です。もしかしたら…もう
無くなっているかも知れません。ちょっと急ぎ足で歩くこと5分!

ありました。ありました。まごうなき「餃子の王将」!!

      あった!!


ナチョはチャーハンともやし炒め、ボクは餃子三人前! ひたすら食べました(^v^)ニコ

お腹一杯になって…お会計すると、なんと1600円!! いくら子供とは言え、ナチョの食欲は
大人並みですから…二人で食べて1600円なんて凄いと思いませんか?

まぁ皆さんにお薦めするか?と聞かれると…かなり庶民的なお店なので(苦笑)、お店の雰囲気も
含めて「お料理」と考える人はダメかも知れませんが、ナチョとナチョパパにとっては美味しく頂きました。


その後、下北沢から小田急線に乗って、代々木上原で乗り換えて、表参道まで。
実はかなり我が家からは交通の便が良い(もちろん知っていましたが、実際に移動すると実感
できる)事も分かった、「餃子の王将探検」でした。

      光の反射がどこで起こっているのか分からなかったが…綺麗な反射だった


今日も一日、ナチョの笑い声がずっとしている一日でした。

   




そうそう…「クリカエサレル キオク ノ ダンペン」まだ続きますので…(^▽^;)アセ 宜しくお願いします。

クリカエサレル キオク ノ ダンペン 4

      日差しの関係 


≪日没が迫りくる中で、作文用紙を探し求めて西荻窪周辺の文房具屋を奔りまわるナチョパパ。
 幾つかの目ぼしい文房具屋に行ってはみたものの、物の見事に閉まっていた為に、
 焦りながら目指すは…一度も足を踏み入れた事のない店舗D。何故かって?…それは…
 と言う所で本文に突入するのであった…≫





「これって廃屋?」

そんな印象を受ける店構えだった。正確に記すと当時“廃屋”なんて言葉を知っていたとは
思えないから、感想としては「潰れたのかな?」と言うようなものだったと思う。
通りに面したガラス窓は、もう何十年も拭かれた事の無い事は明らかだった。窓ガラスの
木枠の桟の部分に茶色の砂埃が溜まり、ガラスは曇り店内の様子が、どうなっているのか
あまりよく見えないのです。


多分比較的広い通りに面しているから、その埃が外から付いている分もあるのだろうけど、
中からも途轍もなく汚れているのが分かるのだ。
木枠で囲まれたガラスの中央部分は幾分透明度を保っているから、内部が全く見えない訳では
ない。なのに…メインの引き戸辺り以外は、まるで最近話題になっている“ゴミ屋敷”の様に
段ボールらしきモノや、文房具とは全く関係ない「クリネックス」と書いてある箱が不安定な
状態で雑多に積み重なった上に、潰されもせず「かろうじて引っ掛かっている」みたいな感じで
山積みになっているのだ。


通りに面したガラスの引き戸は四枚。間口としては二間(ニケン)と言うのだろうか。
アルミサッシではなく木枠で、戸は上半分が六マスのガラスで、下半分が大きな一枚ガラス。
想像できますか? 絵を描きます。

スイマセン鉛筆書きで…(^▽^;)アセ

こんな感じ…。


分かり辛いかも知れないけど、イラストの引き戸の一番左側が出入口で、ガラス越しに見える
範囲で言うと、ここだけは段ボールなどが置かれていないのが分かった。


店の前に自転車を停めて恐る恐る戸を引くと、くぐもった様なジリリリリィーと言うような
音がしてギョッとした。






今日まで、この話を引っ張ってきて…実はここからの記憶が一番ハッキリしているのだ。
ボクのお得意の“夢の話”並みに覚えているのだ。でも…もしかしたら記憶が大きく脚色
されているかも知れない。
何度も何度も思い出すたびに、少しずつ大袈裟にリコピーされている可能性があるので、
嘘を書いている気は毛頭ないのだけど、100%寸分たがわず35年以上前の「少年ナチョパパ」
の姿なのか!と、問い詰められると…辛い(苦笑)。
あくまでも「記憶の中の少年ナチョパパ」だと思って下さい。



そのギョッとしたベルの音の方を見ると、木戸の上の方に防犯用と思われるザビザビの
金属製の鐘がぶら下がっていた。これも正確な仕組みが分からないのだけど、グルグルと
ゼンマイみたいなモノが付いていて…アーもー面倒だ、再びイラストで説明しよう(苦笑)

微妙ぉ~

描いてはみたけど、どういう構造で音が鳴るのか、この絵じゃ全然分からんな…(^▽^;)アセ
でも仕方無い…だってボク自身がどんな構造なんだか分からないのだから(;^_^Aエヘヘ
だからこれは鐘とゼンマイが合わさったモノだった…って事のイメージ画だと思って
下さい。


とにかくこのゼンマイ状の金属と 小さな鐘が共にサビサビで、本来は綺麗な音色を
奏でるはずが、一切響かないでジリジリと言う音を立てるのだった。



店内に入ると、外から見た通り迫力を感じるほど、雑然としていてありとあらゆる物に
ありったけの埃が被っていた。多分これ以上の埃を、現役で使用している店舗や民家の
中で見る事は、無理だろうと思うほどなのだ。
そして空気がカビ臭い。ボクの父の実家の匂いもどっかカビ臭い感じがあったのだが
それを強烈にした感じなのだ。



その埃を見ただけでも、ボクの目に見える範囲の物が、動かされなくなって…数年、
いや十数年が経っているのが分かるのだ。店内は薄暗く至る所が埃まみれのだ。


日没間際だった事もあり、正直ちょっとした恐怖心が芽生えた。


ともかくそのまま店の奥に入ると、両側にノートや筆記具が陳列された棚があって、
一応全体が埃避けらしいビニールが乱雑に掛けられていた。余りにも乱雑に掛けてある
ので、所々掛けられていない所もあって…そこは当然埃まみれだった。
(※ビニール全体に凄い埃が掛っている)


先日テレビで見た浅間山の噴火で、灰まみれになった…と嘆いていた中古車ディーラー
が写っていたが…まさにあんな感じなのだ。

              写真と文章は一切関係がありません…念の為
※写真と文中は一切関係がありません。





店内には一切の明かり、照明は灯っていない。でも店に入って正面のドンツキが一段高く
なっていて、やはりガラスの引き戸になっているその中から、テレビだろうなぁ~
と思われる不安定な明かりがチラチラしているのだ。
人の気配が確実にする。


ボクは何度となくそのガラス窓に向かって声を掛けた。
「スイマセーン」
「スイマセーン」
「誰かいますかぁー」

実はこの時「恐怖心」は最高潮に達していて、自分の声が埃だらけの店に吸い込まれて
しまうような気がしたのだ。この店内のどこかに、妖怪でも潜んでいるような…気がしていたのだ。
もちろん振り返り1メートルも戻れば硝子戸があって、その向こうには人が歩いている
通りがあるの訳だし、昭和50年代初頭に…妖怪なんて馬鹿げているのだけど、
何かこの店の中だけは別の時間が流れていて、オバケと言うよりも妖怪とか…そう言う
「良く分からない恐怖心」で一杯になってしまったのだ。


チカチカと明暗だけがある掏りガラス(正確には小さなボコボコした模様でした)の
向こうから「は~い」と声が聞こえたのだ。





ビクッ!





声を掛けたのだから、返事があったのは当たり前なので…驚くのもおかしいのだけど、
最後の方はもう殆ど返答を期待していなかったような気もする。ゾクッとした恐怖心が
僕を包んだ。

この辺の心境を上手く文章に書けないのでけど…後ろを向いて店を出ようとしたら、
何かいきなり決定的な怖い事が起こるような気がして(それが何だか分からないけど)
いた時に、返答があったからビクッとしたのだった。



想像すると…と言うか、この店の雰囲気から、腰の曲がった老婆が現れ 口を開けたら
残った歯が上下に一本ずつで…。

      もしかしたら宇宙に独自なリズムが流れているのかも知れない



なんて事にはならない(苦笑)





なんと店の奥から現れたのは若いおばさん。
(※子供の時は30歳でもオバサンに見えるものだから…(苦笑))
今思えば きっと…30歳にもなっていなかったと思う。実は服装を全く覚えていない
のだけど、ピンク色のエプロンをしていた事をしっかり覚えている。


拍子抜けするほど普通の女性で…むしろ記憶の中の女性はどちらかと言うと
可愛い感じの人だった。

その女性に…「スイマセン。作文用紙が欲しいのですけど」と言ったのだ。
すると…女性は出てきた硝子戸の奥に向かって何かを誰かに伝えたのです。

すると中からお爺さんが出てきた(この店にぴったりなお爺さんだった)。
お爺さんは女性に何事か言うと、女性は向かって右側の「ゴミ屋敷状態」エリアに
入って行ったと思ったら、すぐに出て来て その手にはいつも使っている作文用紙が
ちゃんと握られていた。

しかし凄い間取り図だ



決して埃だらけじゃない綺麗な作文用紙の束で(確か60円だったと記憶している)
それを受取ってお金を払い…ボクはその店を出たのだ。







あーイカン。今日こそは終わろうと思ったのに…スイマセン 次回最終回に続きます。
もうしばらくお付き合い下さいm(_ _)mペコリ

クリカエサレル キオク ノ ダンペン 3

≪夕暮れ時刻に、提出日が明日に迫った作文に使う「作文用紙」がない事に気がついた
 ナチョパパ。何があっても購入しなきゃ…と向かうは西荻窪周辺の文房具屋。
 ナチョパパは作文用紙を無事購入する事が出来るでしょうか…話は続くのであった≫



前回の最後に、頭の中の「西荻窪周辺の文房具屋」をアルファベッドで表記して
説明しようとしたのだけど、西荻窪駅から近い方からアルファベッドを振って
しまった為に…文中に出てくる順番が順不同になってしまった…(反省)。


それで…どうにか整理をしないといけないと思って…↓のような図にしてみた。

西荻窪
 ↓
店舗A:品揃え抜群(愛想はない(苦笑))
 ↓
店舗B:文房具&酒屋が合体した店。
    規模としては普通。ただ事務用品が多かった(学用品は少ない)
 ↓
店舗C:…????????????????
 ↓
ボクのいる場所→→店舗D:一番小さいけど学用品がメイン(サービスをしてくれる)



あくまでも駅を起点にAとしたので…「ボクのいる位置」が一番遠い所にある訳だ。


「店舗D」が「ボクのいる位置」の横並びなのは、この店だけ西荻窪方面じゃなく
ボクのいる位置から最も近い所にある店だった…と言う事だ。
上手く想像がつきますか? 何となく位置関係が分かるだろうか?

分からないですよね(^_^;ゞエヘッ


またも即席の絵にしてみました…こんな感じ。

こんな感じです。電車の中で書いたので…字が踊っている汗

この下の方に居る人間と自転車(みたいの)が、「作文用紙を買わなきゃ」と
気付いた時点のボクの位置。駅までは15~20分、自宅まで5分弱の距離だと
思って欲しい。




とにかく近くの店舗Dに行ったら、思いもよらず閉まっていたので…一層焦りは増す。
常識で考えると、次は店舗Cに向かうと思うのが、実はこのA~Dの中で唯一行った事が
無いのが、店舗Cだったのだ。


普通「作文用紙」って何処の店にも置いてあるものだとは思うのだが、この時は「マズイ」って
思いがあり、尚且つ「年中無休の店」が閉まっているというイレギュラーな事があったことから、
子供なりのパニック状態で、こうなったら「一気に駅側の大きな文房具店、店舗Aに行こう!」と
いう結論に至ったのだ。


「急がなきゃ」…ボクはペダルを強く踏み込んだ。

サインから色彩を取る



ここは…つまり西荻窪界隈って、きっと歴史的にも古い住宅街なのだと思うのだけど、
道路の幅などの区画整理整備が現代のモジュールからするとかなり狭い。
だから、いち早く安全に自転車で駅周辺まで行こうとすると、バス通りを走るよりも勝手知ったる
「裏道」を幾つモノの角を曲がって激走する方がずっと早かったりするのだ。


多分に焦りもあると思うのだけど、普通ならここで最も近い店…Cに向かうのだと思う。
でもこのCだけは外から見ることはあっても、中に入った事が無かったのだ。


当時の小学生は「暗くなる前に帰ってきなさい」と言うのが一般的だった。
仮に親にそう宣言されなくても、何処の家もそれが暗黙の了解事項だった。
「何時」と言うよりも季節によって変わる「日没時刻」を基準にした方が、
現実的だったのだと思う。


確実に約束の時刻は迫っていたので、BもCも行ってはみたけど「ありませんでした」
では洒落にならないので、確実にGETできる店に行ってしまった方が早いと思ったのだ。



幾つかの角を曲がって、駅前に辿り着くバス通りを曲がればそこには店舗Aがある。






はず…。






が…。






何か色に惹かれた…

無い。





「えっ?!」と思いながら、駅の位置を確認して再度店があるはずの場所を見る。
ロケーションとしては間違っていない。



が…、





シャッターが閉まっている!!!



これは今もそうなのか、それとも当時だけなのか? はたまた単なる偶然なのか??
分からないのだけど、どうもこの日…一帯が定休日の様なのだ。何しろ文房具店の横の店も
全部シャッターが降りているのだから。


もちろん全部ではない。薬局も開いているし、喫茶店も開いている。でも本屋も米屋も、果物屋も
全部シャッターを降ろしているのだ。

今、生活をしている麻布十番商店街も火曜日が定休日で、全店とは言わないまでも多くの店舗が
商いには関係なくシャッターを降ろす。正にそんな感じなのだ。




正直これは参った。と言うか…全く予期していなかったのだ。
でもここでボォーとしている訳には行かない。


店Dが閉まっていて、頼りにしていた大型店Aがダメで。もう次は自宅に戻る方向に走りながら
道すがらB→Cと順番に見ていくしかない。

ボクはハンドルを切って再びペダルを強く踏み込んだ。


細いバス通りを駅を背に逆送する形で疾走…!

永遠のモダン 最新のクラッシック



店舗Bが見えてくると、灯りが点いていてホッとした…のもつかの間…当初予想した通り、
学校で使っているフォーマットの原稿用紙は置いていなかった。
レポート用紙のようなタイプ(当時はそれを大人っぽいと思っていた(苦笑))しかなく、
20×20の字数で白い紙にエンジの升目の物がないのだ。


小学校の宿題に「フォーマット違い」は許されない。
そんなもので提出した暁にはM教師の思う壺、ここぞとばかりに責めてくるだろう。
そうなれば…とる行動は一つ。店を出て店舗Cに向かうのだ。



先ほども書いたが、この“店舗C”に入った事は一度もなかった。
それには理由があったのだ。


まず第一に、今まで書いたように「この店に行かなくても他に店があった」し、
それを言うなら隣駅の吉祥寺に行けば、もっと沢山の文房具屋さんが溢れている。

更にもう一つ、大きな理由があった。






それは…










次回に続くのであった(;^_^Aエヘヘ

そろそろ焦っているのですが…

全く書けていませ~ん。
もう全然時間を作れないのですぅ。
期待せずに…もう少しお待ち下さいませ。

このライティングの意味は…知りません…



えっと…今日の東京タワーこんな色でした。なんだかちょっと…「なんでもありって訳じゃないだろう」
と思ったのですが、もしかしたらまた重要な意味もあるのかも知れないので、必要以上の突っ込みは
入れないようにしますm(_ _)mペコリ

原稿…書けていません。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

今日の東京は本当にいい天気でした。
でも風が冷たくて、日陰に居ると体感としては決して「小春日和」とは言えない感じでしょうか。
皆様がお住まいの地域は如何ですか。明日は節分です。冬と春が分かれる日ですね。
一雨ごとに暖かくなると良いのですが…。

        本来はナチョの…




土曜日、もしくは金曜日の晩に、日曜日の朝食を各々が選ぶのですが、「調理パン」って言うのが
多いのです。幸いにして麻布十番は美味しいパン屋さんが幾つかあるので、場所には困らない
のです。

でも…その時の気分で選んでしまうので、実際の日曜の朝になると…
「あー甘いのが食べたい」とか
「何か今日はしょっぱいのが食べたい」とか
買った時の気持ちからズレてしまう事がある訳です(^▽^;)アセ


いつもなら、ママがちゃんと朝食を作ってくれるのですが…この週末ママがダウン。
ナチョとボクが二人で…「じゃあ朝ごはん食べよう」って事になって、サラダを用意しようと
したら…

「パパ…ナチョ パンで良いよ。サラダいらない」と。
こっちは気を使って言っていると思ったので、
「平気、平気…パパだってサラダぐらい作れるよ」
と言うと…どうもそうでもないらしい。本当にいらない…って感じなのです。

ママもベッドで横になっているし、ナチョもなんか…もじもじしているし、もしかしたら
体調が悪いのかと思って聞くと、どうもパパのパンが食べたいらしい(苦笑)


「良いよ。取り換えようか?」と言うと、嬉しそうに取り換えた訳です。
パパもお腹が減っているのだけど、サラダを作っている途中で…キッチンから戻ってくると、もう殆ど
…つまり4/5ぐらい食べ終わってから、再びモジモジ。



「どうしたの?」と聞くと…。











        後悔するナチョ…


本当に、女の子とは思えないほどの食欲なんです…朝からいつも。

何しろルーム(保育所)で
「ナチョちゃん…他のお子様より、ちょっと食べる量が多くて…。大変申し訳ないのですが、
給食費を上げさせて頂けないでしょうか?」
と離乳食の時に、とても遠慮がちに、お願いされた過去を持つ子なので…(((o^∀^)oアハハ




スイマセン…リコメントが遅れます。お許し下さい。

なんて事はない一日…(誰かの真似っぽいタイトルだな(;^_^Aエヘヘ)

この時期に休むって事は余りないのですが、今日は髪を切りに行きまして…しっかり休みました。
ならば昨日のブログの続きをしっかり書く…って言うのが正しい休日の過ごし方なのですが、
本当に絵に描いたようにボォーと過ごしました(¬v¬^)イヒヒ

だって、この時期にボォーと出来る事ってないですから、折角ならボォーとしたいなと。

今読みかけの「チャイルド44」もいい加減な感じでダラァ~と読んで(苦笑)、適当な所で止めて
今度はWebで綺麗な写真を探して、それに飽きたら「日本カメラ」をペラペラめくって。
何か「有意義」って言葉にはほど遠い生活でした。

ただしい大人の代表「tomatoさん」(私の勝手なイメージ)からすると、
「ナチョパパさん 人生は短いのです。有意義に過ごさないと勿体ないですよ」
と怒られそうな感じがします(^▽^;)アセ

                ナチョの特等席



実は明日から「雪の学校」に行くはずだったナチョでしたが、先週の「学校閉鎖」に伴って
「延期」「中止」と紆余曲折あって、結局予定通り明日旅立つことになりました。
明朝は8:00ジャストに東京駅に送ります…。早起きをしないと(^▽^;)アセ

今日はなんともゆっくり過した一日でした。

皆様はどの様な一日でしたか? 幸せな一日であったならば良いのですが…(^u^)ウン
昨日からの続きは明日以降頑張ります(o^-^)ゞハイ

おやすみなさい。