たかだか…


御飯食べるだけで…40分待ち(-.-;)
ディズニーランドに入って1時間…。まだ何のアトラクションにも入れていない(O_O)ナチョパパ一家(´~`;)

これはハードな一日が始まりました(┬┬_┬┬)

聖なる夜・・・ (写真追加)

こんばんわ ナチョパパです^^ 毎日毎日同じ台詞で始まるのもなんだか
能が無いのですが・・・寒い日が続いています。
どうか皆様・・・お風邪など召しませぬように・・・^^/

聖なる夜の断片 

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

今、東京界隈で物騒な話が持ちきりです・・・…┐(-。-;)┌:エッ!? 
何の話かって??

いや例の『設計不正申請』でしたか?・・・建築物の耐震設計を誤魔化して
マンションだのホテルだのを建設してしまって、震度5強の地震が来たら
倒壊してしまうような強度しかないマンションが、幾つもあることが判明した
って・・・話です(怖)

司法試験と同じくらい難しいと言われる一級建築士のA氏が、コスト削減
だか仕事が欲しかったか?分りませんが、耐震性能の低いマンションの
設計をしているのが発覚したと言うことで、大騒ぎになってます。

僕、この建築の『何たるか?』って言うのは、全く分ってないのですが、
震度5で倒壊する恐れがある建物って、やっぱり作っている途中で
『これいつも作っているビルより、柱(鉄骨)・・・少なくなぁい?』みたいな事
現場の人たち、分らなかったのでしょうかね?

いや実際に工事現場で作業してる人が、それを告発したり、工事に文句
言ったり出来たとか、出来ないって事ではなくて(彼らは図面通りに建築
するだけでしょうから)、明らかに経験値として『これマズイ』と思ったと
思うんですよね~。

分っていながら不正をした建築士が悪いって事もあるし、検査機関が
その機能を(結果として)果たせなかったって事も問題だし、書類さえ
揃っていれば通るなら、わざわざお役所で人を使って受理しないで
コンピュータでマークシートみたいにしちゃえば良いのだから、やっぱり
許認可制をとっている以上、きちんと責任の所在をして欲しいなあ~と
思ったりする訳です。




しかし一番ミーハーチックに気になったのは、あの建築士の家が
あまりにも『建築士』らしくなかった事と、あのカツラです!と宣言している
ようなあの髪型でした。

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆
今日はナチョの5歳の誕生日でした^^ ママが仕事が遅くなりそうだったので
(結果としては早く帰れたのですが)、保育園の帰り道に二人で東京タワーで
デートをしました^^

五年前の今日と言う日に感謝します。

耐震の権化としての断片 

続きはこちら...

さぶいぃ~{{{(>_<)}}}ブルブル

スキマの空と錯覚の断片

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

皆さんこんばんわ 本当に寒いナチョパパですへ( -_-)_ ・・・・マイッタナ

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

本格的に寒くなってきましたね・・・東京の今朝の気温は5.8℃ もっと寒い
所も沢山あるかも知れませんが、やっぱり日増しに寒くなっていくと、いつも
のように「寒冷蕁麻疹」が出るのではないかって・・・って恐れています。



さて・・・最近僕は急激にモテるようになってきました^^ 



それは怖いほどモテます^^v  誰かがテレビで言ってましたが、
人は人生の中で一度は凄くモテる時期があるそうです。

正に僕の今はそんな感じでして・・・毎日ニコニコなんです。女子高生から
新妻、熟女まで、「あなたを指名しました」とか「月々100万円さしあげます
ので、大人の交際をして下さい」とか、「ユウナです。もうあなたのことが
一時も忘れられません・・・」と私が完全に忘れてしまった人からもメール
が来ます。それはもう・・・一日に数十通ものメールがこれでもかと届くのです。


先日などは「こんなに何度もお願いしているのに・・・どうして逢ってくれないの
でしょうか?」などと言う、もう「オレは福山雅治かぁ!!」と思うほど、
熱烈に求愛されてしまって・・・

「えっいつお願いされたのだろう? そんなことまで忘れるほど、僕はボケて
しまったのだろうか?」って思うほどでした。





でも






時々




そんなに言うなら、会いに来ればいいのに、電車に乗っても、バスに乗っても
街を歩いても・・・だーーーーーーーーれも話しかけて来ないし・・・あのメールは
なんなんだろうと?不安にもなるのですが・・・

まあ誰かが言っていた

「人生に一度だけモテる時期がある」って言葉を信じて、それらのメールを削除
し続けるナチョパパでありました。




追伸:そうそうカジノでいかんなく実力を発揮するナチョママですが、
ナチョパパなんか買ったことも無いオーストラリア宝くじで1000万豪ドルが
当たって封書が届いた事が、二度もあります。

そういう意味では僕の方が凄いのか!!

モテてる人の断片 


秋の断片

神宮外苑の断片

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

冬になりました^^

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

皆さんこんばんわ ナチョパパです。

東京は今日基本的に良い天気でした。若かりし頃、僕は秋よりは春、
冬よりは夏が好きな・・・そういう意味では『日焼けの季節』の方が好きだった
訳です。

気付くと・・・いつの間にか『冬』が好きな季節になっていたりして、
ちょっと不思議な気がします。
友人に言わせると、やはり体力が落ちてるからじゃないか?というので、
ちょっと納得したりしています。

ただもう一つは『環境』と言うのもある気がします。

僕が幼かった頃って、住環境も社会的インフラも、
まだ「エアコンディショニング」って事に関して充分じゃなかった気が
するんです。

一般的な日本家屋って、(特に貧しい訳でもなくても)やっぱりどこか
『隙間風』が入る様な状況があって、暖房と言っても石油ストーブや、コタツ 
レベルの器具だったのですね。

その後、石油ファンヒーターとかガスファンヒーターが普及してくるのですが・・・。
本格的な冷暖房エアコンが入ったのって・・・
中学1年生(昭和54年…1979年)でした。

これは決して遅い方じゃなくって、この時期に電子レンジ何かも同じだったと思います。




ただやはり生活も変ってますからね。寒風吹きすさむ中、自転車で走ったり、
半ズボンで駆け回ったり、そういうこと無くなりましたしね・・・。家の中は一年中
『半袖』だし、移動は建物内の駐車場から直接車だし・・・(苦笑)


朝 タイマーでセットされたリビングは快適な温度で、寝起きの僕らを出迎えてくれ、
寝室はお休み設定の快適暖房だし・・・ましてや『隙間風』なて皆無だし。


窓ガラスが外気温と室内温度の差で曇った景色を見ながら、昔は家の中でも
「はぁ~」と白い息が出ていたことを思い出した日曜日でした。



11/19現在・・・まだまだ緑の銀杏並木・・・il|li ○| ̄|_ il|li ガクリ…な断片

自宅からのアクセスなんですが・・・

新しい老舗  都会の断片

永らくお待たせしました・・・ナチョパパです^^

パソコンの按配・・・実は直ってなくて、カリカリ鳴っていた、その現象が
消えてしまって・・・何もしないで戻して貰いました。

もしかしたら・・・またしばらくしたら、逝ってしまうかも知れませんが、
その時はその時で^^;  頑張りますので、宜しくお願いします。



とは言うものの・・・本日夕方、会社を早退しましたil|li ○| ̄|_ il|li ガクリ…
昨日寒い中、一日中外出していたのがいけなかったのか・・・
再び悪寒が・・・もう倦怠感と一緒にやってきまして。

明日は朝から商談があるので、大事を取っての早退です。
ご心配なきよう・・・本日も「妻の勘(最終回)」をお楽しみ下さい。

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★

妻の勘4・・・最終回「それなら、仕方ないか」編

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★
《前回からの続き…『勘』と言うには凄まじいほどの
猛進撃を続けるナチョパパの妻。その真骨頂は「初出産」
にも発揮された。

夜明け間近に急遽「出血」し聖路加病院へ向う。
なんと「前置胎盤」と言うことで緊急入院…なんと2ヶ月間の
入院を経て、その入院費…保険適用でも130万円…
ナチョパパはなけなしの貯金を下ろして会計を済ませた》

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★

 ナチョパパの日課になっていた「病院通い」も、いよいよ
終わりが近づいて来ていた。
ナチョも誕生し、会計も終わって…が、帝王切開だった
ことと、かなり面倒な状態での手術だったので、
通常4日?一週間で産後退院出来きるのだが、
家内は12日間の予後を言い渡されていた。

 私の食事は、コンビニやホカ弁…同僚と外食などで、
何とかなっていたが、問題は家事全般である。
自分の洗濯はもとより、病院から持ち帰る妻のパジャマや
下着など、夜中、もしくは朝方に済ませ、乾燥機大活躍の
日々でもあった。

 その日は久々の休みで、朝から洗濯し乾燥させて畳んで
バッグに入れて病院に向おうとしていた時、一本の電話が
鳴った。

女)「もしもし…」
私)「はい ○○でございます」
女)私、××共済でございます。
私)「はい…(誰だ? 今忙しいんじゃ)
女)「ご出産 おめでとうございます」
私)「はあ?(何で知ってんだぁ)」
女)「奥様から保険金の申請がありまして、本日は確認です」
私)「はあ?」
女)「奥様、今回「前置胎盤」と「帝王切開」でしたよね」
私)「はあ?(こいつメチャメチャ愛想悪いなあ?)」

女)「それで私どもの会社に請求がありまして…」
私)「…」
女)「ちょっとお聞きしますが…入院はご自分で決めた
   のですか?」
私)「いやあ出血したので病院へ行ったら緊急入院になり
   まして…」
女)「それまでは健康な妊婦でしたか?」
私)「初めてなんで良く分からないですが…多分そうだと
   思います」
女)「そうですか…無言」

私)「あの何か?」
女)「異常はなかったと?」
私)「何か問題でも?」
女)「…いや…確認です」

とにかく感じ悪いのですわ。ずーとボソボソ、ブツブツ…。

女)「病院に確認とってもいいですか?」
私)「何の?」
女)「診断の」

さすがに私も切れた。なんだかナチョの出産にケチを
つけられた気がしたのだ。

私)「何か問題があるなら言って下さい。病院に行って
   聞いて下さい!」
女)「分かりました…では…ブチッ」

なんとヤツは電話を切りやがったのだ。

しかしこれは後で理由が分かって愕然とする。
そういう意味じゃ、こういう会話になっても仕方がない
経緯があったのだ。


 なんと家内は突然保険に加入申し込みをしていて、
その中の「女性特有疾患」と言う特約に入っていたのだ。
しかも審査が通る関係が有りながら、偶然にも「保険適用日」
当日に入院していたのだ。

これにより2ヶ月間の入院費はもとより、お見舞金まで手に
入れる契約をしていたのだ。

 郵送の期間、審査の期間を潜り抜け、保険適用日に入院し
(たぶん掛け金も殆ど払ってない…初回分ぐらいか)、
まんまと200万円を手に入れたのだ。130万円払っても
お釣りが来るのだ。

こうなれば保険屋も「診断日がいつなのか…」非常に大切に
なるはずである。


僕は洗濯物を持って病院に行き…妻にことの経緯を話と
…一言。

「あー間に合ったんだ。なんか新聞広告に出てて…
 『なんとな?く入ろうかなあ』」って思って…。

でたーまた「なんとな?く」だ!

私はもう本当に妻には逆らわない事に決めた。


「女の勘」…いや『妻の勘』は今日も果てなく私を包み込んで
いるのだ。


終わり


こ・こ・こんな所で…( ☆_☆)


えっ(@_@)そーだったの??? こんな所で募集を……







皆様、案の定『コメントがメッキリ減って来た』ナチョパパです(T_T)

本日は会社にも行かず、一日中、外回りでした。普段こう言う業務形態ではないので、お疲れ気味ですf^_^;

さて本日は『妻の勘4』を一旦お休みし、街角の断片です。

明日から自宅パソが一時復活します(^O^)/ お楽しみに!!!

どうもこうも…それでも時間は過ぎていく^^; パソ直ってくれ!!

窓の中の風景:生活の断片


皆様 どうもナチョパパです。
なかなか返事が書けないでゴメンナサイね。

実はパソコンも思いの外 時間が掛かりそうで…正直困ってます。
因みに前回の「新しいパソコンが欲しい」って言うのは、今回のことでは
なくって、モバイル系の薄型のパソコンが欲しかった時に、
書いた文章だったので…。

今なら「何とかこのパソコンを直して、新しいカメラを…」と思うでしょうね^^

お陰さまで、風邪の方は何とか沈静化してきました。ただ…
ただ「咳」が酷く、就寝時の「咳」が特に辛くて、なかなか熟睡出来ずにいます。

何でも世界的に「新型インフルエンザ」の話で持ちきりなので…、皆様
どうか風邪にはお気をつけ下さい。



さて今回も、「妻の勘」の第三弾です。

どうか…お楽しみください。

お返事はあらためて…お書きしますから(ゴメンナサイ)




★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

★★★☆★


《前回からの続き…  カジノに会社更生法…と妻の「勘」は冴えまくり、
その度に私は「何なんだチミハ…?」と駅前社長の様に(知らない人、
多いでしょうね…トホホ 

私も本当は知らないけど?!)妻をしげしげと見つめるのである。
『金絡みの勘』が冴えまくる妻の話は今日も続く…》


 ペンネームにもなっている「ナチョパパ」が示す通り、私にはナチョと言う間もなく
5歳になる娘がいます。

まごうなき私の子なのだが「ダチョウ倶楽部のリュウちゃん」こと上島竜平に
似ていて…ちょっと将来に不安があるものの(笑)、まあもう溺愛してしまって、
デレデレパパでもあります。


「容姿はいい・・・お前はキャラで行け!」
と、今から娘の進む道を「明るく」「強く」指し示す、心優しきパパでもある訳です。


さて今でこそ元気なナチョだが、彼女が生まれる時は大変だった。
そしてただ大変なだけでなく…ここでも『妻の勘』は冴えまくるのである。





 ナチョパパは、ずーと子供が欲しかったのですが、なかなか子宝に恵まれなかった
のですね。

結婚して2年半を過ぎた頃に「検査に行こうか?」と、妻と相談している矢先…
妻の妊娠が分かり…、もう嬉しさの余り電車に乗っている見ず知らずの人に
「いや?妻が妊娠しましてね」と話し掛けたくて掛けたくて…仕方ないほど
だったんです。



初めて家内が持って帰ってきたエコー写真って言うんですか? 正直言って、
写真としては何が何だか分からない映像が映っているのですが、手帳に挟んで
待ち歩き…事有るごとに、それを出しては、嫌がる取引先だのアシスタントに見せて
…ウンザリされていた訳です(当時私に無理やり見させられた人…御免なさい)。



※このエコー写真・・・希望すれば毎回貰えるのですが、うちの子(ナチョ)は
顔が分かる頃には「大仏」にそっくりなってました。本当ドラマのように「ホノボノした
雰囲気」ではなく…

妻)「これマズクない?」
私)「うーむ…」
妻)「女って言ってたよね」
私)「うん」
妻)「何か…大仏に似てるよね」
私)「だ・い・ぶ・つ…って…」
こんな会話・・・イヤでしょ・・・。




 予定日は12月中旬…いよいよパパになる。慣れない家事にケアにと、
毎日頑張っていたある日、妻の体調が思わしくない。


そもそも妻は余り体丈夫ではなかったのですね。時おり「フラフラする?ぅ」と
突然しゃがみ込んだり、原因不明で首の付け根がが腫れて…緊急入院したりで…。

ストレスが原因で「メニエール病」また首の腫れは「多分ウィルス性のもの…
正確には切開して細胞培養しないとなんとも言えない」と…色々問題があったの
ですが、妊娠中で薬の摂取が異常に難しい。


9月のある早朝、僕は妻に「ごめ?ん」と起されたのです。僕は半分寝ぼけて
「どうしたの??」
と聞くと、妻がもの凄く冷静に
「出血した…」と。


正直、私は初めての子だったので、「出血」がどんな意味を持つか正確には分から
なかったのだけど、とにかく 「これはマズイことが起こったんだ」 ということだけが
分かる訳です。



妻はメニエール病の時の入院も、首の腫れの時の入院も、「緊急」にも拘らず
「入院の身支度」をしていてビックリさせられたのだが…今回も、いつもの妻の勘で
「完璧な身支度」が出来上がっていました。緊急なのにどうして用意が出来てるのか?
今でも不思議なんですが・・・聞くと・・・
「何となく用意していた」としか言わないのです。


とにかく僕は妻を車に乗せ、既に完璧に用意された荷物を積んで、まだ朝もやの
立ち込める街中を病院に向ったのでした。

妻は何故か「ごめんね。車汚れるかも…」と下らないことを、しきりに口にした。
「下らないこと言うな」と何度も答えて、見ると…かなり出血が酷いみたいだった。

何故かと言うと、ウチの車…内装が「黄色い皮シート」でやたらと派手なんです。
黄色い皮シートに「赤い血」これはかなり目立つ。

 「○○さん(当時、僕は自分の女房に“苗字にサン付け”で呼ばれてた…学生時代
からの友達なので)大丈夫?」と聞かれた。



 えっ何で「聞かれたのか?」って「大丈夫って聞いたんでしょ?」って…。



実は私は「血」がダメで、人間ドッグの採血で自分の抜かれる血を見て気が遠く
なった経験があって…(情けない) 大量の血を見た僕が倒れるのじゃないか?…
って心配されてしまったんです…トホホ


 僕はとにかく「冷静にならんとイカン」とステアリングを握って掛かりつけの病院に
急いだのです。

 病院の地下駐に車を止め…と思ったら、どうも興奮しているらしく、前のバンパーを
ブツケてしまった。

良く見れば軽自動車用の小さなスペースに無理やり車を突っ込んだ形になっているのだ。

 「イカン。俺が焦ってどうする。不安なのは彼女だ。俺は平然としているフリをしなければ…」

と思ったが、そこは我妻…「ニヤァ」っと笑ってる…私は再び
「イカーン立場が逆じゃー」
と急いで駐車スペースを移動しました。

 何とか救急に行くと、直ぐに車椅子に乗せられて婦人科に移動。
産婦人科では私を廊下に残して診察室に入っていってしまったのです。



約30分間、廊下の長椅子に座って待っていると「お入り下さい」と声が掛かり中に
入り医師の説明を聞くことになったのです。

何でも「前置胎盤」という状態らしい。

エキサイトブログも100万人を超えているから、お医者さんもいらっしゃると
思うので、詳しい事はその方にカキコして頂きたいのだが…なんでも…
本来「受精卵が着床するべき場所」に着床せずに、子宮口に近い所に着床して
しまったらしいのです。

はっきり言うと、今でも何を言ってるか余り分からないのだけど、
とにかく入院しなければならないらしい…しかも出産日まで。

今は9月…「ゲェーまだ3ヶ月もあるぅ?」である。

しかも入院中「一切の運動禁止」「シャンプーもダメ」「とにかく寝てろ」が治療方法らしい。
「シャンプーもかよ」と思うほど、何でも絶対安静なのである。
(※とは言うものの、週に2回椅子に座ったまま浴室に入り、看護士さんに洗って
貰っていた…部屋についてる風呂で「椅子ごとシャンプー」…凄い施設だった)


妻はそのまま車椅子に乗って病室へ。私は入院手続きに。


ただ良かったのは、この病院…「聖路加病院の産婦人科」は「完全個室」で一部屋
(これは超デラックスルームで広さが倍…差額ベッド代1日4万円)を除いて、
みんな完全な個室なんです。

ノーマルの部屋の広さは…15畳くらい。応接セットとトイレ、風呂が付いていて、
有線放送ラジオ、テレビ…そして何とルームサービスまである。

しかも旦那さんは24時間面会可能なんです。


毎日毎日…本当に毎日通いました。
平日は仕事があるので夜8:00?12:00まで。朝は7:30頃行って8:10までいて
病院から出社。休日は朝10:00?夜9:00まで。

妻は本当に24時間点滴につながれて…最後の方は、もう針を挿す所が無くなって
…手の甲から点滴してました。



私は知らなかったのですが、健康な出産の場合…妊娠は「病気じゃない」と言うことで、
保険が利かないんですね? 知ってました? 住んでいる場所によって、多少の差は
有るのですが、自治体から「出産手当(約30万円くらい)」が出るので本人の実質的
負担は大した事無いのですが…。


妻の場合「前置胎盤」「帝王切開」ということなので、保険が利くのです。


それでも、やはり何だかんだで病院に払う金は130万…(途中からデラックスルームに
入った為)。何度も言いますが、サラリーマンに130万はデカイ。

しかしこと今回のことに関しては、妻と子の生命が掛かってますから…
金には替えられん!! とナチョパパは「なけなしの貯金」を引き出しに行きました。



妻は医師から「2700グラムになったからもう大丈夫…帝王切開をします」と言われ、
予定日より3週間早い11月22日 無事女児(ナチョ)を出産したのであります。

えっ何「今回の妻の勘は入院の身支度か?」って……?


話はここから…。(おいおいこんなに長い「前置きかい!」)

話は次回に続くのだ?!

皆様に感謝しています^^ LOVE

フロントガラス越しの・・・断片

いつもお越しくださる皆様へ

キラジージさん atachiさん 3rdkさん hanamachi♪さん toshiさん 
wanwanmaruさん kabo-panさん けんちゃんママさん 海さん y0kihiさん
空蝉さん kazahana297さん ぴーさん  Mahalo5656さん シーちゃん 他皆様へ

(順不同-アミダくじを作って(本当)、下に名前、上に番号を書き出てきた
 順番で書きました。感謝の気持ちは一緒です^^)

いつも書き込み有難うございます。
本日11月3日~11月8日までのコメントに返信致しました。お時間のある時にでも
お読み下さい。

追って以後のコメントにも返信いたしますので・・・もう少しお待ち下さい^^

 

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★

《前回からの続き…『妻の勘』には勝てないと思いつつ日々を過ごすナチョパパ。
 その凄まじい『勘』の兆候は新婚旅行から発揮された。
 今日もその一端を披露するのである》



 人それぞれだと思うのだけど、「割引」とか「バーゲン」とか「お得」とかいう
言葉に基本的に弱いタイプと、そう言う事に殆ど興味をそそらないタイプが有る
としたら、僕は完全に後者で、妻は完璧に前者なのです。

 例えばそろそろ無くなる洗濯洗剤を買う場合、私は買い物ついでに買ってしまう
のだけど、妻の場合は「明後日(火曜日)はスタンプが二倍貰える日だから…
火曜日に来よう」とか、デリバリーのピザに付いてくる「シールを50枚集めて
お皿を貰おうキャンペーン」(大した皿では無いですよ。何か安っぽい皿なんです)
とか言うと、ひたすら台紙にシールを集めたり…する訳です。

 妻のこういう面、嫌いじゃないのだけど(のろけか!(笑))、僕はこう言う事が
全く出来ないので、時たま思わぬ良い物をポイントで取ってきたりすると無条件で
「偉い!」と褒めちゃう訳です。


 えっと知らない人が多いと思いますが、僕と妻は服屋なんですね。服屋で服の
デザインをしているのですが…皆さんが「デザイナー」からイメージされる仕事と、
実際の仕事はかなり違っていて、完全な季節労働者みたいな感じなんですね。


 つまり忙しい時期と比較的暇な時の差が極端なんです。だから暇になると
「貴重!貴重!」となるべく有意義に過ごそうと思う訳です。有意義に過ごそうと
すると時間の過ごし方として「旅行」ってのが俄然ランクインしてくる訳です。

 





 そんなある日、「顎付き」(食事つき)「足つき(旅費向こう持ち)」
「ギャラつき」というとてつもない話が舞い込んできたのです。
とある大手広告代理店から「コマーシャルに出ませんか?」というお話だったのです。

話はこうです。

彼女と彼女のお母さん(つまり僕の姑)で、とあるテーマパークのCMに出ないか?と
言う話なのです。

 既に絵コンテも決まっていてコマーシャルに使われるBGMまで決まっているのです。
まあ、その広告会社の人の熱心な誘いに姑は「仕方ないわね」という感じで応じている
のですが、妻の方は頑として首を縦に振らないのである。

芸能人ではないので出演料も大した事無いのだが「200万円」 前回も書いたのですが、
サラリーマンにとって200万円は大金ではないか! 僕はなぜ「クーポン大好きな妻」が
断るのか全く分からないのである。

春のヤマザキパン祭大好きな妻が、割引大好きな妻が、もう石のような意志なのである。


妻がこうなると…もう何があっても動かない事を僕は知っている。
広告会社も超一流。絵コンテ(生まれてはじめて見た)も悪くない。条件だって良いじゃないか。

「一体何が不満なのだ」…口には出さないものの、これは帰宅してから説得しようと
思った訳です(PCも新しい機種が欲しかったのですぅ?)。

しかし家に帰っても妻は頑として首を立てに振らない。理由を聞いても

「なんとなく嫌だ」

としか言わない…話が僕に来たのならともかく、話が来たのはあくまでも「妻」。

まさか自分の趣味だけに使うPCを買いたいと言う理由だけで、嫌がる妻を無理やりCMに
引きずり出す事も出来ずに…返事を先延ばしにしている間に、この話は流れてしまった。





6ヶ月後…





そのテーマパークが破綻。その処理として会社更生法適用。



妻曰く、





「なーんとなーく嫌だったんだよねー」





僕は妻に隠し事はしないことに決めた。


『妻の勘』はまだ続くのだ。

皆さんに有り難う…そしてごめんなさい



相変わらず家でパソコンが使えないナチョパパです。

皆さん本当に書き込み有り難うございます^^
本当なら「まずお返事」を書かないといけないのですが、
如何せん会社のパソコンで長時間の「私用使用」が出来ないので
なかなか返事が書けません。

こうして皆が段々来なくなってしまうのが、一番怖いのですが
…壊れたパソコン&立て込んでる仕事を恨むも…対策が無く…

本日は皆様の書き込みはきちんと読んでいます&お返事が
書けなくてごめんなさいが言いたくて…更新しました。
以下文章は以前書いたものから、修正、過筆してお送りします。

皆さん本当に  







見捨てないで…(懇願泣)





★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆
妻の勘…その1
★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

 僕はきっと一生「浮気」しないなあ~と思うのです。
誤解の無いようにもう少し詳しく書くと、「浮気願望」も基本的に無い上に、
妻の「勘」の前には隠し事もシオシオのパーになると言うのが分かっているからです。
 
今日はそんなお話です。


 私は「ミステリアスな男」とか「危険な男」って言うのに、
もの凄く憧れちゃう訳です。

「俺に触ったら火傷するぜぇ」とか
「俺かい? 昔、人は俺を『剃刀〈カミソリ〉のナチョパパ』
 と呼んだものだぜぇ」とか
(もちろん“ナチョパパ”はペンネームなので本名でね)
「お前はもう既に死んでいる」(これじゃアニメか!?)
とまあ…出来ればこう言う渋い感じ→危険な香り→ミステリアスな感じ
=ナチョパパ(?)に憧れていた訳です。



 ところが気付くと実際には
「パパ今日嫌な事あったでしょう?」とか
「パパ何か今日はウキウキだね」とか…
もう心の動き一つもぜーんぶ読まれちゃっている感じなんです(もう「パパ」
って呼ばれてる時点で『ダメ』って感じもするのですけど…トホホ)。

 ここでも誤解のないように言っておきたいのですが、これでも結婚前は
結構いい線(自分では)行っていた(と思う)のですが、もう結婚してからは…
全然ダメ。

お手上げです。

なんて言うか…妻の「勘」ってヤツに白旗を揚げざるを得ない…と諦めの境地なんです。




アレは新婚旅行の時でした。私ら夫婦は「言葉の不自由が無い」と言うことに
プライオリティーを置いて旅行先を「ニューカレドニア」に決めました。

それと旅行先では「なーんもせん」って言うのが二人の決め事みたいなものでした。

皆、結婚式をされた方はそうだと思いますが、本当に結婚式ってパワーいるじゃない
ですか? その準備で心身共に疲弊しきっていた二人は、観光地巡りとか、
ラブリートロッコに乗って島一周とかそう言う事はしないと決めて、ニューカレドニアに
入った訳です。

ただ結婚式に来て下さった方々に「サンクスレターを書こう」と決めていたので、
新婚初夜(これは成田空港そばのホテル)から、新婚ムードそっちのけでひたすら
カードを書き捲くっていたのです。

総勢お客様だけで540人分。当日は雑誌社、新聞社から取材も来ていたので、
関わった人達も含めると…約600人弱。「今日は有難うございました」と書くだけでも…
いや住所を書くだけでも地獄のような新婚初夜だったのです。

「いや~ん あなた チュ~」とか
「愛してるよぉ~ また ブチュ~」とか
そんなことは無くって、
「何枚終わった?」とか
「げぇーこの人 来ていたか分からなーい(汗)」とか
「10分たったら起こしてね(ちょい寝)」とか
本当に大変だったのです。

根性持ちの妻はそれでも自分の分のノルマを済ませ(お礼状を“ノルマ”言うな!)、
ホテルのコンセルジュに約300枚の礼状を渡し無事 朝を迎えたのですが、
遅筆の私は200枚でタイムアップ。後の100枚をニューカレドニアから出すと決めて、
いざ飛行機乗り込んだのでした。

オーバーな話じゃなく飛行機の中でも30枚ぐらい書いたのですが、
ほぼ徹夜と言うことと「プチ腱鞘炎」状態になってしまい、残り70枚は滞在中に書く!
とニューカレドニアの青い空の下に到着するに至ったのでした。

日本からこの日の為に持ってきた沢山の本(12冊)を、片っ端から読んで…
正に「ナチョパパの理想のバカンス」を過ごしたのですが、頭の片隅には
「あと残り70枚のサンクスレターはどーするんじゃ!」と誰かの囁き。
「いっそ止めてしまえ!そのサンクスレター」と悪魔の囁き…。

うじうじ逃げていても始らないのと、迫り来る帰国日…と言うことで、
いよいよ明日帰国と言う日に書き始めたのでありました。

書いてる間、暇なのは「妻」。実は彼女…昨日から「カジノ行こう…出る気がする」
と言い続けている。元々彼女は「競馬」「麻雀」と大の賭け事大好き派で、
フランス在住中も「カジノ」に目が無いかったのです。

私は「おう行って来い 行って来い」と妻を送り出し…ひたすらサンクスレターを
書いていました。

残り後、数枚…と言うこところでルームサービスを取ろうと時間を見ると
「あれもう2時間も経ってる」。妻の帰りが遅い事に気付きました。
僕はちょっとあせって「行ってみるかな」と書き掛けの手紙の束をそのままに、
部屋のドアを開けた瞬間…そこに妻が。

しかも警官に寄り添われて…。

「ナ・ナ・ナ・何があったのだ!」

一瞬ポカンとしたものの、本当に口から心臓が飛び出るほどビックリしたのだが、
妻はばつが悪そうに…

「でちゃった…」

僕は「でちゃった?」と彼女が何を言っているのか分からなくって…警官に
「どうしたの?」と聞くと「大きな賞金を得たからボディーガードしてきた」と
言うことだったのだ。

僕は「幾ら?」と聞くと彼女が「約100万円」

まあカジノだから「ウン億円」とか「ウン千万円」でも可笑しくないのだけど、
それでもサラリーマンにとっての100万円は大きい。この新婚旅行の経費を丸々稼いで
きたのだから。

「やったー」と叫んで警官にチップを上げて妻の賭才に感謝したのでした。

妻の一言「何か出る気がしたんだなあ~」



この後も『妻の勘』は第二部へと続くのであった。



皆さんへ


ご心配いただき有り難うございますm(__)m

久々に辛い体調不良で、ちょっと参っています。

沢山書き込み下さっているのに、お返事できなくてゴメンナサイ


治り次第、皆様の所にお邪魔しますm(__)m

久々に会社を休んだナチョパパでした(;´・`)

パソコンも壊れ…私も壊れ…


以前にもお話ししましたが、平熱が35.4℃とか35.5℃の私は…37℃を越えるとシオシオで(´~`;)

体の節々がギィーギィーと音を立てています( ̄▽ ̄;)

パソコンは『カリカリ』僕は『ギィーギィー』…財布は『キュウキュウ』

洒落も冴えないナチョパパでした。

カリカリ…カリカリ

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆



★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

すいません…忙しい上にパソコンが壊れまして、今も会社から更新しています。
一週間ぐらい前から、パームレストと言うのですか? パソコンを打つ時に左手を乗せる
部分から…

カリカリという不規則な『微振動を伴う異音』がしてまして、昨夜はついに…写真をフォルダに
移している途中で、真っ青な画面になったかと思うと…白い文字の羅列が…。

今週 忙しいので更新できない事もあるので…この際NECに修理に出してしまおうと
思います。

大変申し訳ないのですが…しばらくお休みかも知れません。

休み時間を利用して、なるべく皆様の所にお邪魔しまするようにします…(悲)


皆様 しばらく…のお別れです^^/

あのぉ~味覚にしますぅ・・・しかも・・・イッヒヒ




コレクションの断片 ~これも関係ないけど(*^▽^*)…エヘヘ~

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★

えっと・・・予告では本日『視覚』をサードセンスにしていたのですが・・・文章が間に合わなくて
(*^▽^*)…エヘヘ スイマセン

しかもちょっと、仕事が立込んでまして・・・(突然予定外の仕事が入りまして)、もしかしたら
しばらく更新が出来ないかも知れません・・・ゴメンナサイ。

今日の文章も、かつて発表したものを修正、削除、加筆してお届けします^^
先ほども言いましたが、本来は『視覚』だったのですが、今回『味覚』です。

★★★★★★☆★★★★★★☆★★★★★★★★★★★☆★★★★★★☆★★★★★

私が幼い頃は「モーレツ」と言う言葉が流行るほど、サラリーマンは・・・いや日本全体が
日本経済を支えようと、必死になっていた時代で、どうしても『日常の話』の中に
なかか父の話が出て来ません・・・(苦笑) もちろん母子家庭とか…そういう事では無く
単純に『モーレツ』に働いていた父とのコミュニケーションが極端に無かったからです。

そうそんな時代のお話です^^

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★

「物心がつくのって、一体何歳ぐらいだろう?」とフッと思ったのですね。

「物心」が「記憶」と同義語なら、僕は幼稚園の年少組の時まで比較的リアルに思い出すことが出来ます。ただそれも場合によっては「刷り込み(心理学だか精神医学だかの用語だと思うのですが)」という場合もあるみたいなのだけど。
※【刷り込み】…実際に記憶がある訳ではなく、何度も繰り返し 聞かされた話や伝聞された事象が、自分の実体験として認知され記憶として認識されてしまうこと。実際には経験したこと事が無いにも関わらず、記憶として残ってしまう現象。植え付けられた記憶。これは人間に限らず、生まれたばかりの雛が 一番最初に目にした生き物を親と思い込む習性がありますが、これも刷り込みです。



僕の記憶の中の父は、物心ついた時から運転手さんがいて、黒塗りがいつも朝になると迎えに来て会社に行く…、そんなイメージなんですね。 僕自身もお金に何の不自由も無く育ったし…(実際不自由をした覚えは無い)と思っていたの
ですが、大人になってから母親に聞いた話ではそうでもなかったらしいのです。



会社の経営をしている父にも、かなり苦労した時代があって、本当に安定したのは私が小学校3.4年生だった…と聞いて、ちょっとビックリしたのです。


それでこの話をするのですが…当時(多分小学校1.2年生)、東京に「高級パン屋さん」なるものが誕生しました。
 
正確にはもっと前からあったのかも知れませんが、僕の育った生活圏内ではその頃に初めて「アンデルセン」というパン屋さんが出来たのです。 もちろんそれまで「パンを食べたことが無い」訳ではありません。 それまでのパン屋さんと言うのは「ヤマザキ」とか「きむらや」とか大量生産されたパンが一般的だったのです。

そこにいわゆる「調理パン」とか「お店で焼き上げるパン」という形態の店が出来たわけです。



正直一体、幾らぐらい(価格)のパンだったのか、すっかり忘れて しまったのですが、多分想像では食パン一斤100円とか120円の時代にクロワッサン1個80円とか、グラタンパン1個100円とか…そんな感じだったのではないでしょうか?

当時のウチの経済的状況がどんな状況だったのか、正確に知ることは出来ませんが、とにかくパン1個に100円を払える状況ではなかったようです。
そりゃそうです。食パン一斤100円の時代に高級パン1個100円。 パン一斤なら兄弟で食べられますが、3人兄弟の全員1個づつでも300円。食パンなら3斤も買える計算になるのです。



そんなある日、近所に警察高級官僚のご家族が引っ越してきて、たまたまそちら二人の子供が、僕と妹の同級生として転校してきたのです。親も子供も、本当に自然と仲良くなって、言わば「家族ぐるみ」的なお付き合いが始まった
わけです。

何度かその家に遊びにいく内に、お菓子の時間になると、例の「アンデルセンのパン」は大きなお皿に山盛りで出るのです。 「さあどうぞ!好きなのを取りなさい」って感じで^^

家に帰って「そのパンがいかに美味しくて…」話をする訳です。

すると母が「じゃあお母さんが日曜日に作ってあげる」って感じで、作ってくれるのです。
「そうそうこの味この味ぃー!」
と妹と僕は喜んで食べたのですが、どう考えても買った方が簡単なんです。だって粉だらけになって母親が作っているのですから。だから言った訳です。

「でもさあそこのお店に行くと売ってるよ」

すると母はニッコリ笑って、「ままはパン屋さんに負けないぞ」って言うので、
僕も「確かにそうだ」と思ってその場は過ぎたのです。







先日、久しぶりに実家に帰ったのですが、もう「おばあちゃん」と言う立場になった母がナチョに「幼稚園楽しい?」って聞いたんです。
ナチョが「うん」と答え、母が「何してるときが楽しいの?」と聞くと「ママが作ってくれたお弁当食べている時」って言ったんです。

すると母が家内に「○○ちゃん偉いわね、忙しいのに…お弁当まで作って」と家内に言ったので、僕は「そー言えば…」という感じで…
『子供の時、良くパンを作ってくれたよね』って言ったんです。

『買えば良かったのに、あれも愛情だったのね』と言ったら 母が笑って、

「違うのよ。愛情も勿論あったけど、あの時は買えなかったのよ。 当時は凄く高かったし…とてもとても買えなかったのよ」
と言うのです。


正直僕はビックリしました。


刷り込みじゃなないですが、僕の中の父も家も昔から比較的裕福と言うか、安定していると言うか…たかがパンが買えないような時代があった なんて思ってもみなかったからです。


料理の先生でもあった母が、結婚し育児の為に仕事を辞め、必死に育てていた時代の、日本の何処にでもある家庭の話かも知れません。
でも僕はリアルにこの時作ってもらったパンの味を思い出せるのです・・・ただそれもイメージが先行して(苦笑)、本当はそんに美味しくなかったかも知れませんが・・・(*^▽^*)…エヘヘ







最後に…










母に言ったんです。

「あーそーだったんだ…知らなかった。じゃ俺は本当に幸せ  だったんだな。単純に手作り喜んでいたもん」って言ったら、

母が
「私の方が幸せだったかもよ。作ったパンを一生懸命3人の子供が「美味しい美味しい」って食べてくれたんものね^^』
と言われました。



子持ちになった今は母の気持ちが少し分ります。






番外編(写真追加)

開演前のショー会場の断片~まったく文章と関係ないけど~


皆さんおはようございます^^ 
実は本日、予定では視覚~サードセンス~編をお送りしようと
思っていたのですが、いつもコメントを下さるキラジージさんの
オンラインアルバムで、盛岡城址公園の紅葉の写真を拝見して
私のこの地の思い出話を描くことにしました…^^

勝手にゴメンナサイ

しかも…その内容は、以前私が使っていたサイトで一度書いた物を
編集・修正・過筆してお届けします。
以前、私はオードバイにテントを積んで、旅をしていた時のことを連載で
書いていたのですね。その話を一話だけ抜粋したので、若干辻褄が
合わない所があるかも知れないのですが…
出来る限り分かりやすいように、修正します。

時は私が二十歳代前半の話です。
キラジージさんのサイトをご覧になって下さいませ。
キラジージさん そこところ宜しくお願いしますエヘヘ

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆

旅に出よう:不審者 編

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆
《バイクで東北一週をしていたナチョパパ。ところが仙台で神社に
テントを張って寝ていたら…ぬかるんだ地面にバイクのスタンドが
めり込み、僕はバイクを倒してしまったのです。
おりしも…休日と言う事からバイクを修理できず、本来なら旅立つ
予定が仙台に宿泊しなければならなくなっていたのです。

こうなれば仕方が無いと仙台に泊まり…七夕&牛タンを堪能する
ナチョパパであった》

               ★

いやあ仙台の七夕は本当に凄い。
とにかく『笹の葉ぁ~さ~らさら~』なんて大きさの笹飾りでは
なくて、「ドドーン」って感じでアーケードの天井から垂れ下がって
いるのです。

それも(多分)商店街のチームみたいのがあって、競うように色々な
意匠を凝らしているので、それをみるだけで楽しいのです。

七夕生まれの私としては、なんだか自分の誕生日を祝ってくれている
ような、図々しい思いで七夕鑑賞をしたのでありました。

そして牛タン。

今と違って、当時の僕はお酒が少しは飲めたから、ビール片手に
食いも食ったりの牛タン三昧。本当においしい。特に牛タンに付いて
くる『唐辛子の味噌漬』みたいなものがあるのだけど、これがまた
美味しい。仙台に行った事の無い人には是非お勧めです。

               ★
散々七夕を観光し、食べる物も堪能し、この時宿泊した友人セン君の
下宿先の管理人…大オババとオババの好物と 聞いていた『水羊羹』
なんぞを買って下宿に戻り、一晩を過ごした
ナチョパパとセン君。

私もセン君も、お風呂を借りた辺りから正体が怪しくなり…
10:00p.m.には就寝。
その夜もまたボーソーゾクの轟音に悩まされたのですが、昨夜とは
違い夜中の1:00には解散した模様で、ボーソーゾクが解散になった
1:00a.m.には泥のように深い眠りに落ちたのでありました。



翌日バイク屋に電話すると、既に部品の発注をしてくれていて
部品の確保は完了していたのだが、バイク屋のお兄さん曰く…
部品の到着は明日になるから、それだったら自分で部品センターに
取りに行ったらどうだ? と…。

部品センターの場所を地図で確認すると、今から向かう土地…
そうセン君の実家がある一ノ関に行く道すがらなのである。
「そうします」と言うことで、北に進路を取り…部品センターを
経由して、無事壊れた部分を修理して、意気揚揚と
一路「一ノ関」に向かうのでありました。


















               ★

 一関市は岩手県の南端、宮城県・秋田県との県境に位置し、
人口は約6万人強。歴史的にも平安時代「藤原三代」という輝かしい
黄金期があり、今でも「平泉」には中尊寺金色堂などの旧跡名所が
残り、観光名所化しています。
この他にも猊鼻渓という奇石名所があったり、遠野物語で有名な
民話の里があったり(ここには通称「河童寺」と言う場所があり、
その昔、寺内にある小川で、河童が川遊びをしている姿を見たという
伝説というか話が民話として残っています。
本当に小さな川なんですが、場所柄想像をかきたてられる
風光明媚な所です)…観光には事欠かない場所なので、
もしこの夏「どこか行こうかなあ」と思ってる方は、是非「一関市」
を候補地として頂ければ、楽しめること請け合いです。



(なんか観光協会の人のようになってしまったなあ…)
参考HP
http://www.sukima.com/12_touhoku00_04/01toono.htm
http://www.sukima.com/12_touhoku00_04/07joukenji.htm




ここ一関〈イチノセキ〉はセン君の実家もあるので、そこですっかり
お世話になってしまいました。この二日間でのんびりしちゃった
ナチョパパはこの旅の本来の目的である
『さすらいのナチョパパ』
『単車一人旅…夜霧にむせぶ旅姿』
とかそーゆー世界から、とーく離れて…

『快適極楽名産特産摂取しまくり』とか
『ふかふかお布団快適お風呂三昧』とか
そういう状態になってしまっていたのですね。

セン君とセン君のお母さんに見送られて、一関を後にしたので
ありました。


               ★

本来ならバイク一人旅…朝早くとは言わないまでも、午前中に
セン君の家を出発すれば良いのですが、あまりの居心地の良さに
(単に図々しいだけか?)午後の二時頃の出発になってしまいまして、
とほほ…どうしても昨日訪れた「遠野」をもう一度走りたくなって
しまったんですね。

まず圧倒的に人工物が少ない環境…仙台までは基本的に東京と何ら
変わらない感がずっとありまして…遠野に来た時に初めて今回の旅で
「あー日本の原風景だろうなあ」と思えるような感じだったのです。

因みにセン君の家を拠点に行動した時は、セン君の家の車で行動して
いたので、そこはバイク乗り。
「あの景色を単車で走ってみたい」
と言う欲求がふつふつと沸いて参りまして、ちょっと寄り道になって
しまうのですが、盛岡に向かう前に遠野によってからする経路を
選んだんです。


修理を完璧にしたバイクは、ついでにエンジンオイルも取り替えて
いたので、すこぶる快適でした。遠野に近づくにつれ道の勾配も
きつくなり片側一車線のワインディング(曲がりくねった道)。

すれ違う車も殆ど無く…20分に一台くらいかなあ…もちろん視界の
中に人影なんて全く無いのです。
そして走る道には、両脇に鬱蒼と茂る山の木々の作る影で
バイクで走る僕には道がまるで「ゼブラ柄」というか「トラ柄」
というか…
影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→
影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→
影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→影→日向→
と繰り返される濃淡の連続なんです。

これをしばらく続けていると、カーブにあわせて左右にバイクを
傾けるリズムと、影の織り成す道路の濃淡で…ちょっとした
トランス状態(「無の境地」の方が近いか?)になるんです。

これを一度味わってしまうと…もうバイクを降りる(バイクに乗るの
を止めること)が出来なくなると思います。

その時ヘルメットの視界にフッと人影が入り込んだ気がしたのです。
僕はとっさにオートバイを減速して路肩にオートバイを止めたの
ですが、後ろを振り返ってみても人っ子一人いない…山の中。

夏の日差しをまともに受けてテラテラと照り返すアスファルトには
蝉の声と木々の陰だけ…。

「気のせいか…」と再び走り出し、いくつかのカーブを抜けて山道を
駆け抜けようとした途端、「あっ」っと、また再び「人影」が見えて、
大きなカーブの手前で急停止!!

ヘルメット(私がかぶっているタイプはフルフェイスと言われている
物で、頭頂部から顎まで隠れるタイプです。一般的にレーサーなんか
かぶっている物を想像して貰えれば良いと思います)からの視界は
本当に狭くて…慣れれば何とも無いのですが…横への視界が大変悪い。

もちろん首ごとというか、頭ごと左右を向けば何とも無いのですが、
目だけで横を見ても、ヘルメットの厚みで視界が0に等しいのです。
例えるなら、子供の時に使った「水中眼鏡(左右が一繋がりになった
もの)」を想像していただけるとありがたい。

大きなカーブの手前で急停止した後、バイクを路肩に止めエンジンを
切ると再び蝉の声と、照りつける太陽だけで…あとは風の音だけ。
もちろんこんな山の中に人っ子一人いません。
染み入るような夏の日差しの中、大きなカーブの先を見てみると
そこには道を2/3ほどふさぐ形で木が倒れてる。

あのままの速度でカーブに入っていたら、止まることは出来ずに
そのまま倒木に激突していたことは想像に難しくありませんでした。


この時、私は昨日話に聞いた「座敷童子<ザシキワラシ>」の話を
思い出してしまった。 子供には見えて大人になると見えなくなって
しまう昔話にでてくる妖怪(おばけ)の話です。

もちろん当時も私はいい大人でしたから、そんな「座敷わらし」の話
は何も関係ないのですが、なんだか「民話の里」に妙に惹きつけられた
事と、こじ付けかも知れないのだけど「交通事故で死んだアニキ」が
守っていたりして…なんて思ったりもしました。






そんな事もありながら無事、遠野を通って盛岡に入った時には夕刻。
辺りはすっかり暗くなり始めていました。
何はともあれ今日からは本格的に「ナチョパパ一人旅」状態です。
まずは今夜の寝床を探さなくてはいけません。

散々市内を走り回ったのですが、「ここ!」と言う所をなかなか
見つけられず…参ったと大きな一級河川沿いにバイクを走らせて
いると…なんとまあ大きな(本当に広い)公園らしき広場に出ました。

辺りはすっかり暗くなっていますし、そこがどういう場所か
良く分からないのですが、どうやら草野球場なら3、4面取れそうな
ほど広い空き地なのです。

地面も土!
グッド

しかも平ら!!
ベター!!

町にも近い!!!(夕飯の用意をする為に買出しに便利)
ベスト!!!


さすがに2度目のテント張り…早い早い…正味7分。
バイクを公園の入り口に止めて(コンクリートの上)、買ってきた
ソーセージを炒め、野菜も炒め、ちゃッちゃと料理し食べ終わると
近くの水道で食器を洗い…仙台で買った本を読みながら…爆睡。

今夜は晴れているので蚊取り線香をメッシュのカバーで覆われた
テント入り口に吊るして…蚊もいない快適な眠りについたのでした。









翌朝














なにやら












ざわざわとした音で目が覚めた。


遠い記憶のどこからか聞こえて来るような…ざわめき。
Tシャツとトランクスの下着姿で…ちょろっとテントの出入り口から
外を見ても何かが邪魔して良く見えない。

メガネを掛け改めて大きく蚊除けのメッシュの入り口のファスナーを
下げると…そこには…





























なんと何百と言う





















小学生がラジオ体操をしているではないか!


げぇー

市内の子供達のラジオ体操の会場になっていたのだ。
子供達の「ぎゃ-」とか「おぉー」とかの歓喜の声に慌ててファスナー
を閉めて、ズボンを履き再び外に出ると、どうやらテントを張った
場所が「ラジオ体操の会場のほぼど真ん中」だったらしく…、

テントを中心に・・・・・・・・・・・・・・・・・

子供、子供、大人、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、大人、テント、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、大人、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、大人、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、
子供、子供、子供、大人、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、子供、

近くにいた引率している大人に事情を話したところ、


「あなたも一緒にどーですか? ラジオ体操…」





私はすぐさまOKして、子供たちにまみれてラジオ体操しましたよ。
警察に電話されないだけでもマシなのですから。
想像してください。
大勢の子供の真中にテントを張って、その横にTシャツに単パン
(下着ではない)の裸足の男がラジオ体操をする図を!!



「正に不審者である」



こうして私の本格的な一人旅は始まったのでした。


嗅覚~セカンド センス~

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★
コレクションの断片・・・中継車


まずは・・・昨日の「ローソン」のお話に沢山のご意見を頂戴し、誠に有難うございました。
ブログとは言え、物凄くパーソナルな内容だったので、たかがローソンの・・・と言う意見も
覚悟していたのですが^^ 

y0kihiさんのコメントでハッとしたんですが、このローソンに通い始めて5年間・・・
考えてみるとスタッフさん(初め5人で最近は8人)が増える事はあっても、誰一人居なく
ならなかった・・・って言うのはやはり珍しいですよね。

昨日も書きましたが、オフィス街にある為に大変繁盛しているコンビニだったのですが、
(その代わり日曜日は少なかった)何故か今日はガラガラで・・・実は僕も(贔屓目もあるの
ですが)違う所で買おうかな~って思うほど、無愛想な店員だったので、他のお客さんも
同じ事を考えたかも知れません。

前の店員さん達、決して必要以上に馴れなれしく無かったのですが・・・丁度いい距離感が
心地良かっただけに、何度考えても残念です。

今日は家内とナチョを迎えに行った後、アレだけベテランのスタッフが揃っていたんだから
アルバイトだとしたら・・・この近所のローソンに移ってる可能性もある! と近くの別の
ローソンをちょっと遠回りして覗き込んだりしました。

結局いなかったので、ドラマティックな状況にはならなかったのですが(苦笑)、家内が
「これじゃストーカーだね^^」と言うことで、またいつか何処かのコンビニで会えると期待
して、ストーカー行為は止める事に(笑) しました^^

コンビニの話にコメントくださって皆様 有難う御座いました^^

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★
以前に「嗅覚」に関するコメントで、香水の話をしました。
『オヤジ臭こと加齢臭の回避として・・・』みたいな話です^^


ところで一般に『匂い』と言うと臭い物をイメージして、『香り』と言うと芳香を
イメージしませんか? 

これは僕の勝手な思い込みかも知れませんが、この二つ『匂い』と『香り』は
僕ら人間にとってはどちらも生理的な反応で、(匂いの)良いも悪いも生理的な
反応はなんら変らないのです。
鼻腔から吸引した香りの成分が、鼻の粘膜に付着して、そこで起こる化学変化が
匂いとして認識させる訳です。

ただこの変化は変化の仕方で『良い悪い』が決まる物ではなく、受けたその変化を
脳の中で『これは臭いとかつて分析したな』とか『これは良い匂いだと認識してるな』
と・・・殆んど自分の経験において分析した結果に基づいて、分類しなおすんです。
(※ですから赤ちゃんは匂いを嗅ぎ分けることが、殆んど出来ない上に『臭い』と
言う概念が無いらしいです^^)

ただ生物としては『腐敗した物を食べない為』に腐敗臭については、経験より
刻み込まれたDNAが腐敗臭を好まない・・・と言う説も有ります。

ですから、鼻腔の中の化学変化が同じでも、ある人にとっては『芳香』であり、
ある人には『悪臭』だったりする事が起こります。

納豆やブルーチーズは良い例ですね。人によっては匂いだけで涎が出る・・・と言う
こともあれば、これだけは『食えん!』と言う人もいるのです。



さてその香りですが、一般に香水などは調香師と言われる人たちがいます。
この人たちは、普通の人が100種類ぐらいしか嗅ぎ分けられないとしたら、その
何倍もの微妙な香りを嗅ぎ分けるのですね。

簡単に例を挙げると、東京の土の匂いと神戸の土の匂いを、きちんと嗅ぎ分ける。
僕らにとっては、全く変らないこの『土の匂い』も、現実にはその土の構成物質で
微妙に違うらしいのです。

この調香師・・・パフューマーとも言われるのですが、この中でも世界に20人しか
存在しない『鼻【ね】』と言う称号を持つ人達がいます。本当に神の様な能力の
持ち主で、いかなる繊細な匂いも嗅ぎ分けることが出来るといいます。

嗅ぎ分けると言うことは、その匂いを再現できると言うことに、限りなく近づく
らしいのです。


例えば薔薇だの、レモンだのの芳香だけを集めて混ぜても、決して良い香りには
なら無いらしいのです。それは例えが何色もの絵の具を混ぜていくと、最後は
限りなく黒に近いグレーになってしま様なもので、芳香に幾つかの意外な悪臭の
元を入れ込むことで、何とも魅力的な香りになると言うのですね。

例えば、薔薇の香り、オレンジの皮に、白檀を混ぜ、最後に腐葉土とアオカビの
香りを加える事で、香水になったりすると言うわけです。

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★

今、街角で金木犀の香りがする時がありますよね^^
僕は多分マザコンと言うタイプでは無いと思うのですが、この金木犀の香りを
嗅ぐと、幼かった頃、母親と二人の妹と夕方に買い物に行った時の情景が
リアルに浮かびます。

すっかり暗くなった街角で、母親が・・・
『何か良い匂いするよね・・・これ何の匂いだ?』って聞くんです。
多分僕が小学校の2年生だったので、妹は1年生で、更にしたの妹は幼稚園の
年中さん・・・(今のナチョと同じ)だったと思います。

僕らは『知らない』と言うと、『キンモクセイと言うのよ・・・』と。

ただそれだけなんですけど^^ ですから・・・僕はこの季節になり、街角でこの
キンモクセイの香りを嗅ぐと、今では髪もすっかりグレーになってしまった母が
まだ若かった頃の笑顔も一緒に思い出せるんです^^

本当は「嗅覚の日」なんですが・・・

★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★
こんばんわ 昨日は携帯からの投稿で・・・失礼致しました。朝から本当にバタバタ
した一日で皆様の所にお伺いも出来ないまま・・・になってしまいました。

えっと、本当ならば本日は「嗅覚」のお話だったのですが、本日ちょっとした事
があったので、号外でそのことを書きます^^


神宮外苑 絵画館前の断片 ショー会場


 
実はナチョが2ヶ月の時から預けられているルーム(保育所)の建物の一階が、
テナントになってましてローソンが入っているのですね。

今でこそ幼稚園に行くと言う行動が増えてしまったので、「お迎え」の時だけに
なってしまいましたが、その当時は朝の送りの際にコーヒーを買ったり、タバコ
を買ったり、晩御飯を買う時もあったりします。

ナチョは今月の22日で5歳になるので、ほぼ5年間・・・通い続けたコンビニ「ローソン」
だったのです。

生後2ヶ月と言う時からですから、ナチョが歩き始めた時も、話が出来るように
なってきた時も、オムツが取れた時も、怪我した時も、成長と共にあったので、
朝番のスタッフとも、夜番のスタッフとも、本当に親しくしていたんですね。

ナチョは生まれて初めてバレンタインデーのチョコレートを、いつもノベルティー
をくれるお兄さんに上げたし^^ ホワイトデーには逆にプレゼントを貰ったり
して・・・。


ところが、今朝はいつもの朝番のスタッフでは無く・・・「ローソン センター」と
いうブルーの制服を着た人達がいて、本来「酒類」も置いていた場所に、
【お酒の取り扱いは廃止になりました】との貼り紙がしてあって、お店の雰囲気が
変ってしまっていたんです。

オフィス街に有る為、通勤時間帯は大変込んでいる為、スタッフに何も聞けなかった
のですが・・・今夜、お迎えの際に「あのーお酒の取り扱いはなくなったのですか?」
と聞いたんです。

答えは「はい」・・・。 そして「あのぉ~いつものスタッフの方がいらっしゃらない
ようですが・・・」と言うと、「はい、オーナーが変りまして、それに伴ってスタッフも
全員変りました」との事。

「ガーン」

5年間・・・本当に無口で「いらっしゃいませ」も大きな声でも言わない人だったのですが
決して「無愛想」とか「いい加減」な仕事じゃなく、家内もナチョも僕もタバコは
必ずここでカートン買いをする。ローソンで買える物はローソンで買う・・・ぐらい
親しくしていたお店だったのに・・・一夜にして、スタッフが一人も居なくなってしまった。

昨夜はコレクションがあった為、珍しく立ち寄れなかった。それがこんな事になるなら
最後に・・・
「色々お世話になりました」ぐらいは言いたかったんです。

誰か一人ではなくスタッフ全員を顔見知りだっただけに、ショックでした。



ナチョにその話をしたら・・・ローソンの人がルームにご挨拶に来たとか。
詳細が分らないので、明日ルームの先生に聞こうと思うのですが、いつもナチョに
クッションや人形をくれたあのスタッフの方達に、ご挨拶が出来なかったことが
妙に寂しい・・・夫婦で話した夜でした・・・。

続きはこちら...