今は知らない…1 (今日はまだ短いよ(^v^)ニコ)
2009-07-02
18歳の時、1年間だけ東京都江東区に住んだ事がある。
門前仲町と言う所で、東京在住者にとっては「下町」の認識がある場所だ。
本来は今の皇居、つまり江戸城の周りに配置された職人町を基準に「下町」を定義していったのだろうから
正確に「下町」と言って良いのかどうかは…ちょっと分からない。
当時、浪人生だったボクの住まいは、通っている予備校が管理している寮に入っていた。
その寮では400人もの浪人生が生活していたが、本来は地方から通う人の為に作られた
寮だったので、ボクのように実家が東京にある者は、一人もいなかった。
ここでの生活は、これから幾つもの話が書けるほど僕にとっては刺激的な毎日だった。
本来の目的は「希望校への合格」を目指しているのだが、ボクは結局大学には行けず専門学校に
通う事になるのだから入寮した役割としては大失敗だが、僕にとっては人生の中でも重要な位置づけに
後々なって来る。
寮の食事は最悪で、入居者の数からきちんと栄養士を置かないといけない事から、カロリーの計算が
されていたとは思うのだが、必要なカロリーを稼ぐ為に「海苔」まで揚げ物になって出てくることがあった
のだから、今考えてもゾッとする「餌」状態の食環境だったのだ。
※ちなみに寮費とか学費は目玉が出るほど高かったので、単に暴利を貪っていたのだと思う。
そんな食事に耐えきれず、ほとんど寮では食をせずに外食が多かったのも当然の帰結だ。
清澄通り沿いに「オアシス」と言う喫茶店があって、その看板には「珈琲の店 オアシス」と言う古めかしい
字体で書かれていた。
朝は8時から夜は11時まで開いている事から、何人かの予備校生が入り浸るようになるのには、
そう時間が掛らなかった。
当時、もう既に見る事がなくなっていたインベーダーゲームがあって(と言っても稼働するのは6台中
2台しか無かったが)、食事をしながらパチパチと言う音が聞こえていたのを今でも覚えている。
そこのマスターと言うか店主は60歳過ぎで、ほとんど一日中釣竿を手にして磨いたり、ルアーを
投げる真似したりして、過ごしているそんな人だった。
オーダーを取りに来て、おしぼりとお水を置くのはこのマスターの仕事だった。
実際にコーヒーを入れるのは、「イッツぁん」と呼ばれる25歳ぐらいの青年だった。
もしかしたら「イッちゃん」と呼んでいるのかも知れないが、前歯が一本ないマスターはいつも
「イッツぁん」と呼んでいて、僕らも蔭で「イッツぁん」と呼んでいた。

麻布十番にて…
門前仲町一帯は「深川」と呼ばれていて運河の町でもあった。東京湾につながる幾つもの運河が
張り巡らされているのは、江戸時代の名残だ。
実際に僕の寮も文字通り「運河の脇」に建っていて、門限を過ぎてからの行動は入寮も出寮も
この運河の脇に出られる非常口からの出入りになった。
寮監から見つからないように、門限外に出入りをするにはそれしかなかったのだ。
この一帯は時折「潮の香り」がした。きっと風向きとか、潮の満ち引きで干上がった所に
強い日差しが当たると発する強烈な「磯の香り」など…さまざまな理由があったと思うのだが、
時々冬の寒い朝、無風の状態でも磯の香りを感じる事があったから、詳しくは分からない。
仕事をしないマスターとただ黙っている「イッツぁん」が居る店は、コーヒーとナポリタンとサンドウィッチしか
無かったが、コーヒーだけは30種類ぐらいの種類があって、いくつかを除いては420円だったから…今考えると充分高い喫茶店だったのだと思う。
あー今日は終わらせようとしたのだけど…無理でした。次回完結しますので…宜しくお願い致します。
※因みに…先日から書いている「長い話」はこれではないですぅ(;^_^Aエヘヘ
門前仲町と言う所で、東京在住者にとっては「下町」の認識がある場所だ。
本来は今の皇居、つまり江戸城の周りに配置された職人町を基準に「下町」を定義していったのだろうから
正確に「下町」と言って良いのかどうかは…ちょっと分からない。
当時、浪人生だったボクの住まいは、通っている予備校が管理している寮に入っていた。
その寮では400人もの浪人生が生活していたが、本来は地方から通う人の為に作られた
寮だったので、ボクのように実家が東京にある者は、一人もいなかった。
ここでの生活は、これから幾つもの話が書けるほど僕にとっては刺激的な毎日だった。
本来の目的は「希望校への合格」を目指しているのだが、ボクは結局大学には行けず専門学校に
通う事になるのだから入寮した役割としては大失敗だが、僕にとっては人生の中でも重要な位置づけに
後々なって来る。
寮の食事は最悪で、入居者の数からきちんと栄養士を置かないといけない事から、カロリーの計算が
されていたとは思うのだが、必要なカロリーを稼ぐ為に「海苔」まで揚げ物になって出てくることがあった
のだから、今考えてもゾッとする「餌」状態の食環境だったのだ。
※ちなみに寮費とか学費は目玉が出るほど高かったので、単に暴利を貪っていたのだと思う。
そんな食事に耐えきれず、ほとんど寮では食をせずに外食が多かったのも当然の帰結だ。
清澄通り沿いに「オアシス」と言う喫茶店があって、その看板には「珈琲の店 オアシス」と言う古めかしい
字体で書かれていた。
朝は8時から夜は11時まで開いている事から、何人かの予備校生が入り浸るようになるのには、
そう時間が掛らなかった。
当時、もう既に見る事がなくなっていたインベーダーゲームがあって(と言っても稼働するのは6台中
2台しか無かったが)、食事をしながらパチパチと言う音が聞こえていたのを今でも覚えている。
そこのマスターと言うか店主は60歳過ぎで、ほとんど一日中釣竿を手にして磨いたり、ルアーを
投げる真似したりして、過ごしているそんな人だった。
オーダーを取りに来て、おしぼりとお水を置くのはこのマスターの仕事だった。
実際にコーヒーを入れるのは、「イッツぁん」と呼ばれる25歳ぐらいの青年だった。
もしかしたら「イッちゃん」と呼んでいるのかも知れないが、前歯が一本ないマスターはいつも
「イッツぁん」と呼んでいて、僕らも蔭で「イッツぁん」と呼んでいた。

麻布十番にて…
門前仲町一帯は「深川」と呼ばれていて運河の町でもあった。東京湾につながる幾つもの運河が
張り巡らされているのは、江戸時代の名残だ。
実際に僕の寮も文字通り「運河の脇」に建っていて、門限を過ぎてからの行動は入寮も出寮も
この運河の脇に出られる非常口からの出入りになった。
寮監から見つからないように、門限外に出入りをするにはそれしかなかったのだ。
この一帯は時折「潮の香り」がした。きっと風向きとか、潮の満ち引きで干上がった所に
強い日差しが当たると発する強烈な「磯の香り」など…さまざまな理由があったと思うのだが、
時々冬の寒い朝、無風の状態でも磯の香りを感じる事があったから、詳しくは分からない。
仕事をしないマスターとただ黙っている「イッツぁん」が居る店は、コーヒーとナポリタンとサンドウィッチしか
無かったが、コーヒーだけは30種類ぐらいの種類があって、いくつかを除いては420円だったから…今考えると充分高い喫茶店だったのだと思う。
あー今日は終わらせようとしたのだけど…無理でした。次回完結しますので…宜しくお願い致します。
※因みに…先日から書いている「長い話」はこれではないですぅ(;^_^Aエヘヘ
涼しい時間
2009-07-01
まずはご安心ください。まだ長い記事は出来上がっていないので(苦笑)、今日も軽めに…。
先日の「ザ・プーチン」がちょっと重い話だったので、今度は気の抜けた優しい本が読みたいと
本屋さんに行きました。「本が好き」と公言しているボクですが、tarutaruさんのブログにマルクスの
「資本論」とか、プルーストの「失われた時を求めて」なんて著書が出てくるので…マズイと(^_^;ゞエヘッ
すいません…全く読んだことがありません(;^_^Aエヘヘ
で、「失われた時を求めて」…を横目で見ながら(苦笑)、今回はエッセイを読みたいなと。
実は、「次回エッセイを読むなら…」と狙っていた作者がいるのです。
それは「博士の愛した数式」の著者「小川洋子」氏のエッセイでした。
小説は沢山の作品があるのですが、小川洋子さんのエッセイをまとまった形で読んだ事が
なかったのです。でも彼女のエッセイが極上であることは知っていました。
と言うのも、仕事で「ドマーニ」と言う女性ファッション誌を見るのですが、その雑誌に三年ぐらい、
エッセイを連載していたのです(今はもう終わってしまったのですが…)。
初めは仕事に関係のない「読物の部分」だったので、全く気にしないで飛ばして「服の写真」ばかりを
見ていたのですが、何かの拍子に読む機会があって…。
読んでみると、実に素晴らしいエッセイである事が分かりました。
幸いにして会社には過去二年分のバックナンバーがあるので、時間のある時に過去のナンバーを
引き出して読み尽したのです。
本当はこの時の連載エッセイが一冊にまとまっていたら、それが良かったのですが…残念ながら
本になっていないようなので…買ったのは、
↑これです。
ドマーニに連載されていたものとは、ちょっと違いますが…著者のナチュラルな語り口が、
やはりボクは好きで、沢山の短編が収まっているのです。
その短編をゆっくりゆったり大切に読みました。
この「犬のしっぽ…」はドマーニそれとは全く違うのですが、きっと日常を切り取るエッセイを
書くと言うのはこういう事なんだなぁ〜と思いました。
暑苦しくなく、堅苦しくない、でも芯のある…極上のエッセイとはこういうモノなのだと。
とても涼しい時間が流れているようなそんなエッセイです。

ノスタルジックカフェ 新橋にて…
そしてもう一つ…実は同じドマーニの中にもう一つ連載されているエッセイがあるのです。
元TBSのアナウンサーの雨宮塔子さんが、現在も連載している「「酸いも甘いもパリ風味」。
このエッセイも同じような雰囲気があって、質の良いエッセイだと思います。
小川洋子さんの連載が終わってしまった今、このエッセイがある事で救われます。
なかなかエッセイって難しいと思うのですが、実に軽快なリアルな空気感を文章に出来る
エッセイストなのだなぁと思います。
このエッセイにも涼しい時間が流れます。
まだ単行本にはなっていませんが…バックナンバー分が
↑となって、出ています。いずれ読んでみたいと思います。
余談になりますが、向うは覚えていないと思いますが…雨宮さんは僕の結婚式の司会をして貰いました。
あっ! だからこのエッセイを薦めているのではないですよ。
本当に単なるタレント本…だと思って中を読むと、良い意味で予想が外れます。
ほっこりとした涼しい時間が流れるのです。
是非皆様、小川洋子さん、雨宮塔子さんのエッセイ、一度お読み下さいませm(_ _)mペコリ
すいません…リコメントが遅れます。
先日の「ザ・プーチン」がちょっと重い話だったので、今度は気の抜けた優しい本が読みたいと
本屋さんに行きました。「本が好き」と公言しているボクですが、tarutaruさんのブログにマルクスの
「資本論」とか、プルーストの「失われた時を求めて」なんて著書が出てくるので…マズイと(^_^;ゞエヘッ
すいません…全く読んだことがありません(;^_^Aエヘヘ
で、「失われた時を求めて」…を横目で見ながら(苦笑)、今回はエッセイを読みたいなと。
実は、「次回エッセイを読むなら…」と狙っていた作者がいるのです。
それは「博士の愛した数式」の著者「小川洋子」氏のエッセイでした。
小説は沢山の作品があるのですが、小川洋子さんのエッセイをまとまった形で読んだ事が
なかったのです。でも彼女のエッセイが極上であることは知っていました。
と言うのも、仕事で「ドマーニ」と言う女性ファッション誌を見るのですが、その雑誌に三年ぐらい、
エッセイを連載していたのです(今はもう終わってしまったのですが…)。
初めは仕事に関係のない「読物の部分」だったので、全く気にしないで飛ばして「服の写真」ばかりを
見ていたのですが、何かの拍子に読む機会があって…。
読んでみると、実に素晴らしいエッセイである事が分かりました。
幸いにして会社には過去二年分のバックナンバーがあるので、時間のある時に過去のナンバーを
引き出して読み尽したのです。
本当はこの時の連載エッセイが一冊にまとまっていたら、それが良かったのですが…残念ながら
本になっていないようなので…買ったのは、
![]() | 犬のしっぽを撫でながら (集英社文庫) (2009/01/20) 小川 洋子 商品詳細を見る |
↑これです。
ドマーニに連載されていたものとは、ちょっと違いますが…著者のナチュラルな語り口が、
やはりボクは好きで、沢山の短編が収まっているのです。
その短編をゆっくりゆったり大切に読みました。
この「犬のしっぽ…」はドマーニそれとは全く違うのですが、きっと日常を切り取るエッセイを
書くと言うのはこういう事なんだなぁ〜と思いました。
暑苦しくなく、堅苦しくない、でも芯のある…極上のエッセイとはこういうモノなのだと。
とても涼しい時間が流れているようなそんなエッセイです。

ノスタルジックカフェ 新橋にて…
そしてもう一つ…実は同じドマーニの中にもう一つ連載されているエッセイがあるのです。
元TBSのアナウンサーの雨宮塔子さんが、現在も連載している「「酸いも甘いもパリ風味」。
このエッセイも同じような雰囲気があって、質の良いエッセイだと思います。
小川洋子さんの連載が終わってしまった今、このエッセイがある事で救われます。
なかなかエッセイって難しいと思うのですが、実に軽快なリアルな空気感を文章に出来る
エッセイストなのだなぁと思います。
このエッセイにも涼しい時間が流れます。
まだ単行本にはなっていませんが…バックナンバー分が
![]() | 金曜日のパリ (小学館文庫) (2007/02) 雨宮 塔子 商品詳細を見る |
↑となって、出ています。いずれ読んでみたいと思います。
余談になりますが、向うは覚えていないと思いますが…雨宮さんは僕の結婚式の司会をして貰いました。
あっ! だからこのエッセイを薦めているのではないですよ。
本当に単なるタレント本…だと思って中を読むと、良い意味で予想が外れます。
ほっこりとした涼しい時間が流れるのです。
是非皆様、小川洋子さん、雨宮塔子さんのエッセイ、一度お読み下さいませm(_ _)mペコリ
すいません…リコメントが遅れます。
考えちゃうよね 本当に…
2009-06-30
次の記事がちょっと長くなりそうなので...(苦笑ー多分前後編)今日はあっさり(^v^)ニコ
昨日の天気予報では、この一週間東京はずっと雨マークだったのですが、
今日は雨は降ったものの途中で晴れ間がでて、火曜日にしてもう既に外れてしまいました。
昨年、何年かぶりに新しく導入されたスーパーコンピュータも自然の前には形無しですね。
あのぉ、ここは日本ですし、政治的のネタはタブーなのかも知れませんけど、今日は触れます。
今の日本の政治の状況って本当に末期って感じがしませんか?
いや、自民党でも民主党でも皆さんが支持するのがどちらでも良いのですが、
世界が未曾有の危機と言っている時に、なんだかもう「自分の立場」だけを考えてひたすら
頓走(奔走じゃなく)しているのを見て、情けなくなって。
5月の有効求人倍率って過去最悪の状態で、派遣社員だけじゃなく、
正規社員の削減が三割にもなると言われていて、中高年の自殺者は年間に三万人にもなって...
生活保護申請者も過去最高の数に上っている。
社会保障も安全保障も国の根幹をなすべき諸問題も崩壊しているように見えるのに、
改革派を気取っていた誰とかの息子が、結局世襲するだのしないだの。
そりゃそういうことの積み重ねが大切なんだろうけど、なんか もっと高所から日本の未来を
俯瞰するような政治家って出てこないのですかね。
天下国家を語るような人が出てきませんかね?

結局、政治家の質が低いって事は、それを選んだ国民の質が低いって事でもあるので、
自分の意見が「天に唾する」って事になるのが…情けないし悲しい。
それにしても、こんな状況で一体 日本の政治は今何をしているのでしょう。
自民党とか民主党とかそういう判断は各人でなさると思いますので、どうこう言いませんけど。
でもなんだかちょっと情けないな...と。
これだけ教育の充実した、または教育の行き渡った国家なのに、それでも投票は地元の世襲に
投票するのですかね。良く解りませんけど、なんだか本当に民度も低いなっと。
きっとフランスなら高校生でも口にする「政治」のあり方を、日本は何故か黙して語らず...
なんで今日は敢えて政治ネタにしました。
党内人事...茶番だな。
それにしてもぶら下がりの記者に「やらねぇ〜と言ってんだろ!」と言った勘違い政治家。
選挙前は土下座せんばかりのお願い行脚なのに、当選しちゃうと どうしてあーも偉そうな態度に
なれるのか不思議でならない。
それでも地元じゃ投票する人が沢山いるのだろうな。。。僕には良く解らない。
昨日の天気予報では、この一週間東京はずっと雨マークだったのですが、
今日は雨は降ったものの途中で晴れ間がでて、火曜日にしてもう既に外れてしまいました。
昨年、何年かぶりに新しく導入されたスーパーコンピュータも自然の前には形無しですね。
あのぉ、ここは日本ですし、政治的のネタはタブーなのかも知れませんけど、今日は触れます。
今の日本の政治の状況って本当に末期って感じがしませんか?
いや、自民党でも民主党でも皆さんが支持するのがどちらでも良いのですが、
世界が未曾有の危機と言っている時に、なんだかもう「自分の立場」だけを考えてひたすら
頓走(奔走じゃなく)しているのを見て、情けなくなって。
5月の有効求人倍率って過去最悪の状態で、派遣社員だけじゃなく、
正規社員の削減が三割にもなると言われていて、中高年の自殺者は年間に三万人にもなって...
生活保護申請者も過去最高の数に上っている。
社会保障も安全保障も国の根幹をなすべき諸問題も崩壊しているように見えるのに、
改革派を気取っていた誰とかの息子が、結局世襲するだのしないだの。
そりゃそういうことの積み重ねが大切なんだろうけど、なんか もっと高所から日本の未来を
俯瞰するような政治家って出てこないのですかね。
天下国家を語るような人が出てきませんかね?

結局、政治家の質が低いって事は、それを選んだ国民の質が低いって事でもあるので、
自分の意見が「天に唾する」って事になるのが…情けないし悲しい。
それにしても、こんな状況で一体 日本の政治は今何をしているのでしょう。
自民党とか民主党とかそういう判断は各人でなさると思いますので、どうこう言いませんけど。
でもなんだかちょっと情けないな...と。
これだけ教育の充実した、または教育の行き渡った国家なのに、それでも投票は地元の世襲に
投票するのですかね。良く解りませんけど、なんだか本当に民度も低いなっと。
きっとフランスなら高校生でも口にする「政治」のあり方を、日本は何故か黙して語らず...
なんで今日は敢えて政治ネタにしました。
党内人事...茶番だな。
それにしてもぶら下がりの記者に「やらねぇ〜と言ってんだろ!」と言った勘違い政治家。
選挙前は土下座せんばかりのお願い行脚なのに、当選しちゃうと どうしてあーも偉そうな態度に
なれるのか不思議でならない。
それでも地元じゃ投票する人が沢山いるのだろうな。。。僕には良く解らない。
想い出は積み重なるのか通り過ぎ行くのか...
2009-06-28
やけに深遠なタイトルのブログになってしまいましたが、実はそんなに深い話ではないです(^▽^;)アセ
先日テレビを見ていまして、島田紳助さんが
「男はバカだからいつまでも過去(の女性)を引き擦って生きて行くけど、
女性はそんなことはお構いなしに「さようなら」って別れて振り向いた瞬間に、もう忘れている」
って言っていたんですね。
幸いこのブログのコメントには女性も男性もいらっしゃるので真偽はどうなのだろうと。

自分の人生を振り返って、いくつかの象徴的なシーンと言うのは確かにある訳です。
そこには過去の恋愛のワンシーンもあります。
何もそれは恋愛や女性が出てくる思い出だけではなくて、今ではすっかり偉くなってしまった
親友との「もう時効だよね」って、初めに断らないといけないシーンもある訳です(苦笑)
先日ブロガーのtomatoさんがyoutubeの動画をブログ内にリンクを貼っていて、
そこでスターダストレビューと言うバンドの「木蓮の涙」って歌を紹介していたんです。
僕、実は声が高いのでカラオケなんかでも女性ヴォーカルの歌を唄う方が圧倒的に多いのですね。
後数日で44歳なるまごうなきオジサンですから、カラオケで初めの何曲かはかろうじて
最近の歌も歌えるのですが、もう3曲を過ぎようとすると・・・いきなり「ナツメロ」状態の訳ですヾ(*°▽°)ノアハハ
最近の歌を唄おうとすると、画面に流れる歌詞を目で追いながら合わせて行く有様で...。
要は何度唄っても歌詞が頭に入らない。
そのくせ10代、20代に覚えた歌は、もう覚えてから二十年経っているのに、何年か振りに聞いても
メロディーに合わせて、自然と歌詞が口から出てくるから不思議です。
※尤も所々一番と二番の歌詞がごっちゃになっていたりする所もあるのだけど(苦笑)

僕の父は・・・いや僕らが子供の時の「父親」って、基本は「NHK」以外の番組は見ない・・・
そんな感じじゃなかったですか? 僕の父も例外じゃなくて、ニュースに始まって、「大相撲」
「大河ドラマ」「クイズ」と...まるで「受信料の元を取る!!」って宣言しているようにNHKばかり
観ていました。
まだ今のようにテレビが「一人一台」の時代じゃなく、我が家では居間にドーンと鎮座していて、
父の在宅時はチャンネル選択権は常に父に在り、有無を言わさず「父が選んだ番組」を
家族で見ていました。
ニュースはNHK以外を見ても結局も分からないし、大河ドラマはそれなりに楽しめたし、
朝は何がテレビから流れていても気にならなかったし...。
そもそもテレビってそう言うものだと思っていたので、生活上で何か問題があった訳ではなく・・・
NHK比率が以上に高い我が家でした。
でも・・・
一つだけ
どうしてもイヤだったのが・・・
ナツメロ番組でした。
歌謡番組を見ている途中に父が帰宅したりすると、露骨に「うるさいな」と小さな声を出して、
チャンネルをニュースに変えてしまう父が、一年に一度ぐらいたまたまNHKで「ナツメロ歌謡ショー」的な
番組をすると、一緒に唄うわけでもなく 黙ってじっと見ているのです。
こっちにしてみれば、おじいさんおばあさんが出てきて、古臭い歌を唄い続けるのを見ている訳で、
唯一「見ていても文句を言われない」ナイターなんかに変えようとすると「あー!」という「こら!変えるな!」的な
唸り声を上げる・・・すると僕は仕方なく すごすごと退散する訳です。
まあ まだ家庭用のビデオデッキもない時代に、オンエアのリアルタイムで見ないと、
またそういう番組が在るまでは見ることが出来なかったのですから、きっと無表情ではあったけど、
楽しんでみていたのだろうなぁ〜とは思うのですけど。
今なら見たくなった時に有りとあらゆる手段で、動画をみれるのですけどね。

スターダスト・レビューの「夢伝説」というアルバムを、なぜか僕はミュージックテープで持っていました。
もしかしたら外出中に街中の有線などで耳にして、思わずその場でレコードッショップに入り
買い求めたのかも知れない。
CDなんか無い時代ですから、街中で音楽を聴こうとすると、あらかじめレコードからカセットに録音して、
ウォークマンで聞くか、ミュージックテープを買うしか方法がなかったのです。
きっと今なら配信サイトからダウンロードして一瞬にして曲を収得できるのだろうな。
「夢伝説」はヴォーカルの根本要さんの声が高くて、ハイトーンの僕には珍しく原曲キーで歌える
「男性ヴォーカル」の歌でもありました。
その手の歌は当時かなり少なくて、当時の僕の習慣になっていた「歌える曲があったらすぐに入手」と
言う状態だったので(苦笑)、この曲を知ったらかなり早い段階で入手して持ち歩いていただろうと
想像するのです。
実はこの曲を聴くと、脳裏には自動車教習所が浮かぶのです。
川沿いにあった教習所で僕は車の運転を習っていて、教習と教習の空き時間に、脇に流れる川の土手で、
この曲をウォークマンで聴きながら、時間を潰していたのです。
そのシーンが甦ってくるのです。
特に何があった訳でもないし、他の場所でも聞いていたのに、春の夕暮れの土手でイヤホンを耳に
突っ込み、鼻歌交じりにウォークマンを聴いていた自分を思い出すのです。
車の免許を取って、かなり早い時期から「足」のように車を使うようになっても、
車のオーディオと言ったら、ラジオかカセットしかない時代ですから、このミュージックテープが伸びるほど
聴かれて・・・。
気づくと時は流れて・・・スターダスト・レビューのアルバムをレコードではなくCDで聴くようになっていた。
次にスタダスト・レビューの曲でシーンを伴うのは「stay my bleu」。
この歌の歌詞をそのまま、かつての好きだった人といた時間に重ねる事が出来るのです。
歌の歌詞通りに寸分違わずシーンが重なることが出来て、グッと来るのですね。
きっと記憶が美化しているだろうから、実際に遠くで当時の僕を見たら笑っちゃうほどヘロヘロ
なんだろうけど。
少なくとも、僕の記憶と言うのは、僕に優しいんだな。
きっと皆さんの記憶は、皆さんに優しいのと同じように。

もしかしたら・・・あの日、無口でNHKばかり見ていた父も、ナツメロを聴きながら彼の若かりし頃に
思いを馳せていたのかも知れないと思うと、それはそれでちょっと良いものだなぁ〜と思うのです。
どんな青春時代を過ごしたのか、彼が声高に話す事はないけれど、決して裕福ではなかった
父の若い時代に、そっと思いをシンクロさせているなら、それはとてもロマンティックな事だと思うから。
僕がスタレビの「stay my blue」を聞きながら思い浮かべるシーンで出てくるかつて好きだった人は、
とても良い笑顔をしている。
それは決して未練とかそう言うことではなくて、かつて好きだった人はやはり人生の中で出会った
中でも相当「素敵な人」の訳で...。悪く思ったりは。。。やはり出来ないのだなぁ。
じゃもう一度人生のある時点に戻ってやり直せる...ってなったら、どうするか?って聞かれたら。
やっぱり、やり直しはしない。
今のままでナチョがいて、家内がいて、同じ道を選ぶな。
歌で甦るシーンと今の自分の幸せは、比べたりは出来ないものなのだなぁ〜と。
その思い出が今に取って代わったりは出来ないと。振り返るとやはり僕の場合は・・・
想いでは積み重なって行っているのだと思うのでした・・・。

でも...まあ...
当時の彼女に聞いたら、「イヤあいつは最低だった」って言うかも知れないので(苦笑)、紳助さんのいう
「男はバカだからいつまでも過去(の女性)を引き擦って生きて行くけど、女性はそんなことはお構いなしに「さようなら」って分かれて振り向いた瞬間に、もう忘れている」
って言うのは正しいのかも知れないけどね(苦笑)
すいません…リコメントが遅れています…お許しをm(_ _)mペコリ
先日テレビを見ていまして、島田紳助さんが
「男はバカだからいつまでも過去(の女性)を引き擦って生きて行くけど、
女性はそんなことはお構いなしに「さようなら」って別れて振り向いた瞬間に、もう忘れている」
って言っていたんですね。
幸いこのブログのコメントには女性も男性もいらっしゃるので真偽はどうなのだろうと。

自分の人生を振り返って、いくつかの象徴的なシーンと言うのは確かにある訳です。
そこには過去の恋愛のワンシーンもあります。
何もそれは恋愛や女性が出てくる思い出だけではなくて、今ではすっかり偉くなってしまった
親友との「もう時効だよね」って、初めに断らないといけないシーンもある訳です(苦笑)
先日ブロガーのtomatoさんがyoutubeの動画をブログ内にリンクを貼っていて、
そこでスターダストレビューと言うバンドの「木蓮の涙」って歌を紹介していたんです。
僕、実は声が高いのでカラオケなんかでも女性ヴォーカルの歌を唄う方が圧倒的に多いのですね。
後数日で44歳なるまごうなきオジサンですから、カラオケで初めの何曲かはかろうじて
最近の歌も歌えるのですが、もう3曲を過ぎようとすると・・・いきなり「ナツメロ」状態の訳ですヾ(*°▽°)ノアハハ
最近の歌を唄おうとすると、画面に流れる歌詞を目で追いながら合わせて行く有様で...。
要は何度唄っても歌詞が頭に入らない。
そのくせ10代、20代に覚えた歌は、もう覚えてから二十年経っているのに、何年か振りに聞いても
メロディーに合わせて、自然と歌詞が口から出てくるから不思議です。
※尤も所々一番と二番の歌詞がごっちゃになっていたりする所もあるのだけど(苦笑)

僕の父は・・・いや僕らが子供の時の「父親」って、基本は「NHK」以外の番組は見ない・・・
そんな感じじゃなかったですか? 僕の父も例外じゃなくて、ニュースに始まって、「大相撲」
「大河ドラマ」「クイズ」と...まるで「受信料の元を取る!!」って宣言しているようにNHKばかり
観ていました。
まだ今のようにテレビが「一人一台」の時代じゃなく、我が家では居間にドーンと鎮座していて、
父の在宅時はチャンネル選択権は常に父に在り、有無を言わさず「父が選んだ番組」を
家族で見ていました。
ニュースはNHK以外を見ても結局も分からないし、大河ドラマはそれなりに楽しめたし、
朝は何がテレビから流れていても気にならなかったし...。
そもそもテレビってそう言うものだと思っていたので、生活上で何か問題があった訳ではなく・・・
NHK比率が以上に高い我が家でした。
でも・・・
一つだけ
どうしてもイヤだったのが・・・
ナツメロ番組でした。
歌謡番組を見ている途中に父が帰宅したりすると、露骨に「うるさいな」と小さな声を出して、
チャンネルをニュースに変えてしまう父が、一年に一度ぐらいたまたまNHKで「ナツメロ歌謡ショー」的な
番組をすると、一緒に唄うわけでもなく 黙ってじっと見ているのです。
こっちにしてみれば、おじいさんおばあさんが出てきて、古臭い歌を唄い続けるのを見ている訳で、
唯一「見ていても文句を言われない」ナイターなんかに変えようとすると「あー!」という「こら!変えるな!」的な
唸り声を上げる・・・すると僕は仕方なく すごすごと退散する訳です。
まあ まだ家庭用のビデオデッキもない時代に、オンエアのリアルタイムで見ないと、
またそういう番組が在るまでは見ることが出来なかったのですから、きっと無表情ではあったけど、
楽しんでみていたのだろうなぁ〜とは思うのですけど。
今なら見たくなった時に有りとあらゆる手段で、動画をみれるのですけどね。

スターダスト・レビューの「夢伝説」というアルバムを、なぜか僕はミュージックテープで持っていました。
もしかしたら外出中に街中の有線などで耳にして、思わずその場でレコードッショップに入り
買い求めたのかも知れない。
CDなんか無い時代ですから、街中で音楽を聴こうとすると、あらかじめレコードからカセットに録音して、
ウォークマンで聞くか、ミュージックテープを買うしか方法がなかったのです。
きっと今なら配信サイトからダウンロードして一瞬にして曲を収得できるのだろうな。
「夢伝説」はヴォーカルの根本要さんの声が高くて、ハイトーンの僕には珍しく原曲キーで歌える
「男性ヴォーカル」の歌でもありました。
その手の歌は当時かなり少なくて、当時の僕の習慣になっていた「歌える曲があったらすぐに入手」と
言う状態だったので(苦笑)、この曲を知ったらかなり早い段階で入手して持ち歩いていただろうと
想像するのです。
実はこの曲を聴くと、脳裏には自動車教習所が浮かぶのです。
川沿いにあった教習所で僕は車の運転を習っていて、教習と教習の空き時間に、脇に流れる川の土手で、
この曲をウォークマンで聴きながら、時間を潰していたのです。
そのシーンが甦ってくるのです。
特に何があった訳でもないし、他の場所でも聞いていたのに、春の夕暮れの土手でイヤホンを耳に
突っ込み、鼻歌交じりにウォークマンを聴いていた自分を思い出すのです。
車の免許を取って、かなり早い時期から「足」のように車を使うようになっても、
車のオーディオと言ったら、ラジオかカセットしかない時代ですから、このミュージックテープが伸びるほど
聴かれて・・・。
気づくと時は流れて・・・スターダスト・レビューのアルバムをレコードではなくCDで聴くようになっていた。
次にスタダスト・レビューの曲でシーンを伴うのは「stay my bleu」。
この歌の歌詞をそのまま、かつての好きだった人といた時間に重ねる事が出来るのです。
歌の歌詞通りに寸分違わずシーンが重なることが出来て、グッと来るのですね。
きっと記憶が美化しているだろうから、実際に遠くで当時の僕を見たら笑っちゃうほどヘロヘロ
なんだろうけど。
少なくとも、僕の記憶と言うのは、僕に優しいんだな。
きっと皆さんの記憶は、皆さんに優しいのと同じように。

もしかしたら・・・あの日、無口でNHKばかり見ていた父も、ナツメロを聴きながら彼の若かりし頃に
思いを馳せていたのかも知れないと思うと、それはそれでちょっと良いものだなぁ〜と思うのです。
どんな青春時代を過ごしたのか、彼が声高に話す事はないけれど、決して裕福ではなかった
父の若い時代に、そっと思いをシンクロさせているなら、それはとてもロマンティックな事だと思うから。
僕がスタレビの「stay my blue」を聞きながら思い浮かべるシーンで出てくるかつて好きだった人は、
とても良い笑顔をしている。
それは決して未練とかそう言うことではなくて、かつて好きだった人はやはり人生の中で出会った
中でも相当「素敵な人」の訳で...。悪く思ったりは。。。やはり出来ないのだなぁ。
じゃもう一度人生のある時点に戻ってやり直せる...ってなったら、どうするか?って聞かれたら。
やっぱり、やり直しはしない。
今のままでナチョがいて、家内がいて、同じ道を選ぶな。
歌で甦るシーンと今の自分の幸せは、比べたりは出来ないものなのだなぁ〜と。
その思い出が今に取って代わったりは出来ないと。振り返るとやはり僕の場合は・・・
想いでは積み重なって行っているのだと思うのでした・・・。

でも...まあ...
当時の彼女に聞いたら、「イヤあいつは最低だった」って言うかも知れないので(苦笑)、紳助さんのいう
「男はバカだからいつまでも過去(の女性)を引き擦って生きて行くけど、女性はそんなことはお構いなしに「さようなら」って分かれて振り向いた瞬間に、もう忘れている」
って言うのは正しいのかも知れないけどね(苦笑)
すいません…リコメントが遅れています…お許しをm(_ _)mペコリ
違うのに…
2009-06-27
今日も暑い…今(13:04)パソコンのディズプレイに表れているガジェットでは、外気温30℃を
表示していて…ちょっとうんざりする初夏の東京です。
いや昨日のブログで書いたのですが、昨夜会社から娘を迎えに行き、買い物もあってそのまま
六本木ヒルズに行きました。食事の材料を買いに行ったこともあるのですが、この土日にゆっくり
ビデオでも観ようと思ったのです。
もちろん新作も観たいのですが、新作コーナーに立ち寄りながら「無いな…これって気分じゃないな」と
言いながら、プラプラ店内を見て歩いていると、当初借りたかったはずのモノを上手く思い出せなくて…
結局、その時のニュアンスで選ぶのです。
で、今回は以前「お勧め」した本、藤原伊織氏の「シリウスの道」がテレビドラマ化されていて、
それがDVDになっていたのを見つけまして…早速借りたのです。
本当に単なる偶然だったのですが、さんざん悩んで棚から棚へ歩き廻っていたのですが、
このタイトルを見つけた時は「嘘」のようにスパッと借りることに。
理由は特にないのですが…単純に私が原作者の「藤原伊織」氏が大好きなだけなんです。
藤原氏は2007年5月17日(なんと私の結婚記念日)、癌を患い59歳の若さで亡くなりました。
「テロリストのパラソル」で史上初の「江戸川乱歩賞」「直木賞」を同時受賞。
取った作品を読んで、猛烈なファンになって以来、常に新作を楽しみにしていたのに…
若くして亡くなるとは…とても残念です。
実は私は本を読んで泣く…と言う事はあまりないのですが、この「シリウスの道」を読んだ時は
思わず「グっ」と来るシーンがありまして…土下座に纏わる【マツ・わる】シーンで思わず涙がポロっと
したのですが、それが実写化されているシーンもグッときまして(苦笑)
実写で見ても同じシーンで泣けるなんて、あーもうなんてツボを押さえた設定なんだと、若くして
急逝された藤原氏を改めて尊敬してしまったのでした。
東大仏文を卒業後、電通に勤める広告マンだった経験が作品の骨になっているのですが…
その分リアルで本を読み始めると、すぅーっとナチュラルに物語に入って行けます。
是非皆さんにお読み頂きたいのですが、
が、
出来たら
「テロリストのパラソル」をまず初めにお読みになってからの方が良いと思います。
ちなみに実写であるドラマのキャストは主人公に「内野聖陽」氏がなのですが…これがまた良い。
これも単純にファンってだけなんですけどね(;^_^Aエヘヘ

今日は家内がゼミ時代の友人宅で飲み会をすると言うので、会場になる高円寺へ、
ナチョと一緒に車で送って、送り届けた後そのまま吉祥寺に行ってきました。
単純に夕飯を食べに行ったのですが、「焼き肉を食べよう」と言う事になり、ボクが8歳の時に行っていた
焼き肉屋さんがまだあるので、そこに行きました。
6時ちょっと過ぎにお店には着いたのですが…待ち時間が一時間もあると言う事で、
名前だけ「ウエイティング・リスト」に書き込んで、ナチョと二人で「いせや」さんに。
実はあまりにもお腹が空き過ぎたナチョが、気持ち悪くなってしまった(僕も)ので…待ち時間に
何か軽く食べよう…と考えたのですが、「口がしょっぱくなっているから…アイスクリームとか
甘いものは嫌だ」って事で(苦笑)、「じゃあ焼き鳥は?」って二人でいせやさんまで歩いて行きました。
一人二本ずつ、焼き鳥を買って…通り沿いのベンチに座って食べて、焼き肉屋に戻るとすぐに
僕らの番でした(^v^)ニコ
またここに書くと「二人でそんなに食べたのですか?」ってほどの分量を食べて(苦笑)、
店を出てからロンロンに行って本屋を冷やかして…21:00に家に戻りました(^v^)ニコ
なぜか吉祥寺を歩きながら、tomatoさんやnaokoさんに会ったりして…なんて思いながら
ゆっくりゆっくり歩いた久しぶりの吉祥寺でした。
さて昨日読み終わった本がこれです ↓
訳者が三人もいる実に力の入った本です。
翻訳特有の読み難さもなく、ドンドンと中に入っていけます。
文章もノンフィクションにありがちな「一方的な思い込み」的な部分が実に少なく、
ちょっと俯瞰で構成しているので、こちらも冷静に読めます。
ただでさえ片仮名の名前を覚えないボクですが、ロシア名って実に音にし難いですよね。
だから読んでいる内に誰が誰だか分からなくなりがちなんですが、訳が上手いせいかしっかり
この本は物語を追って行けます。
しかし…物語は本当に怖いですよ〜。これが事実なら、やっぱり本当に怖い。
先日の「チャイルド44」をフィクションとして読んでいた時も怖かったのですが、えっ?マジだったの?
って事がドンドン出てくるので一層怖くなりました。
「シリウスの道」は「テロリストのパラソル」を読んでから
「ザ・プーチン」は「チャイルド44」を読んでから
だったら、一層楽しめるかも知れません。
もちろん二つのシリーズは全然 違うのに…この週末はハマってしまった事でした。
表示していて…ちょっとうんざりする初夏の東京です。
いや昨日のブログで書いたのですが、昨夜会社から娘を迎えに行き、買い物もあってそのまま
六本木ヒルズに行きました。食事の材料を買いに行ったこともあるのですが、この土日にゆっくり
ビデオでも観ようと思ったのです。
もちろん新作も観たいのですが、新作コーナーに立ち寄りながら「無いな…これって気分じゃないな」と
言いながら、プラプラ店内を見て歩いていると、当初借りたかったはずのモノを上手く思い出せなくて…
結局、その時のニュアンスで選ぶのです。
で、今回は以前「お勧め」した本、藤原伊織氏の「シリウスの道」がテレビドラマ化されていて、
それがDVDになっていたのを見つけまして…早速借りたのです。
本当に単なる偶然だったのですが、さんざん悩んで棚から棚へ歩き廻っていたのですが、
このタイトルを見つけた時は「嘘」のようにスパッと借りることに。
理由は特にないのですが…単純に私が原作者の「藤原伊織」氏が大好きなだけなんです。
藤原氏は2007年5月17日(なんと私の結婚記念日)、癌を患い59歳の若さで亡くなりました。
「テロリストのパラソル」で史上初の「江戸川乱歩賞」「直木賞」を同時受賞。
取った作品を読んで、猛烈なファンになって以来、常に新作を楽しみにしていたのに…
若くして亡くなるとは…とても残念です。
実は私は本を読んで泣く…と言う事はあまりないのですが、この「シリウスの道」を読んだ時は
思わず「グっ」と来るシーンがありまして…土下座に纏わる【マツ・わる】シーンで思わず涙がポロっと
したのですが、それが実写化されているシーンもグッときまして(苦笑)
実写で見ても同じシーンで泣けるなんて、あーもうなんてツボを押さえた設定なんだと、若くして
急逝された藤原氏を改めて尊敬してしまったのでした。
東大仏文を卒業後、電通に勤める広告マンだった経験が作品の骨になっているのですが…
その分リアルで本を読み始めると、すぅーっとナチュラルに物語に入って行けます。
是非皆さんにお読み頂きたいのですが、
が、
出来たら
「テロリストのパラソル」をまず初めにお読みになってからの方が良いと思います。
ちなみに実写であるドラマのキャストは主人公に「内野聖陽」氏がなのですが…これがまた良い。
これも単純にファンってだけなんですけどね(;^_^Aエヘヘ

今日は家内がゼミ時代の友人宅で飲み会をすると言うので、会場になる高円寺へ、
ナチョと一緒に車で送って、送り届けた後そのまま吉祥寺に行ってきました。
単純に夕飯を食べに行ったのですが、「焼き肉を食べよう」と言う事になり、ボクが8歳の時に行っていた
焼き肉屋さんがまだあるので、そこに行きました。
6時ちょっと過ぎにお店には着いたのですが…待ち時間が一時間もあると言う事で、
名前だけ「ウエイティング・リスト」に書き込んで、ナチョと二人で「いせや」さんに。
実はあまりにもお腹が空き過ぎたナチョが、気持ち悪くなってしまった(僕も)ので…待ち時間に
何か軽く食べよう…と考えたのですが、「口がしょっぱくなっているから…アイスクリームとか
甘いものは嫌だ」って事で(苦笑)、「じゃあ焼き鳥は?」って二人でいせやさんまで歩いて行きました。
一人二本ずつ、焼き鳥を買って…通り沿いのベンチに座って食べて、焼き肉屋に戻るとすぐに
僕らの番でした(^v^)ニコ
またここに書くと「二人でそんなに食べたのですか?」ってほどの分量を食べて(苦笑)、
店を出てからロンロンに行って本屋を冷やかして…21:00に家に戻りました(^v^)ニコ
なぜか吉祥寺を歩きながら、tomatoさんやnaokoさんに会ったりして…なんて思いながら
ゆっくりゆっくり歩いた久しぶりの吉祥寺でした。
さて昨日読み終わった本がこれです ↓
![]() | ザ・プーチン 戦慄の闇 (2009/01/22) スティーヴ・レヴィン 商品詳細を見る |
訳者が三人もいる実に力の入った本です。
翻訳特有の読み難さもなく、ドンドンと中に入っていけます。
文章もノンフィクションにありがちな「一方的な思い込み」的な部分が実に少なく、
ちょっと俯瞰で構成しているので、こちらも冷静に読めます。
ただでさえ片仮名の名前を覚えないボクですが、ロシア名って実に音にし難いですよね。
だから読んでいる内に誰が誰だか分からなくなりがちなんですが、訳が上手いせいかしっかり
この本は物語を追って行けます。
しかし…物語は本当に怖いですよ〜。これが事実なら、やっぱり本当に怖い。
先日の「チャイルド44」をフィクションとして読んでいた時も怖かったのですが、えっ?マジだったの?
って事がドンドン出てくるので一層怖くなりました。
「シリウスの道」は「テロリストのパラソル」を読んでから
「ザ・プーチン」は「チャイルド44」を読んでから
だったら、一層楽しめるかも知れません。
もちろん二つのシリーズは全然 違うのに…この週末はハマってしまった事でした。
あと10分で日付が変わる…
2009-06-26
マイケルさんが亡くなりました。
ボクはマイケルさんのスリラーが流行った頃、悪い事を一杯覚えたので(苦笑)、
マイケルさんの曲がラジオやお店で流されているのを聞くと、ちょっと甘酸っぱいような気持ちに
なります。スゥーと時間が過去に流れるのです。
今日は家内が営業と麻雀に行っていたので、ナチョと二人で家に帰ってきたのですが、
途中で六本木ヒルズのツタヤでDVDを借りに行ったのです。
その間中ずっと店内にマイケルさんの曲が流れていて。
懐かしい気分に浸っていたのですが、夜のツタヤの全面窓ガラスに映ったボクは、しっかり43歳で
その横には自分の子供が一緒に居ました。
心の中の15〜16歳の僕と、目の前に映る43歳の僕…一瞬の間に27.8年の年月が流れたような…
そんな不思議でちょっと切ないような気持ちになりました。
決してそれは不快でも何でもなくて…ちょっと優しい気持ちになったのです。

今ちょうど…昔の歌を題材にお話を書いています。
本当はマイケル・ジャクソン氏の事も書こうと思っていた矢先、このようなニュースが入ってきて
一部修正しないと…妙にマイケル・ジャクソン氏の事だけが目立ってしまう記事になってしまうので。
きっと誰よりも濃密で特別な人生を送ったのですから、神様がそろそろこっちにいらっしゃい…って
事だったのかも知れません。特にファンって訳でもないのですが…何か昔の曲を聴きながら
センチメンタルな夜になってしまいました。
マイケル・ジャクソンと、今宵天国に召された多くの方のご冥福を心よりお祈り致します。
ボクはマイケルさんのスリラーが流行った頃、悪い事を一杯覚えたので(苦笑)、
マイケルさんの曲がラジオやお店で流されているのを聞くと、ちょっと甘酸っぱいような気持ちに
なります。スゥーと時間が過去に流れるのです。
今日は家内が営業と麻雀に行っていたので、ナチョと二人で家に帰ってきたのですが、
途中で六本木ヒルズのツタヤでDVDを借りに行ったのです。
その間中ずっと店内にマイケルさんの曲が流れていて。
懐かしい気分に浸っていたのですが、夜のツタヤの全面窓ガラスに映ったボクは、しっかり43歳で
その横には自分の子供が一緒に居ました。
心の中の15〜16歳の僕と、目の前に映る43歳の僕…一瞬の間に27.8年の年月が流れたような…
そんな不思議でちょっと切ないような気持ちになりました。
決してそれは不快でも何でもなくて…ちょっと優しい気持ちになったのです。

今ちょうど…昔の歌を題材にお話を書いています。
本当はマイケル・ジャクソン氏の事も書こうと思っていた矢先、このようなニュースが入ってきて
一部修正しないと…妙にマイケル・ジャクソン氏の事だけが目立ってしまう記事になってしまうので。
きっと誰よりも濃密で特別な人生を送ったのですから、神様がそろそろこっちにいらっしゃい…って
事だったのかも知れません。特にファンって訳でもないのですが…何か昔の曲を聴きながら
センチメンタルな夜になってしまいました。
マイケル・ジャクソンと、今宵天国に召された多くの方のご冥福を心よりお祈り致します。
解説 ボクが思っちゃったこと…
2009-06-25
良かったぁ〜。
いや昨日の記事で書いた「東京オリンピック招致」の件ですが…(^_^;ゞエヘッ
きっと色々な立場の方いらっしゃるので、断定的に決めつけるのも良くないな…って思いながら、
でもやっぱり「国一丸となるチャンス」って言われても、それが東京である必要もないし、
今である必要も全くない…って思っていたので、少なくともこのブログにいらっしゃる方の多くが、
同じような意見を持っていらしたので、「僕一人が分かっていない訳じゃなかった」って(^v^)ニコ
ホッと致しました。
どなたかのリコメントでも書いたのですが、きっと昭和39年(1964年)のオリンピックは多くの
日本人に希望と勇気を与えた、素晴らしいものだったって事は、全く否定していないのです。
本当にそうだったと思います。
日本と言う国がこの後、劇的な発展をして世界の経済大国となる足掛かりになった事も、
100%認めたいと思うのです。
日本と言う国がキラキラと輝く…そう、人で言うと正に思春期から青春真っ盛りの一番
キラキラした時期だったのではないか…って思うのです。
もしかしたら十分なお金がある訳じゃないかも知れないけど、希望が人々を元気にして
「豊かになる日本」のシンボルとしてもオリンピックは機能したのではないか…って思うのです。

今の、石原都知事やオリンピック賛成派を見ていると、その「国の青春期」のキラキラした時期と、
自分の青春のキラキラした時期が、ぴったりシンクロしている訳です。
ほら、思い出って…美しいじゃないですか(笑)。
青春時代って「苦い部分」も含めてキラキラしているじゃないですか。
決して自分の青春時代が美しいだけの時期だったとは言いませんが…それでもきっと
苦しかったことも、懐かしく思えると…思うのです(自分が)70歳を超えたら。
その過ぎ去った時期を美化する「歳を取った自分」が、権力者になっていて…このバラバラに
なってしまった(と思っている)今を、もう一度輝かしい時にしたいと思ったら、自分が過去に
経験し成功例として、あの「オリンピックを!」って、異常に期待をするのも分かる気がするのです。
「あのなぁ オリンピックてぇ〜のはな、国民は一丸となって そのエネルギーが国を、経済を、
国民を、元気にするんだぞ! 知らねぇ〜かも知れないが、 オリンピックって〜のはな そういう
モノなんだぞ。 キラキラとした時代になる為に オリンピックはな…」
って…。
きっと全く悪気もなく、そう思っているのではないかなぁ〜と 思っちゃったんですぅ。
でも、それを分かって上げても、なお且つ、それは違うと思う。
国が戦後復興し、後は弾みをつけて一気に加速して行く段階の国の体を成す”草創期”と、
成熟した社会構造を持つ今とでは、持っている社会の「歪んでいる部分」が違うのだから。
今そこに巨額の資本を投入(投下)するなら、やはり違う形で投下しないと、効果が殆ど出ない
って…僕は思っちゃうのだな。
いや昨日の記事で書いた「東京オリンピック招致」の件ですが…(^_^;ゞエヘッ
きっと色々な立場の方いらっしゃるので、断定的に決めつけるのも良くないな…って思いながら、
でもやっぱり「国一丸となるチャンス」って言われても、それが東京である必要もないし、
今である必要も全くない…って思っていたので、少なくともこのブログにいらっしゃる方の多くが、
同じような意見を持っていらしたので、「僕一人が分かっていない訳じゃなかった」って(^v^)ニコ
ホッと致しました。
どなたかのリコメントでも書いたのですが、きっと昭和39年(1964年)のオリンピックは多くの
日本人に希望と勇気を与えた、素晴らしいものだったって事は、全く否定していないのです。
本当にそうだったと思います。
日本と言う国がこの後、劇的な発展をして世界の経済大国となる足掛かりになった事も、
100%認めたいと思うのです。
日本と言う国がキラキラと輝く…そう、人で言うと正に思春期から青春真っ盛りの一番
キラキラした時期だったのではないか…って思うのです。
もしかしたら十分なお金がある訳じゃないかも知れないけど、希望が人々を元気にして
「豊かになる日本」のシンボルとしてもオリンピックは機能したのではないか…って思うのです。

今の、石原都知事やオリンピック賛成派を見ていると、その「国の青春期」のキラキラした時期と、
自分の青春のキラキラした時期が、ぴったりシンクロしている訳です。
ほら、思い出って…美しいじゃないですか(笑)。
青春時代って「苦い部分」も含めてキラキラしているじゃないですか。
決して自分の青春時代が美しいだけの時期だったとは言いませんが…それでもきっと
苦しかったことも、懐かしく思えると…思うのです(自分が)70歳を超えたら。
その過ぎ去った時期を美化する「歳を取った自分」が、権力者になっていて…このバラバラに
なってしまった(と思っている)今を、もう一度輝かしい時にしたいと思ったら、自分が過去に
経験し成功例として、あの「オリンピックを!」って、異常に期待をするのも分かる気がするのです。
「あのなぁ オリンピックてぇ〜のはな、国民は一丸となって そのエネルギーが国を、経済を、
国民を、元気にするんだぞ! 知らねぇ〜かも知れないが、 オリンピックって〜のはな そういう
モノなんだぞ。 キラキラとした時代になる為に オリンピックはな…」
って…。
きっと全く悪気もなく、そう思っているのではないかなぁ〜と 思っちゃったんですぅ。
でも、それを分かって上げても、なお且つ、それは違うと思う。
国が戦後復興し、後は弾みをつけて一気に加速して行く段階の国の体を成す”草創期”と、
成熟した社会構造を持つ今とでは、持っている社会の「歪んでいる部分」が違うのだから。
今そこに巨額の資本を投入(投下)するなら、やはり違う形で投下しないと、効果が殆ど出ない
って…僕は思っちゃうのだな。


