クリカエサレル キオク ノ ダンペン 2(一部改訂)

スイマセン…長い事(^▽^;)アセ やっとなんとか復活しつつあります。

が…家内が今度は発熱! オーマイゴット!! とは言いつつも…ブログをサッサと進めないと
なかなか次の話題に行けません。
一体この後、どういう展開になるのか、ゆっくりお読み頂けると幸いです。


         街の彩りを切り取る


≪今は違う都市に住んでいても、東京に在住した事がある人なら、ここで書かれている雰囲気や
町の様子を想像し易いかも知れない。ボクが住んでいた昭和40年代当時の杉並区善福寺と言う
所は、まだまだ武蔵野の香りが色濃く残っていた。決して「郊外」ではなかったけど、周辺には
幾つかの空き地がある…とても静かな町だった。もし可能であれば、もう一度あの時のあの町に
住みたい…と思うのだ≫






「作文用紙を買わなきゃ」
あんなに急いでいたのだから、本来ならちゃんと購入済みで「後は書くだけ」って状態じゃなきゃ
いけなかったのだと思う。『作文用紙がない』と言う状態を、とても焦っていた事を明確に覚えて
いるのだ。


もちろんそれは、提出しなかったら「担任から激怒される…!」と言う事でもあった。
それはボクにとって最大の恐怖だったのだ。


えっ? 子供はみんな担任や先生を恐れるモノだって?

いやいや…そうじゃないのだ。




実は当時、ボクは担任の教師と折り合いが悪かった。ボク自身も悪かったが、ボクの両親も
この担任と相性が悪かったのだ(苦笑)。

事の次第はこうだ。


         ともかく急げ!!



ボクの小学校は通常『一、二年』『三、四年』『五、六年』でクラス換えをする事になっていた。
それに伴って担任の教師も変わる。


ところが二年生に上がる時に、担任の先生の産休が重なってしまって…二年生になった時にも、
クラス換えになったのだ。

つまり一年生…A先生、
   二年生…O先生、
   三年生…M先生、
   四年生…M先生、
   五年生…F先生
   六年生…F先生
と、言う案配だったのだ。

決して良い生徒じゃ無かったけど、まあ『お小言レベル』の叱られ方で済んでいたのだ。
つまり特に問題も無かった。


ところが三年生で担任になった教員Mとの間に、軋轢が生まれた。


かなりの年配で…ベテランの教員だったが、昭和40年代のバリバリ日教組の教員で、生徒の事より
も自分が大好きな教員だった。


そして







『お歳暮』とか『お中元』の大好きな人だった。





えっ?と思うかも知れないが、堂々と『付け届け届かないが…』という事をダイレクトに言うような
教員だったのだ。

悪い事にボクの父と母は『教員が担任中にはお歳暮、お中元をしない主義』で…この事から実に
あからさまに、目の敵にされた経緯があるのだ。

今考えたら凄い話なんだけど…、本当にそうだったので(^▽^;)アセ

今だったら大問題だけど、当時はそれを問題にしようと言う気は無かった。ただその分両親が
『徹底抗戦』の志向で、当然ボクは思い切り目をつけられることになったのだ。


                 雑多なモノを…




『おかしいなぁ。確かこの道だったはずなんだけどな…』

ボクは一人で夕暮れの町を自転車で疾走していた。友達と別れて10分以上経って…少々心細くなり
かけていた。何しろさっきまで友人と一緒で、「付き合おうか?」と言われていたのに、「大丈夫」
と断ったのだ。
作文用紙を買い忘れたのに気づいたのが、東京女子大の裏辺りまで戻って来ていた時だったからだ。
この辺りまで戻ってきていた
↑この辺りまで戻ってきていたのだ。

西荻窪駅に戻ると15分、家までは5分も掛らない…ような場所だった。
空は段々と暗くなり始めていたし、ボク自身も早く買って、早く家に帰って、早く作文を仕上げて
しまいたかったのだ。


実際に西荻窪の周辺でどこに文房具屋あるのかは把握していた。
頭の中には西荻窪起点にして幾つか文房具屋が浮かんだ。位置関係を描くのが ちょっと難しい
のだけど…、気づいた場所から最も近い所には、比較的新しい店舗Dがあった。

小さく品揃えもないのだが、店主がいつもサービスしてくれる所で、細々したモノを買うのに人気があった店だ。


もう一つは駅に最も近い…(つまり今の場所からは最も遠い)所にある店舗Aだった。

品揃えも抜群で、事務用品、学用品はもとより、ショーケースの中には万年筆が並んでいた
(当時は万年筆は憧れで大人の筆記具だった)。
ただ大きい文具店だったので、消しゴム一個とか、赤鉛筆一本…みたいな買い物には冷ややかだった。
もちろん店としては意識していなかっただろうけど。


次に店舗Bは(ここは記憶が曖昧なんだけど)確か、店半分が酒屋で、半分が文房具を取り扱って
いたと記憶している。

どちらが本業なのか分からないのだけど、入口が狭くて入り辛いのだけど、店内は結構広くて、
入口を背にして右半分が文房具、左半分がお酒を取り扱っていた。文具も酒も、それぞれ結構充実
していたのだが…やはり事務用品が中心だった気がする。
(後にボクはここで初めて”ぺんてる”のキャップ式「ケリー」というずんぐりとしたシャープペン
を買う事になる。その日から…ボクの文房具好きは始まる(苦笑))


因みに…一番初めに入手したシャープペンも、ぺんてるで「S55」と言うモノでした。



いかん…話が逸れた上にこんなに長くなってしまった。


ところが…ここで問題が起こったのだ…まず店舗Dに行ったら、無休のはずのお店にはカーテンが
掛けられて閉まっているのだ。土曜も日曜も毎日7時までやっている店なのにである。

でもここで諦めてしまう訳にはいかない…何しろ明日までに作文を書いて提出しないといけないのだ。

あのM教師に。





と言う所で、今日は終わるのだ(^▽^;)アセ


スイマセン…連日謝っている気もしますが(苦笑)、こんな感じなので、ご訪問が
ちょっと遅れますぅ~。
また一分、言葉の使い方を間違えていたので修正致しました。tomatoさんのコメントで気付きました(^_^;ゞエヘッ 有難うございました。


昨日よりは大分良い…

なんと昨日、8時にはベッドに入りまして…。朝も普通に起きて、なんとか会社も行きました。
完璧じゃないまでも、昨日のように「ボォーとして何も考えられない」って事も減り、今日はひたすら
絵を描き続けました。

何も考えずに絵を描く事は出来ないので(苦笑)、既にアイディアスケッチをしていたモノを清書
(ちゃんと人に見せられる絵に)して行くのです。
ただひたすら絵を描いていると、まだ集中しているから良いのですが…時々上手く体温を調節
出来なくて…汗ばんだり、悪寒がしたりの繰り返しになります。

平熱が35度台の前半から中のボクは、平熱と言われる36.5℃でも…結構ダルクなってしまう
のです。
きっと平熱が36.4℃の人が37.2℃になっても、そこは0.8℃しか変化がない訳です。
でも平熱が35.4が36.4℃のなったら…1℃違う訳ですから(^▽^;)アセ


ただ…会社に電話して「スイマセン 36.4℃の熱なので休みます」って言ったら、「辞めちまえ!」
となる事は必至なので(苦笑)…会社に行くしかない訳です。
この時期は「風邪をひく事もですが、風邪を移す事も御法度」の我が社。
一日中マスクをして仕事をしていますぅ。

        御迷惑お掛け致します…がもう少しお待ち下さい。心を込めて…


大変心苦しいのですが、もうしばらくお待ち下さい。
また皆様の所にお伺い出来なくて、重ねてお詫び申し上げますm(_ _)mペコリ

非常にマズイ…

昨日、夜にエルメスが主催している『ジンガロ』を観劇した。
その時から…マズイなぁ~とは思っていたのだけど、ついにナチョパパ風邪を引いた
感じで…今、体が非常にだるい。

しかも、ナチョは、今日から『学校閉鎖』になった。
先日までは学級閉鎖レベルで、かろうじてナチョのクラスは難を逃れていたのだが、
ついに初等部全体で閉鎖になってしまった。

来週の月曜日から、『雪の学校』という修学旅行の『スキー版』に行く事になっていたのだが
それも順延になってしまって…。本人は至って元気なだけに、相当ガッカリ来ていたのだが、
一夜明けて…ボクの調子が悪い。

これで本当に風邪を引いて、ナチョに移してしまって…延期されていたスキー学校に行く事に
なった時に…風邪でもひかせたら、相当恨まれるので、戦々恐々だ。

あー節々が痛い。


更新が遅れてしまって…本当に申し訳ないですぅ~。

    花の命は短くてぇ~♪

今ちょっと忙しくて…

                疲れてしまったら、一休み…(;^_^Aエヘヘ

こんにちわ皆さま ご無沙汰してしまって…申し訳ないですぅ~(^▽^;)アセ
ちょっとばかり忙しくなってしまって、思うような更新が出来ません。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

もうしばらくお待ち下さいm(_ _)mペコリ

クリカエサレル キオク ノ ダンペン 

街を歩くと「これって今でもやっているのかな?」と思うような店舗や、「これ…廃屋?」と思うような
極端に朽ちた建物や、現役とは思えないが、確実にやっている古い店舗が有りませんか?

一見すると「かつては店舗だったかも知れないけど…今はもう廃業しているのか?」と思うような
店構えの店だ(もちろん現役の店舗なのだ)。





子供の時に流行った怪談話で、富士の樹海を歩くと「ここから出よう」と思っても、同じ所に
戻ってきてしまい、結局樹海から出られないまま、遭難死を迎える…と言う話を聞いた記憶がある。
それが本当の事なのか、それとも単なる子供騙しの怪談なのか…分からないが、当時はそれを
とても恐れていたのだ。

実は同じような話が、富士の樹海ではなくベトナム戦争時のジャングルでもあったような事を、
子供の時に読んだ「ムー」という子供雑誌で見た事があった(記憶が定かではないのですけど、
確かこの雑誌だった)。


その時にも「何処かに行こうと思うのに、同じ地点に戻ってきてしまうって言うのは怖いな」と思った
記憶があって…とても恐怖感を持った記憶があるのだ。

一体ボクはこの話の何処に怖さを感じるのか…と考えてしまった。
いやもちろん同じ場所から抜けだけない…って言うのは大変怖いけど、どうもそれだけではない
気がする。うーん何と言うか…その過程が怖いのだ。

自分の位置が分からない…って事に恐怖感があるのだ。


              多分こんな光景は日本だけだろうなぁ~…盗まれずに店頭に置かれた商品




ボクが12歳まで住んでいた町は、最寄駅って考え方が何通りか出来て、その移動手段によって
最寄駅が変わる…ちょっと不思議な場所だった。


バスなら荻窪駅【オギクボ】(中央線)
荻窪駅


徒歩なら西荻窪【ニシオギクボ】(中央線)
西荻窪


自転車なら吉祥寺【キチジョウジ】(中央線&井の頭線)
吉祥寺駅



正確には自転車なら西荻窪でも吉祥寺でも変わらないのだが、その道程で吉祥寺に行く時には
約500mぐらいの細い一方通行の直線道路があり…安全にスピードが出せるのだ。
この直線500メートルは、ひたすらまっすぐで、途中に交差点が(小さなものも含めて)、一切ない
のだ。つまり安全に疾走出来るのは子供にとっては最高のロケーションだ。

※実は…↑の文章を書いてから、『自宅→西荻窪』と『自宅→吉祥寺』をそれぞれマピオンのキョリ側
「実際に距離を測って」みた。これが見事にどちらも同じ距離で、確かにどっちが近いとも言えない事が
分かった。



当時、ボクが文房具を買うのは自宅の周りでは大きな店が無く、近くのパン屋さん(なぜかここに
少量の文房具が置いてあったのだ)か、青梅街道沿いにあった乾物屋さんを兼ねた所ぐらいしか
無かった。
尤も吉祥寺や西荻窪、そして荻窪まで行けば、大きな文具店が沢山あるのだが…。



今この記事を書きながら、どうして頻繁に西荻窪に通っていたのか…一生懸命思い出そうとして
いるのだけど…そこの記憶がない。当時、吉祥寺なら塾があったので日常的に通っていた理由が
思い出せるのだが、西荻窪だけはなぜ通っていたのか、思い当たらないのだ。


ともかくボクは駅前から自転車に乗り、自宅のある善福寺向かって一方通行を、いつも自転車で
逆走する形で善福寺に疾走するのだ。

     そろそろ車を洗わんと…面倒だな…


という所で…話は次回に続くのだ…(;^_^Aエヘヘ

ボクの中のダブル・スタンダード 2 (完結編:一部修正)

多分この辺の話になると、かなり批判が来る可能性がある…と思っているのだけど、
ボクは憲法九条の護憲派だ。改憲派に言わせると…
「自衛隊を持ち、しかも安保を維持しながら…矛盾しないのか」と言われるのだけど、
そう言う矛盾(矛盾だって理解している)を持ちながらも…それでも九条を維持しないと
いけないと思っているのだ。


実は自衛隊の派遣についても、この曖昧なままで良いのか!って怒られそうだけど
確かに自衛官が曖昧なまま「命の危険に晒されても良いのか」って事になると…
そこは解決しないといけないのだけど、その解決方法が改憲で有ってはならない…と
言う意見だ。


仮に改憲するする…としても、この法の根本的な精神である「戦争はしないよ」って
スタンスを変えずに、不具合を整えるだけに留めたいな…と思うのだ。
実はここを詳しく書くと、全く話が進まないので…要は「戦争放棄」のスタンスだと
言う事を明記しておくに留まる。


もちろんその時代時代で、状況に応じて「正義」と言う名の元に戦争が行われるの
だけど、結局ボクは「正義」の戦争を見た事がない…と思うのだ。
そして戦争によって幸せになった人を見た事がないのだ。

「あーあの戦争は良い戦争だった」
と言っている人を知らないのだ。

※革命や民衆発起はまた別なんですけど…。少なとも国対国の戦争では全くと言って
 良いほど知らない。


そう…明らかに立場は「鳩」だ。
許される戦争など…ない。という立場だ。

               ビルの中にビルが…ボクの中に、ボクの闇が…




ガザの戦争もどこに原因があるとか、そう言う話をしだしたらイスライルにはイスライルの
ハマス(パレスチナ)にはハマスの言い分があって、他所の国が「国際法上」の話をしても
当事者達には意味がない。
※意味がない…と言うのは「ほっとけば良い」とか「無関心で良い」と言う意味ではなく
 理由を斟酌していては、戦争を止められない…って思うのだ。


20世紀が戦争の時代だとしたら、21世紀になり進化した我々はもう少し利口になっている
かと思ったのだけど、兵器や兵法が違うだけでローマ時代とさして変わらない殺戮を繰り
返している…なんとも愚かな事だ。


きっと、日本が戦争を考える段階になったら…『一流国になる為に』とか、『国際的な“国“
の体裁を整えることが必要』と言われても、ボクはやはり最後まで反対すると思うのだ。
きっと…人が人を殺す事に合法的な理由を言うものを見つけるのが、とても困難なのだ。


ところが…


ここから、ボクの”ダブルスタンダード”が出てくる。







先述の松本サリン事件の一件だ。


果たしてボクの家族が犯罪被害者になった場合、彼の様に加害者と向き合えるのか?
と言うと…はっきりと出来ないと思うのだ。

まず始めにお断りをしておかないといけないのは、ボクは100%河野氏の事を肯定している。
肯定している事と、自分が出来るか…って事が全く一致しないのだ。
河野氏は正しい…でもボクは出来ないって事だ。


仮にナチョに何かあったら、きっとボクは法には委ねない。
法治国家である日本で、『あだ討ち』だの『敵討ち』、『報復』…そんな事は出来ないから
…犯人が逮捕されれば、法によって裁かれて刑に処されるのだろう。

でも、ボクにはそれはあまり関係が無い。
無罪になろうが、長期刑になろうが…あまり意味が無い。きっと自らの手で加害者と
向き合うのだと思うのだ。


              ガラスの向こうにビルの本質がある…ガラスはビルの側面に過ぎない




「国家と個人」
戦争反対だの、ハト派だ!と言っておきながら…国家と個人で“人命”に対する思いが
180度違うのだ。


国家レベルで命を奪い合う事を頑なに否定しているのに、片や個人の範疇になると
「報復」を含む憎しみを前面に出しているのだ。



例えば今回のガザについても確かにTV画面を通してみれば、イスライルとハマス
(パレスチナ)と言う構図(イスラム教vsユダヤ教かも知れない)だが、これが実際の
現場…つまり戦場での話になれば“殺されたのは我が子”であり、“我妻”と言う事になる。
何処か遠い国の見知らぬ誰かが戦争で死んだ…なんて「情報」なんかじゃない訳です。
歴史の中の「史実」とされる知識…そんな曖昧なモノじゃない…。

『“やられたら、やり返す”では…憎しみの連鎖しか生まないじゃないか!!』と
言っている癖に、誰か特定の人に我が子が殺められたらボクは報復する…と思うのだから
ボクの中に完全なダブルスタンダードがあるのだ。



「国家と個人」
ボクはここにあるダブルスタンダードを上手く自分自身に説明出来ないでいる。


皆さんはどうだろうか? 子供でも奥さんでも、旦那さんでも、ご両親でも、彼氏でも
彼女でも、ペットでも…最愛の者を理不尽な理由で失った時、貴方はどうするのだろうか?
果たして松本サリン事件の河野氏の様に振る舞えるのか? 仮に「許さじ!」となっても
法に委ね公明正大に「山口県光市の母子殺人事件の被害者家族の男性」の様に、
振る舞えるだろうか?と。


ボクの「戦争に対する考え方」からすれば、河野氏や光市の男性のように振る舞うのが
正しいはずだ。

ここにボクは多くの矛盾を抱えたままである。



皆さんはどうだろうか?





※すいません…リコメント遅れますぅ(^▽^;)アセ どうか…しばらくお待ち下さい。

ボクの中のダブル・スタンダード

ガザへの侵攻が止った…。一体どういう収束の仕方をするのか?と心を痛めていたが、
停戦協議とは全く違う流れで、いきなり『一方的な停戦』と言う結果だった。

もちろんお互いに攻撃があれば個別に応戦はする…とは言っているが、多少の
小競り合いはあるにせよこのまま停戦状態になるだろうと思われる。

まあいずれにしてもアメリカ大統領の交代に伴う『曖昧な期間』を使っての戦争
(敢えてそう言う)だった事は明白だから、この時期の一方的な停戦と言うのも
分かる気がするのだけど。



★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆

先日、いつもの様に何とはなしにテレビを付けっ放しにしていたら、松本サリン事件に
関するドキュメンタリー番組が始まっていた。

正確には「松本サリン事件」に焦点を当てたものではなく、「犯罪被害者とその加害者」に
視点を向けたものだった。


テーマとしては「犯罪被害者と加害者はその後向き合えるのか」と言うものだ。


ある意味、日本の犯罪史を大きく変えた事件でもある「松本サリン事件」の詳細を
ここに記すまでもないだろう。
1994年6月、オウム真理教(松本智津夫)が神経ガス「サリン」を長野県松本市の住宅地に
散布して7名が死亡し、600人以上の被害者が出た事件だ。


      ちょっと遅かったのか…それとも効果を見込んでいるのか?




この事件には副次的な問題も含んでいて、当時の第一通報者の河野氏が重要参考人として
連日取り調べを受けるなどした事から、河野氏へ疑惑の目が向けられて「えん罪」の様相を
呈したのである。
※正確には「逮捕」した訳ではないから「えん罪」とは言えないが、テレビを始め週刊誌
そして社会の目も、河野氏を犯人として扱ったのだ。

事件から三カ月が経った頃から、「事件の真犯人はオウム真理教である」と言う怪文書が
各方面に流れたことから、警察の捜査も方向転換をして 半年近く経ってやっと無実、身の潔白が
証明されたのだった。



この日のドキュメンタリーは、その河野氏の元に松本サリン事件の実行犯Aが、刑期を終えて
出所して、それ以来月に一度「謝罪」(ある意味”贖罪”)の意味を込めて訪れている事への
取材だったのだ。


番組の内容をここに全部書く訳にはいかないので、河野氏の元にA氏がやって来る所から
始まるのだが…夜行バスでやってきたA氏が家に来ると、にこやかに挨拶をしてこう言うのです。
「お腹減っていないか? カレーで良いかい?」…と。
※残念ながら松本サリン事件の被害者でもある河野さんの奥さんは、事件後 植物状態で生存し
2008年8月に死亡されてた。


その後、河野さん宅でカレーを御馳走になり、刑務所で覚えたと言う庭木の剪定をして…河野氏宅
で一泊を過ごすのである。


                  逆上がりの時はポニーテール! パパ作



もしかしたら…

この話を書き出して気づいたのだけど、この話は何の結論めいた事も書けないで終わるよう様な
気がして…ちょっと今から、嫌な感じがある。

と言うのもボクがブログの記事を書く時は、多くの場合「結論」だけはしっかり有って、後はどんな
エピソードを織り込みながら、どんな道のりを選んでいくか…と言う感じで書き進んでいくのだけど、
今回は…きっと「質問」を投げ掛けて、何の結論も出せないまま終わるのが…見えているのだ。


それに、ちょっとばかり議題が重くなるかも知れない。


でもやはり書かないと…なにか、ボクは重要な事が分かっていないのかも知れないと。

この記事を書いて、コメントを頂いたら、その先に何か見えるような気がするし、新しい価値観が
生まれる様な気がするのだ。


そう言う意味では、これから書く事を体系的に、そしてロジカルに勉強した事がない…から、
考える時の基盤がないのだ。是非このブログをお読みの方に、教えて頂きたいと思って。









ってとこで…明日に続くのだな(;^_^Aエヘヘ

ふと夜中に思ふ…2(完結編)

≪真夜中に…そう 寝る間際に、電気スタンドを消してフッと…自分の体の中にある人工物の差し歯を意識してしまったナチョパパ。今 ポンペイの大噴火じゃないけど…突然の災害で灰で埋まってしまったら、数千年後に遺跡の中から、灰になったボクの遺骨を見つけて…人工の歯が頭蓋骨に突き刺さっているのを見て『何故セラミックが歯に刺さっているのだ?』…と思うかも知れない。何故ならその頃には再生医療が普通になっていて…古代人は儀式としてセラミックの人工歯を使っていたのか? なんて論議がされるのか知れない…(^▽^;)アセ 数百年なら分かりませんが、数千年なら…十分あり得るかも知れませんよ。いかんせん、二千年ちょっと前の事が未だに分からないのですから…≫







コメントにも頂いている様に、オーパーツ一つ一つの事例の真偽は、実はかなりあやふやな所が
沢山あって、捏造や贋作など、怪しげななモノが多い。全部が全部そうだ! と言う訳では勿論ない
のだけど。


そもそもオーパーツと言うモノが、”論議の対象になり易い”性質を帯びているとも言えるのかも
知れない。発見の過程が“発掘”だったり、文化文明の研究の際に…と言う事が多いからだ。


研究者や学者が発掘された品を類推し、分類し、体系的にまとめて行くのだから、そこにおよそ
”分類不可能”なモノが目の前に現れた時には…「これは何なんだろう?」 もしくは「どうやって
作ったのだろう?」…と言う所に、思考が行くのはいわば必然だろうと。


そして現代の科学の水準に照らし合わせて類推し、分類して、矛盾(年代測定がずれたり、
埋蔵時期と発掘された物の技術レベルが合致しないなど…)が生まれた時に、かなり面白い
仮説が出てくるのだ。
※「仮説」と呼べないような妄想系のとんでもないものまであるのですが…(^▽^;)アセ


それこそ一つ一つ事例を挙げて、ここに書いてゆくと とてつもない誌面 いや画面(?)を必要として
何日も…いや何年も掛ってしまうのだろうから、ここでは割愛させて頂きます。


その仮説(諸説)の凄いのになると、

宇宙人が関与していたと思わざるを得ない」とか
「古代には現在を超える“超科学文明”あったのだが、核戦争で滅びたのだ」とか…それはもう
相当にロマンティックな(苦笑)話にまで及ぶのだ。


宇宙人説でも核戦争説でも、それぞれに(そこに辿り着いた)理由が在って、ボクの様に一般的な
想像力しか持ち得ていない人からすると、”こじづけ”にしか思えないのだけど、発掘された現場に
昔からある言い伝え(伝承)や、逸話(お伽噺の形態だったりする)だったりを絡めると…それはもう
凄い話に(ある意味”都合良く”)なって行くのだ。
※ただ…心の何処かに 『過去に何かが在ったからそれが伝承になったのかも知れない』って言うのは
ある訳で、「全部が捏造や贋作」と言っているのではないです。ただそれがUFOだと核戦争なんて
話になると…なかなか飲み辛くって。
【※そう言う価値観こそが、現在の大きな隠ぺいに洗脳されているのだ!】と言われちゃいそう
ですけど…多摩書房の韮澤さんとかにアハハ


     やっと見える…(^v^)ニコ



残念ながら…オーパーツと言われる多くの事例は、最近になって「捏造」や「贋作」である事が
明らかになって来ている。

ただ、オーパーツの肯定派(つまり宇宙人説や核戦争説を唱えている人達)からは
「何らかの大義を隠すために贋作として事実を隠している」
なんて…、ミステリアスな「策謀」や「謀略」「国家的陰謀」と言う二重底的な論法も展開していたり
するから…何とも興味深くもある。


あれ…なんの話をしようと思ったんだっけな…



そうそう…そのオーパーツの中にモヘンジョダロ遺跡についての記述があるのですね。
モヘンジョダロ自体はオーパーツでも何でもない、ユネスコ認定の世界遺産なんです。
これも詳しくはウィキペディアに詳しくあるので…参照頂きたいのだけど。


インダス文明最大級の遺跡群…のモヘンジョダロは今のパキスタンにあって、今は色々な意味で
大変危険な場所(紛争地域)でもあるので、テレビなどで気軽に取り上げる事も出来なくなっている
けど…。これがまあ凄い遺跡なんです。


正統派の歴史学者の見識は、大型の洪水で一気に衰退したのではないか…と言われている。
如何せん紀元前2500年の話ですから(苦笑)、学説とか仮説と言われるものでしかないのですが。

ただここに「古代核戦争説」ってのがあって、核爆弾によって滅ぼされた…と言うのです。


この”とんでも学説”を唱えている人は、遺跡に一部に高温で焼かれた場所があって、その跡地は
今でもガイガーカウンター(残留放射能測定器)が鳴り続けてもいる事や、それこそ言い伝えなどで
紀元前10世紀頃の大戦争についての話が残っている事もある。


まあ単なるお伽噺ってだっていう人もいるし、捏造されたという説もある。
何しろその言い伝えが英訳されて発表された訳だけど、その英訳の中に正に原爆が落ちた時に
起こり得る現象の推移が細かく記されているのだ。


ここからはウィキペディア抜粋

核爆弾が空中で爆発すると、数百万度という超高温の火球が出現し、超高温の熱線と致死量の放射線が周囲に放射される。同時に空気が一気に加熱されることで爆発的に膨張し、衝撃波が発生する。この衝撃波が地表に達すると、地表の土や埃が舞い上がるため、地表ではあたり一面が暗くなる。さらに、爆発時の放射線により土壌等が汚染され、放射能を持つようになる。

これが伝承では…:※ナチョパパ加筆

* 超高温の火球=太陽が一万個集まった光り輝く柱
* 強烈な熱線=池の水が蒸発、猛火に焼かれた木々のように倒れる戦士たち、火傷で逃げまどう
   戦象、灰と化す住民
* 衝撃波=恐ろしい風、うなる雲、揺れ動く太陽
* 衝撃波で舞い上がる土埃=方向感覚を見失うほどの濃い闇
* 放射能汚染=髪の毛や爪が抜け落ちた死体、毒された食物、鎧を脱ぎ捨てて体を水で洗う
   生存者
(ウィキペディア:古代核戦争より抜粋 URL)

抜粋終わり


実に古代の伝承とは思えないほど、正確に原爆爆発の経緯が描かれているのだ。

先の世界大戦…広島長崎の核爆弾の記述を元に捏造されたと言う話もあるのだが、この説が
時期が英訳されたのが1920年代で、ご存知の通り広島長崎は1945年7月なので…なんとも
微妙な話ではあるのですけどね。
(※この1920年に英訳されていた…と言うのが嘘かも知れないから、何とも言えないけど(^▽^;)アセ)


     親子の会話



モヘンジョダロの話が主題じゃないんだ(^▽^;)アセ

核爆弾がどうのとか、そう言う事じゃなくて…過去に紀元前2500年も前に古代国家があった
のは事実なんですよね。
今の文明からすると、きっと古代文明なんでしょけど、一つの大きな国家が消えて、しかもその記録
(記憶)が一時期にせよ消えている…って言うのは凄い事だなと。
何もこれはモヘンジョダロに限られることじゃなくて、火山の爆発で一夜にして埋まってしまった
ポンペイも、ある時期 地元民の記憶からも忘れられていた。マヤ遺跡なんかもそうですね。

忽然と歴史から消えて、再び忽然と現代に姿を現す訳です。


実際は「一夜にして」って事はなくて、きっと緩やかに衰退していくのかも知れないし、ポンペイの
ように自然災害(火山流や水害)で本当に一夜にして消滅した街もあるかも知れない。
それが伝承として残れば良いのだけど、歴史に埋もれてしまう事がない…とは言えない。


いや、今の世の中だってもしかしたら…忽然と姿を消すような事が起らないとは限らない訳で…。
それが忘れられるって事だって数千年の単位ではあるのかも知れないと思うのですよ。
先日公開されていた「I am legend」じゃないですけど、器(建物)だけになった都市を想像して
見ると…なにかちょっとゾクッとするモノがあるなっと。


ボクの家のリビングからは、東京タワーと六本木ヒルズの建物が近くに見えるのだけど…この景色を
見ながら、マウスピースを嵌めて寝室に行きベッドに横たわり…ふと夜中にそんな事を思ってしまった
のだなぁ。



こんな事を考えているから変な夢を見るのかな…(^▽^;)アセ

ふと夜中に思ふ…(一部改訂)

夢の話を書くと皆さん「良く覚えていますね。私は覚えていないのです」と言う方がいらして
「そうなのかあ~」と思うのです。
まあ…ボクはボクの人生しか知らないので「覚えているのが普通」だと思っていたのですが…
やはり珍しいのかも知れない…思い始めています。


でも…ほぼ毎回(毎晩と言うべきか?)見るので、正直ちょっと辛いのです。


ある意味、「ブログネタ」には困らないのだけど(苦笑)、あまりにもディティールが細かいので
書き出すと最低でも三話分ぐらいの分量になるので、一本(一話)書いてる内に、新たに二本(二話)
が話が生まれているという事なので(苦笑)、もう累積夢数が大変なことになっているのです(笑)


                光の中に…




以前にも話したかも知れないのですが、ボクは睡眠時に「マウスピース」と「耳栓」を使うのですね。
マウスピースは睡眠中の「食い縛り」の癖から、歯が摩耗しないように(副次的な意味合いで
片頭痛防止ってのもあるのですが)と、親友に相談して作って貰ったもので、これを使うようになって
熟睡できる確率が高まりました。

初めて装着した時は「違和感」があったのですが、慣れると(と言っても二日目にはもう慣れてました)
未装着で寝ると…気持ち悪いほどなのです。


耳栓の方は…出張の際に、新幹線の中でしている人を見て、あっボクもしてみようと…試してみたら
爆睡が出来た事から、使うようになったのですが、これなら睡眠時でも良いかも…と装着して寝て
みてから、もう手放せなくなりました(o^-^)ゞハイ


つまり寝る時には、首から上に重装備…って感じなんです。

     最近の週末は、ナチョの逆上がりの特訓に明け暮れている




考えてみると、ボクの前歯の片方はセラミックの差し歯だし、奥歯の何本かもポーセレン。
これで火事か何かで焼け焦げになったら、ボクの骸骨には人工物が結構あるな…と
寝しなの真っ暗な部屋でフッと思ったのです。


まあこれから世の中はどんどん進歩して、再生医療なんかが一般的になり、人工物の割合が
低くなって行くのかも知れないけど、それでも人工関節や、人工心臓など、生物として重要なパーツにメカニカルな部品が入り込んで…(サイボーグって言うのは大げさだけど)、機械が生命を支えて
行く事になるのだろうな…と考えちゃったのですね。



皆さん、”オーパーツ”って言葉をご存知ですか?

男性諸氏の方が知っているのかも知れませんね(変な性差別的な意味合いはないですよ)。

スペルでは”OOPARTS”って書くのですが、そのままの意味だと「場違いな工芸品」と言う意味
らしいです。(ウィキペディア参照
分かり易く言うと…古代遺跡の中から発掘されたモノが、今の技術でも作ることが難しいような
高度な技術が使われていたりする事なんです。

分かりますか?

例えば、アステカで大きな水晶の塊の頭蓋骨が見つかったのですね。

その水晶製のドクロを調べて見ると、まずその造形が綺麗に頭蓋骨を模倣している事(ちゃんと
バランスが取れている)が分かったのですね。
更に詳細を調べる為に…顕微鏡でその表面に見ると「研磨した痕跡がない」のです。


この「研磨した後がない」って言うのが…大変なことな訳で、当然水晶ですからガラスの様に、
型を作って流し込むって事も出来ない訳です(型に流し込んでも表面には痕跡が残りますから)。

そうなると、一体どうやって作ったのだろう?…って事になる訳ですよね。

この「どうやって作ったのだろう…」という様な、”今の技術をもってしても出来ない事”をオーパーツ
という訳です。


研磨跡を残さず綺麗に水晶をドクロの形には2009年の今でも出来ない訳です。








あーダメだ。
今日も終わらない…。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ この続きは明日へ

初夢 (完結編)…ホッとしました(;^_^Aエヘヘ

すっかり時間が開いてしまいましたが、初夢の続きをやっと書ける状況になりました。
そう…眼鏡が出来あがって参りました。
御存じの通り、眼鏡が壊れてからドライビンググラス(ちょっとどのきついメガネ)を
していたので、いきなり新しいメガネに変えても、なんかちょっと違和感があったのですが、
丸一日…掛けていたら、なんとか慣れてきて昨夜から記事を書くことが出来るように
なりました。

もしかしたら、もう皆様お忘れかも知れませんが…今一度1月2日のブログをお読み頂けると
有り難いです。






《カメラマンのボクは、何故かホテルの消火栓のホース収納箱前で、そこを見張っている様に命じられて…しゃがみこむのであった。果たしてどうなるナチョパパ! どうするナチョパパ!》


中年オヤジはいつの間にか俳優の生瀬勝久さんになっていて…しかもえらく歳を取ったメイクを
しているのだということに気づいた。


それに気づいたボクは、
『あーこれは撮影かなんかで、ボクはカメラマンなのだけど、きっと人手が足りなくてアシスタントか
何かを頼まれてやっているのだろうな~』と思っているのだ。
※実際にはカメラマンがそんな事をやらされることは無い。



生瀬(敬称省略)は何だかとてもイライラしていて…左目と左の口角を神経質にピクピクと
引き攣らして怒気を含んだ口調でこう言ったのです。

生瀬:「あのさぁ アンタさぁ~ 見張っているって言っても仕事なんだからさ、中を確認ぐらい
    しなさいよ」


内心、こっちも ちょっとイラッとして来てて、心のどこか深い所が戦闘モードに入りそうだったの
だけど、これが撮影なら怒る訳には行かないな…と、とても冷静に思っているのだ。

     実は雲がビルに溶け込んでゆく瞬間なのだ




生瀬はそれだけ言うと、こちらの仕事を見届ける事もなく、ベージュ色の作業着みたいな
ジャンパーのポケットに、両手を深く突っ込んで、肩を怒らせてそのままスタスタと行ってしまったのだ。
※因みに足は健康サンダルだった。


“中身を確認しろ”と言われても、(中身が何で有れ)一体ボクはそこで何をすれば良いのかが
分かっていないのだから、正直困っちゃうんだけど。





消火ホースの収納庫のような扉を前にして、その取っ手の部分のスリットに指を掛けて手前に
引くようにちょっとだけ力を入れると、ノッチが外れるようなカチャッという音がして…扉が開いた。


壁から15センチぐらい飛び出した形状だったが、その中は思いの外、奥行きがあって
(多分30センチぐらい)、その中に今開けた扉と 全く同じデザインで一回り小さい扉があるだけで
他には何も入っていないのだ。


唯一の違いはその扉の中からピーだのプーだの…電子音が断続的に聞こえている事だった。


別に何をしろ!と言われている訳ではないし、内部を確認してそれで終わりのはずなのに、
機械音痴(なボクは)『参ったな』と思っているのだ。



とは言うものの、中身を点検するのが今の職務なので(らしいので)、意を決して扉を開けたのだ。


頭の中では複雑な配電盤の様になっていて、電極やらコードなんかがゴチャゴチャと詰まっていて
…開けた途端にドドォーと飛び出して来たら…と思うだけでちょっとしたパニックになっているのだ。


何しろ中には先ほど通り過ぎたオジサンオバサンの、個人データがどっさりと入っているのだから。
何かあったら社保庁の様にデータを破壊してしまう…なんて事にもなりかねない…(と勝手に思って
いるのだ)。


そして…

相変わらずピーだのプーだのと音を立てている扉を恐る恐る開いてみたのだ。

                日常のディティール…無印良品で購入





実はこの時、ボクはもうカメラマンなんかじゃなく、まして撮影の一環なんかじゃなく、
どうも社会保険庁の職員をずっとやっていて、まだ世間に明らかに出来ない『極秘』の不正事実を
知っている事になっている…のだ。



何の音も無く開いた扉の中…さっきまでの電子音は全く無くなって…と言うか、全く音の無い世界に
ボクはいて、更に目の前には妙にスカスカの空間があって、そこに唐突に真っ白い長靴(よく厨房の
中で、見習いの板前さんが履いているような)が、綺麗に揃えられて置いてあって、右上から真っ赤な
コード
、左上から青いコードがぶら下がっているだけなのだ。


しかもその赤いコードの先は、今のミニジャックじゃなくて、昔ヘッドフォンを
ステレオに挿して聞くような…レギュラーサイズのジャックが付いていて、左の青い
コードにはそれを差し込むようになった構造になっているだけなのだ。


分からないですよね…言葉じゃ…


また絵を描きます…今回も片手間なので、雑なイラストですが…







                こんな感じです(;^_^Aエヘヘ

                 こんな感じです(^▽^;)アセ




コレが外れてて良いのか? それとも、そもそもが外していて良いものなのか…とても嫌な感じで、

「さあナチョパパ どーする? このコードつなぐ? それともこのままにしておく?」
って聞かれているような状況になっているのだ。


果たして、繋いだらどうなるのか? もしくは繋がない事で何かが起こっているのではないか? 
そしてその事で、物凄く切迫した状況になっているのかも知れないのではないか?

仮にここで…繋いだ為に爆発したりする事も考えられるし、本来は繋いでいるモノなのに、ボクが
この扉を開けた事で外れてしまって…今 どこかで大変な事が起こっているのかも知れない…と
言うような怖さがボクを支配するのだ。



どうする?


つなぐ?


それともこのままにする?



どうする?


つなぐ?


それともこのままにする?



どうする?


つなぐ?


それともこのままにする?




どうする?


つなぐ?


それともこのままにする?





とにかく生瀬を呼ばなきゃ…って思いながらも、もしこのコードが外れたのはやっぱりボクのせいで、
その事に叱責の言葉が飛ぶかも知れない…。このまま『関係ないし!』と言って立ち去った方が
良いのか、それとも呼びに行くか…さんざん悩んで、結局ボクは生瀬を呼びに行く事を決意するのだ。




でも何故かここで「報告は長靴を履いて行く事になっていたよな」と思っていて、早くこの長靴を
履かないと、かなり量の被爆をしてしまう…って本気で思っているのだ。
※長靴だけで被曝を防げる…ってのもどうかと思うけど(^▽^;)アセ


そう…始めは『かんぽの湯みたいな旅館』に居たのに、次の時点では社保庁の職員になっていて、
更にここではどうやら原子力発電所関係者で、自分の命を顧みず、上司に「ジャックが外れている」と
報告に行く、勇敢な職員みたいな事になっているのだ。




もう訳が分からん。



旅館だったはずの床はリノリュウムの薄いグレイのタイルで、やたらとツルツルと滑って全く自由が
利かないのだけど、必死に白いゴム製の長靴を履こうとしている所で…







プツッ







と夢が終わるのだ。




2009年の初夢は、カメラマンであったり、映画らしき撮影のアシスタントだったり、社保庁の職員
だったり…最後は原子力発電所の果敢で勇猛な職員だったリする…何の脈絡もないものだった。


一、富士 二、鷹 三、なすび…が夢に出てくると縁起が良いと言うが、今年44歳になる僕の夢が
こんなので良いのか…非常に悩んでしまうのだ…(困惑)


きっとこのブログをお読み下さっている多くの大人の方は、きっともっと真っ当な夢を見るのだろうな…
と思いながら、初夢の話を終わります。

何だか知能レベルが分かる…夢だったなぁ。





スイマセン。リコメント&ご訪問…が遅れます。ごめんなさい。今日は睡魔がすぐそこまで
やって来ていまして…(^▽^;)アセ 早めに寝ますm(_ _)mペコリ

今日はちょっと不思議体験を…

朝から天気が良く、抜けるような青空の東京だったのだが…気温が低かった。
昨年は平均すると週に二回ぐらい外出をしていたので、今年は効率よく「外出をしよう」と目標を
立て…今年になって初めての外出。そう言う日に限って寒いのだから運が無い。


いつも鞄の中に入っているカメラで、青空の写真を何枚か撮っている内に、何だかちょっと楽しい
気持になっていた。寒さを嘆くよりも、この美しい青空を楽しんでしまった方が良いと思ったのかも
知れない。なにかこの辺の心動きが、ちょっと自分では分からないのだけど。

空気が冷たいと都心の真ん中でも、ちょっとだけ空気が美味しく感じるから不思議だ。


     空の美しい一日だった…



普段意識していない『記憶の断片にある光景』が、何かの拍子にフッと出てくることがある。
青空を見て、過去に見たある一瞬の青空を思い出したり、夕暮れを前にかつて見て夕景を
思い出すような直接的なものではない。

街を歩いていて何処からともなく漂ってきた香りに、遠い昔の夏の夜に、友人の家の前の
空気感を思い出したり、どこからともなく聞こえてきた懐かしい音楽に…その曲を聞いていた時に
滞在していた古いホテルの一室を思い出したりするのだ。


でもボクにはもうひとつの「記憶の中の光景」に、ちょっと特殊な記憶の断片が甦る瞬間がある。
それは香や音を伴わないで、突然フラッシュバックの様に甦る光景があるのだ。

もちろん「精神的な障害がある」とか「何か病的な記憶障害」とかではない。

ちょっと説明が難しいのだけど、フッと無になった瞬間とか、電車の中で何も考えていなかった時
…(思考と思考の谷間って感じなんですが)に、ストンッとその光景が浮かんでくる感じなのだ。


実はその光景が幾つかあって、その光景の多くは、思い出す瞬間…つまり映像としては
同じ場面から始まるのだ。映画の様な感じで、ある一定の所で始まって、ある一定の所で唐突に
終わる。
途中の会話もあり、周りの状況もある程度一緒で、山場を迎えて終わる…そんな感じ。







当時のボクは妹と一緒に吉祥寺駅【キチジョウジエキ】側にある塾に通っていた。
吉祥寺駅は中央線と言う東京⇔八王子間を走るJR沿線の…駅だ。

いつもそうだったのか? それともその時々だったのか…覚えていないのだが、妹と一緒に
通っていて、帰りは駅から出る「都民農園セコニック行き」というバスに乗っていた。

時間がちょうど大人の帰宅時間と重なるから、それなりにバスも混んでいて…ボク等が座れるか
どうかは五分五分だった。


その日は運良く座れて、ボク等が下りるバス停までの15分ぐらいの道のりを、ただ静かに
バスに揺られていた。
年子と言う事もあって、特に妹が幼かったと言う事もないし、引っ込み思案だった…と言う事もない
のだが、途中から妹がボクの腕をギュっとに握っていて、何だ?と…思ってみると、とても怯えた
顔をしているのだ。


     空を見上げて…



ん?

と眉を上げて様子を聞くが、ただ首を左右に振るだけで…答えようとしないのだ。

再び「ん?」と聞くと、恐る恐る目である方向を見るのだ。その視線の先を見ると…
ちょっと異様な感じの女性がいたのだ。

とても濃く派手なメイクをした中年の女性が…髪の毛をボサボサにして、物凄く小さな声で
独り言をボソボソとつぶやき続けているのだ。
※『派手なメイク』と書いたけど、赤いチークと赤いマニキュアと、青いシャドーの一部が
 見えていて、後は前髪が乱れた感じで垂れていて…よく見えていないのだ。

大人達は気付いていないのか、気づかないふりをしているのか分からないけど…とにかく
その女性は「念仏」みたいにボソボソ…と何かを口ずさんでいるのだ。

当時のバスは今とはかなり構造が違って、進行方向に対して横向きに座るような感じで、ベンチの
様な形状をしていたのだ。ただこの時ボクと妹は一番後ろの進行方向に向かって座っていたのだ。
途中で徐々下車する乗客で、ボク等が降りる所までにはバスの中も見渡せるようになって来ていた。

相変わらず女性はブツブツと何かを唱えている。

妹が怖がっている横で、実は僕も相当怖くなっていて…下車のボタンを押した時には、内心
ホッとしたのだ。


やがて妹に降りる準備を促して、バスが停車した途端…車体中央部にある降車口に向かった。
この降車口に立ってる独り言女の横を通らなければならいのだ。

自動ドアが開き…降りようとすると、なんとこの独り言女も一緒に降りて来たのだ。
それを知った妹がキャッと、犬がしっぽを踏まれた様な短い小さな悲鳴を上げた。
でもその女性にそれが聞こえたかどうかは微妙だった。

バスを降りてから、ボクと妹は左に向かいかなりの早足でとにかく早く離れようと思った。
でもその女性がついてきたらどうしよう…という恐怖あって、一瞬振り向いたのだ。


すると



その女性はバスを降りたままの位置で動かない立ち止まっていた。うつむき加減の為に長い髪で
顔は良く見えず口元と顎だけが見えていた…のだ…が、先ほどまで何かをブツブツと唱えていた
のに、今はきつく口が閉じられていた。

そして

口だけで




ニヤァ

と笑ったのだ。


とにかく僕と妹はそれを同時見てしまって…もう半分パニックみたいになって脱兎のごとく
家に戻ったのだった。


今思い出しても、ちょっと不気味な怖さを持っている光景だ。
普段は忘れているのに、時々何の脈略もなくこの光景を思い出すのだ。

企業の良心

本当は今問題になっている「派遣社員切り」について書こうと思って、書き進めていたのだけど…
余りにも過激な内容になってしまって…そのままじゃ炎上必至かと思い…消してしまった。

一体契約社員とは何か?と考えると…始めからその立場は大変不安定だと分かっているのでは
ないかと、思ってしまうのだ。その必然的な危うさを内在したものである事は、やはり分かっている
事が前提だと思っているだけなんだけど。


もちろん社会的弱者が図らずも生まれてしまった時に、憲法で保障される
「人間らしい生活の確保」…を国がするのは当然だとは思う。

でも不安定な状態にある者を全部救わないといけない…って事になると、やはりそれは無理
なのではないか?と思ってしまうのだ。

本当の社会的弱者とは何なのか?をやはり考えないといけないのではないか?と思うのだが。


何度書いてもこれ以上書くと…かなり過激になるのでここまでにしよう。


     きっとこの向こうに…




本当の世界的シェアは知らないけど、ボクのMP3はiriverというメーカーの物で、日本では決して
大きなシェアを持っているメディアプレイヤーではない。
<iriver=アイリバーと読みます>

今から3年ぐらい前、価格コムで「音質の良さ」と言う事と、「サポートの確かさ」と言う事で選んだ
一品だった。記憶に間違いがなければ韓国のメーカーで、当時はヨドバシカメラで大々的にセールス
強化をしていた…と。


昨日の話じゃないけど、この進化進歩の早い時期に三年も前のデジタル商品ですから…、容量も
1GBしかない。ある意味かなり…いや「相当時代遅れの商品」って事になる。

今から半年ぐらい前、ふと気付くと充電しても、すぐにバッテリー切れを起こすようになっていた。
故障と言う事ではなく、明らかに経年によるバッテリーの自然劣化と言う感じだった。


この三年間で、ソニーのウォークマンの健闘むなしくアップルの「ipod」の一人勝ち状態。
商品バリエーションも沢山あって、買い換えようかなぁ~と思った時に、まず頭に浮かんだのはipod
だった。

で、色々調べたら…唯一このiriverででしか出来ない事が有って、どうしても買い替えられない事に
なってしまった。しかも…最新のiriverではその機能が無くなってしまったので、きっと一般的には
あまり必要とされていない機能なのかも知れない…それは





FMのタイマー録音だ。




いや普段は使わないのだけど、時々「あー○○の特集だけど…1:00a.m.からだと次の朝辛いな…」
と言う場合などは実に便利なのだ。
※クリスマスイヴの晩に放送された沢木耕太郎「ミッドナイトエクスプレス」などもこれを利用して
録音した。


バッテリーが自然劣化したのを機に買い換えようとしていたのが、この一件で踏み切れなくなって
(新しいモノを買うにせよ)このiriverのバッテリー交換が出来るのか?メーカーに問い合わせたのだ。

すると…送って頂ければ、バッティーの交換は出来るし、他に何か不具合があるかも知れないので
検査してみますという返信が来たのだ。

まあ購入してから三年も経っているけど、実はさほど使ってもいなかったので…他の不具合はない…
と思っていたのだけど、まあ…取り敢えずバッテリー交換が出来ると言うので、指定されたサポート
センターに送る事にしたのだ。


     振り返ってみる…自分の過去も




後日、帰ってきた商品には簡単なカルテが同封されていて、そこには
『バッテリーの劣化があったので交換致しました。他には特に問題はありませんでした。』
みたいな事が書いてあって、特段 ブログに書くような事でもなかった。

無事「沢木耕太郎ミッドナイトエクスプレス」も録音出来たし、時間があったらipodでも買いに
行くか…ぐらいに思っていた訳だ。


年が明けて会社でメールを開くと、自宅から転送されたメールの中にiriverからのメールが。

開いて見ると、なんと「その後の調子はどうでしょうか?」と、バッテリー交換後のMP3の状態を
聞いて来たのだ。

実際にどうだったかと言うと、さっきも書いたように「バッテリーがきちんと機能する」ようになって
いたし。修理期間も初めに説明されていた期間内だったし…特に問題はなかったのだ。
ただ…ボクの使っているメディアのデザインが、金絞りのように「製品の継ぎ目がどこのあるのか?
分からない物で、それが一か所だけ隙間が出来ていて…使用上は何の問題はないだけど、
あーここからバッテリー交換したのね…って感じになっていたのだ。


購入時の事を正確に覚えていないのだけど、確か18000円ぐらいだったと思うのだけど、
3年経って、とうに廃品番になっているデジタル機器のバッテリーが自然劣化して、メーカーが
「バッテリー交換可能」と言う事で、約3000円で交換して貰った。

今回の経緯を簡単に言うと…これだけの事だ。

そしてメールが来るまで「クレームにしよう」とさえ思わない程度の不具合(持ち主が不具合だと
思わない程度の)があった。そこでその旨を伝えると、すぐに着払いで送ってれ…と。
こちらとしては「気にならない程度なので…一応報告と言う事で」と言うような返信をすると、
「迷惑をお掛けするが、是非修繕させて欲しい…」と。


まあ毎日使っている人からすると、一日でも使えないのは「クレーム対象」になるかと思うが、
幸いにしてボクは構わない状況なので、それでは送りますと言う事になったのだ。

               不夜城ってこういう事?


今回ちょっとビックリしたのは、バッテリー交換と言うとても地味なメンテナンスの後に
「調子はどうですか?」と予後の経過伺いのメールをしてきたことだ。
正直、ボクが企業なら廃番機種のデジタル機器でメンテナンスが出来た事だけでも、企業としては
ちょっと驚きだ。


もちろん保証期間内ならそれも当然だと思うのだけど、三年以上の年月が経ってからの劣化に
対応しただけでも凄いなと思うのだが、ここにきて「経過を聞いてきた」と言うのは、ちょっと驚き
なのだ。

そろそろ新しいモノを買って下さい的なキャンペーンをするなら、まだ分からなくもない。


確かにボクがモノを買う時は「サポートはどうだ?」と言うのが、かなり高いプライオリティーである。
だからこの手の話には…実に敏感なのだけど、今回のiriverの対応は…もしかしたら初めての事
かも知れない。

それが車など、高額商品の場合なら、まあその辺も含めての価格設定なっているだろうから、
特に感嘆に値すると言う事もないのだけど、安価なMP3で…である。



この事が有って、ipodに移り掛けていた心は急激にiriverに向かって…大きな容量のメディア
プレイヤーを買うのも、このメーカーの物にしようと…思ったのだった。

果たして…企業の良心とは何か?と聞かれたら、結局金額の大小よりも、購入後の対応一つ
一つを誠実に応えて行く事なんだろうなぁ~と、製造販売業の一端を担っている者として
考えてしまったのだなぁ。


★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆★★★★☆
結局長くなってしまった…(^▽^;)アセ

続きじゃないのだけど…

なんだか昨日からの続きなる感じもするのだけど、ポケットの容量…つまり
どのくらい物が入るのか?というのは、その人の感覚的なことと、実質の間に
かなり開きがある気がする。


ボクは『ポケットが膨らんでいる』状態がとても嫌で、なるべく外見からは
物が入っているのかどうか分からない』程度しか物を入れないようにしている。
とは言うものの、ポケットの数には限りがあるし、鞄が無ければ入れざるを得ない
訳だけど。


ナチョに鞄を持たせないで、手ぶらで行こう…という時に、彼女が何を持って
行こうとするかが最近変わって来て、以前は使いもしないシールとか(苦笑)、
持っていっても困るだけの小さな人形とか…『それは置いていきなさい』と
注意する事があったが、最近は段々分かってきて(まあ今年3年生になるのだから
当たり前なんだけど)随分とコンパクトなセレクトをするようになった。


ポケットの大きさと持ち物のバランスを考えるようになったって事だ。


     ウィンドウ越しの夢





器が有って、コンテンツ(入れるモノ)が有る…って事は、容積(器)と容量
(コンテンツ)の相対的な関係で成り立っている言う事だ。それは非常に分かりやすい。






アップルの音楽配信が800万曲のコピーガードを外して配信するとニュースで
流していた。
要は一度ダウンロードしてしまうと、何度でもコピーが出来てしまうという事らしい。
ボクのように『CDは買う』事に決めている人はともかく、ダウンロードするのが
主流の人には朗報なのかも知れないが、著作権を持っている側にしたら、死活問題
なるのではないか? と思うのだ。


ダウンロードではなくアナログダビングという時代を経験しているボクは、カセットに
始まってCD、MDぐらいまでは細かな原理は分からなくっても、『何かが駆動している感』
があったから、その細かい構造や仕組みが分からなくても、なんとなく容器とコンテンツの
関係が感覚的に理解していた。

60分テープだの80分MDだの…って事だ。

事実カセットなどは120分対応になると、テープの厚さが目に見えて薄くなり
『これ以上長い時間対応のテープを作っても、どんどんテープが薄くなって
 耐久性が落ちますよ』と言われたら、素直に頷けたものだった。
薄くしないとテープをあの容器に中に入れ切れないのだ。実に分かりやすい。

1、録音時間とテープの長さ。
1、テープの長さカセットの容器の大きさ。

どのどちらにも『器とコンテンツ』の関係が成り立っていたのだ。





ところが…MP3が主流になってきた頃から、なんだかイマイチ分からなくなって
今となっては、もうお手上げ状態だ。


きっとこういう事に詳しい方から見たら、『こいつはバカか?』状態なのは分かっていうのだけど、
大きい容器に沢山のものが入る・・・と言うアナログ的思考から逃げられないボクは、CFカードと
SDカードの関係もちょっと不安定な位置付けになる。


安定性とか耐久性と言うことは抜きにして、あくまでも容量って事に限定するけど、
大きさから言って、どう考えてもSDの方が物が入れられないと思うのだ。
でも実際にはそんな事はない。
ほぼ同じだけの容量が用意されているし、その容量も当初は、『この大きさで516MBもあるのか!』
と思ったのもつかの間…気付いたら2GB、4GBは当たり前の世界になって…普通に8GBの
カードが売っている。

それがドンドン小型化し…ミニSDとなって容量も変わらなかったし、最近じゃ(ドコモの)携帯電話
だけなのか…どうか知らないがメモリーメディアにマイクロSDカードが使われる事になった。


皆さんはマイクロSDを見たことがあるだろうか? ミニSDとは比較にならないくらい小さく…
ちょっとゾッとするような小ささだ。


進化の過程でドンドン小型化する…って言うのは、メディアだけではなくコンピュータもそうなの
だけど、CFの大きさならまだしも、SDのあの大きさで…と思っている内に、ミニSD、マイクロSDと
進んでいき、その大きさは小指の爪ぐらいの大きさで2GBもあって…尚且つそれがトラセンドという
一流メーカーのモノで500円台で売っているのだから…驚かずにはいられない。


CFの2GBとマイクロSDの2GB…あまりにも大きさが違い過ぎて良く分からなく
なってくるのだ。


そして最終的にはドンドン小さくなっていくメディアに対して、一体どんな案配でデータが入っていく
のか…もう想像もつかない。

大きなものを入れるには大きな器を!と思ってしまうからだ。その辺の感覚が…もう完全に
昭和なんだと思うのだけど。


     いつか見た光景





そうなると容器の大きさとコンテンツの大きさが、必ずしも比例していないと言うのが
昨今の常識になってるって事だ。


と言う事は…これからのドンドンあのCFやSDも、ドンドン容量が増えていくって事なのは、
僕にも分かる訳です。

4GBでも『大きい容量だな』と思っていたのに、8GB、16GB、32GBが売り出されて…凄いな
と思っていたのですが、64GBのUSBフラッシュメモリーが発売になっているから、いづれ
カードでも64GBも発売されて、そのSDカードもでてくる…と思うのは、空想とか妄想の類ではない
と思ったのだ。

もっと行けば100GBとか128GBなんと言うのも、有りだろうな…と思っていたのだ。





ところが…











技術的な問題がどうなるのか…分からないから、気の効いたコメントを残せないのだけど…


















8日から、アメリカ・ラスベガスで開幕する「2009 International CES」で2TBのSDカードが発表された




TB



テラバイトだ。




テラバイトが1000GBだから2テラバイトという事は…2000GBだ。



もう64GBなんて話はどうでも良くて、100GBでも128GBでもない…500GBでもなく…
いきなり2000TBだ。しかもSDカードの大きさに。








やはり昭和には分からないのだ。



※なんだか…おざなりな記事が続いていますが…お許し下さい。

ポケットの中からビスケットが一つ~♪

ボクの数少ないスーツのポケットは、しつけ糸でふさがれたままだ。
本来のポケットの機能を享受するには、この白いしつけ糸を外して使用する事になる。

服飾のマナーで言うと、きちんとしつけを外して着用しないといけないのだが、プロのボクが
マナーをおざなりにしているという事にもなるのだけど(苦笑)。
※ポケットにフラップが付いている場合、屋外ではフラップを出し、室内では仕舞う
(ポケットの中にフラップを入れてしまう)のが、本来のマナーなのだ。



大きな鞄…(例えばA4サイズの書類が入るとか、モバイルパソコンを入れる事が出来る
もの)を持っている時は良いのだけど、鞄が無い時は…いつも携帯するモノの収納に困る


さして理由も無いのだけど、「セカンドバッグ的なもの」が、どうしてもカッコウ良く見えないのだ。

そうなるとウエアに付いているポケットに入れることが中心になる。
最低限度の携行品…タバコ・携帯灰皿・財布・携帯電話・ハンカチ・名刺入れ・ペン…そして
家の鍵。これ等を一気に服のポケットに入れると、かなり「美しくない」状況になってしまう。


カジュアルな服装の時は良いのだけど、スーツなら尚更だ。


とりあえず財布から一番使い勝手の良いカードと免許証、紙幣を抜き取って、マネークリップで
留めてズボンの前右ポケットに入れる。名刺入れは釦の付いている左胸の内ポケットに入れる。
タバコはその下の小ポケットに入れて、携帯は右胸の内ポケットに入れる。
そのポケットの口にはペンを刺す。ハンカチはお尻のポケットの右側に入れて、左側は携帯灰皿。

だからジャケットの腰にあるポケットは使わない。


まあ真冬になると、コートのポケットが使えるから…まだ随分楽になるのだけど。


              人の配置が大切だった…なかなか難しい…





ナチョと外出する時、ナチョは小さな頃からバッグを持つことが習慣化させた
だから彼女のワードローブのバッグの数は、大人から見ても…感嘆してしまうほどだ。
カジュアルなモノが中心だけど、パーティーに行く事も多いので、その時の服に合わせて選べる
ようにさえなっている。


そのせいか、近くのコンビニに行く時も「カバンいる?」って聞いてくるのは、いつも持たせていた事が
原因だと思う。

カジュアルに使っている白いバッグの持ち手の部分が、竹素材で…『グッチのバンブーかよ! 』って
突込みを入れたら、本物のグッチだった時にはあんぐり口が空いてしまった


ナチョの場合は安全上の理由もあって、ショルダーかリュックタイプである事が多い。
近くのコンビニに行く時に、わざわざ背負って行くのも妙なので…カバンを置いて行くように言うと、
コートのポケットにハンカチとティッシュ、ペンとメモ帖を移し替えて持って行こうとするのは
閉口するけど(苦笑)。
メモやペンは実際に使われる事は無いのだけど…これも習慣なんだと思う。


              灯りの付く家路に…





先日からブログに書いているバブアのポケットは実に大きい。
背中側の腰から下裾に掛けて、防水機能のある大型ポケットがあって…その大きさには、
ちょっとビックリする。


何でこんなに大きなポケットなのか?って言うと、鴨を入れる為。







鴨?

はい…鴨です(^v^)ニコ



もしくはウサギらしい(苦笑)。



そもそもが狩猟の時に着用するウエアだった事があるのだ。
実際にこのポケットに鴨を入れた事のある人が何人いるのか…知りませんが(苦笑)。

とにかくボクはポケットにモノを入れるという行為そのものに、ちょっと拘り【コダワ・り】を持って
しまうのだ。

誕生日…

いつもは年末に新しい手帳を購入すると、「持ち越し案件」と「年間ルーティン」
(例えば記念日とか誕生日とか)をさっさと移して、新年には新しい手帳で臨みます。


ところが今年は二年来使っていた「超整理手帳」を止めて、それ以前に使っていた
日本能率手帳のエクセルシリーズに戻してしまいました。
理由は簡単で…少しでも小さくしたい…って思ったからなんです。

本当は同じ日本能率手帳の「ド定番」、能率手帳にしようかと思ったのです。
しかしド定番だけにデザイン的には思いっきりおじさんバージョンなんです。
コレ、大きさが併用するモールスキン(モレスキン)と全く同じ大きさで、
実に良いのです。

しかし表紙に金の文字で「09」とだけ入っていて…うーんシンプルだけど
物凄く「地味」なんです。いっその事何も入っていなければ良いのですが、
「09」って文字だけ…って意外と目立つのですよ(^_^;ゞエヘッ

しかも値段が使い捨て(一年)で、4200円なんですぅ。
表紙がビニールバージョンも有って、それは900円ぐらいだと思うのですが、
コレがあまりにもチープな感じなので、このシリーズを導入したら…100%本皮仕様の方を
購入するだろうな…っと。


いつも買うのは銀座の伊東屋か、日本橋の丸善って所なんですが(たまたま
外出先から近いので)、ここで何度も手にとって…うーん、うーん、と悩んで
結局、以前使っていたエクセルの中身だけ(カバーは持っている)を買って、それを使っています。


まだ使用し始めて…7日目なんですが…プチ後悔が…。

やっぱり高価ですけど、本皮仕様の「能率手帳」を買って置けば良かったかな…
と思い始めています。
とにかく一ヶ月間ほど使ってみて、どうしてもしっくり行かなかったら、買い換えようか…と
真剣に思っているのでありました。

     黄昏時のテーマパークは美しい




そんな折、私が毎年データ移行している「誕生日」なんですが…ここで皆さんの
誕生日をしっかり聞いておこうかと(^∀^)ゞ ウン 

いや…以前聞いた方もいらっしゃるのですが、ここでしっかり確認しつつ、きちんとデータにして
おこうと。本日このブログをご覧になった方。生まれた年はお聞きしませんので(苦笑)、
お誕生日だけをコメント欄にお書き願えないでしょうか? 宜しく御願い致します。




不甲斐ない更新が続いていますが…もうしばらく我慢して下さいm(_ _)mペコリ

ちょっとビックリするほど…

特に大きな仕事をしている訳でもないのにやはり度数が強いメガネをしているせいか、
ちょっとビックリするほど異常に疲れてしまったナチョパパです。
でも不思議なモノで、昨日よりは気にならなくなって来ました。
目って結構順応性が高いって言いますから…これもその一例なんでしょうね。
でもこれにあまり慣れてしまうと…新しいメガネが合わなくなりそうで怖いですぅ。

ずっと白山眼鏡と言う所で作っていたのですが、ここ10年ぐらいは…999.9
(フォーナインズ)って所で作っています。
何の変哲もない眼鏡なんですけど(モードぽくもないし)、良いんです…楽で。
軽くて楽なんです。掛け心地が軽い…って感じなんですね。もちろん実際の重量は普通
なんですけど。

壊れってしまったメガネは7年ぐらい使っていたかな?…で、今回も全く同じ物を作ろうと
思ったのですが、これが微妙なモデルチェンジをしていました。フレームと耳に掛ける部分が
今まではヒンジだけだったのが、金属の部分が多くなっているのです。

まあ掛け心地もかえって柔らかくなっている感じだし…「力が入っていない感じ」がとても良いので
このモデルチェンジ版(後継型らしい)を買いました。
眼鏡って今本当にオシャレなモノが沢山あるのだけど、何かこう力が入っている感じが僕は嫌で
「何の変哲もない」って言うのが良いのです。


             まずはドアを開けなきゃ始まらない…

ボクが普段着ているニットって「ジョンスメドレー」と言うメーカーの物なんですが(夏のニットポロも
このジョンスメドレーです)、これがもう見た目は「ユニクロかよ」ってぐらい…何でもない普通の
ポロシャツなんです。でも何が良いって、まずブランドのロゴが入っていない上に、ここまで何の
変哲もないモノってない…と。

きっと普段の僕を知っている人は、
「ナチョパパさんデザイナーなのに何でいつも同じ(ような)モノばかり着ているの?」って
思っていると思うのだけど…35歳くらいを境に、もう全然目立たない物ばかり着ています。
しかも同じ物を(色も形も)二着とか、三着買って来るので…着替えもしていない感じに
なってしまって…(だから実際には毎日着替えていますよ)。

アホか?って思うのだけど…まぁ「デザイナーには見えない」って言うのが良いかなぁって
(;^_^Aエヘヘ
因みに…僕を知らない人が、冷静に僕を見たら(何か回りくどいな)…定職を持たない通りすがり
単なるおじさん…に見えると思います。


今…カジュアルな靴が欲しくて(安いヤツよ)。狙っているのがあるのですが…これも見た目
1900円って感じなんですヾ(*°▽°)ノアハハ カミさんは嫌がっています(;^_^Aエヘヘ

参った 参った…(^▽^;)アセ

デイドリーム






記事が止まっちゃってごめんなさい。

実は訳がありまして…(^▽^;)アセ


以前書きましたが、ナチョパパは毎年1月3日に新年会のパーティーがあるのですね。
色々な方がいらっしゃいます。
作家の方、陶芸家の方、芸能人の方、服飾関係の方。皆さん普段から家族ぐるみの
お付き合いをしている方が中心ですので、気の置けない人達ばかりなのですが、
基本はおもてなしをする側なので、言ってみれば裏方のナチョパパでございます。

トワイライトアベニュー





今年もいつも通りにパーティーを開催したのですが、知り合いの方がお子さん
(三歳児と一歳半児)がいらして。


子供好きの私ですから(変な意味ではないですよ(((o^∀^)oアハハ)一緒になって
遊んでいる途中で、後ろから肩に乗られまして…その際に眼鏡にガシッと手が
当たって…眼鏡がポッキリ折れまして。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ


まあ子供と遊んだら、そう言うリスクはつきものなので(苦笑)…仕方がないのですが
困ったのは私の視力。


今でも夜に車を運転する時に使っている眼鏡(ちょっと度が強い)はあるので
「全く見えない」って事はないのですが、逆に見え過ぎてしまって…疲れちゃうのです。
もちろん4日にメガネ屋さんに行って新しいモノを発注したのですが…ちょっと特殊な
レンズを使っているので出来上がりが10日後と。。。(T_T)ナミダ

1月14日までは…こんな感じになると思います。


暮れなずむ街過日の夢か





もちろんこの記事を書いているのですから、書けるじゃん!と言われそうですが…
辛いのですぅ。

当然仕事もこの「度のキツイ、ドライビンググラス(眼鏡)」をしているので異常なほど
疲れてしまって…大変申し訳ないのですが…、夢の話を一気に書く事が
出来なくなってしまいました。

もうひとつ眼鏡があるのですが、それはゴルフをする時に使う色のついた眼鏡で…
(サングラスと言うほど色が入っていない)それも…なかなか常用するのが辛いのです。


大変申し訳ないのですが、長時間ディスプレーを見ているのが辛くて。
眼鏡がやってくるまで…お待ち頂きたいと思います。申し訳ありません。

もちろんその間も日記形式では更新致しますので…宜しくお願い致します。

初夢

改めて明けましておめでとうございます。
2009年も変わらぬご愛顧のほど宜しくお願い致します。


さて…1月2日のナチョパパブログの更新と言えば…そう「初夢」でございます

(¬v¬^)イヒヒ

ただ…あまり面白くありません。

脈略が無いのです。

多くの場合僕は「映画」の様な夢を見る事が多いのですが、この初夢はなんかとても
断片的で、話に起承転結が有りません。

だから「笑おう」と思って読まれると…ちと辛い(苦笑)。

今日は…「夢の話」毎年しているという事で、恒例行事だと思って下さい。
しかもかなり短いです。

脈絡がない上に、起承転結もなく、短い…。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ だからコメントがし辛い
と思いますが、それでも良いという方だけ…お読み下さい。

特に今日読まなくても、今後なにか都合が悪い事が起こるって事もありませんから。
ご安心を!!

どこの国のどの時間に居るのかが分からない…のは夢と一緒





ハッキリ言いますが…私はメカ音痴です。

一般に男性は機械モノに強く、AV機器なんかが家にやって来ても「お父さんに任せなさい」
的な家長の威厳を振り撒きつつ…素早く最新技術の恩恵を家族で享受する。
と言うのが、イメージする正しい日本のお父さんの在り方だと思う。

あくまでもイメージね(^▽^;)アセ




ところが我が家の場合、メカ音痴のボクですからAV機器が導入されると、そこはもう
「お手軽設置コース(有料ですけど、お客さんが払うならやって上げますよ)」の
お世話になっている訳です。

家内はもう諦めているでの、何かを買う時に…「この店って(接続)やってくれるのかな?」
って事を、僕の自尊心を傷つけないレベルで聞いてくる訳です(^▽^;)アセ

問題は…WIIなんかを買った時に「早く早く」と娘にせがまれた時に、可及的速やかに
ゲームに突入出来なくて、時間がある時…すなわち日曜日とか土曜日とか「設置する時間」が
幾ら掛ろうが、取り敢えず問題ない…って日まで開封される事はないってこと。

でもこれは僕のせいではなく、血統と言うか、DNAと言うか、ナチョパパの父親
まずそうであったので仕方がないかな…と。



話は初夢だ。

とにかく扉があると開きたくなるのは僕だけだろうか?





カメラも出てこないのに、僕はカメラマンだ。
どう言うカメラマンなのか、全く分からないのだけど…職業としてカメラマン
をしているらしい。

それらしいシーン(カメラマンらしき事をしているような)は出てこないのだけど、
「俺カメラマンなのに…」って思っているから、多分カメラマンなのだ。

でも…実際には「ここを見張っていて」と。指さされた所は…金属の扉


話はこうだ。




比較的新しいホテルらしき所にボクはいる。

如何にもホテルと言う感じじゃなくて、以前あった「かんぽの湯」(郵政がやっていた
…宿泊施設)とか、どこかの大きな会社の保養所みたない…ちょっとチープな感じの
比較的大きめのホテルだ。

※かんぽの湯の設備はピン霧で、ゴージャスな所からそうじゃない所まで… 幅広い
 バリエーションがあるのであしからず。残念ながら行った事が無いが。以前は
 厚生年金に入っていると、使用する権利があったらしいのだが、今は誰でも宿泊
 する事が出来る。


そこで眼鏡を掛けた60歳ぐらいの貧相なオヤジに、高圧的な態度で指示を出されているのだ。

中年オヤジ 「(アンタは)ここを見張っていて(くれれば良いから…みたいな口調)」

見張っていろ…と言われたそれは、壁に埋め込まれた縦1メートル幅70センチぐらいの金属の扉で、
よくビルやマンションに設置されている「消火栓のホースの収納ボックス」の蓋みたいな小さな扉
なのです。
クリーム色と言うか、ベージュと言うか。何の変哲もないその扉を指さされた訳です。

「俺カメラマンなのに…」と思いながら、その扉の前に立て膝の姿勢でしゃがみ込むのです。


尤も、見張ると言っても、一体どんな風に見張るのか…全く分からないのです。
この前を誰かが通るのを見逃さないようにするのか?
それともこの扉から何かが飛び出してくるのか?
はたまたこの扉に何かが入って行くのか?
もしかしたら火事らしき事が起こって、ここからホースを引き出して消火活動をするのか?
(もちろんホースが入っているのかも…分からないけど)


どうやら僕はこの貧弱な中年のおじさんの指揮下にあるようなのだ。気持ち的には憤然とした
思いを抱きながら、しゃがみ込んだ訳です。

静かに暮れて行く街を見るのは、どこの国でも良いものだ。





その位置から見えるのは廊下の突き当たりに階段が5~6段あって、ドン付きに1メートル四方の
窓が有って…そこから綺麗な芝生の庭が見えるのです。
階段の手前には左右に廊下がある感じ…


分からないですよね?

絵で描くと…こんな感じになります。

ラフなスケッチでごめんなさい。

とにかく僕はその左側にある消火栓のホース収納場所みたいな所の前にしゃがんで、
見張っている訳です。


するとそこに7~8人の中高年(65歳~80歳代全般)の男女が、ワイワイガヤガヤとやってくる
のです。関西の言葉や、東北の言葉が交錯していて、一体どこのどんな団体だか分からない
みたいな感じで…かなり大声で話をしながら、こちらに向かって歩いてくるのです。
※このイラストの下の方からやってくる…と思って下さい。



その一番前にいた中肉中背の70歳前後のサングラス(色つきメガネって感じの古臭いデザイン)を
掛けた男性が、話し掛けてきたのです。


お爺さん「お兄ちゃん…そこにわしらのデータが全部入っているんやから、後は頼むでぇ」
 
ボク 「はい。分かりました。でも僕今日からここに配属されたので細かい事は分からない
    のです。」

お爺さん「それはお兄ちゃんの勝手や。わしら皆お兄ちゃん達を信用してるんやから」

ボク 「分かりました…とりあえず見張っておきます」

お爺さん「頼みますよぉ」

正直、話が全然わからないのですが、ここで「いや私は良く分からないのです」とは
言っちゃいけない(自尊心とかそう言う事じゃなくて、職責として言ってはいけない
ような感じなんです)雰囲気なのです。



ホテルの内部は程よい暖房が入っていて、ボク自身は全然寒くないのですが、お爺さんと
お婆さんはしきりに「寒いわぁ~」と口にして、更に外で降っていた雪が如何に猛吹雪だったか
こちらに聞こえる様にワザと言っている感じなのです。


でもここから見える階段の踊り場にある窓から見える庭には一切の雪はなく…燦々と太陽が
降り注いでいて、実に気持ちの良さそうな陽だまりになっているので、ちょっと違和感が
あるボク。

「あーあそこは天窓がある中庭なんだ…パティオか…」と思い納得する。





すると先ほどの「ここを見張っていろ」と言い残して行ってしまった貧相な中年オヤジが
現れて、こういうのです。

オヤジ「アンタ…ただここで座っていれば良いって事ではないでしょう(イライラ)」


夢の中の僕じゃなかったら、まず間違いなくキレているのですが…この夢ではどういう訳か
「しくじったな…」とか「マズかったな」と反省をしていて、なんとか挽回しなきゃ!と思っている
訳です。


そしてオヤジが続けます。


オヤジ「まず、そこを開けて…」
















と言う所で話は次回に続きます(¬v¬^)イヒヒ 正月しょっぱなからいきなり「続きもの」かよ!


お詫び

スイマセン…リコメントが遅れます。明日も終日「新年会」の裏方でして…。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ
大変申し訳ないのですが…もうしばらくお待ち下さい。

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

2008年は本当お世話になりました。
毎回毎回「長ぇ~んだよ!」って記事が多い中、皆さんからのコメントを頂く事が
どれだけ更新の勇気になったことか…と、お書いて大晦日の文章と同じになってしまう事に
気が付きました(^▽^;)アセ
今年も大きく変わる事はない…と思いますが、どうか「今日も見てやるか」で構いませんので
お越し下さいますよう…お願い申し上げます。


年初から…お詫びなのですが、下記のコメントにリコメントを付けていませんでした。
各日付でリコメント致しましたので、宜しかったらお読み下さい。

12月5日  えいねんさんへのリコメント
12月6日  kirageegeさんへのリコメント
12月29日 海さんへのリコメント
12月29日 raouさんへのリコメント

大変失礼しました。

              明けましておめでとうございます。

                                  今年も宜しくお願いします…by ナチョ