なんとも恥ずかしい…(一部改訂)

 一体どうした事か、昨日のブログで大きな間違いを沢山してしまった。
まずは訂正とお詫び、そしてお礼を。

 正直言うと、ほとんど会社では買わない雑誌ではあるのだが、「キャンキャン」こと「cancan」は
「cancan」ではなく「cancam」であることを、えいねんさんからの指摘で知った。
多くの方が気付いていたと思うのだが、脱字誤字王の僕の事だから…と見逃してくれていたのかも知れない。かたじけない。

 問題はこれが誤字脱字ではなく、完全な誤認識で…cancamである事を知らなかった。
これは非常にマズイ…きっと今までも、ずっとcancanと書いて来たのだと思う。
きっとこれで間違える事はなくなると思うのだが、もし以後も同じ表記があったらどうか教えて欲しい。



 と、もう一点。


 実は「oggiの…」と表記した小川洋子氏のエッセイの話だが、これもmaronnさんの指摘で
「Domani(ドマーニ)じゃないのか」と…。

実はその通りだ。小川洋子氏の連載エッセイはDomainであった。大変申し訳ない。これは単純に
勘違いなのだが…こうも続くと、ちょっと言い訳が厳しい。

 改めて影響力のないブログで良かった…と思わずホッとした。
教えて下さったお二人に改めて感謝の意を。…有難うございました。

向こうがにある世界から…

ずっと見ていると吸い込まれそうになった…

向こう側の世界へ…


 アントニオは庭師だった。庭師でありながらペンキ屋でもあった。
ペンキ屋でありながら配管工でもあった。電気の配線も出来たし、夏になると大工の様な事も
していた。
 その腕前は玄人裸足だったし、雇い主であるブルーズさんも彼の仕事ぶりにはとても
満足していた。


 知り合いも知人も居ないパリに留学したボクは、ひょんな事からパリ郊外の築200年以上の
大きな屋敷の三階部分(言ってみれば屋根裏部屋)に暮らす事になった。きっと多くの人が
パリのアパルトマンの屋根裏部屋と言うと、ちょっとお洒落な感じを想像するかも知れないけれど、
実際の屋根裏部屋と言うのは、多くの場合…そう快適ではない。

 何故なら、そもそも屋根裏部屋と言うのは「女中部屋」的なポジショニングなのだ。

 エレベーターもない時代の6階から7階の天井の低い、風呂もない、およそ快適とは言い難い
シチュエーションなのが、屋根裏部屋なのだから。


 ところが僕の住んでいた屋根裏部屋は、ちょっとリッチな感じだった。当時の留学生の多くが
2000~3000フランの家賃で暮らしていた時に、郊外にも拘らず5000フラン(当時のレートで12~15万円)の屋根裏部屋となれば、ある程度の広さと設備がないと通らない。

 居間があり、勉強するスペースがあり、寝室が別にあり、狭いながらも浴室もバスタブもあり
(バスタブが無い家が結構あるのだ)浴室には電話ボックスのようなシャワーブースまであった。
老人の大家さんが非合法で、身元の確かな人に(現金払いで)部屋を貸していたのだ。



 アントニオはその屋敷の雑務一切を請け負っている40代の男性で、ちょっと暗い目をしたシャイで
無口な心優しい移民だった。なんでも出来るのではなく、何でもしないと生きていけなかったのだと
思う。アントニオの本当の名前を帰国するまで知ることはなかったが、彼の喋るフランス語がとても聴き取り辛いのは、それがどこかの国の訛りがあったからなのだと分かったのは、留学して二年が過ぎ、僕自身のフランス語がなんとかなり始めた頃だった。

 築200年の家は、とても丁寧にメンテナンスを受けていて、趣味の良い調度品で整えられていたが経年の劣化を常に管理していないといけない状態だった。ペンキ塗りに始まって、かしぐドアの調整をして、庭の芝を刈り、バーベキューエリアのテントを洗い、グリルの清掃をして、木々への散水をする。
 アントニオはあれだけの時間をブルーズ氏の家のメンテナンスに費やしていたけど、それが本職かどうかは分からなかった。いつもシャイな伏せ目がちな笑顔で控え目な挨拶をしてくるだけだった。



 ある年のクリスマスの日…その日からクリスマス休暇になることを知ったボクは、お礼を込めて小さなプレゼントと、少しばかりのチップを渡した。数週間前にお風呂の排水目詰まりを、修理をして貰った事があったからだ。少し嫌な語感を伴う言い方に聞こえるかも知れないが、雇用主と使用人という立場がハッキリ分かれている社会では、機会がある毎に心付けを渡すのは社会的な慣習である。

 国が変われば文化も変わる。文化も変われば慣習も価値観も変わる…分かっているのに、何かこう上下の関係がそこでハッキリしてしまう様な気がして、それが嫌だったのだ。それでも今回は排水管の一件があったので、心付けを渡したのだ。

 アントニオは普通に受け取って、いつもの様に優しい伏せ目がちな視線で有難うといった。僕のフランス語も相当酷いが、アントニオのフランス語もとても酷い。でも彼と時折する短い会話が僕は大好きだった。




 日曜日の朝はスーパーではなく市場で買い物をする。スーパーを始め特定の商店を除いて、ありとあらゆる店が閉まってしまうからだ。そこで買い物をしているアントニオ夫妻に会った。挨拶をしてアントニオよりももっと下手なフランス語で奥さんに挨拶をされた。足元にはまだ小学生の低学年らしき男の子と、女の子がいて同じように挨拶した。それは移民の両親とは違うネイティヴなとても美しいフランス語だった。

 また火曜日に…と言うような挨拶して、アントニオの家族と別れた。離れて行く家族は決して裕福でない事はすぐに分かった。でもその場の視界に入る他の誰よりも、とても幸せな家族に見えた。

 



 あれから十数年経って、僕は小さな家族を持った。そしてあの時のアントニオの子供と同じくらいの娘を持つようになった。


 今日渋谷の街に娘とショッピングに出かけた。気付くとショーウィンドウの反射で僕らが映っていた。映った姿を見て、ふと思った。僕と僕の家族もあの時のアントニオの家族と同じように幸せな家族にちゃんと見えるのだろうかと。もちろんそれは自分で決める事ではあるのだけど。

楽しみが一つ…

 少し前に、(多分)日本初の”横書き新聞”『産経express』について
「記事に対しての写真の選び方が秀逸だ。一度読んでみて欲しい」という
ような事を書いた。実際に横書き横組みの新聞を読むと、思いの外『違和感』の無い事に
気付かされる。

 実生活において、多くの横書き横組みされた文章を目にするのだから当たり前かも知れない。

尤も、一つの完成された言語で、縦書きと横書きが公文書に至るまで混在する言語もかなり
珍しいのではないだろうか。数少ない私の海外経験から言っても、そういう国を知らない。



 ふと気付いたのだが、新聞や会社の回覧文章を見る時には、横書きでも縦書きでも
一向に構わないと思うのだが、小説やエッセイに限って言うと『圧倒的に縦書き』が良い様に
思うのだ。

 これは実際に横書きされた小説を読んだ事が無いから思う『先入観』かも知れない
(事実、新聞が横書きされる前には『違和感があるのではないか・・』と思っていた事も
ある)けど、どうも僕は『味わうモノ』に関しては『縦書き』の方がしっくり来るのだ。

 このブログで具にもつかないことをうだうだ書くようになって、日記と言うにはちょっと即時性に
欠けるし、エッセイと言うには…洗練されていないのだけど、思った事をつらつらと書いている内に
「もっとエッセイ色を強くしたいなぁ」と思うに至って、ここ数日試行錯誤しているのだけど、
いざ『下書き』の状態でブログをアップして、プレビューで自分の書いた文章を見ると、何かが
ちょっと違う事に気付く。

「アーこれが縦書きなら良いのに…」と。

 もちろん文章のセンスとか、文才とか、そういうものを引き合いに出されてしまうと、
何も言えないのだけど、内容と同じ位その体裁が重要なんじゃないと思うのだ。
『これが縦書きだったらどうなのだろう』と思う事がしばしあるのだ。いやもちろん横が縦になった
からと言って、文章が素晴らしくなる訳でもないし、突然アクセス数が増えて『もうリコメントをする
のが無理』なんて事にはならないのだけど、それでも『見栄えがする』様な気がするのだ。

 頼まれもしない文章を、(インターネットの普及などの)時代の恩恵を受けて垂れ流している事に
対する罪悪感を少し持ちながら、「見たい人だけ見てくれれば良い」と思っていたりもする。
書くのが楽しいという事と、楽しいから良い文章が書ける…ってものではないのだけれど。
                                
鮮やか!

ナチョと居ると傘がいらない
          
美しい!

以前、記事に取り上げた「oggi(オッジ)」という女性月刊ファッション誌がある。
皆さんが良く聞く”cancam”(←えいねんさんの書き込みにより「cancan」ではなく"cancam"
だと分かりました。ずっと間違えて覚えて居りました。えいねんさん、ご指摘有難うございました)が
20歳代前半の女性であるのに対して、もう少しアッパー…30歳代半ばをメインに据えた雑誌だ。

 仕事柄、多くの女性ファッション誌を新聞を読むように普通に読むのだが、この雑誌は毎回
とても楽しみにしていた。それは雑誌の主要部分である服飾に関わる部分のクオリティーではなく、
この雑誌に「小川洋子さん」のエッセイが巻頭にあるから。

 それもう本当に至極のエッセイで、毎回このエッセイを読むために「oggi」を楽しみにしていたと
言っても過言じゃない…本当に上質なエッセイだった。

 いつも巻頭の二ページを使い、日常に溢れるあらゆるシーンを題材に、微細な“人の想い”みたい
なものをマイケルケンナ氏の二枚の写真を挿絵にして、そっとエッセイにされているのだ。




 その至極のエッセイが今月号を持って突然終わってしまった。文章の中に一切「さようなら」と
言うような文言はないのだけど、最後を飾る文章は…これまた実に美しい文章だった。
 残念ながら小川氏の本を調べてみると、このようなタイプのエッセイはないようで…実に寂しい。
宝石のような文章を、仕事に託けて【カコツ・けて】堂々と読むことが出来たのに…。

楽しみが一つ…消えてしまった。

 この小川洋子氏のエッセイを読んだ多くの人が、こんな文章を書いてみたい…と思うだろう事が
想像できる。僕も間違いなくその一人だ。また多くの人がその願いを叶えられないだろうことも
想像できる。僕も間違いなくその一人だ。

 もしどこかで素敵なまた素敵なエッセイに出会う事を祈って…。








 さて来月からいよいよ新しいブログに入ります。
でも題名が変わり、連日の更新ではなくインターバルになるだけで全然変わりません。
時間を置いてゆっくり書いて行こうかと。
ここ数日の三枚組み写真で書いた文章は、新しいブログをこの形式でやりたいと思っています。

 今後も変わらぬご愛顧の程、宜しくお願い致します。

 
 

普通の月曜日…

22日の夜から三晩連夜で、恒例の『麻布十番祭り』が行われた。
会社が麻布十番の中にある為、良い事だけでもないのだが(苦笑)…つい二年前まで、
自宅も麻布十番にあった事を思うと…今はまだ良いのだけど。

皆さんのブログでも話題になっているので、全国での話なのかも知れませんが
一気に気温が下がりましたね。
先週の金曜日の時点では「来週の月曜日には暑さが戻って30℃になるでしょう」
と言っていたのですが…見事に外れました。これなら娘の「このまま秋になる感じじゃなぁ~い」って
方が当たっていた気がするほどです。

でも実は、服屋としては四季がハッキリしている方が、ちょっと嬉しかったりします。
出来たら9月の声を聞くと同時に、雪なんか降ってくれると…(((o^∀^)oアハハ 
有難かったりします。

DSC03911.jpg チョコバナナを見つめて
DSC03915.jpg 頭をチカチカさせながら
DSC03913.jpg ただひたすらに食べてました(((o^∀^)oアハハ

体調を崩していた土日なんですが、仕事が始まる月曜日の朝になると熱が下がって
しまうのは…何故ぇ。・゚・(ノД`)・゚・。トホホ

朝一で計って39℃とかあって、見るからに「もうダメじゃ」って状態なら堂々と休めるって
ものですが、実際には35.8℃しかないのですから…休める訳がありません(苦笑)

しかもそのまま治ってくれるのなら良いのですが、午後になるとやっぱりだるくて
「あー発熱しているなぁ」って実感があり辛くもあるのです。幸いにしてコレクション部隊の
ような忙しさではない状態でしたから、体は辛くてもそれなりになんとかなるのですが、それに
よって何か大きな失敗をしたり、誰かに凄く迷惑を掛けたり…と言う事もないのでなんとか一日が
過ぎましたが、これが何か大切な仕事の遂行中だったら…と思うとゾッとします。

まあ本来「土日」って言うは僕にとっては「ハレ」であり特別な日なんですが、「ケ」である平日は
しっかりしないといけない訳で…まあ、サラリーマンとしては有難い体質なのかも知れません。


さてオリンピックが終わりました。
普段は意識下にある「ナショナリズム」を触発され続けたこの数日が終わって、結果を出せた人も
出せなかった人も、ロンドンに向かってまた新しい日々が始まるのですよね。
もちろんそこには「現役続行」なのか「引退」なのかの選択をする選手がいるのでしょう。

オリンピックが明けて新しいステージに進む選手達と同様に、開催国である中国も実は同じで
新しい国際社会のステージに乗って行けるのかが問われる段階に入ったかと。
巷で流れる「弾圧」だとか「重大な人権問題」とか、今までは国内で隠蔽して来たと言われる事も
「国家総動員」的なオリンピックが終わって、夢が覚めた後の国家をどう導いて行くのか…
注意深く、興味深く、見守って行きたいと思います。

じゃないと…今や「他の国の話」では済まなくなるほど、密接な関係があるから…油断は
出来ない訳ですぅ~。

何か特別な事のない「ケ」の状態の日々をどう過ごすのかは、個人だけではなく国家も一緒
なんだと…つくづく思う僕でした。

ごめん

 歌舞伎を観に行った。今までも何度か観劇した事はあるけれど、『歌舞伎座』で観るのは二度目だと思う。実は行くまですっかり忘れていて『初めて歌舞伎座に入るな』と思っていたのだが、内部に入ると様子を薄っすら覚えていて…明らかに二度以上は来ている感じなのだけど、確証が持てない自分が恐い。丸で軽い痴呆が始まった感じだ。

 平日の午前中から歌舞伎を見るなんて、一体どういう事なのかと思う方もいるかも知れないが、本日の演者でもある中村橋之助さんとの繋がりで観劇に至ったのだ。きっとご本人は記憶に無いと思うのだが、夫人である寛子さんに、娘の入園や入学、卒園卒業などにお祝いを頂戴するなど、大変お世話になっている。今回の演目は第一幕を見るだけなのだが、ご長男である国生君がお父様と競演する事から、それを見たかったのだ。
 きっと歌舞伎通の人は『そういう観方は困る』と言うかも知れないけど、僕は歌舞伎の始まる前の『お祭り前のワクワク感』みたいな雰囲気が好きで、意味も無く売店で『歌舞伎手ぬぐい』みたいなモノを買いたくなる。古典から来る独特な台詞回しは、いつも上手く聞き取れなくて何か中途半端に喋れるフランス語のニュースを聞くようなそんな感覚を持ちながらの観劇だった。

 国生くん…いやこの舞台を観た後は『国生さん』と呼ばないといけない気がするほど立派な舞いを披露していた。見栄を切った時に起る拍手が、国生さんの元にちゃんと届いている良い。きっと色々な事を犠牲にしながら、稽古に精進しているのだろう事を思うと、尚更そう思わずにはいられない。

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 娘が眠れない…と起きて来た。幾日かの例外を除いて21:00就寝のはずなのに、22:00を過ぎての事だ。家内が『どうしたの』と言いながら付き添って子供部屋に戻って行った。30分程して家内は苦笑いをしていた。『なんだったの』と聞くと…一言「blood!」 

 何でも眠る時に『自転車に乗れない子になったらどうしよう』とか『ピアノが上手にならなかったらどうしよう』とか、ネガティブな方向にドンドン思考が流れていってしまって、怖くなって眠れなくなっちゃったのだと、ポロポロと涙ながらに告白したらしい。家内からの報告を聞いて僕も思わず『blood!!』と返してしまった。最後には開き直ってしまうので、ネガティブ思考とはちょっと違うのだけど、夜のベッドはダメだ。上手く行っている事も、そうでない事も、次の次まで策を練りたくなるのだ。家内に言わせると、どうなるか分からない事を『次の次まで考えるなんて…時間が勿体無い』って事らしい。実際にそうなのだ。多くの事が何事も無かったように進むし、仮に何かあっても今日まで命を取られるような事は無かった訳だが、こう…なんと言うか…常に最悪の場合はどうするのか…って無駄にでも考えずにはいられないのだ。
blood! 
 きっと橋之助さんの血を引く国生さんは、立派な歌舞伎役者になって行くのだろう。それをずっと見ているのも大きな楽しみだ。僕の血を引く娘は立派な「心配症」になって行くだろう。本当にすまん…。
パパを許せ。

夜雷の東京

 夕方、6時過ぎから激しい雨が降り始めた。ほとんど同時に空が一瞬明るくなったかと思うと、激しい雷鳴が鳴り響く…今年何度目の雷だろうか…とフッと思った。これもやっぱり温暖化とか、環境破壊とか、そう言う事の表れなのかも知れない。頻繁に繰り返される局地的な集中豪雨に関して、先日aki-oliveさんが「ヒートアイランド現象との因果関係」を指摘されていて、”なるほど…”と頷いてしまった。
湾岸地区に建設される無数の超高層ビル群。至る所が舗装されて、空気も水も行き場を無くした都市の姿が生んでいる「人工天候」なのかも知れない。


               生命

               防音絨毯

         癒灯


 新しいブログのタイトルもほぼ決まって、さて写真を撮らないと…と思ってはいるのですが、ただいまE-3はピント調整と、時折起こる「シャッターが切れない」現象を見て貰う為にオリンパスへ入院中。もしかしたら「オリンパスの規定基準内です」とか、「現象が見られませんでした」と言われて戻ってくるかも知れないけど、ちょっと楽しみです。もっともこれでピントの精度が「規定内」だと…システムの入れ替えを視野に入れないといけないかも知れない。うーんどうなるか。その答えは27日に出る事になっています。



(携帯)軽井沢5日目

20080812163908
こんにちはナチョパパです。

軽井沢も残す所、あと一泊になりました。

8日に軽井沢入りした日は、オリンピックの開幕式があって、
こりゃ凄いとたまげた私です。

翌日、大きなイベントを仕切ることを生業にしている著名な
演出プロデューサーとゴルフを回った時に、開会式の話になって、
興味本意から『大体幾ら位の予算が掛かっていますかね?』
と聞いたら…『共産国家だから正確には出せないけど、あの巨大な球体を
出し入れする仕組みまで入れると…100億円は掛かる』と…。

また演出に関わっているフランス人の存在も。

本当に『平和の祭典』になるのかどうかは、これからの中国の真なる近代化が
鍵なのだろうと思うのであります。

この軽井沢滞在では二冊本を読みました。

一冊は
「鮨水谷の悦楽」
早川光 著 文春文庫(文藝春秋)

もう一冊は、
「わたしに拍手!」
高橋靖子 著 幻冬舎

携帯で感想を書くのは、ちょっときついので、後日にしますが、
いづれも実に素晴らしい著者でした。

是非皆様にもお読み頂ければ幸いです。

今からエンボカ(イタリアン)に行ってきます。

(携帯)軽井沢4日目

20080811102438
こんばんわナチョパパです。

きっとこの短い軽井沢滞在で最も快適な朝を迎えた4日目です。

えっと軽井沢は浅間山の麓の町なのですが、その浅間山が
4年ぶりに噴火をしてまして、一昨日 警戒レベルが『2』に
引き上げられました。

2004年の時は、近隣町村は降灰が数センチにもなる事態でしたので、
今回も噴火となれば…油断なりません。

aki-oliveさんが仰る通り、灼熱の日常を思えば、この涼しさも
『楽』なのでしょうけど、茹だるような東京から、一気にここまで
気温が下がると、余り体には良くない気がします(^-^;

ジェークさんに言われて…『前回もこのシャンデリア写したんだ…』と
反省仕切り(~_~;)エヘヘ

昼間にちゃんと写真を撮っておけば良いものを、すっかり忘れて、
日が暮れてから被写体を探しても、辺りが真っ暗で…何も写らないのですぅ。

自ずと室内で探すと…毎回同じモチーフになってしまって。

で今回は昼間の内に庭を写しました。庭って言っても林なんですけどねアハハハ

さて現在時刻朝の10時20分。

今日は何をしようか思案中です。皆様はいかがお過ごしなのでしょうか?

(携帯)軽井沢3日目

20080810220726
こんばんわナチョパパです。

今日の軽井沢はとても涼しく(24℃)、朝方は寒くてヒーターを
入れるほどでした。

それでも10時00分を過ぎる頃には、炎天下の駐車場に2時間ほど
停めた車は乗り込むだけでドッと汗が吹き出す程でしたから…
この気温差は土地柄かも知れません。

えっとnaokoさん…昨日はコメント有難うございました。
2日間連続でコメントが入らないかと、冷や冷やしました(^-^;

モバイルを今回は用意したのですが、電波状態が悪くて…結局、
携帯での更新になってしまいました。

それでご訪問が出来なくてご免なさいねm(__)m 東京に戻ったら
必ずお伺い致しますので、それまでお待ちください。

明日は何をしようか…考えながら眠ります。

追伸:この写真のシャンデリアは、バカラのアンティークです。
大変古い(ボロい?!)モノで接触が悪くなっています…トホホ(;´д`)

(携帯)100以上を叩いたガクリ

20080809205648
こんばんわナチョパパです。

今日はゴルフでした。

スコアですか? それを聞いては行けません。

とてもコストパフォーマンスの良いゴルフになったことは確かです(^o^;)

さて明日はナチョとプールです。

頑張って来ます。

ではお休みなさい。

(携帯)軽井沢到着

20080808231046
こんばんわナチョパパです。  今日も朝から熱帯地域のような暑さの中、軽井沢に行く用意をして全ての荷物を車に積み込み、部屋中の掃除機をかけているヨメを尻目に荷物を車に運び込むこと3往復。汗塗れのナチョパパでございます。  しかし軽井沢もさほど涼しくなく(;´д`) 只でさえ湿度の高い軽井沢…なんかイマイチですぅ。  さて明日は朝からゴルフです。早起きが苦手な僕は今からとても気が重いです。  なんか軽井沢のネガティブキャンペーンのようになってしまいましたが皆様は素敵なお盆休みをお迎えくださいm(__)mペコリ